リリカルなのは~赤鬼転生記~   作:コントラス

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第四十二鬼~赤鬼と決着~

side~宏壱~

 

 後方には大輝少年、前方にはマキア・セルバンと愉快な仲間達。

 大輝少年は俺を嫌っていると思ったんだが、今の彼からは畏怖の念と畏敬の籠った視線を背中に感じる。

 

 

――忌々しい方ですねぇ、貴方はっ!

 

 

 セルバンの怒りに呼応したのか、奴の後ろに控えていた三体のデカブツが駆け出す。二体が前を走り、一体がその後を追う。それは上から見れば、さながら三角形のような形に見えるだろう。

 

 

「今日は遊びは無しだ」

 

〔〔グアアアアッ!!〕〕

 

 

 前を走る二体のデカブツは二列に並んでほぼ同時に殴りかかってくる。それでもほぼ同時に、だ。

 

 

(若干左の方が遅いな)

 

 

 そう見極めた俺は、右から殴り掛かってきたデカブツの右腕を右手の甲で弾き、左から迫るデカブツの腕を左足で蹴り上げ、軸足でその場で回転。

 蹴り上げた左足を右側にいるデカブツの横っ腹にめり込ませて吹き飛ばす。当然、全ての動作に魔力を纏わせ対処しているため、俺の魔力光である深紅の残光が尾を引く。

 そこで、数歩後ろにいたデカブツが追い付いた。

 

 

「剃」

 

 

 それを認めた俺は剃でデカブツの懐に飛び込み右拳を振り抜く。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 深紅の魔力光を血飛沫(ちしぶき)の様に散らせながらデカブツの土手っ腹を穿つ。

 ――ズドンッ!!――デカブツに接触した拳を中心に衝撃波が生まれて一瞬突風を生み出す。

 デカブツは吹き飛ぶことなくその場で光の粒子となって散った。

 

 

「一つ」

 

〔グアアアアッ!!〕

 

 

 左側……今は後ろだな。後ろにいるデカブツが咆哮しながら駆けてくるのが分かった。

 

 

「縛道の四・這縄!」

 

 

 大輝少年の声が聞こえた。後ろを見やれば、デカブツの振りかぶった腕に紐状の光が纏わり付いて動きを止めていた。

 

 

「へー、なかなかやるもんだな」

 

「今の内に!」

 

 

 俺は大輝少年の言葉に「はいよ」と答えて、デカブツの腹部を右手でトンっと軽く押さえる。この場合は押さえるってのより、軽く触れる、の方が正しいか……?

 

 

「インパクト」

 

 

 一瞬だった。悲鳴さえ上げることなくデカブツは消滅した。

 

 

「二つ」

 

〔グ、グウォォオオッ!!〕

 

 

 蹴り飛ばしたデカブツが果敢にも突進してくる。踏み込む足はアスファルトを砕いて破片を散らし、その突進力の凄まじさを物語る……が。

 

 

「躱す必要もなければ、防ぐ必要もないな」

 

 

 左足を振るう。多分大輝少年には見えなかっただろうが、確かに俺は左足を振るったんだ。これは確実で確かなこと、現に……。

 

 

〔ガッ!〕

 

「三つ」

 

 

 短い悲鳴を上げたデカブツは、上半身と下半身を泣き分かれさせているからな。そして直ぐにデカブツは光の粒子へと変わり、空気に溶けるように散った。

 嵐脚……高速で振るった足から鎌鼬を発生させて前方に飛ばし前にある物を切り裂く体技。六式の一つだ。これに微量の魔力を乗せて放ち、デカブツを切り裂いた。

 

 

「後はテメェだけだ、マキア・セルバン」

 

――くっ……本当に忌々しい。私はただ未知の力を知りたいだけだというのに……!

 

 

 人差し指を突き付けて宣言してやれば、セルバンは研究がしたいだけだと喚き散らす。

 

 

「なら他人を巻き込むなよ! やりたいなら誰もいないところでやれ!」

 

 

 そう言ったのは俺ではなく、大輝少年だった。思うことが多分にあるのか、その声には重さと悔しさ、悲痛さを綯い交ぜにした感情が聞いて取れた。

 

 

――あなたには分からないでしょう。力を持たなかった私が、どれ程周囲から疎まれていたか……! 無能と、落ちこぼれと言われ続けた私の気持ちが!

 

「分かりたくもない! お前のような奴が力を欲しがること自体が間違っているんだ!」

 

――それを決めるのは、あなたのような子供ではない! それに……あなたの方こそ何も守れないのに、力を持っていることこそが間違っているのでは?

 

 

 大輝少年はセルバンの言葉に「ぐっ……!」と呻き声を上げて黙る。それを見たセルバンは満足そうに頷いて続ける。

 

 

――そして念願叶って得た力は誰かから奪うこと。……その引き換えに元々の保持者は死んでしまいますがね!

 

 

 引き攣った笑いを浮かべ大仰に腕を広げ続ける。

 

 

――悪魔祓いに成りたかった私ですが、聖剣に適性がありませんでしたからね。泣く泣く司祭に成ったというわけです。ですが……案外悪いものではありませんでしたよ。一つ声を掛ければ、末端の『神器』使いなら集められましたかねぇ。

 

 

 ……成る程。『神器』ってのはイマイチ分からんが、力欲しさにその『神器』使いを実験したわけだ。でもなぁ……。

 

 

「御託はいい。今重要なのは……」

 

〈First Move〉

 

 

 言葉を切り、一歩踏み出す。今、この場にいる人間には知覚できない速さでセルバンの懐に入る。

 刃が魔法の補助をしてくれる。何も言わなくても俺が何をしたいのか、分かってくれるのは有り難い。

 

 

――っ!?

 

「俺が、お前を殺す。ただそれだけだ」

 

 

 息を呑み驚愕に顔を歪めるセルバンの顔面に右拳を放つ。

 ――パァンッ!――と破裂音が鳴り、セルバンの体は地面に平行して吹き飛んでいく。

 

 

「防がれたか……」

 

 

 俺の拳がセルバンの顔面に接触する寸前に、セルバンの顔の前に黒炎が現れるのが見えた。

 奴はオートガードの能力を保有している。それは以前の戦闘で分かっていたが、思った以上に精度が高いな。知覚外での接近にはあの防御も発動しないと思ったんだけどな。まぁ、それがオートガードってやつなんだろうが……。

 

 

「殺す……とは言ったものの、大輝少年にここに居られると戦い辛いな」

 

〈では、転移魔法で……使えませんでしたね〉

 

「うるせぇよ」

 

 

 俺の言葉に反応した刃が答えてくれるが、馬鹿にされた気しかしない。

 まぁ、使えないのは事実だ。戦闘訓練ばっかで、そこら辺は手付かずだったからな。

 

 

「大輝少年、君を大宮先生のところまで送ろう」

 

「へ?」

 

 

 大輝少年が気の抜けた声を上げたのを聞きながら、彼の背後に回って膝裏と背中に手を回して持ち上げる。

 

 

「なぁっ!?」

 

「一応負傷している左肩を庇うようにして持ったつもりだが、痛かったか?」

 

 

 驚く大輝少年に訊くが、口をパクパクとさせ言葉を発せれていない。

 

 

――何処へ行くつもりですかあぁっ!

 

 

 殴り飛ばしたセルバンが怒りの咆哮を上げる。

 セルバンは右手に黒炎がを作り振りかぶる。黒炎の大きさは1m程のもの。それを振りかぶった……次に来る動作は一つしかないな。

 

 

――消し飛びなさい!!

 

 

 ほら来た。そりゃあ、あのモーションなら投げるしかないだろ。

 

 

「喋るなよ、舌を噛むぞ」

 

「え?」

 

 

 大輝少年の疑問の声を無視して飛ぶ。一気に上空100m程の高さまで来た。眼下では黒炎が俺達の居たところに着弾して、爆炎を起こして周囲の民家を焼いていた。

 セルバンと目が合う。あれが目眩ましにでもなれば良かったが、そうもいかんらしい。

 

 

「まずは君の傷を治そう。放っておくのも余り良くはない」

 

「……ぇ……ぁ……ぇ?」

 

 

 大輝少年からすれば急に景色が変わった感じか?それに戸惑いを覚えるように、辺りを見回す。

 

 

「事態を把握する時間はもらえんぞ」

 

「……え?」

 

 

 大輝少年は周囲を見回していた顔を俺に向ける。

 それに対して俺は視線を眼下に向けることで答えた。

 そこには空を駆け上がってくるセルバンの姿があった。

 

 

「行くぞ」

 

――逃がしません!

 

 

 景色が流れる。感覚では新幹線に乗ってる感じか?

 追ってくるセルバンとの距離は開く一方で、奴の声ももう届かない。頭に直接話し掛けてんのに何で距離で強弱がつくんだ?

 

 そんな下らない事を考えていると、直ぐに海鳴大学病院が見えてきた。目測で1km程距離があるが、複数人の影が大学病院の屋上にあるのが確認できた。すると、人影を捉えると同時に歌声が聞こえてくる。

 

 

「これって、歌……?」

 

 

 大輝少年が戸惑ったような声を上げた。

 しっとりしたバラード系の切ないラブソングだ。それが耳朶に届くと、何処からともなく力が湧いてくる。

 その昔、数え役満☆シスターズと呼ばれた天和、地和、人和の張三姉妹が使う魔法、エンチャントソングの能力だ。範囲内の三人が味方だと認識している人間の能力を底上げする。

 でも効果は一定じゃない。彼女達のコンディションで決まるんだ。その倍率は最大で10倍。低くて5倍。これは三人が集まった状態の時で、二人なら5倍から8倍、一人なら3倍から5倍。しかも、効果範囲は半径1kmだ。

 でも正直な話、桃香や愛紗達が天和達のエンチャントソングの効果を得ると、俺と互角かもしくは俺を優に超える力を得ることができる。そこら辺を考えると、この三人は戦闘能力はないが、後方支援としては最高だろう。

 

 

「お兄ちゃん、お帰り~」

 

「こーくん、お帰り~」

 

 

 速度を落としてゆっくりと屋上に降り立つ。逸早くそれに気付いた桃香と束が笑顔で迎えてくれた。

 

 

「ああ、ちょっと余計なもん連れてきたけどな」

 

 

 視線を後ろにやって見えないほどに距離の開いたセルバンを言外に指す。ま、それよりも大輝少年だな。

 

 

「璃々、大輝少年の治療を頼む」

 

「はーい」

 

 

 どこからか持ってきたのか、丸椅子に座って天和達の歌を聞いていた璃々に近付いて大輝少年を下ろす。

 

 

「大輝!」

 

「父さん……」

 

「良かった……! 本当に良かった……!」

 

 

 大宮先生が大輝少年に駆け寄って強く抱き締める。俺に彼の顔は見えないが、その目には涙が浮かんでいるだろう。

 大輝少年はそんな父親に困惑顔で、どうすればいいのかと俺に視線で聞いてくる。……仕方ない。

 

 

「大宮先生、嬉しいのは分かるが、大輝少年は怪我をしている。治療しないと」

 

「あ、ああ、すまん」

 

 

 父親の抱擁から解放された大輝少年はほっと安堵の息を吐く。その間に璃々が大輝少年の左肩に手を翳して治癒魔法を掛け始めた。

 

 

――逃がさない……そう言ったはずですよ!

 

 

 突然脳内にセルバンの声が響く。

 空を見上げると、追い付いてきたセルバンが空を駆けて迫っていた。距離は凡そ500m、直ぐに来るな。

 

 

「誰だ……っ!?」

 

「なんだ……声が頭に……!?」

 

「これって、念話……?」

 

 

 それはこの場に居る全員に聞こえたようで、困惑の表情を浮かべて辺りを見回している。

 

 

「みんな、あれ!」

 

 

 美由希が俺の視線を追って空に向かって指を差す。

 

 

「人が空を駆けている……」

 

 

 誰かがそう呟いたが、答えてやる時間はなさそうだ。

 

 

「ブレイク キャノン」

 

 

 10個の魔力弾を生成する。天和達のブーストのお陰かいつもの一回り大きいサイズだ。

 

 

「シュート」

 

 

 10個の魔力弾が一直線にセルバンへと向かう。その結果を見届けることなく俺は次の行動を取る。

 

 

――無駄ですよぉっ!!

 

 

 セルバンは黒炎で魔力弾を凪ぎ払い、さらに俺の居る屋上に接近する、が。

 

 

――っ!? 消えた! 何処に!?

 

 

 そこに俺は居ない。その事に驚いたセルバンは動きを止めた。

 

 

「ここだっ!」

 

――ぐぅっ!?

 

 

 セルバンの左側面へと回り込んで土手っ腹に右足を叩き込んで蹴り飛ばす。

 短い悲鳴を上げたセルバンは、体が後ろに流される中で右腕を俺へと伸ばし五指を開いて、閉じる。

 

 

〈周囲の気温が上昇しています〉

 

 

 刃の報告通り、俺の体感でも急激に熱くなっていってるのが分かる。

 

 

「小癪な真似を……!」

 

 

 離れた方が無難と判断して、俺は下降してその場を離れる。一瞬後――ドオォォォン!!――俺の居た場所は黒炎が発生して連鎖的に爆発を起こす。

 

 眼下にあったオフィスビルに足をつける。すると、再び周囲の気温が熱くなっているのが分かった。

 上を見上げれば、体勢を立て直して空中で止まるセルバンの左腕が俺に向けられていて、その手は固く握り拳を作っていた。

 

 

「――っ!?」

 

 

 全力で走る。屋上の床は俺が踏み込む毎に砕けコンクリ片を跳ね上げた。

 

 

「おおおっ!!」

 

 

 隣のビルへと跳ぶ。それと同時に背後で爆発が起き、その衝撃を背中に受けて転がるように隣のビルへと着地した。

 

 

「どこ狙ってやがる、ヘタクソ!」

 

 

 俺は空を見上げて声を上げる。その罵倒に額に青筋を浮かべたセルバンは右手を天に掲げる。

 その手の先には無数の黒い何かが浮かび上がっていくのが見えた。

 

 

――死になさい!

 

 

 セルバンが掲げた右手を勢いよく振り下ろせば、天を埋め尽くす黒い何かは一斉に俺に向かって落ちて来た。

 

 

「マジかよ……!」

 

 

 刃と無限を刀にして迫り来る何かに備える。

 俺の今居る位置、ここはその何かが集中して降り注ぐ場所だ。流石に弾ききる自信はない。

 一瞬でそう思った俺はバックステップでそこから離れる。

 すると直ぐに――ドドドドドッ――と何か、針のように細くボールペン程の長さの黒炎が幾つも突き刺さっていく。

 更に降り注ぐそれを、俺はステップを踏んで躱し、刃と無限を振るい弾く。

 

 

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 自分ですら既にどう動かしているのか分からないほどにがむしゃらに動かす。見て払うでは遅すぎる。見て躱すでも遅すぎる。感覚で動く。

 

 

――まだまだありますよ!

 

 

 黒炎が降り注ぐ中でギリギリ聞こえたセルバンの声は俺を追い詰めるものだった……なんてな。

 最初の攻撃と二撃目の間の一瞬の空白、1秒にも満たないそこが狙い目だ。

 

 

(来た! 今だ!)

 

 

 黒炎の雨が一瞬だけ止む。眼前には黒の絨毯が再び迫ってきているが、この一瞬さえあれば十分だ。

 魔力を左手に持つ刃に乗せる。その魔力は直ぐに炎熱変換で紅蓮の炎に姿を変えた。それほど余裕も無い。攻撃は速やかに、だ。

 

 

「鎌鼬・鳳凰!」

 

 

 刃を振るい、纏わせた炎を放つ。放たれた炎は火の鳥へと姿を変えて飛翔する。

 紅蓮の火の鳥が黒炎の雨を打ち消しながら一直線にセルバンへと飛ぶ。

 

 

――この程度!……なぁっ!?

 

 

 迫る火の鳥を黒炎で払ったセルバンだが、その目は驚愕に見開かれていた。

 火の鳥を払ったらそこには俺が居たんだからな。

 簡単な話だ。鳳凰を放った後、俺は直ぐに鳳凰の後を追って飛んで黒炎の雨を切り抜けた。そして今、眼前には目を見開いたセルバンが居るって訳だ。

 

 刃と無限をグローブに戻して右手の五指を曲げる。握り込むのではなく、引っ掻くような感じで爪を立てる。

 

 

「氷神・零爪(れいそう)!」

 

――くぅっ!

 

 

 俺の爪はセルバンの左腕を掠めた。黒炎が壁となって防ごうとしたが、その黒炎を切り裂き左腕まで届いたのだ。

 零爪……引っ掻いたモノを例外なく凍て付かせる。その例に漏れず、セルバンの肘から指先まで深紅の氷の結晶に成った。

 

 

――これはっ!?

 

「その腕、貰うぞ」

 

 

 セルバンの反応を超え左腕を伸ばす。

 氷の結晶と化したセルバンの左腕を掴んで強引に押すと――バキッ――肘から先が折れる。

 

 

――ひぃっ!

 

 

 実際に痛みは無いだろうが、視認してしまえば擬似的に痛みが伴う。人が怪我をしているのを見ると、自分も同じところが痛くなったりするのと同じだ。そこを認識しただけで……いや、認識したからこそ腕を失った恐怖に身が固くなっている。再生できることも忘れて、な。

 

 

「たかだか腕の一本無くなっただけで、ビビってんじゃんねぇぞ!」

 

――ごふっ!?

 

 

 セルバンの顔面に左拳をめり込ませて振り抜く。

 セルバンは縦に回転しながら吹っ飛び、背中を地面に擦るように滑って止まった。空中であんな止まり方って、どんな能力だよ?

 

 

――ひいぃぃ! 腕ぇっ!? わたっ、私の腕がぁっ!!

 

 

 セルバンは肘から先が無くなった自分の左腕を抱えてのた打ち回る。

 

 再生できないのか? 自らの意思で再生する能力なんざ使い勝手が悪い。そもそも、悪化させることは出来ても、自分の意思で治癒力を高めるなんて出来るわけもないしな。

 あれか? 凍らしたからか? 可能性としては高いな。……試してみるか。

 

 

「何時までもピーピー泣いてんじゃねぇぞ。クソが」

 

――ひぃっ!

 

 

 ゆっくり近付きながら言ってやれば、セルバンは顔を青褪めさせて尻餅をついたまま後退る。

 

 

――ば、化け物……!

 

「あ?」

 

 

 セルバンは俺の頭より少し上を指差して言う。

 俺は何かあるのかと後ろを振り向くが何もない。上を見ても何もなかった。

 

 

〈何時ものあれでは?〉

 

〈あの童の反応が変わったのも、それでかもしれませんね〉

 

「あれ……? ああ、あれか。なるほど、見えてるのか。そして大輝少年にも見えていた……と」

 

 

 刃と無限の言葉に疑問が出るが、直ぐに心当たりが思い浮かぶ。

 

『赤鬼山口(さんこう)』……その昔、俺に付いた通り名だ。多くの賊はこの名で震え上がった……らしい。実際にこの名前だけで降伏した賊も多かった。

 何故『赤鬼』なのか?これは俺自身に自覚はないが、俺に恐怖を持った者、敵対している者、この二者は俺の背後に赤い肌をした鬼を幻視するらしい。

 恐らくセルバンも例外ではなく、それを視たんだろう。

 

 

「立てよ」

 

――ひっ!

 

 

 セルバンの正面まで来て髪の毛を右手で掴んで無理矢理引っ張り上げる。

 

 

五指銃(ごしがん)!」

 

――ぐぶっ!!

 

 

 セルバンの髪の毛を掴んだまま腹に魔力と覇気を纏わせた左手をめり込ませていく。

 第一関節、第二関節とどんどんめり込み、手首までめり込ませると、指先が背中側に突き抜けた。そこで進ませていた腕を止める。

 

 

――ひぎぃぃ!……や、やめでぐれええぇぇ!!

 

 

 セルバンが汚い悲鳴を上げるが、それを無視してめり込ませた部分の状況を確認する。

 血は出ていない。代わりにと言うか、傷口を黒炎が包み込んで接触している俺の腕を焼く。流石に不味いと思った俺は、氷結変換で黒炎から腕を守る。

 

 

――ぎぃぃあああ!!だず、だずげでぇ!!!

 

 

 尚も喚き続けるセルバンに溜め息が漏れる。死を覚悟していない者ほど滑稽な殺人者は居ない。

 

 

「潔く死ね、セルバン。これ以上お前に息をされると温暖化が加速しそうだ」

 

 

 そう吐き捨てて、左腕を守る魔力範囲を広げる。氷結変換された魔力は、触れるものを凍てつかせる。

 

 

――ひぃぃぃっ!!

 

 

 腹部から腰、太股、膝、脛、爪先へと凍てつき、同時に胸、肩、二の腕、肘、前腕、手先、と凍り残すは首から上だけとなったところで進行を止める。

 

 

――だ、だずげでぐれぇ!!じにだぐないいぃぃ!!!

 

 

 何を馬鹿な事を……と、そう思う。人を殺めておいてテメェは死にたくない? そんな道理はない。命を奪うなら、それ相応の覚悟が必要だ。

 

 

「テメェはやり過ぎたんだよ。報いを受けろ、セルバン」

 

――た、たすけッ――――――――――――

 

 

 それを最後にセルバンは氷のオブジェとなった。その顔は見事に歪み、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。よっぽど怖い目に遭ったんだろーねー。

 

 

「んじゃ、仕上げますか」

 

 

 左手を引き抜いてセルバンの胸に手を当てる。その拍子にパラパラ、と氷の破片がこぼれた。

 

 

「消えろ」

 

 

 その言葉を言うと魔力の奔流を左手から放つ。魔法名もないただの魔力の暴力。それは10秒間放たれ続け、やがて収縮する。魔力の奔流が収まった後にはセルバンの姿などあるはずもなく、完全に塵となったようだ。

 

 

《全員聞こえるか?》

 

 

 セルバンを消し飛ばした余韻に浸るのも僅かな間で、直ぐに次の行動に移る為に広域思念通話を行う。

 

 

《お兄ちゃん、そっちは終わったのか~?》

 

 

 大した間もなく鈴々から返事が帰ってくる。のんびりした口調だ、向こうもあらかた終わったのか?

 

 

《ああ、片付いた。そっちの状況は?》

 

《こっちは見当たらないのだ! でもでも、鈴々8体も倒したよ?》

 

《そうか、よく頑張った。全部終わったら焼き肉でも行こう》

 

《ほんと?》

 

《ああ》

 

《じゃあ鈴々もっと倒すのだ!》

 

 

 鈴々のテンションが際限なく上がっていくのが顔を見なくても分かる。

 鈴々との念話は切れた。まだどこかに潜んでいるかもしれない獲物を探しに行ったんだろう。

 

 

《こちらも見当たりませんな》

 

 

 鈴々の満面の笑顔を思い浮かべてほっこりしていると、星から念話が届く。

 

 

《了解。星はメンマか?》

 

《出来ればそうして頂きたいですな》

 

《分かった。まぁ、念のため探索を頼む》

 

《分かりました》

 

 

 短い応答を繰り返して星も探索に出たようで、念話が切れる。

 

 

「メンマ好きは変わらんね」

 

〈それが子龍様ですよ、主〉

 

「そうだな。あれがないと、あいつらしくない」

 

 

 苦笑が出るのも仕方ない。そこからは俺も探索をしながら、飛ばした念話に返ってくる反応に応対しながら飛ぶ。

 

 

「もういないか?」

 

〈そのようですね〉

 

「これでこの事件も終わり、だな」

 

 

 復讐をしたところで何も得るものはない。言うのは簡単だが、実際に自分の家族、友人、恋人、知人、恩師、身近な人間の命が唐突に奪われたとして、それが災害や事故ではなく何者かの手によるものだとしたら?

 どれ程の人間が犯人を恨まずにいられるだろうか? そいつの死を望まずにいられるだろうか?

 行き場の無い怒りに明確な捌け口を与えられれば誰だって飛び付くし、恨みを晴らしたいと思うだろう。今回は俺にとってマキア・セルバンがそうだったように……。他の誰かにとって俺も……。

 

 

「……その対象なのかもな」

 

 

 自嘲の笑みをこぼして独り言ちる。

 

 

〈何か仰いましたか?御主君〉

 

 

 俺の独り言に反応した無限に「いや、何でもない」とだけ返して、桃香達のもとに戻るのだった。




終わった。ようやくマキア・セルバンは死にました。長かったです。これで原作に……入れません!
まだやることがあるんですよねぇ。何時になったら原作に入れるのやら。

ちょっとした『蜀伝の書』に関する補足です。
『蜀伝の書』は『夜天の書』と似た部類の魔導書です。『蜀伝の書』は人物のデータを、『夜天の書』は魔法のデータを……といった具合です。今はまだ『闇の書』ですけどね。

宏壱は『蜀伝の書』の所有者ではありますが王ではありません。王は劉備(桃香)で宏壱は『夜天の書』で言うところの管制人格の役割です。それなりの権限は与えられていますが、絶対的な権限は劉備にあります。まぁ、彼女は完全に命令権を宏壱に譲ったつもりなので、今回の事件のように求められない限りは口を出すつもりはないみたいですけどね。

では、また次回お会いしましょう。

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