side~桃香~
「呉刃(徐晃公明)ちゃん、大丈夫かな?」
「大丈夫ですよ、桃香様。あの呉刃が現代人に後れを取るなんて有り得ませんから」
私の小さな呟きに答えたのは、隣を歩く碧里ちゃんだった。
戦いが終わって30分後の現在、私達は帰途についていた。
時間は日付が変わろうとする午前0時前。家の方で動く気配を逸早く察知した呉刃ちゃんが走り去ったのはつい先程のことだ。
「しかし、兄者も物好きだな。あのような面妖な男を拾うとは」
後ろから星ちゃんのそんな呟きが聞こえた。
「宏壱様のなさることです、無駄なことはありません。それに、無駄なことにも意味はあるはずです。凡人の我々が理解しようなどと烏滸がましい考えなのです」
「などと言いながら、貴様は分かってるんだろ? お師匠の御考えが」
焔耶ちゃん(魏延文長)の質問、と言うより断定に「愚問です」と得意気に言う菫さん(司馬懿仲達)の声に苦笑が漏れる。顔は見えなくても、何と無く背中を反らして胸を張ってるんじゃないかなって思う。
「まったく、どっちよ。宏壱さん至上主義も良いけど、人の居るところでそれやめてよ? 恥ずかしいから」
「何を恥ずかしがる必要が……?」
「はぁ、ダメね。分かってはいた事だけど、死んでも治らないみたい」
遠慮なんてない言葉の応酬。仲間や友達、同じ人が好きとかもうそんなのは関係なくて、ただそこにみんなが居るだけで安心できる私達の“日常”なんだって思える。
「桃香お姉ちゃん、どうしたのだ? にやにやしてるのだ」
争いから離れた“今”を噛み締めていると、漓々ちゃんと一緒に前を歩いていた鈴々ちゃんが何時の間にか、私の前まで来て顔を下から見上げていた。
「うんん、何でもないよ」
「でも、にやにやしてるのだ」
「そうかな~?」
後ろに振り返ってみんなに聞くと、みんなが首を縦に振る。
後ろ向きに歩きながら右手で自分の頬を触ると、少しだけ口角が上がっているのが分かった。
「くす、だってみんなとまたこうして一緒に居られるって思うと嬉しくって」
私の言葉を受けて、顔を見合わせたみんなは一様に笑顔を見せてくれた。
「はい!私も皆さんとまたこうして一緒に過ごせるのがすごく嬉しいです!」
感極まったように朱里(諸葛亮孔明)ちゃんが胸の前で小さな両拳を握り込んで叫ぶ。
「静かにせんか、バカモノ」
「はわわ!」
大きな声を出した朱里ちゃんの頭を桔梗(厳顔)さんがグリグリと押さえ付ける。
もう遅いからご近所さんに迷惑が掛かるもんね。
「これからみんなが出られるように考えて――「ありますよ」――……へ?」
言いながら前を向いて歩き出そうとした私の耳に届いたのは、予想外な言葉だった。
「……あるって、えっと?」
もう一度振り返ってみれば、首を傾げて発言者を見るみんなと、特に驚きを見せていない朱里ちゃん、雛里(龐統士元)ちゃん、碧里ちゃん、菫さんの二通りに分かれていた。
「どういうこと?」
私が口を開くよりも早く蒲公英(馬岱伯瞻)ちゃんが発言者、菫さんに聞く。
「考えなくとも分かることです。……今話してしまっても構いませんが、着きました。話はまた後日、宏壱様を交えてということで」
菫さんの視線の先には私達の帰るお家の門が見えている。
「うん、じゃあその話はまた今度ね。今は情報を聞き出すことに専念しよう」
気持ちを切り替えてお家に向かう。
「情報……って?」
後ろで翠(馬超孟起)ちゃんが疑問の声を上げたのが聞こえた。
「たんぽぽに聞かないでよ……」
「情報というのは……」
分からない娘達に説明をする菫さんの声を聞きながらみんなよりも五歩前を歩く。
「ただいま」
「お帰り、なさい、ませ」
門を潜って玄関まで続く石畳を進み玄関の戸を開くと、呉刃ちゃんが静かに迎えてくれた。
「居間で、御待ち、です」
「そっか、もう起きてるんだね?」
「はい」
長い濃紺の髪の間から僅かに見える白い瞳は、微かに揺れながらも私を確りと捉えている。
「うん、分かったよ。直ぐに行くね」
私はその目を見つめて呉刃ちゃんに返事をする。
彼女の目は特殊で、闇の中でも光がなくてもはっきりとモノが見える。昔はその目が原因で色々あったみたいだけど……。
考えている内に呉刃ちゃんは、私に背中を向けて居間に向かう。
「星ちゃんと菫さん、あと朱里ちゃん、私に着いてきてね。他のみんなは、お疲れ様でした。ゆっくり休んでいてください」
玄関の前で揃う顔ぶれを見回して言う。こうして見ると、錚錚たるメンバーだと思う。武芸、軍略、政治、唄、あらゆるものに秀でた英雄。自分で言うのも何だけど、後世にまで名前が残る程に優れた人達。
今は病院だけど、この中で最も武芸に特出しているお兄ちゃんに喧嘩を売った事件の犯人さんは運が悪かったとしか言えない。
「うにゃ~、鈴々お腹減ったのだ」
お腹に両手を当てて鈴々ちゃんが言うと、みんなもどことなくお腹が空いてる感じかな?
「じゃあ、終わったらご飯にしよっか。それまでは、待機だよ」
時間は遅いけど、私もお腹空いてきちゃったから。
「それじゃあ、行こっか」
「「「御意/は、はい!/承りました」」」
星ちゃん、朱里ちゃん、菫さんの返事を聞いて靴を脱ぎ星ちゃん達三人を引き連れて居間へと向かう。
「劉備玄徳様です」
居間に入ると呉刃ちゃんが、畳に敷いた座布団の上に正座で座っている男の人に、私を紹介するように言う。その言葉を受けて、男の人の目が大きく見開かれた。
まぁ、それは良いんだけど……。
「呉刃ちゃん、どうして本名なのかな?」
私は目を細めて、私よりも背の低い彼女を見据える。周りの空気が、左右に引っ張られた糸のように張ったのが分かる。
呉刃ちゃんが、意味のない混乱を相手に与えるような事はしないって知ってるけど、だけどこの場で……この組織内で誰が上に居るかっていうのを確りと伝えないと、ね。
圧力が増す中、男の人がごくりと生唾を飲み込む音が居間に響く。
「桃香様、彼、は、裏に生きる者、です。それに、今回の、事件の、関係者の、可能性が、高い、です」
「だから情報を得るためには、ある程度こちらも情報を開示する必要がある……と?」
30秒程経って私の圧を受けても慌てた風もなく答えた呉刃ちゃんに言葉を返したのは、私の後から居間に入ってきた星ちゃんだった。
「桃香様、お座りくださいませ」
「菫さん、ありがとう」
男の人の机を挟んで向い側の席に菫さんが座布団を置いてくれた。
そこで私も重圧を解き、男の人の前に座る。明らさまにほっと息を吐く男の人に苦笑が溢れる。
「それじゃあ、お話を聞かせていただきます。嘘は許しません。真実だけを述べてください」
話を進めるのは私の後ろに控えた星ちゃんでも呉刃ちゃんでもなくて、私だ。
私の右側に座った朱里ちゃんと、左側に座った菫さんには、男の人が嘘を言っているか見抜くのに徹してもらう。
「あ、ああ」
――男の人が語ったのは自分の所属する組織がどこか、この街に来た目的は何か、お兄ちゃんが戦ったアレは何だったのか……。
全部を聞き終えて、念話を朱里ちゃんと菫さんに飛ばす。
《私が見た限りだと嘘はないと思うんだけど……どうかな?》
《ありません。息遣い、視線、指先、声……緊張感はありますけど、それ以上のものは見えませんでした》
《こちらも同様です。特に疚しい感情は見受けられませんでした》
朱里ちゃんと菫さんの返ってきた念話に小さく頷いて正面に座る彼を見る。
たぶん嘘はない、と思う。もしこの状況で私達に嘘がつけるのならすごい胆力だよ。
「事情は分かりました。つまり、あなた達の不始末が私達に……私の義兄、山口宏壱に押し付けられた。そういうことですね?」
「……むぅ、そう言われても仕方無いとは思う」
棘のある私の言葉に男の人は眉を顰める。
「……義兄?」
「今は関係ありません」
「あ、はい」
余計なところに反応した男の人に「反応するところはそこじゃないんですよ~」と、ニッコリと笑い掛けると彼は背筋を伸ばす。
「じゃあ、お話はここまでにしてご飯にしよっか」
「……へ?」
パチン、と柏手を胸の前で打った私の言葉に、気の抜けた声を出す彼を気にせずに言葉を続ける。
「まだだよね?」
「ま、まぁ」
「それじゃ、決まりだね」
菫さんが静かに腰を上げて今を出ていく。何処かにいるみんなを呼びに行ったんだと思う。
「それだけ、か?」
「直接元凶と対峙したわけでもないし、思うところはあっても言うことは無いかな。事情を聞くのが今回の目的だしね」
「はぁ……そんなことで俺の寿命は縮んだのか」
私達に見据えられていたのが効いていたみたいで、男の人は大きく息を吐き出して机に体を投げ出した。
「いや、我らの圧力にこれだけ耐えれれば十分やっていける」
「はい、今の、人達は、軟弱、ですから……です」
「……もうこんなことは嫌だ」
星ちゃんと呉刃ちゃんの言葉に更に深い溜め息を吐く。
この人は気づいてるのかな? 少しとはいえ、自分が
side out
事件解決後の話は難しいですね。まだもう少しだけ続きます。
因みにですが、この話は章として区切りません。
宏壱が様々な存在と出会い人脈を広げるのがこの章の主幹になります。
では、また次回お会いしましょう。