side~大輝~
「大輝くん、お昼屋上で食べるんだけど、良いかな?」
「うん、天気も良いしね。僕も最適だと思うよ」
宏壱さんの家に泊まった当日、4時限目の授業が終わって、お昼ご飯を食べる前になのはがそう話し掛けてきた。
今日は快晴だし、風通りの良い屋上で食べるとご飯も一段と美味しく食べられそうだ。良い考えだと思う。
僕達の通う聖祥大付属小学校は一般生徒に屋上が開放されている。最近は規制が厳しくなって開放されていない学校も多くある。安全のために仕方ないことではあるけど……。
「なのはーっ、大輝ーっ、さっさと行くわよーっ」
そう声を張り上げて急かすアリサ。その傍にはにこにこと僕となのはを見るすずかと、僕を表現し難い視線で見る新崎の姿があった。
「あ、待ってよー。ほら、大輝くんも急がないとっ」
「うん」
リニスが作ってくれたお弁当の包みを持って、僕はなのはと一緒に教室を出る。宏壱さんと咲さんml同じお弁当を持っている。
「ん~っ、良い天気だね~」
屋上の扉を開けて外に出た僕達は新鮮な空気を堪能する。別に校舎の中の空気が澱んでるとかじゃなくて、ただの気分なんだけどね。
僕達はすずかが敷いてくれたレジャーシートの上に円を描くようにして腰を下ろす。
包みを開いてお弁当箱を取り出し、蓋を開ける。唐揚げやウインナー、だし巻き玉子、ポテトサラダ、ブロッコリーが詰められたものが上段に、市販のワカメのふりかけがふりかけられたご飯が下段に。そんな構成でできた僕のお弁当を見たなのはがそう言葉にする。
「わー、大輝くんのお弁当美味しそう。やっぱり美沙子さんは料理上手だね」
「うん、いつも美味しいご飯を作ってくれるんだ。太らないか心配だよ」
「大丈夫じゃないかな。大輝くん、お父さん達と一緒に頑張ってるもん」
美沙子とは僕の母さんだ。三十近い年齢だけど、それを思わせない若々しさがある綺麗な母さんなんだ。
でも、このお弁当は母さんが作ったんじゃなくて、リニスが作ってくれたものなんだけど……。
それを新崎の前で言うのは憚られる。彼がどう動くのかがまったく予想できない。正直僕は、僕達は彼を信用していない。
今更になって海鳴に来たのは、原作に介入する気があるから。どんな立場で介入してくるのかが分からないけど、警戒し過ぎて損はないと思う。
「勝吾のも色合いが良いわよね」
「アリサのには勝てないさ」
「でも色味のバランスがよくて美味しそうだよ?」
向かいに座る新崎と、その左側に座るアリサ、右側に座るすずかも弁当談義をしている。
「なのはのも美味しそうだよね。やっぱり桃子さん?」
「うん、美由希お姉ちゃんのは……にゃはは」
猫のような笑いで誤魔化すなのは。だけど僕は知っている。美由希さんの物体X生産能力を……。
あれは高町家のリーサルウェポンなのだ。しかも、宏壱さんを一撃ノックアウトするほどの威力を持っている。力業で制圧するより、胃袋を機能不全に陥らせる。……美由希さんが最強かもしれない。
「おい、大輝どうしたんだよ? 体が震えてるぞ」
「……え?」
新崎の声で俯けていた顔を上げる。
「顔も青いし」
「具合が悪いなら言いなさいよ?」
「保健室行こっか?」
気が付けば皆が僕を心配そうに見ていた。
「な、何でもない。何でもないんだ」
「何でもない」を数度繰り返して、呼吸を落ち着ける。
「本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫。ただ、宏壱さんが美由希さんの料理を食べた時の事思い出しただけだから」
「……みんな、この事には触れないでおこ?」
「なのはちゃん?」
「どうしたのよ?」
僕となのはは「あはは」と乾いた声で笑い、お弁当にお箸を伸ばす。
それで触れない方が良いと思ったのか、皆もお弁当を食べ出す。
「そういえばみんなは将来の夢ってある?」
雑談を交えながらお弁当を食べていると、なのはが唐突にそんなことを言う。
「どうしたのよ、突然」
「ほら、あれじゃないかな。さっき先生が授業で言ってた『いろんな職業』ってやつじゃないかな。今から考えるのも、って先生も言ってたし」
「うん、みんなはどうするのかな、って」
原作でもあった話だけど、急に言われてもパッと出てこないね。
「私は機械弄りが好きだし工学系かな。出来ればそっち系の学校に進学したいって思ってる」
「あたしはパパの跡を継ぐ予定。その為に経済学とか帝王学、経営関係の事なんかを勉強するつもりよ」
「俺は警察官だな。親父みたいな警察官になって、悪い奴を取っ捕まえてやるんだ」
すずか、アリサ、新崎が自分が見ている未来を語る。
すずかとアリサの語る将来は明確で、そんな風になるんだろうなって思えるけど。新崎は憧れを語るようで、何も見えてこない。
普通の小学三年生のすずか達の方が、転生者で精神年齢も高い筈の新崎より大人に見える。
でも、なのは達はそんな新崎に憧れの視線を向けている。「勝吾くんなら似合いそう」「勝吾にピッタリね」「勝吾君なら立派な警察官になれるよ」と急に誉めそやす。
時々あるこの光景。これが僕が彼を警戒するものだ。気を抜けば、僕も彼を褒め称えたくなる。中身のない言葉なのに、だ。
普通の子供ならそれで良い。だけど彼は違う。確りとした精神を持っている筈なんだ。それがどうして確たる正義もなく「悪を討つ」なんて言えるのか分からない。
「大輝は何か無いのかよ?」
なのは達に煽てられて上機嫌な新崎が僕に話を振る。
「特に無いかな。僕は新崎のように特別正義感があるわけでもないしね」
「おいおい、勝吾で良いっていつも言ってるだろ?」
顔に苦笑を浮かべて言ってくる。嫌味も通用しない天然は厄介だよ。これが宏壱さんなら手痛いしっぺ返しを受けるのに……。
「……名前で呼ぶ理由がないよ」
「ダチなら名前で呼び合うもんだろ? なぁ?」
そう言って新崎はなのは達の確認を取る。
「うん、友達なら名前で、だよ!」
「当然ね。友達なら」
「友達、だもんね」
なのは、アリサ、すずかは『友達』を強調して言う。まるで新崎の言う友達が、『友達』という定義そのものであるかのように。
その音は僕の耳朶を震わせ、脳に甘美に響く。彼の言葉が正しい。そう僕の思考が塗り替えられそうになるのを頭を振って払う。
こんなことに惑わされたなんて宏壱さんに知られたら、今よりも猛烈な特訓メニューを追加されてしまう。
「そんなことよりなのはは何かないの?」
「……え、わたし?」
「うん、僕達は答えたんだ。なら残ったなのはも夢を言わないと不公平だよ」
「え~っと」
自分に振られるとは思わなかったのか、頬に人差し指を当てて考えるなのは。
「なのはちゃんはやっぱり翠屋を継ぐの?」
そこで助け船と言わんばかりに、すずかがなのはが辿るであろう未来の一つを聞く。
「う~ん、それも一つのビジョンではあるんだけど……他にも何かやれることがあるんじゃないかって思うんだ」
この段階でなのはは無意識に感じているのかもしれない……自分にはまったく別の未来が待っていて、想像もつかないような困難に見舞われ、その先で出会った人たちと縁を結び、天職に就くことを……。
「にゃはは、何も取り柄なんて無いけど、いつかわたしに向いているものが見付かるんじゃないかな?」
「このバカちん!」
「ふみゃああっ!」
誤魔化すような照れ笑いを浮かべて言うなのはに、アリサがお弁当に付いていたレモンの搾りかすを投げつけた。
なのははそれを顔で受け止め、目を押さえて身悶えしている。レモンの汁が目に入ったんだ。
「あたしより理数系の成績良いくせになに言ってんのよ!」
「うにゃああ~! アリシャひゃん、ひゃめて~」
「この!この!」
「ひゃれひゃひゃしゅへへ~!(誰か助けて~!)」
丁寧にお弁当を避けたアリサは、なのはのもちもちほっぺたをこねくり回す。
そこで僕は気付いた。この屋上に大きな気配が一つ、それより二回り小さい気配が一つ、捉え難い気配が一つ近付いていることに。
と言うか、宏壱さんに咲さん、
僕達リンカーコアを持つ魔導師にとって、リンカーコアに蓋をすることは修行の一環にもなる。一ヶ所に変に重りを身に付けるよりも、体全体的に負荷が掛かってバランスよく鍛えられて魔力もそこそこ底上げされる。まさに一石二鳥の鍛練方法だ。当然僕と咲さんも同じようにリンカーコアに負荷を掛けている。
僕の場合はリニスとエストがいるから、彼女等に供給できる魔力分は残している。だから宏壱さん達ほど抑え込まれていないんだけど。
それを可能にしているのが、束さんが作ってくれた黄色の宝玉を嵌め込んだ菱形のネックレスだ。使われた素材は、宏壱さんがミッドチルダで買ってきた物だったりする。
篠ノ之 束さん……跳ねっ気のある紫のロングヘアーを妙に機械味のあるウサミミカチューシャで留めた大学生の女性。
その容姿や言動は、前世で僕が読んでいた『IS――インフィニット・ストラトス――』というライトノベルに出てきた篠ノ之束そのもの。声もなのはに酷似してるしそれは間違いない。
だけど彼女は『IS――インフィニット・ストラトス――』に出てきた篠ノ之束ほど人嫌いじゃない。理由は多分『自分を認めてくれる人がたくさんいるから』なんだと思う。
高町家、僕の両親、宏壱さんにすずかのお姉さんでなのはの兄である恭也さんの恋人の忍さん、そして束さんの幼馴染みでもある織斑千冬さん。
『IS――インフィニット・ストラトス――』の原作とは大きく違い、この世界の彼女の回りにはこれだけの理解者がいる。歪む要素なんてないんだ。誰が否定しても僕達が彼女を肯定する。
そんな彼女がリンカーコアや宏壱さんの使う魔法を勉強して作り上げたのが、魔力抑制型の簡易デバイスだった。僕のはネックレスだけど宏壱さんのはドクロのブローチ型、咲さんのはリングの腕輪型とそれぞれ装飾は異なる物だ。
因みにだけど、宏壱さんの家によく遊びに来る束さんは僕の使い魔のリニスとも面識があって、彼女から魔法科学とも呼べるデバイスの知識を得たんだとか。
一目でリニスが普通の猫じゃないって気付いた束さんが、リンカーコアを持ってないってことが僕は信じられないよ。
「わっわわっ!」
「ひゃわわっ!」
なのはに体重を掛けすぎたアリサ。当然小柄ななのはがアリサの体を支えきれる訳もなく、二人で後ろに倒れ込んでしまう。
すずかと新崎は慌てているけど、僕は横でそれを見ているだけだった。何故なら既になのは達の倒れ込む方向には彼がいたから。
「っと、大丈夫か?」
そう言ったのは、膝を床についてなのはを背中から支えている男子生徒、宏壱さんだ。なのはとアリサの額がぶつからないように、自分の手を二人の額の間に差し込んでクッションにしている。
「ふぇ?」
「あ、ありがとうございます!」
なのはは目をぱちくりとさせて状況が飲み込めていないけど、アリサは直ぐに立ち上がって宏壱さんに頭を下げる。なのはもアリサの行動で状況を把握したようで、アリサに倣うように立ち上がって頭を下げた。
それに頷いて、宏壱さんは僕達から距離をとって屋上の一角に寝転び、寝始める。その横では歩さんが横になって寝ていた。
相川 歩さん……灰色の髪をセミロングにした女性。
宏壱さんと咲さんのクラスメイトで、一年半ほど前から三人で行動しているのをよく見かける。その前から咲さんと一緒にいるのは見たことあるし、翠屋にも一緒に来ているのを見たことがあった。そこに宏壱さんが加わったって感じだ。
成績はそこそこ。身体能力は高く、体力は恭也さん達とも渡り合えるレベル。昔の僕じゃ分からなかったことだけど、宏壱さんの扱きを受けた今の僕なら分かる。歩さんは強い。負ける気はしないけど、勝てる気もしない。
「くすくす……なのはちゃん、はしゃぐのも良いけど怪我のないようにね?」
「あ……咲お姉ちゃん」
優しい笑顔を浮かべて近付いてきた咲さんが、なのはのお姉さんらしく「めっ」と注意する。
「はいこれ、大事なものだよね? こっちまで飛んできたよ」
そう言って咲さんがなのはに手渡したのは銅色のロケットペンダントだった。
「あ、ありがとう!」
「大事なものなんだから、確りと持ってないと、ね?」
「……うん」
咲さんの言葉に頷いたなのはは、割れ物でも扱うようにそっと胸にロケットペンダントを抱き締める。
咲さんはそんななのはに優しく微笑んで、宏壱さん達の下へ向かった。
「それ、いつも首から提げてるやつよね? なにか写真でも入ってるの?」
「うん……」
アリサが聞くと、なのははロケットペンダントを開く。
そこには二人の幼い子供、黒髪の男の子と栗色の髪をツインテイルにした女の子が並んで写っていた。ピースをしている女の子に対し、ズボンのポケットに手を入れて鋭い目でカメラを睨んでいる……ように見える。
何処と無く見覚えのある二人。女の子の方はなのはで間違いないだろうけど、男の子は……。
「こっちはなのはちゃんだよね? こっちの男の子は……?」
なのはの肩から覗き込んでいたすずかが言う。
「コウくん……わたしが付けたあだ名なんだけど、本名はもう忘れちゃった。小学校に上がる前に、一週間くらいかな? 一緒においかけっこしたり、かくれんぼしたり、キャッチボールしたり、こうして写真を撮ったり、二人で色んな事をして遊んだんだよ。だけどね、それから会えなくなっちゃって。暫く用事があるからって……理由は分からないけど」
そう悲しそうに語るなのはに僕達はなにも言えなかった。
でも、その男の子が今どこにいるのかは予想が付く。寝転んで寝息を立てている彼、宏壱さんがそうだろう。
過去に本来の姿の宏壱さんとなのはが出会っていたなんて知らなかった。
「今は俺達がいるじゃないか。そんな奴を気にする必要ないって」
そう――じゃないっ!!
まただ。この感覚。危うく賛同するように思考が働くところだった。普通ならこの場面でこんな言葉は掛けない。
やっぱり新崎は危険だ。その思想、言葉、全部に真実味がない。相手を思いやっているつもりで、実際は傷付ける言葉だ。正常な思考回路を持っているなら「うん、そうだね」とはならない。アリサは勿論すずかや当のなのはだって良い顔はしない筈なんだ。……だというのに。
「そうよ! あたし達がいるじゃない!」
「勝吾君とアリサちゃんの言う通りだよ。会えない人のことを気にしても仕方ないよ」
「……うん」
新崎は満足そうに頷いている。
これが新崎 勝吾の使う力、『言霊』とも呼べるこれは人の心に入り込み、思想を自分の意見に染める。
並みの人間なら抵抗できない。重要な場面で、それこそアースラ来訪の時に新崎に発言を許せば、致命的な間違いを起こしかねない。
「でも……」
一度は頷いたなのはだけど、首を横に振って言葉を続ける。
「コウくんはわたしの初めての友達だから……信じたいんだ。またいつか会えるって」
「「なのは/なのはちゃん」」
……流石未来のエースオブエース。こんな言葉じゃ彼女の心は染められない。
「だけどな――「そうだよ、なのは。きっとそのコウくんって人だってなのはと会いたいって思ってるに決まってる。今はまだ会えないだけで……いつか絶対に会える時が来るよ」――……」
「……大輝くん」
新崎が言葉を挟むよりも早くなのはに告げる。
二度目はどうなるか分からない。二重掛けなんて事ができるかどうかも分からないけど、邪魔をさせてもらうよ、新崎。
キーンコーンカーンコーン
そこでタイミングよく予令のチャイムが鳴る。宏壱さん達は既に屋上にいない。気配を探れば、教室に戻っているところだった。
「わわっ、早くご飯食べないと!」
まだ食べ終わっていなかった僕達は急いでお弁当の中身を掻き込み、屋上を後にした。
side out
新崎君の薄っぺらさが上手く表現できないです。中身のない言葉って考えようとすると出てこないものですね。
因みに大輝くんの……そう――じゃないっ!!……は、そうだね。という新崎君の言葉に対しての、肯定的な意見に思考が染められそうになったのを、――じゃないっ!!と抵抗した形になります。
では、また次回お会いしましょう。