side~第三者~
閑散とした住宅街にもくもくと煙が立ち込める。
それを上空から見下ろすのは、二枚一対のコウモリのような羽を肩甲骨から生やした五人の男達。
その姿は伝承にあるような悪魔そのものと言える。
平穏に生きている人間は、普通彼らのような存在を目にすることはない。彼らは人目を忍んで生きているからだ。
彼らにも故郷はある。冥界……そこが彼ら悪魔が産まれ出づる世界だ。
「ふんっ! 下等な人間が我らに逆らうからこうなる」
五人の悪魔の内一人が冷淡で嘲りを含んだ声で言う。
彼ら悪魔は人間を下等種と見下し蔑む者が多い。
体が弱く、寿命も短く、空も飛べない人間を力を持たない虫だと、嘲笑するのだ。
しかし、彼らは知らない。人でありながら人を逸脱した存在がこの人間界にいることを……。
この世には決して手を出してはならないモノが存在することを……。
side out
side~宏壱~
俺の体に直撃した魔力弾が弾けて爆発した。
背中に隠れたユークリウッドに被害がいかないように、俺と彼女の間に魔法障壁を張る。
正直、自分には必要ないと思ったのだ。
密度も薄く、構成も弱く、魔力の質さえ低い。努力の欠片も見えない甘っちょろい魔力弾。躱す必要も、防ぐ必要も感じられない。バリアジャケットの防御力だけで十分だ。
もしこれが悪魔の実力だと言うのなら失望だ。
勝手に期待しただけだが、それでも言わせてほしい。ガッカリだ、と。
「ここにいろ、一瞬で終わらせる」
「……」
驚きに目を見開いて俺を凝視していたユークリウッドが、俺の言葉に我に返って頷くのを確認してから、周囲に広がり視界を塞ぐ煙を右腕で凪ぎ払う。
「……な、に?」
立ち込める煙を払うと驚きに目を見開くコウモリ共の姿があった。
俺が生きていることに驚いているのか、それとも俺が大人になっていることに驚いているのか……。
「き、貴様っ、何者だっ!? 小僧が呼んだのかっ!」
動揺を隠すこともせず、みっともなく喚くコウモリA。
誰かの上に立つのならそれは隠せ。上司の動揺は部下に不安を与える。百害あって一利なしだ。懇切丁寧に教えてやるつもりはないが。
「喚くなよ雑魚が。程度が知れるぞ」
「なんだとっ! 貴様ぁっ、人間風情があああっ!!」
安い挑発にも簡単に乗る。
これじゃあ、悪魔に期待はできなさそうだ。これなら夏休み前にホールサンドで戦ったレッドベルンガの方が強いぞ。
「殺せっ! あの人間を殺せえっ!」
怯えた目で俺を見るコウモリAは、汚い唾を撒き散らしながら命令を下す。
しかし、誰も動かない。自分達の思い描いていた未来とは大きく違うから、その事に戸惑っているのだ。
「な、何をしている、貴様らっ!」
動かない部下に狼狽えるコウモリA。滑稽すぎて笑えないな。
「安心しろ。そっちから来なくても、こっちから行ってやる」
腰を軽く落とし……飛ぶ。
コウモリAの隣にいたコウモリBに接近、腹部に拳をめり込ませて振り抜きぶっ飛ぶ前に腕を掴んで引き寄せ(ゴキッ!とコウモリBの肩辺りで音が鳴ったが気にしない)、コウモリCに向かって投げ飛ばし、ぶつかったところでブレイク キャノンを射って纏めて落とし、剃刀でコウモリDの真上に移動して、脳天に踵落しを喰らわせて道路に蹴り飛ばす。
この間僅か1秒。悲鳴を上げさせることなく四羽のコウモリを無力化した。
「……は?……なぁっ!?」
一瞬大口を開けてポカンと間抜け面を晒したコウモリA、5秒ほどで事態を把握、更に目を大きく見開き驚きの声を上げる。
反応が鈍い。指揮官としての能力もないし、個人としても弱すぎる。正直な話、期待はずれも良いところだ。
「貴様っ!? まさか『
『神器』……正滋の話では人間が異形の存在へ対抗するために聖書の神が作り上げたシステム。人間にしか宿らない神秘の力だっけか?
心外だな。俺の力が貰い物と思われるとは……。
「……神様の奇跡は信じない
「魔導、だと……魔法使いか!?」
「ちょっと違うんだけど……ま、お喋りはここまでにしようや」
「くっ……虫けらが、嘗めるなあっ!」
吼えながらコウモリAは魔力弾を連続で放ってくる。
さっきの連中のものよりは強そうだ。リーダー格なだけあって、力量は他の連中よりも高いらしい。
まぁ、どんぐりの背比べだ。俺のバリアジャケットを抜くほどの威力はない。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ねええええっ!!!」
殺到する魔力弾は全て俺に直撃、爆発して爆煙を撒き散らす。
爆煙の中、気配を頼りにコウモリAに近付く。
爆煙を切り裂き飛び交う魔力弾は、たまに俺に当たるものもあるが、その殆どが明後日の方向に飛んでいき消滅する。気配の探り方も知らんらしい。
完全に恐慌状態だ。
「喚くなよ、虫けらが」
気配を頼りに腕を伸ばす。
「ぐうぇっ……!」
丁度そこにはコウモリAの首があった。
指先に力を込めて気道を塞ぐ。
そうすると当然、息が出来なくなるわけで、コウモリAは必死に俺の腕を離そうと藻掻く。
爪を立てたり、殴ったり、蹴ったり、魔力弾を射ったり、だがそのどれもが俺には通用しない。
「言え、テメェらの本拠地は何処だ?」
ユークリウッドを狙った事もそうだが、俺を嘗めくさった奴等が許せねぇ。
「あぐっ……! しゃべっ……れなっ……!」
「ははっ! 意地を見せろよ、クソコウモリ。人間やれば出来るもんだ……ああ、人間じゃないから無理か」
「ぁっぇ……!」
本格的に意識が遠のいてきたのか、抵抗していた腕も力なく垂れ下がる。
このまま落として家に連れ帰り情報を……。
「――150%っ!!」
「ぐあっ!?」
完全に落としきる、その間際に背中から衝撃を喰らった。
尋常じゃない力だ。人間を張るかに上回る。
「くっ……!」
民家にの屋根に落ちきる寸前で、前転してなんとか衝撃を殺す。
瓦を剥がしながら、両腕、両足に力を込めて滑り落ちる体を止める。
上を見るが上空にはいない。俺がいる民家とはまた別の民家にコウモリを抱えて降りていた。
「相……川……」
そこにはクラスメイトの姿。肩甲骨で切られた灰色の髪、大きなくりっとした目、小学3年生にしては膨らんだ胸部。10人に聞けば10人にが美少女と答える容姿だろう。
そのクラスメイトが、キツく俺を睨んでいた。
「どこの誰だか知らないけど、少しやりすぎじゃない?」
大人モードの俺を見たことがない相川は、強い敵意を俺に向ける。
《客観的に見れば、先程の主は立派な悪人でしたからね》
《勘違いされたとしても、どうも言い訳はできませんね、御主君》
《うるせぇ》
念話で茶化してくる二人の相棒に不貞腐れながら返す。
俺はそんなに悪人に見えるか?
「俺は敵じゃ……」
取り合えず誤解を解こう、そう思って声を上げるが……途中で止める。
……面白いことを思い付いた。
《ああ、これはまた良からぬことを考えていますね》
《うむ、さぞ楽しいことだろう。御主君にとっては、だが》
二人の呆れた、と言わんばかりの言葉に少し苦笑が漏れる。
実際その通りで、ユークリウッドからしてみれば傍迷惑な話だろう。しかし、後に良い方向に転がるんじゃないか?とも思う。
さて、思い付いたら即行動だ。あの女ならこの姿の俺にも追い付けるはずだ。
《無限》
《御意》
念話で声を掛けると直ぐ様封時結界が展開される。俺の意図は完全に読んでくれていたようだ。
「ファースト ムーブ!」
高速魔法を発動、世界は遅くなりその中で俺だけが速く動ける。
向かう場所は道路からこちらを見上げていたユークリウッド。
相川は俺が動いたことを把握できていない。
「ユークリウッド、すまん。後で必ず助けに行く」
ユークリウッドの前まで来た俺は、小声で彼女にそっと囁く。
目を見開く彼女の肩に触れ……。
「スパークショット」
最小限に加減した雷撃を放つ。
ユークリウッドはビククッ、と一瞬体を痙攣させて気を失い倒れた。体を痛めないよう、相川から見えない位置に魔力で地面にクッションを作る。これで怪我はない筈だ。
今は起きていられると無面倒だからな。まぁ、5分あれば目覚めるだろう。
「ユーっ!?」
事態の把握が遅いぞ相川。まぁ、あの速度に追い付くなら、同じ高速魔法か音速で動けるくらいしないとな。
このまま突っ立っていても怪しまれる。間に合えよ? セラフィム……。
「死ね、ユークリウッド・ヘルサイズ」
辺りに響く声で言葉を発し、態とらしく掌に魔力弾を生成、気を失ったユークリウッドに向ける。
「やめてええっ!」
相川が叫ぶが、それじゃあ間に合わねぇよ。
「秘剣・燕返し!」
魔力弾を放つ寸前、高速で肉薄してきた黒髪美女が手に持つ太刀を上段から斬り下ろす。その軌道は魔力弾を生成した俺の腕だ。
「おっと」
腕を引っ込めて後ろに大きく跳んで、民家の塀に着地する。
これで俺は已む無く魔力弾を射つことを中止して下がらざるを得なくなった。誰から見てもそう映る筈だ。
「ヘルサイズ殿に手出しはさせません!」
言い放ち、更に肉薄してくる。俺の立つ塀に飛び乗ったセラフィムは、勢いのまま太刀を横凪ぎに振るう。
間合いの外に体を逃がして躱す。
「逃がしませんっ!」
今度は大上段からの脳天へ向けての斬り下ろし。完全に殺す気だ。
後ろに下がるのを止めて前に踏み出す。右手を上げてセラフィムが太刀を振り切る前に柄頭を掌で受け止める。
「なっ!?」
「驚いている暇はないぞっ!」
「ぐぅっ!!」
驚愕に目を見開くセラフィムの腹部に左拳を打ち込み吹き飛ばす。民家の壁を破壊して姿が消えた。
衝撃は中へ浸透させず、外に逃がした。派手に吹き飛びはしたが、ダメージは軽い筈だ。
「セラっ!?」
ユークリウッドの傍に駆け寄っていた相川が悲鳴を上げて……。
「このおっ!」
怒りに任せて俺に飛び掛かってくる。
「ほっ」
相川の飛び蹴りを躱して跳躍、民家の屋根に着地する。
そこで視界の端に飛来する影が映った。
「っと、危ねぇ」
横から俺の首を狙って放たれた投擲物を人差し指と中指で受け止める。
風車のような形をしたそれは、手裏剣だった。
「忍者かよっ」
手首のスナップで手裏剣を投擲者、セラフィムに向けて投げ返し、追ってきた相川の拳を掌で叩き落とす。
身長差のせいで、どうもやり難いな。必然的に、相川の攻撃の殆どが低い位置になる。
「はぁっ!」
同じ屋根に上がってきたセラフィムが、俺の側頭部を狙い突きを放つ。
軽く上体を後ろに反らして躱すと、刃が俺の方に向けられ迫ってくる。
「よっ」
そのまま後ろに倒れて屋根に手をつきバック転、正面から攻撃を仕掛けようとしていた相川に向けて足を振り上げる。
「っ!」
下からの奇襲を躱してみせた相川を尻目に、屋根に足をつけた俺は更に跳んで後方宙返りで大きく距離を取る。
飛んでる最中にセラフィムが五本の苦無……の形をした葉っぱを投げてきた。時偶、金属じゃなくて葉っぱなのだ。節約ですか?
それを空中で体を捻って躱し、相川とセラフィムがいる民家の道を挟んで向かい側の屋根に着地する。
「さて、そろそろか?」
そう呟いて、俺は気絶させたユークリウッドの方に一瞬だけ視線をやる。
そこには、想定通りコウモリAの姿がある。この機に乗じてユークリウッドを連れ去ろうというのだ。
相川とセラフィムは、まだそれに気付いていない。
《刃、サーチャーを飛ばしてくれ》
《……御意》
《……なるほど、あくどいことを考えますね》
《言うな、自覚してる》
俺の考えを察した刃は何も聞かず、無限は呆れた声を出す。反応は違うが、二人とも異を唱えるつもりはないらしい。
転移魔法……だと思うが、コウモリAはユークリウッドを巻き込んでどこかに消えた……俺のサーチャーも連れて。
「はぁっ!」
「っと、気を取られてる場合じゃないな」
俺の胸部に向かって放たれた蹴りを腕をクロスして受け止め、後ろからの太刀の横凪ぎを太刀の腹を蹴り上げることで弾き、執拗に拳を撃ってくる相川をいなす。
「300%!」
「ぐっ!?」
相川の拳を腹部に受けて吹き飛ばされた。
予想外の速度の上昇だ。防げていたものが、防御をするよりも速く俺の腹に拳が届いた。
「くっ!……何て威力だ。こんなに重たかったか?」
空中で体勢を立て直して道路に着地する。
「350%!」
「まだ速くなるのかっ!?」
俺を追ってきた相川は空中で前宙、踵を落としてくる。
「ちっ!」
俺は舌打ちをして数歩下がって躱す。
さっきよりも相川の動きが速い。強化魔法……じゃないな。何だこの力は……?
「400%!」
「鉄塊」
相川の拳を腹で受け止める。――ミシッ――相川の拳が軋んだような音を立てる。鉄を打ったようなものだ。指の骨が折れても不思議はない。これで戦うことは……。
「――っ!450%!」
眉を顰めながらも、更に拳を握り込んで振り抜く。
「なにっ!?――ぐぅっ!」
まるで車に正面からぶつかられたような衝撃が俺を襲う。
「く、うっ……なん、だとっ?」
後方に流される体を、地面に足をつけてアスファルトを削りながら止める。
相川から6m程の距離で漸く止まった。
「はぁっ!」
次に背後からセラフィムが襲ってくる。交代制で攻められるとやり辛いな。
太刀と無手じゃリーチが違う。無手に慣れたら太刀が、太刀に慣れたら無手が、こんな感じで調子を狂わせてくる。
しかも相川は、何らかの方法で人体の強化を行っている。
切れ味鋭い太刀を躱しながら、ユークリウッドの居場所の特定を急ぐ。危害を加える風には見えなかったが、全面的に信用するつもりはない。相手は悪魔だ。何時任務が欲望に刷り変わる可能性だってある。……俺の偏見だが。
「この、ちょこまかとっ!」
「速さが足りんぞっ」
「では、これはどうですか?」
――秘剣の真髄は秘めたる剣に非ず。
太刀を振るいながら言葉を紡ぐ。周囲の空気が……変わった。
俺達の周りには無数の木の葉が浮き上がり、葉先をこちらに向けている。セラフィムの太刀を躱しながら、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
嫌な予感しかしない。
――飛ぶ剣、即ち飛剣!
「『百鬼漸殺 』!!」
セラフィムは太刀を大きく振り抜き、俺を牽制して後方に下がり効果範囲から逃げた。
追うよりも速く、無数の木の葉群が殺到する。幾つかの葉っぱが頬を掠めていく。
ツー、と掠めたところから冷たい液体が流れヒリヒリと痛む。今の木の葉で切れたらしい。
「刃! 無限!」
二人を刀に変えて、振るう。葉っぱを斬っている筈だが、周囲には剣撃の音が響く。
――カカカカカカカカッッッ!!――四方八方から迫る木の葉を二振りの刀で撃ち落とす。
止まっていては格好の的だ、動いて狙いをずらす。細かなステップと小刻みに上体を揺らすことで躱せるものは躱す。急所に迫るものを優先して撃ち落とす。
流石に無傷とはいかず、腕や足、顔、背中、胸、腹、細かな切り傷が付いていく。
「おおおおおおおおおっっ!!」
自分を鼓舞するために腹から声を出す。最初よりも速く、速く、もっと速く!
暗示に近い行為で、イメージする。心なしか速度が上がった気がする。……気のせいだった。さっきより傷が増えてる。
「はあああっ!」
最後に魔力の放出を行い、終わりが見えてきた木の葉群を吹き飛ばす。
「――っ!?……あれを切り抜けたというのですか……!」
「……うそっ」
「はっ……はっ……はっ……」
流石に疲れた。心臓と肺が苦しい。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
ゆっくり息を整える。本番はこれからだ。ラスボスを相手にするには、魔力と体力の温存をしなければならない。
「…………ところで、一ついいか?」
「……何でしょう?」
油断なく構えるセラフィムに声を掛ける。眼光は鋭く俺を見据え、一挙手一投足見逃さない。
「……お前らのお姫様は何処だ?」
自分でも分かる程に不敵な笑みを浮かべて、そう言葉を投げ掛けた。<input name="nid" value="42387" type="hidden"><input name="volume" value="61" type="hidden"><input name="mode" value="correct_end" type="hidden">
後書きはお休みです!
では、次回お会いしましょう。