side~大輝~
代わり映えしない日々、朝起きて、母さんに急かされながらご飯を食べて、なのは達と学校に行って、授業を受けて、クラスメイトと何気無い会話を交わして、お昼ご飯を食べて、午後の授業を受けて、下校の時間が来て帰る。
今日もそんな何気ない一日。原作はまだ数年先で、そこまでは代わり映えのしない日常。
――――そのはずだった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……くそっ! なんであんなのがいるんだよ!」
僕は学校の帰りに急に襲われた。最近塾に通い始めたなのはと原作でもなのはの親友で、この世界でもそうなったアリサとすずか、彼女達もなのはと同じ塾に通っていた。だから必然的に三人は一緒に塾に行くことになった。塾のある日は僕となのは達は途中まで一緒で、そのあと別れ道で別れて僕は一人で帰ることになる。
今日は塾の日だった。だから僕はなのは達と別れて一人で家に帰る途中だった。そこで僕の日常は、非日常へと姿を変えたんだ。
「なんで……なんでこの世界に
暗い路地を走りながら悪態を吐く。ブリーチという漫画に出てきた敵。僕の日常を壊した襲撃者はそれに酷似した容姿をしていた。原作にいたキャラクターじゃないでも――っ!?
「くぅっ!?」
僕の数メートル先の地面が弾け飛んだ。けっして小さくはないその破片が僕の体を打つ。
――いけませんねぇ。無闇に逃げないでくださいよぉ。楽に死ねませんよぉ?
薄気味悪く頭に直接響く声に嫌悪感から鳥肌が立つ。
「なんで僕を狙う! 僕がお前に何かしたのか!?」
右手に持つショートソードに姿を変えたアルテミヌス・エストの剣先を襲撃者に向ける。
さっきの破片が米神を掠ったのか、一筋の汗とは違う熱い液体が頬を伝うのが分かった。
――おやおや、怖いのですかぁ? 体が震えているようですよぉ。
「――っ!?」
襲撃者の言葉に肩がはねる。武者震いだ!と強がる余裕は今の僕にはなかった。目の前の男が言うように、僕の足は震えていて剣先も定まらない。
――可哀想に……今楽にしてあげますよぉ!
「速い!」
襲撃者の姿が消える。僕の目では追えない速さで移動したんだ。でも、こういう時のセオリーは……。
「うしろ!」
背後にエストを振るえば、重たい衝撃が返ってきた。
――防がれてしまいましたか。まったく、大人しくあなたの魂を私に差し出せば苦しまずに済むというのに。理解に苦しみますねぇ。
襲撃者の手刀とエストが鍔迫り合う。ギチギチと迫り合ったのは一瞬で、僕は後ろに大きく跳んだ。
「くっ!」
着地と共に襲撃者に背を向けて駆け出す。さっきの鍔迫り合い、あれは続ければエストは完全に押し負け、僕の首は飛んでいた。
勝てない。初めての実戦、初めての殺し合い、初めて殺意を向けられ、初めて本物の殺気を全身に浴びた。
(恐い、恐い、恐い、恐い!)
恐怖だけが募る。足が重く息苦しい。たった30mの距離を走っただけで息は上がり、足が縺れる。
「っ!」
無雑作に置かれたダンボールに足をぶつけ、盛大に転んでしまう。
「ぐっ……エスト……」
転んだ拍子に手放してしまったエストを拾いまた駆け出そうと、顔を正面に向ける。
――また会いましたねぇ。
「っ!?」
襲撃者が建物の曲がり角から姿を現した。
「くっ!」
その姿を認めた瞬間僕は来た道を戻るために踵を返した。でも……。
「っ!?」
振り返ったそこには二体の怪物が道を塞いでいた。肌の色は灰色で胸に穴が開いている。共通して仮面を被っていて、その体は筋肉が異常に膨れ上がっていた。
《マスター、上です》
抑揚のないエストの言葉、その忠告に視線を上に向ければ……。
「なっ!?」
民家の屋根に三体の虚らしき者がいた。虚とはさっき言ったブリーチという漫画に出てくる怪物で、人を襲う悪しき存在のことだ。死者の魂が……あ……れ? まさか、いや……でもそう考えるとマナは……。
マナのいたあの場所の惨状、最近起きている変死体の事件。全部コイツらが……?
――考え事とは余裕ですねぇ。
「……」
その考えが僕の中でカチリと填まった。そして、恐怖は薄れ別の感情が沸々と腹の底から湧いてくる。
「くっ、おおおぉぉぉっ!」
自分を鼓舞するための雄叫び。それは効果があったのか、足の震えは弱くなった。
そして僕は駆ける。恐怖から怒りへと変わった感情を、目の前の不気味に笑う襲撃者にぶつける為に。
――おや? 向かってくるのですか……愚かですねぇ。
分かっている。僕がコイツに勝てないことは……。虚一体ずつなら倒せる自信はあるけど、五体を相手にして更にこいつまでとなると今の僕では太刀打ちできないのは明白……だけど。
「だけど! 一太刀くらい!」
一矢報いる。逃げるのは奴に、目の前の不気味に笑う男に一太刀味わわせてからでも遅くない!
襲撃者との距離が3mまで近付いたところで僕は跳び、エストを両手で握って振り上げ……。
「でやあぁぁ!」
全力で魔力を注ぎ込み斬り下ろす!
――まったく、理解に苦しみますよ。敵わない相手にどうして立ち向かおうとするのか。
「っ!?」
僕の魔力光である藍色の光を放ちながら斬り下ろしたエストは難なく襲撃者の右手で止められた。
「まだ終わってない!」
右掌を襲撃者の顔に向ける。
「破道の三十三・蒼火墜!」
蒼い炎が襲撃者の顔を包み爆炎を生んだ。その衝撃で襲撃者のエストを掴む力が緩んだ。その隙をついて僕は襲撃者の肩を蹴って後方宙返りで距離を取る。
あれで倒せた……なんて思わない。実戦経験のない僕でも分かる。あいつは今の僕じゃどうにもできない。だから……。
――逃がすと思いますかぁ?
「っ!?」
踵を返して走り出そうとしたところで、右腕を掴まれた。そして、後ろに引っ張られ浮遊感が僕を襲う。
「ぐぅっ!?」
それも一瞬で、近くの民家の塀に左腕からぶつかる。
「くっ……ぁ……!」
ズキズキと左肩が痛む。触ってみるとべっとりとした感触、見てみれば赤い液体が流れていた。
(逃げ、ないと……本当に殺される!)
ここに来てさっき以上の恐怖が僕を襲う。心が震え、体が震え、視界さえ揺れている。すごく……吐きそうだ!
――あなたを狙う理由が聞きたいのでしたねぇ? いいでしょう。冥土の土産……というものです。
地面に這いつくばる僕に襲撃者は語り出す。
――あなたのお陰で私はこれほどの素晴らしい力を手にしました。ゴーストに触れ、ゴーストと会話が出来る。会話は出来ても触れることなど上位の司祭でさえ不可能ですよ。それをあなたは難なくこなしてみせた!
興奮と共に襲撃者の声は大きくなっていく。そんな襲撃者を見ながら僕は、修業を誰かに見られていたことに驚きを隠せなかった。
――先程のモノもそうですが、見たことのない力です。残滓を取り込んだだけでこれほどの力を得られましたかねぇ。
「取り、込んだ?」
――ええ、私も『神器』を所有していましてね。死者の魂を喰らうことが出来るのですよ。極めて希少な能力でして、資料も多くないものですから検証に随分と時間を掛けましてねぇ。
研究者気質の人間は、自分の興味あることには饒舌になるって何かの本で読んだことがある。その為に注意が散漫になり、僕への意識が薄れる。他の虚も動く気配を見せない。
(今の内にエストを)
今が好機だと、塀にぶつかった衝撃で離してしまったエストを右手で掴む。遠くにいかず、僕のすぐそばに転がっていたのが幸いだった。
――14年かけてようやく扱えるようになったところなのです。そんな折にあなたのトレーニング風景を見ましてねぇ。まったく見たことのない力、エネルギーでしたから興味が湧きまして……。
襲撃者は喋り続ける。当然、僕にそんな話に付き合うつもりはない。エストを杖にして立ち上がる。
――そしてあの山道で見たのですよ。あなたが少女のゴーストに触れるところをね。
そこで僕の動きが止まる。心当たりがあった。少女とはマナのことで間違いないはずだ。じゃあなんだ? もしかしてマナは僕の所為で虚に変えられたのか?
――あなたの力の残滓を取り込んだだけで私はゴーストに触れる事が出来るようになったのです。
そうだ。マナに会った次の日、その場所は荒れに荒れていた。マナの姿も見当たらなかった。何かがあったんだと、そう思ったのは確かだった。でも、僕は深く考えなかった。余りにも浅慮で甘い考え。
僕はバカだ! この世界にない力を望んだ所為で、こんな化け物を生んだ!
――ですがねぇ。邪魔をしてくる方が居ましてねぇ。お陰で多くの力を失ってしまいまして、こうして直接あなたから力を頂こうと参った次第です。
(これ以上こいつに力はやれない!)
そう思った僕は、襲撃者に背中を向けて走り出していた。
立ち向かって奴を倒す。そんな考えはなかった。まず僕じゃ勝てない、これは絶対だ。どうするのか何て分からない。あいつは気づいてないみたいだけど、今海鳴に大規模な結界を張った人がいる。その人を見つけ出せば……!
――鬼ごっこの再開ですか?ですが、もう飽きましたし、人の話を聞かない方に情けなど必要ありませんし……もう死んでくれます?
――ゾクッ――全身に寒気がした。僕は咄嗟に脇道に飛び込む。ついさっきまで僕のいた場所に、一体の虚がアスファルトを抉りながら通りすぎる。
「なんて突進だよ……!」
悪態を吐きながらも振り返るのは一瞬でそのまま駆ける。
魔力探知をして結界を展開した術者を探そうと周囲に意識を配りながら、マルチタスクの一部で魔力探知する。
「これは……っ!?」
驚きに声が漏れた。この結界の中心部に複数の魔力、しかもどれもがAAA級……だと思う。まだ覚醒していないけど、なのはと同等、もしくはそれ以上の魔力が一箇所に七つ。そこからあちこちに二つ固まっているのと一つずつで行動しているのが幾つもある。
その傍には霊力も感知できるものもあった。多分虚と戦っているんだ。誰かが僕の尻拭いをしてくれている。その事に申し訳なさと情けなさが募り、気分が重くなる。左肩がズキリと痛んだ。
――逃がしません、そう言った筈ですがねぇ。
遠くない距離で襲撃者の声が聞こえる。頭の中に直接響いているはずなのに、その声に対する嫌悪感は変わらないけど、どこか距離感のある声だ。
「くっ!」
チリッと首筋に静電気のような刺激が走る。反応に逆らわず頭を横に傾けると、さっきまで僕の頭があった場所を熱が通り過ぎていった。特典のお陰で僕の勘は鋭くなっている。所謂第六感と呼ばれるもの、自分のこと限定で危険、幸運、悪運、全てに反応する。これに従えばまず不意打ちは避けられるし、攻撃が見えなくても躱すことができる。……相手の実力が僕と致命的にかけ離れている場合は意味なんてないけど。
――躱しますか。なかなか上手くいかないものですねぇ。
不快な声が響く。後ろから更なる熱が襲ってくる。振り返れば速度が落ちるし、なによりバランスがとれない。左肩の負傷が僕の動きを鈍らせる。
だから、勘に従い躱す。躱しきれないものは、エストで斬り払って対処する。それを全部振り返らずにやるんだ、神経が擦り切れそうな程の集中力がいる。長くは保たない。
「くっ、遠い!」
魔力反応のするところまで距離がありすぎる。このままだと……死ぬ。これは現実だ。アニメの世界じゃない。死ぬ時は誰だって死ぬんだ。
その実感が今更になって僕の肩に重く伸し掛る。
「なっ!?」
前方の民家を破壊して二体の虚が現れた。
――これであなたも逃げられませ……は?
襲撃者の言葉が不自然に途切れた。気になった僕は、前方の虚を意識の端で捉えながら振り返る。
胸部よりも小さい穴を腹部に空けられ呆然とした襲撃者の姿があった。
「これ、は……?」
僕と襲撃者の間の地面には、稲光を放つ槍の形をした深紅の発光体が刺さっていた。
――この力は……!ぐぅうっ!?
「なんだ……っ!?」
発光体が突然轟音を鳴らし凄まじく放電する。稲光が辺りに無差別に飛ぶ。
〔ギアアアアッ!?〕
その一つが僕の横を通り一体の虚を直撃、一瞬で消滅させた。
「なんて威力なんだ……!」
――彼はどこまでも邪魔をしてくれますねっ!
襲撃者は滑るように後ろに下がりながら、自分に迫る深紅の稲妻を黒い炎で払うことで防ぐ。
〔グアアアアッ!!〕
「っ!?」
難を逃れたもう一体の虚が稲妻を躱しながら僕に迫る。僕と虚の距離は10mぐらいで、虚はその距離を瞬時に詰めてくる。
「くっ!」
僕は迫る虚を迎え撃とうとエストを正眼に構える。だけど、ワンテンポ遅れての構えは相手に突き入る隙を与えるには十分だった。
〔グバッ!?〕
僕の眼前に迫っていた巨躯は突然消し飛んだ。
「何、が……?」
「……間に合ったな」
「っ!?」
突然の声。僕の背後で聞こえたその声は聞き覚えのあるもので、正直言えば嫌いな声だった。
踏み台転生者。そんな素振りは見せないけど何かしらの力で士郎さんや桃子さん、高町家の人達を抱き込んだのは間違いない……と思う。
踏み台転生特有の
実力も正直分からない。この男は僕の殺気に反応しなかった。だから弱いんだと思った……でも、もしも、もしもこの男の実力が僕を遥かに上回るものだとしたら?
そう考えると、この男は反応しなかったんじゃなくて、歯牙にもかけていなかっただけということになる。
「他に外傷はなさそうだな。大輝少年、聞きたいことはあるだろうが後にしてくれよ? 今はあれを殺らなきゃならん」
男、山口宏壱が顎で示したのはきつく彼を睨む襲撃者だった。何かの因縁でもあるのか? いや、確かあいつは邪魔をしてくる奴がいるって言ってたっけ。じゃあ僕の失態を拭ってくれていたのは……。
「さて……マキア・セルバン」
僕の方に顔を向けたまま襲撃者に声を掛ける。平淡で何も読み取れないそれは僕の背筋を凍りつかせる。
――はい? 何でしょうか?
「この前のようにはならんぞ?徹底的にブチのめして……」
そこで彼、山口さんは言葉を切り襲撃者の方に体の向きを変えて告げる。
「この世から消してやる」
「――っ!?」
ズシ……そんな音が鳴ったような錯覚を覚える。威圧感で体が重くなった。立っていられないほどに……。僕に向けられたモノじゃないのに余剰波だけでこんなにも重圧を感じさせる彼を僕は、正直化け物に見えた。目の錯覚か彼の背中から魔力光が漏れ形を形成しているように見える。それは……。
「……鬼?」
赤い鬼、だと思う。山口さんの背後に佇むそれは、優に3mを超える体躯をしていて、服も来ていない素肌は深紅に染まりごつごつとした岩のような筋肉を見せつけ、肩甲骨まであるある薄桃色の長い髪は触らなくても針金のように硬そうに見える。
それは襲撃者にも見えたのか、顔を引き攣らせて一歩二歩と後ずさる。
ここまでで分かったのは、僕の所為で多くの人が命を落としたことと、バカにしていた人は化け物だったということ。
そして何よりもはっきりしているのは、僕は命を救われた事だった。
side out
今回は何だかモチベーションが上がらず時間が掛かってしまいました。
田んぼにスマホを落としたのが要因のひとつかも……。ご安心ください、壊れていませんよ。←とにかく明○い安村風
さて、今回は大輝少年の成長の切っ掛けになる話でした。
彼も悪い子出はないのですが少し早とちりする嫌いがあるのです。今回の一件で彼は大きく成長することが出来るでしょう……か?
いえ、出来ますとも。
では、また次回お会いしましょう。