リリカルなのは~赤鬼転生記~   作:コントラス

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第四十鬼~『蜀伝の書』~

side~宏壱~

 

 そこはまるで色の抜け落ちた世界。灯はなく、人の気配もせず、音の無い世界。そこで色を持つことが許されているのは、この世界に入ることを許されている俺達だけだ。ここは時空のズレた世界、封時結界の中だ。

 

 

「来い『蜀伝の書』」

 

 

 掲げた右手に深紅の光が集まり形を成す。光が弾けると、そこには深緑のブックカバー、表紙に円に劉、裏表紙にも円に蜀の文字が金刺繍で描かれている。

 ここは海鳴大学病院の屋上。今は0時も過ぎた時間、満天の星々が煌めく真夜中だ。自然の多い海鳴は空気が澄んでいて普段はよく星が見える。

 

 

「始めるぞ」

 

 

 周囲を見渡せば、士郎さん、恭也、美由希、咲の高町家。月村家の主治医も務める大宮先生。俺の身勝手で巻き込んでしまった石田先生。魔力不足で『蜀伝の書』の皆を呼び出せない俺の補助を買って出た束。そして、家から来てくれた桃香と雛里。俺を含めて総勢十人がここに集まっていた。

 因みに俺はガキの、本来の姿でここにいる。今からやることを考えると、無駄に魔力を消費するだけだからな。

 

 

「準備はオッケーだよっ」

 

 

 掃除機の吸気口を天に向けた束からオーケーサインが出る。

 バッテリー式の物でコンセントにプラグを刺さなくてもちゃんと稼働する優れものだ。……吸い込むのは魔力素限定だけどな。

 作戦はこうだ。『蜀伝の書』に居る皆を呼び出して、結界班と実動班にw分かれてマキア・セルバン及び化け物に変えられた霊の対処をする。

 だが、『蜀伝の書』から呼び出すには魔力が足りない。最大で四人が限度な上、俺も動けなくなる。それじゃあ意味がない。ならばどうするのか? 簡単な話だ。無いならあるところから持ってくればいい。空気中には魔力素と呼ばれる物質が多く漂っている。それは目では見えない、捉えられないが確かにそこにあるものだ。

 俺達魔導師はそれをリンカーコアに取り込んで、魔力に加工して魔法を発動する。

 個人差はあれど魔力素の吸収ってのは短時間で終わるものじゃない。当然、魔力量が大きければ大きいほどリンカーコアを満たす時間は長くなる。それは俺も例外じゃない。そういったレアスキルでもあれば別なんだろうけどな……まぁ、それは今はいいや。

 そこで、束の持っている掃除機が役に立つ。『魔力吸いとるくん』……ネーミングはどうかと思うが、こいつで魔力素を吸い取り俺に送る。そして俺は取り込んだ魔力素を魔力に加工して常時『蜀伝の書』に送り皆を出す。

 要は『魔力吸いとるくん』を魔力タンクにして全員を出す。そういうことだ。束が居たからこそ出来る荒業だな。

 この作戦は雛里と束で考えたものらしい。束は俺に興味を持ち、俺の家を士郎さんに案内してもらって訪問したそうだ(恭也と美由希、咲、大宮先生も同行したらしい)。そこで出会ったのが家の番をしていた桃香だった。士郎さんから俺の状態を聞いた桃香が怒り心頭で家から出ようとしたところを、全員で押さえ込んだとか……これを聞いた時は苦労を掛けて申し訳ない気持ちになった。

 で、桃香が落ち着いたところで束が怒濤の質問攻めを行い、買い出しに行っていた雛里が帰ってきたところでそれに巻き込まれ、洗い浚い吐いた。それこそ『蜀伝の書』の事とか、俺らの前世とか……な。そんなことがあって今の状況が出来上がったって訳だ。

 しかも、情報は大宮先生から石田先生にリークされるという事態に……もう色々疲れたよ。説明する手間が省けた、そう思わないとやってられん。

 

 

「よし」

 

 

 ひとつ頷いて昂る鼓動を抑え、士郎さん達に背を向けて海鳴大学病院の敷地、その先に見える住宅街が一望できる柵の無い屋上の縁ギリギリまで歩く。

 俺は手に持った『蜀伝の書』の表紙を開いて胸の前に持っていき手を離す。すると『蜀伝の書』は落下することなくその場で浮いた状態になった。

 

 

「『2000年の時を越え、来たれるは彼の英傑達』」

 

 

 両手を『蜀伝の書』に翳し詠唱する。間髪置かずに俺の足下に三角形の深紅の魔法陣が出現し、それと同時に胸の前で浮いていた『蜀伝の書』が深紅の光を放ち始める。

 

 

「『世の安寧を求め振るった矛は今も衰えることのない正義の力』」

 

 

 魔法陣から魔力が吹き出して渦を巻く。それは荒れ狂う暴風ではなく、理性を持った追い風となる。

 

 

「『今、現世の扉を開き知らしめるは意思の力』」

 

 

 パラ、と『蜀伝の書』のページが捲れる。すると一条の光が飛び出す。それは深い紅色ではなく鮮やかな赤色。それが飛び出した瞬間渦巻く魔力の勢いが一瞬弱くなる。魔力をかなり消費した証拠だ。しかしそれも一瞬、束が『魔力吸いとるくん』で溜めた魔力素が俺に吹き掛けられる。すると、余りの質量に普段は目に見えない魔力素が、雪のように白い胞子となり迫るのが見えた。何色にも染まっていないその白さも、俺の魔法陣の上まで来ると急激に深紅に色を変え魔力渦の一部となった。そうして魔力渦は力を取り戻し勢いをさっきよりも強くする。

 飛び出した光は放物線を描き、海鳴大学病院の建造物の前……空中に三角形の赤い魔法陣が現れその上に光の球になって止まる。間を置かず光が弾け現れたのは、片膝をつきその小柄な体躯には似合わないデカさの矛、『丈八蛇矛』を手に持った赤髪の少女、姓は張、名は飛、字は翼徳、真名を鈴々。燕人張飛と呼ばれた豪傑の一人だ。

 

 

「『その魂は眠らず、朽ちず、果てることのない永久(とわ)の灯火』」

 

 

 鈴々を皮切りにページは捲られ、一ページ毎に一条の光が飛び出していく。青、緑、黄、橙、とその色に一貫性はなく、各々の強い個性を持っている。それらは鈴々の横に並ぶと、彼女達を包む光が弾けていく。その度に魔力渦の勢いが弱くなったり強くなったりを繰り返す。

 

 

「『意思を持て、正義を持て、人を愛し憎むな。その信念に大義を掲げろ。我ら仁徳が王……』」

 

 

 最後の一条が飛び出し呉刃の横に並ぶ。何時の間にそっちに回ったのか、朱里の隣で薄紫の魔法陣を展開してその上で片膝をつく雛里の姿がある。

 

 

「『……劉備玄徳の忠実なる家臣なり』」

 

 

 最後の一句を言うと、俺の視界は深紅の光に包まれる。余りの眩しさに思わず目を閉じた。数秒して目を開ければ眼前には海鳴大学病院の病棟。俺の後ろには鈴々達、つまり俺が全員の先頭にいる形だ。その三階の窓が見える。視線を上に向ければ、桃香が屋上の縁に立ち、長い桃色の髪の穂先をゆらゆらと揺らし俺達を見ている。その目は懐かしむように細められ、口許は優しく微笑んでいた。

 その少し後ろには士郎さん達の姿も見えるが、その表情は一様に驚きに満ちている。いや、一人だけ目をキラキラさせてんな。あいつは驚きがわくわくに変わる不思議な感性をしてるな。

 

 

「みんな、顔を上げて」

 

 

 桃香の優しくも強いその言葉に俺達(俺は上げていたが)は顔を上げる。

 

 

「みんながこうして揃うのはどれくらいぶりかな? 愛紗ちゃんと要ちゃんが居ないけど、二人とも今やってることが終わったら帰れるって言ってたから直ぐに会えるよ」

 

 

 全員が桃香の声に聞き入る。

 爽やかな春の香りが漂い、ぽかぽかとして眠気を誘う暖かな風が吹く。圧倒的なカリスマ、王の風格と言っても良い。この(ひと)に仕えて良かった。そう思わせるには十分だった。

 そう思ったのは俺達だけじゃないだろう。桃香よりも数歩後ろにいる士郎さん達も屋上の床に片膝をつけ頭を垂れている。

 ただ言葉を発しただけ、それだけで彼らの本能は気づいた。目の前にいる少女は、王者だと。士郎さん達、高町家は分かる。武術を身に付ける彼らは、逆らって良い相手と悪い相手を見分ける目を持っている。大宮先生も月村家という人知を超えた存在との付き合いがある。危険な目に遭う事もあるだろう。そういう目を養っていても不思議じゃない。

 だが、石田先生と束がそういう状態なのが驚きだ。石田先生は困惑の表情を浮かべ、束は冷や汗を流している。殺気も感じられない石田先生に桃香の王気が伝わった。あの時代ならまだ分かるが、今の時代でこれは異常だ。しかも、マキア・セルバンを前にして攻撃を出来る度胸を持つ束にさえも膝をつかせた。

 俺は未だにこの(ひと)の底を測りきれていなかったらしい。

 

 

「もっとお話ししたいけど、今はそれどころじゃないもんね」

 

 

 そう締め、桃香は……我らが王は自らの家臣団に命令を下す。

 

 

「朱里ちゃん、雛里ちゃん、菫さん、碧里ちゃんは大規模な結界、この街を覆える結界を張ってね」

 

「「「「はっ!」」」」

 

「お兄ちゃんはこの事件の元凶をお願い」

 

「応っ!」

 

「鈴々ちゃん、星ちゃん、翠ちゃん、紫苑さん、桔梗さんは個別に各個撃破」

 

「「「「「応、なのだ!/応っ!/はいっ!」」」」」

 

「蒲公英ちゃんと焔耶ちゃん、呉刃ちゃんと優雪(ゆうしぇ)ちゃん、美羽ちゃんと七乃さんは二人一組で行動して各個撃破にあたって」

 

「「「「「「任せてっ!/はっ!/御意、です/は、はい!/任せるのじゃ!/お任せくださ~い」」」」」」

 

「天和ちゃん、地和ちゃん、人和ちゃんにはここで唄を歌ってほしいの」

 

「「「は~い/オッケー、任せて!/分かりました」」」

 

 

 命令を下した桃香に俺達は各々の言葉を返す。そこで、一人だけ名前を呼ばれなかった璃々が右手をまっすぐ上げ……。

 

 

「桃香お姉ちゃん、璃々は?」

 

 

 と、小首を傾げて聞く。何か出来た時代があったからこそ自分も力になりたいんだろう。

 

 

「璃々ちゃんは私とここで待機だよ」

 

 

 話している最中に桃香は左手の薬指、正確にはそこに填められたリングの宝石が桃色に発光、その姿を宝剣『清王伝家』に変えた。

 

 

「ここで結界を維持する朱里ちゃん達と唄を歌う天和ちゃん達、それと他のみんなの護衛、だよっ!」

 

 

 左手で握り締めた『清王伝家』を背後に向かって斬り上げる。桃色に光る魔力刃が飛び、結界内に入り込んで音もなく石田先生に忍び寄っていたデカブツを真っ二つに斬り裂くだけに止まらず完全に消し飛ばしてしまった。

 

 

「……え?」

 

 

 石田先生は何が起こったか分からず首を傾げるだけ。彼女が異変を感じたのは髪が靡いたからだろう。この結界内は無風だからな。

 

 

「何が……?」

 

「分からない……でも、彼女は何かをしたんだ」

 

「全然見えなかった……」

 

「やっぱり、桃香さんも愛紗さん達と同じくらい……ううん、それ以上の実力が」

 

 

 恭也、士郎さん、美由希、咲の順で驚きの声を上げる。唖然と見ていた大宮先生は言葉も出ず、束は何時の間にか、カメラを取り出して撮影を始めている。

 

 

「菫、碧里、朱里、雛里、頼む」

 

 

 俺の言葉を聞いて四人は病棟の屋上に降り立ち、四人を頂点として線で結んだ時に正四角形が出来上がる位置に陣取る。

 

 

「皆さん、息を合わせてください」

 

 

 四人はほぼ同時に息を止め、ほぼ同時に呼吸をする。幾度か呼吸を繰り返し、五度目で完璧に一致した。

 

 

「展開」

 

 

 静かな菫の呟き、それはこの空間に染み渡るように浸透する。四人の中心点に白、青、黄、薄紫、それら四色の三角形の魔法陣が重なって展開される。

 

 

「「「「封時結界」」」」

 

 

 四人の声が重なった。その直後、四角錐の結界が生まれ肥大する。それは直ぐに俺達を覆い、元から張られていた結界を塗り替え街全体を包んだ。

 

 

「それじゃあみんな、気を付けてね」

 

『応っ!』

 

 

 桃香の見送りに答え、俺達は各々の魔力光を放ち上空に飛び上がり四方八方に獲物を求めて散開した。

 

 

〈主、翼徳様が接敵しました〉

 

 

 飛び上がって直ぐに雛里から返してもらった刃が報告する。

 

 

〈御主君、同じく黄漢升も接敵しました〉

 

 

 続いて無限からの報告。結構近くに居たってことだな。

 

 

「ああ、把握した」

 

 

 見聞色の覇気を用いてマキア・セルバンの探索に集中しながら、マルチタスクの一つを割いて二人に返す。

 

 

「上手くやれているな」

 

〈そのようです〉

 

〈あの程度のモノに後れを取っては、英傑の名が泣きます〉

 

 

 無限の厳しい評価に苦笑が漏れる。こいつはどうも桃香達には強くあって欲しいと願っている節がある。

 

 

〈主、六時の方向2km先に魔力反応を感知しました。翼徳様方ではありません〉

 

 

 刃の示した方角に意識を集中する。……確かに家の誰でもないな。これは……。

 

 

「大輝少年、か?」

 

 

 何処と無く知っている気配、大輝少年だと思われるそれは、ジグザグに動き移動しているようだ。

 

 

〈そのようですね。……主、玄徳様から通信が届いています〉

 

「繋いでくれ」

 

〈御意〉

 

[お兄ちゃん]

 

 

 俺の顔の前に現れた空中モニターに、桃香の真剣な顔が映し出された。

 

 

「どうした?」

 

[男の子が襲われているの]

 

「少年の存在はこっちでも把握した。襲われているのか?」

 

[……うん]

 

 

 桃香はからデータが送られ、もう一つモニターが出現する。多分サーチャーを結界内に複数放ってデカブツの位置情報を把握して、逐一鈴々達に連絡を取り効率良く対処しているんだろう。その一つに大輝少年が映し出された……ということか。

 モニターに映る大輝少年は、右手に小型のソードを持ち、左腕からは血を流しながら走っていた。

 

 

[俺の息子なんだ! 助けてくれ!]

 

 

 桃香を押し退けて切羽詰まった表情の大宮先生の顔がドアップに映しだされた。だが、それに返す言葉を俺は口から出せなかった。

 

 

「……見つけた」

 

 

 見つけたのだ。大輝少年の後ろに奴の姿を……。

 奴は獲物を追い詰めるように、負傷して動きの鈍くなった大輝少年に黒炎弾を放ちながら、ゆっくりと距離を詰めていた。

 大輝少年はなんとか黒炎弾躱し、ソードで切り払い黒炎弾が直撃するのを防いでいる。だが、それも時間の問題だろう。大輝少年とマキア・セルバンの距離は徐々に狭まっていっている。

 

 

[頼む! 俺の、俺達の宝なんだ! だから……!]

 

「雷神槍!」

 

 

 大宮先生の言葉を最後まで聞かずに、俺はその場に止まり雷の槍を自分の手にではなく前方に配置する。足場として魔法陣を足元に展開するのも忘れない。

 彼我の距離は2km、多分雷神で急いでも大輝少年の重傷は免れない。

 倒せなくても良い。ほんの少しでも時間を稼げれば十分だ。俺が辿り着くまでの時間をな。

 俺の技に槍を前方に配置するものはない。それでも刃と無限が慌てないのは信頼から……だと思う。

 

 

「武装色・硬化」

 

 

 俺の右腕が黒く変色し光沢を放つ。鉄塊よりも尚硬い防御法、覇気の一種武装色。苦手な分野だが、魔力を纏わせるよりも硬くなり威力を増させる事が出来る。

 

 

「新技のお披露目だ。いくぞぉっ!!」

 

 

 握り拳を作って右腕を引き……。

 

 

「雷神槍・打鐘(うちがね)っ!!!」

 

 

 引いた腕を放つ――カアァァァンッ!!――雷神槍の石突に俺の右拳がぶつかった瞬間、辺りに響いたのは甲高い鐘のような音。雷神槍の石突がグニャッと形を変え凹んでいき……ゴヒュッと風を切って稲妻のように稲光を放ち2km先に5秒足らずで着弾した。

 

 

「……は?」

 

 

 右拳を突き出した状態で、間の抜けた声が自分の口から漏れた。

 

 

〈技の考察は後です! 彼奴が体勢を立て直す前に!〉

 

「お、おう!」

 

 

 刃の叱責で我に返った俺は、直ぐ様雷神槍の着弾地点へ向かうのだった。




この話もいよいよクライマックス!巻き込まれた大輝はどうなってしまうのか!?

それはまた次回で。

ではまた次回お会いしましょう。
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