side~第三者~
宏壱自宅――事件解決・同日同時刻
ここは山口宏壱の自宅。外観は日本の古き良き家といった風情で、内観は一階は和風、二階は洋風といった少しアンバランスな構造をしている。庭園が日本式なのもそれに拍車を掛けているだろう。
その家の複数ある客間の一室には、一人の男性が横になって寝かされている。
この男性は以前宏壱が徐庶元直(碧里)と共に外食した帰りに、路地裏で倒れているところを拾ってきたのが彼がここに居る理由である。
「ぅん……ぅっ……ここ、は……?」
男性が目を覚ます。まだ意識がはっきりしていないのか、天井をぼんやりと見つめたまま動かない。
(俺は……確か……マキア・セルバンを追って……)
記憶を探るうちに意識が鮮明になってきた男性は、徐々に目を見開いていく。
「そうだっ……! つっ~……!」
自分に何が起きたのか思い出した男性は、勢い良く被せられていた掛け布団を押し退けて起き上がるが、身体中に小さな痛みを感じて顔を歪める。
オレンジ色の短髪にキリッとした眉、細身ながら引き締まった肉体は女性を魅了するだろう。
そして目立つのは包帯の巻かれた腕や肩、胸、腹回り、包帯が巻かれていない箇所にも古い傷跡が目立つ。
切傷、裂傷、火傷、打撲痕、弾痕など明らかに堅気のそれではない傷ばかりで、事故や喧嘩、災害に巻き込まれた風ではない傷跡だった。
「手当てがされている……誰かが俺を助けてくれたのか……?」
自分の体を見下ろして、何と無く状況を把握した男性は立ち上がる。
「俺のズボンじゃないな。少し大きい」
男性は上半身は何も来ていなかったが、下半身には宏壱が『グロウ』を使った際に着ているジーンズを穿かされていた。
男性の身長は凡176cm程で、大人モードの時の宏壱の身長は182cm。6cmも差が出来れば服のサイズも合わなくなる。加えて体付きも宏壱の方がゴツくては尚の事である。
「そういえば俺の剣は」
男性は室内を見渡す。
10畳の畳が敷かれた広めの部屋には男性と同じ高さのタンスが、男性が寝ていた布団の枕元にあるだけで、他にはなにもない物悲しい部屋だ。
そのタンスの横には、丁寧に畳まれた衣服と布に包まれた長物が置いてあった。
「これは俺が着ていた服と剣か」
衣服は彼が身に着けていた物、長物の中身も彼自身が持ち歩いていた物だ。間違う筈もない。
彼は日本警察に帯剣を許されている。銃刀法違反の外枠に存在するのだ。日本政府は悪魔、堕天使、天使、魔法使い、その他の種族に関しても認知している。
悪魔や堕天使、はぐれ悪魔祓い等の超常を起こす者達には常人では対処できずなすがままになってしまい国民の安全が確保できない。故に日本上層部だけでなく、世界各国の首脳陣はそういった荒事をプロテスタント協会等の専門家のスペシャリストに任せるのだ。
「特に弄られた形跡もないし、破れた服も補修されている。本当にただ助けてくれただけなのか」
男性は呟きながら畳まれていた衣服を広げて状態を確認する。
白いローブは血痕も汚れもない元々の清潔な白さを取り戻していて、中に着ていた体のラインがくっきり出る黒のボディスーツも修繕されている。
「銘もないとはいえ、曲がりなりにも神の御加護を承った聖剣。並みの悪魔や悪人では触れることも敵わない筈……という事は、触れたのは善人か?」
特殊な儀式を用いて彼の名も無き無銘剣は、魔を滅することの出来る聖剣へと成った。
魔属性を有する者は、これに斬られれば致命傷とは言えないがそれなりの深傷を負わすことは出来るのだ。
「しかし、気配がないな。誰もいないのか?」
屋内は静まり物音がしない。当然である。男性を診ていた雛里も、念の為にと彼女の護衛に付いていた桃香も宏壱の加勢にと海鳴大学病院へと出向いている。
「助けられた手前、黙っていなくなるのも忍びない。礼も出来ないしな」
呟きながら男性は宏壱のズボンを脱ぎ、自分の着ていた衣服へと袖を通す。
「だが、あの怪物は一体……?」
この男性はマキア・セルバンを追って海鳴市に来たのだが、マキア・セルバンの探索途中に大輝が虚と呼んだ怪物に襲われた。何とか撃退できはしたものの、彼自身も手傷を負い血を失い過ぎて気を失ったのだ。
そこまで考えて男性は頭を振る。
「考えても無駄か、分からないことはどれだけ考えても分からない。何より今は命があったことを喜ぼう」
男性はローブの裏ポケットに入れてあった写真を取り出し愛おしそうに眺める。
桃香が洗濯をする際に何か入っていないかとローブを弄ったところ、この写真が出てきたので、取り出して脇に置いておいてローブが乾いたところで中に戻しておいたのだ。
その写真に写っているのは二人の男女と一人の幼い少女だ。見ようによっては男の子にも見えるが……。
三人は幸せそうに笑っている。豪快に歯を見せて笑顔を作っている男性は女性の肩に腕を回し、女性は優しく微笑んで少女の肩に両手を置いている。
その二人の間に居る少女は活発な笑顔を見せていて、二人の男女の愛を一身に受けているのが写真越しでも分かった。
「本当に良かった。家族を残して死にたくはないからな」
その写真は家族写真だ。そこに写っている男性は当然宏壱が運んできた彼で、年齢も風貌も変わったところがないことから最近撮られたものだと分かる。
そうして男性が写真を眺めていた時だった。
「目が、覚められたようで、良かった、です」
「っ!?」
男性の背後から突然声が掛けられる。声が聞こえる一瞬前までそこに気配は無かったが、声が聞こえた瞬間非常に希薄だがそこにまるで最初から居たかのように少女が現れた。
「……君、は?」
男性はゆっくり振り返って肩膝を床につけ俯く少女に問う。
濃紺の髪、目は髪の毛に隠れて見えず、後ろ髪は膝まで伸ばされている。女性的な丸みはあるものの、身長も低くスレンダーな体型で凹凸は少ない体付き。
注視しなければそこに居るのかさえも分からない程に希薄な気配は、彼女が只者ではないと男性に思わせるには十分だった。
「この家の家主の、従者を、やらせて、いただいています。姓を徐、名を晃、字を公明、と申し、ます」
小さい声量だが、何故かはっきりと耳朶に響く清んだ声だ。独特な言葉の切り方は彼女の特徴の一つである。
「徐晃……公明、だと……?」
「左様、です」
本名を躊躇いもなく名乗った公明は顔を上げて頷く。これは宏壱の指示だ。イニシアチブを握るための策の一つである。宏壱は今回の騒動の関係者の可能性が高いと思い男性を家まで運んだのだ。多くの情報を得るために相手の動揺を誘う目的がそこにはあった。
彼女らの名を聞いて驚かない者は少ないだろう。それ程までに
「子孫……か?」
ぽそりと口の中で呟かれた言葉は元直に届いていたが反応を返すことはしない。ここからは己の主の仕事だと黙る。
彼女の仕事は主に偵察、潜入による情報収集と夜間を狙っての奇襲、暗殺(暗殺はそれを好まない玄徳に合わせてすることはないが)が殆どで、交渉事等をするようなタイプではない。
「妙な、気は、起こさない、事を、おすすめ、します。我が主は、短気、ですから」
これは嘘だが、妙な気を起こされて玄徳と宏壱に危害を加えられては敵わないと、独断でそう言い放った。
宏壱はまだ退院しておらず、帰ってくるのは玄徳達だけだが。
「あ、ああ、分かった」
そこからは沈黙の時間が玄徳達が帰宅する30分後までその空間を支配した。
side out
今回はかなり短いです。
諸事情によりペースは落ちますが、少しずつ書いていくつもりです。文字数も暫く少なくなるかもです。理由は活動報告の方に載せます。
それはさておき……今回登場した男性は、原作のキャラの肉親です。ヒントはタイトルと彼の髪の色と写真です(ほぼ答え)。
では、また次回お会いしましょう。