side~宏壱~
「それで、あんたは俺に礼を言いに来た、と?」
ベッドの脇に立って「うむ」と頷く男を、俺は病室のベッドに座って見る。
今は事件解決から一夜明けて、翌日の13時を回ったところだ。
あの後は大輝少年、大輝に詳しい説明をして解散となった。
正直な話、今回の事件は周りを巻き込みすぎたと思う。
月村姉妹、なのはを除く高町兄妹、士郎さん、大宮父子、石田先生、そして……八神一家と犠牲になった海鳴市の一般人。
かなりの人を巻き込み、死者を出して終決した事件。多くの人が訳も分からず死に、家族を失い、友を失い、大切な人を亡くした。意味も理由も全てが分からないまま始まり、そして終わった事件だった。
「本当にありがとう。君の、君達のお陰でマキア・セルバンによる被害の拡大は防げた。俺は何も出来ずにいたが……」
「防げてなんかいねぇだろ。大勢の人が死んだ。そして、誰もが何時の日か忘れちまうんだよ」
「……」
黙り込む目の前の男、紫藤正滋(しどうせいじ)を見据える。
この男はマキア・セルバンを追って海鳴市(この街)に来たらしい。
何でも、マキア・セルバンははぐれ神父とか呼ばれている異端者で半端者らしい。俺は奴の情報を殆ど持ってないからな、らしいづくめだ。
「……確かにそうだ。多くの人が悲しみ、眠れぬ夜を過ごしたんだろう。だが、それを君が背負う必要があるのか?」
「は……?」
空気が冷える。室内温度が数度下がったんだろう。
やけど、これは止まれへんな。背負う必要がない、なんざ誰が決めたんや?
「なら、誰の責任じゃ」
「む、う……?」
俺の口調の変化に紫藤正滋は戸惑いを隠せへんみたいや。それでも、こればっかりは止まれへん。ちゃうな、止まらへんのや。
「俺が取り逃がしてしもたから、被害は拡大したんじゃ。ホンマやったらとうに事件は終わっとんねん」
「いや、すまない。君の気持ちが分からない俺が、背負うな……とは無責任すぎたな」
「……」
あっさりと引いた紫藤正滋に毒気を抜かれ、張り詰めていた空気が緩んだ。
それがその場凌ぎの謝罪じゃないことは、彼の顔を見れば一目瞭然だった。
「だがな、背負い続ければ君はその重みに――「押し潰されねぇよ」――……そう言い切れるのは何故だ?」
口調を戻して紫藤正滋の言葉を遮る。
「俺には家族が居る」
「家族……?」
「会っただろ? 俺の家族に」
「彼女達か……」
会っている筈だ。あの事件の後、桃香達は直ぐに帰ったからな。その時に目を覚ましたのなら、紫藤正滋は
「そうだ。あいつらは俺を強くしてくれる。何処までも、どんなモノも支えられるように、な」
「良い家族なんだな」
「ああ、俺の誇りだよ」
自然と頬が緩む。
「……君は若いのに良い
「急になんだよ?」
妙な温かみのある顔でそんなことを言い出す紫藤正滋に眉間に皺が寄る。男にそんな顔で言われても嬉しくないぞ。
「君ほど若くないが、俺の後輩にも10代の悪魔祓いがいる。決意を持ち、使命感のある表情をするんだが……」
「……だが?」
変に間を開ける紫藤正滋に焦れた俺は、続きを急かすように語尾を言う。
「何かを守り抜くという意思は弱い。敵を倒すことばかりを考えている」
「それが真理じゃないのか? 敵を討てば傷付く奴はいなくなる。結果的に、守りたいものを守れるだろ」
紫藤正滋は頷き俺の言葉を肯定する仕草を見せながらも、その口から出た言葉は否定だった。
「君は自分が生き残ることを考えて行動しているだろう?『決死の覚悟』と言っても本当に死ぬ気はない」
「当たり前だ。誰が好き好んで死にたがるんだよ」
「うちの若い衆は大体そうなんだ。主の為ならば己の命など惜しくはない……!みたいな感じだから」
「あんたも苦労してるんだな」
俺は、肩を落として言う紫藤正滋に苦笑を溢す。
若い内は「自分が何でも出来て、敵わない者はいない」、なんて有りもしない自信がどっからか湧いてくる。それで、大きなヘマをして学ぶんだよな「自分の居る世界は小さい」ってさ。
「正滋だ、そう呼んでくれ。俺も君を宏壱と呼びたい。構わないだろうか? 年齢は二回り近く離れているが、君とは友人関係を築きたいんだ」
「分かった。それじゃあ改めて……」
一呼吸間を開けて、俺は口を開く。
「私立聖祥大付属小学校三年所属、山口宏壱だ。しがない魔導師をしている」
管理局の事は話さない。士郎さんや咲でさえも知らない情報を、付き合いの浅い紫藤正滋、正滋に話すのは彼等に対しての裏切りだと思うからな。
「プロテスタント協会所属の
そう言って正滋は右手を出す。その意図を汲み取った俺は、正滋の差し出す右手をしっかりと右手で握り握手を交わす。
「今日はこれで帰らせてもらう。後日また来ても良いか? 俺の上司が宏壱に会いたいと言ってるんだ」
「ああ、構わない。俺達に対して敵対行動を取らなければ、な」
「あの方はそんな浅慮じゃないさ。矛を向ける相手は理解しているよ」
その言葉を残して正滋は俺に背中を向けて手を振り病室を出ていく。
「で、士郎さんは何時までそうしてるんだ?」
俺以外誰も居なくなった病室にそっと忍び込み、病室に備えられている棚の影に隠れている男に声を掛ける。
「……バレていたのか」
隠れていた男、士郎さんが後ろ頭を掻きながら棚の影から姿を現す。
「分かっててやってたんだろ?」
「まぁ、君には意味がないことは分かっているさ」
肩を竦めて戯けて見せる士郎さんに、少しばかりの苦笑を漏らす。
「それで、何か用か?」
「特に何かあるわけでもない。ただ、店がまだ開けられなくてね」
「暇潰しかよ」
ジト目を向ける俺から士郎さんは目を逸らす。
「そ、それより、さっきの彼は呼び捨てなのに僕はさん付けかい?」
「(露骨な話の逸らしかただな)……特に理由はないぞ? ただ、尊敬できると思ったからってだけだしな」
話を逸らしたことには触れないことにして、乗っかることにした。
この話は事実だ。実際、この街には尊敬できる人間が多い。それは管理局内でも言えることだけどな。
「それに正滋は自分で良いって言ったからな。だから、そう呼ぶことにした」
「なら、僕のことも士郎と呼んでくれ」
「あんたがそう言うなら遠慮なく」
こういうことはヘタにに遠慮すると、変な距離を作りかねないからな。
「じゃあ、俺も呼び捨てにしてくれ」
「そうかい? じゃあ、そうさせてもらうよ、宏壱」
互いに敬称無しで呼び合うことになった。
「それで、入院生活はどうだい?」
唐突な質問が士郎さん、士郎から飛んできた。
「飯の量が、な」
「あー、君には少ないか」
士郎は納得した、と頷きながら苦笑を漏らす。
病院食は栄養バランス、カロリー摂取量を考えた献立で量は平均男性……俺の場合は年齢に合わせたもので更に少ない。
やることは散歩ぐらいで、ほとんど動くこともないから普通なら足りるんだろうが……。
「それに味気ないし、塩なんかは特に控えめだ。なにより、桃香達の料理が食いたい」
「僕も入院中は、桃子の手料理が恋しくなったよ」
考えることは一緒か、と互いに笑みを見せる。
士郎の頬はだらしなく緩んでいるのを見て、俺も似た感じで笑っているんだろうと、鏡を見なくても分かる。
「男二人がでれでれとにやけているのは気持ちが悪いな」
そこで、病室の入り口から声が掛けられる。
俺と士郎は特に驚くこともなくそちらに顔を向けた。
少しはねた黒髪。濁った黒い目。シワの寄った白衣。何処と無く不潔感がある、という医者にとっては致命的な印象を、見る者に与える男がそこに居た。
「あんたも自分の嫁の話になると似たようなもんだろ」
俺の言葉を受けて病室の入り口に立つ男、大宮先生がそっと目を逸らした。
「あー、それで大宮さん、何か宏壱に用でも?」
士郎が助け船を出すように言う。
まぁ、外にもう一つ近付いてくる知った気配があれば何かしらあると思うだろ。
「まったく。高町さんも山口くんも本当に化け物じみてるな」
俺達の視線が病室の外に注がれているのを見て言ってるんだろうが、その言い様は酷くないか?
「失礼します」
入ってきたのは白衣を纏った青髪ボブカットの美人、石田幸恵医師だ。
彼女は昨夜の事件の見届け人の一人でもある。ちょっとした偶然から関わる事になってしまったのだ。
「昨日の今日で出勤か……石田先生、大丈夫か?」
「何が起こっているのか知りたい」……そう言った石田先生の気持ちを汲んだつもりで同行を許可した。
本来なら力を持たない彼女をあの場所に連れていくべきではなかったが、何と無く八神一家に何が起きたのか、彼女にも知っていて欲しいと思った俺の独断で見届け人の一人になってもらったのだ。
「はい、不調で休みます。……では医者は務まりませんから」
気丈にも微笑んで見せた。いや、魅せる。と言った方が正しいか。
その笑みは桃香達にも引けを取らないほど美しかった。現に妻帯者である士郎と大宮先生が見惚れているしな。これが彼らのパートナーに知れたらと思うと、(笑いを堪えるのに)震えが止まらないな。
「あんたは強いな。一般人だってのが勿体無いくらいだ。普通なら塞ぎ込むか、逃避するかすると思うんだけどな。受け入れるってのは……そうそう出来るもんじゃない。誇っていいぞ、あんたはいい女だ」
流れるように紡ぎ出された俺の言葉は、聞きようによっては口説き文句のようにも聞こえただろう。
「……君には愛紗さん達が居るんじゃないのか?」
「呆れた」と肩を竦めて言う士郎の言葉で、俺の言葉を受けて呆気に取られていた石田先生が我を取り戻し、どこか赤みのある頬のままムッと眉を寄せて俺の前まで来る。
「君にはまだそういうのは早いわよ」
右手の人差し指と中指の二本で俺の額を軽く突く。
確りと切り揃え手入れされた爪、そして長くスッとした綺麗な指だ。照れ隠しなのか、お姉さん風を吹かす石田先生の瞳には戸惑いの色が見える。
「男に歳は関係ないぞ。何処まで行ったって男と女なんだ。いい女が居りゃあ声を掛けるし、泣く女が居りゃあ手を差し伸べる。昔も今もそれは変わんねぇさ」
大宮先生と石田先生は困惑を隠せず、士郎は更に呆れた視線を俺に送る。
「そんな目で見るなよ、士郎。俺は『赤鬼』だぞ。知ってんだろ?」
士郎はそこで合点がいったと頷き、納得する。
図書館にある書物で読んだが、現代に語り継がれる俺の人物像は大の女好きで酒好き、更には殺しが大好きの暴れん坊……らしい。
これは諸説ある内の一説だが、一番信憑性のあるものとして多くの文献で語られている。
他には、実際には優男で腕っぷしが弱くて蜀の女傑が子孫を残すために迎え入れた野心の無い絶倫男とか、そんな男は存在せず、他国や賊を抑えるために一般兵を祭り上げて作られた虚像だとか、理性を持たない殺戮兵器だとかな。ただ、その殆どに女好きだとか、殺人気みたいな言い回しが多い。
女好きは認める。桃香達を囲っておいて「俺は一途です」などと言うつもりはない。だが、俺は殺しは好きじゃない。闘いは好きだけど、命を奪うのは出来ればしたくない……が、時には相手を殺めることで誰かを救うことができる。
嘗ての時代はそれが当然だった。賊を10人逃せば、100人単位で罪の無い民が死ぬんだ。なら、生かすべきではない。今回の事件もマキア・セルバンを逃した所為で八神夫妻が命を落とした。
殺すべき相手は殺す。だが、必要の無い殺生はしない。
「それで、用事ってのは?」
これ以上話を広げると本当に進まないからな。
「あ、はい。はやてちゃんが目を覚ましました」
真剣な表情で石田先生が紡いだ言葉は、辛い現実を直視しなければならない少女の目覚めだった。
最近、100話に入っても原作入りしていないんじゃないかと不安なコントラスです。
マキア・セルバンが起こした事件の後日談的なこのお話はもう暫く続きます。大輝くんのフォローもしないといけませんからね。
まぁ、今ははやてちゃんのメンタルケアが先決ですが。
では、また次回お会いしましょう。