side~なのは~
今年の春、わたし、高町なのはは魔法の力を得ました。温かくて、力強さがある。そんな不思議な力です。
それは昔、小学生になる少し前に出会った男の子、コウくんが見せてくれたものと同じ力でした。
今でも瞼の裏に焼き付いているタネも仕掛けもなく掌に突然現れて揺らめく深紅の炎、どのビルよりも高い位置から見た夜景。
コウくんに掴まって空を飛んだ時に感じた風を、わたしは今自分の力で感じることができます。
彼に近づける気がして、少し舞い上がっていたんだと思う。
本名も、当時の面影も、声も覚えていない。コウくんと出会った証しは、わたしの胸の中にある暖かさと首に掛かっているロケットペンダント、それと部屋のクリップボードに貼られた幾つかの写真だけ。
わたしは彼に憧れている。独りだったわたしに優しく話し掛けてくれたコウくんに。
わたしもコウくんのように誰かの力になりたい、誰かを助けたい。そう思うようになった。
魔法を使えばそれが叶うと思っていた。
「……わたしの所為だ」
「なのは?」
「ねぇ、ユーノくん。人を取り込むとより強力になるんだよね?」
とあるオフィスビルの屋上から、眼下に広がる樹海と化した街並みを見ながらユーノくんに聞く。
わたしの傍には、咲お姉ちゃん、大輝くん、ユーノくんが居る。勝吾くんとセイバーさんはこっちに向かっている最中だと念話で連絡があった。
「間違いないと思う。人の想いは動物の欲求よりも遥かに強いんだ。同じ想いでも、犬の強くなりたいというのと、人の強くなりたいでもかなり違ってくる筈だよ」
「……そっか」
ユーノくんの解説に生返事を返す。
わたしには心当たりがあった。今日のサッカー試合、その戦勝会でわたしは見ていた。ゴールキーパーの男の子がポケットに青い石を入れるのを……。
その時は気のせいだと思っていた。最近何度も目にしてきた物だから、似た物を見間違えたんだと、そう思った。
だけど……気のせいなんかじゃなかった。あの時見た物はジュエルシードで間違いなくて、それが封印処理されないままこうして暴走している。
全部、わたしの所為だ。あの時確かめていれば、もっと気に掛けていれば……こんなことにはならなかった!
「どうしたら収まる……かな?」
悔いるのは後でもできる。今はこの状況を何とかしないと……!
「発生源を、ジュエルシードを封印してしまえば元に戻る。それは変わらないよ」
「分かった」
ユーノくんの言葉に頷いて、既に展開しているレイジングハートの柄を強く握る。
「だけど、もっと近づかないと……」
「ジュエルシードの位置を特定するのは難しいよ」
「僕が見てこようか? 成長も緩くなってるし、これぐらいなら楽に跳び回れるけど?」
ユーノくん、咲お姉ちゃん、大輝くんが言う。
大輝くんに任せても良いのかもしれない。だけど、ダメだよね?
これはわたしが招いたことだもん、自分で何とかしなきゃ。
「咲お姉ちゃん、大輝くん、ユーノくん……わたしに任せてくれないかな?」
「え?」
「なのは?」
「……」
ユーノくんは目を丸くして驚いていて、大輝くんは訝しげにわたしを見る。咲お姉ちゃんは何も言わずに、わたしの目を探るように見ていた。
「やれるんだね?」
「できる、そんな気がする」
「……うん、分かった。じゃあ、お姉ちゃんは何もしない。なのはちゃんの力でやってみせて」
「うん!」
今までは咲お姉ちゃんと大輝くん、それにユーノくんの力を借りてジュエルシードを封印してきた。
その方が早くて、安全で、確実なものだったから。
もちろん、魔法の練習は合間を見つけてやってきた。
レイジングハートの組んでくれた練習方法、仮想空間でのシミュレートの戦闘もマルチタスクを使って数日間繰り返した。
対戦相手はジュエルシードの暴走体だけじゃなくて、封印時に見た咲お姉ちゃんと大輝くんだったこともある。レイジングハートに記録された二人はすごく強くて、今のわたしじゃあ全力で挑んでも勝ち目がなかった。
それでも強くなっている気はしていた。着実に力を付けている。そう実感が持てていた。だから……。
「やろう、レイジングハート」
〈Yes My Master〉
わたしの意を汲んでくれるレイジングハートにありがとう、と返してレイジングハートを空に向ける。
「リリカル、マジカル……探して、災厄の根元を!」
〈Area Search〉
空に向けたレイジングハートから一条の桃色の光が昇った。それは中空で弾け、四方八方に散る。
幾筋もの光が街を飛ぶ。それは不思議な感覚だった。光の視点、と言えばいいのかな? 幾つもの映像が閉じた瞼の裏に浮かぶ。
「なのは!」
「新崎、今は静かにしてくれ。なのはがジュエルシードを探してるんだ」
「何で手伝わないんだ! 俺も――「なのはちゃんの邪魔になるから黙っててね」――……ごふぅっ!?」
集中しきれない。今、わたしの周りで何が起きているのかすごく気になる。
勝吾くんが来たのは分かったけど、咲お姉ちゃんは勝吾くんに何をしたのかな? 勝吾くんの声が聞こえなくなったよ。
「咲さん! あれ!」
「大輝君もなのはちゃんの邪魔をするの?」
「ち、違いますよ! あそこです! 見えませんか?」
「あそこ?……あれって」
「見えますか?」
「うん。でも、なんで……」
「分かりません。でも、あの人に任せておけば向こうは問題ないです。僕達はこっちに集中しましょう」
「……そう、だね」
そこで咲お姉ちゃんと大輝くんの会話が終わる。
あの人って誰だろう? 何かあったのかな? そう思うけど、今は集中しなくちゃいけない。別のことを気にするのは後でもできるから。
「………………見付けたっ」
そうして十数秒、一際強く魔力を放つ場所を見付けた。
魔力の繭で守られた男の子と女の子が抱き合うようにして巨木の窪みに居た。
「レイジングハート、ここから……封印、いける?」
〈Of Course Master〉
レイジングハートから頼もしい声が返ってくる。
出会ってまだ一週間も経っていないけど、もうずっと長く一緒にいるように思う。それだけレイジングハートと出会った日から今日までが濃厚な時間だったってこと。
〈Shooting Mode〉
「え?」
レイジングハートが淡い光を放って形を変える。
丸びを帯びた先端が槍のように伸びて二股に分かれた。
「これって……」
「凄い。今の状況に合わせて形態を変えたんだ。なのは、これなら離れたところからでも封印できるよ!」
「これで……うん!」
ユーノくんの言葉に強く頷いて、見付けたジュエルシードの反応する方へ二股の先端を向ける。
「捕まえて! レイジングハート!」
レイジングハートから放たれる桃色の閃光。それは真っ直ぐにジュエルシードのもとへ向かい……ジュエルシードを捉える。
「リリカル、マジカル……ジュエルシードシリアルⅩ、封印!」
わたしが呪文の言葉を発すると共に、捕らえたジュエルシードに一際強く魔力が注ぎ込まれ……封印に成功した。
その証拠に街を覆っていた巨木は傷跡だけを残して跡形もなく消え去った。
「……」
ジュエルシードを引き寄せ、レイジングハートの格納領域に仕舞って傷跡を見下ろすわたしに声が掛けられる。
「おお! やったな! なのは!」
声のした方を見ると、赤色の髪を金色に染めた勝吾くんが居た。
「……勝吾くん」
いつもはすっと心に入ってくる勝吾くんの言葉も、今のわたしには少し軽薄に感じた。
「なのはちゃん……どうかしたの?」
「……咲お姉ちゃん」
わたしの顔を覗き込んで心配そうに声を掛けるのは咲お姉ちゃん。
栗色の髪の毛を三つ編みにして肩から胸元に流した髪が揺れる。
血の繋がりはないけど、何時も優しくて、わたしを本当の妹のように可愛がってくれる大好きなお姉ちゃん。
同級生の男の子が微笑みの女神なんて呼ぶくらい笑顔を絶やさない咲お姉ちゃんの今の顔は、少し憂いを帯びて見えた。
「……咲お姉ちゃん、わたしね」
「うん」
「気付いてたの」
自然と言葉が出てきた。
咲お姉ちゃんが悲しい顔をしているのが嫌だった。話せば余計に咲お姉ちゃんは悲しい顔をする。それは分かっているんだけど、喋らないでいる方がもっと悲しませる……そう思ったら言葉が出てきた。
「ジュエルシードをゴールキーパーの男の子が持っていることに気付いてたの」
「うん」
「でも気の所為だと思った。見間違いだって……思ったの」
「うん」
「だけど……違った。あの時、わたしが確り確認していればこんな大事にはならなかった。事前に防げた筈……なんだよ」
「……そっか」
咲お姉ちゃんは相槌をうつだけ。
ただわたしの言葉に、独白に耳を傾けて頷くだけだった。
慰めの言葉も、叱責の言葉も言わない。でも、それがなんだかわたしは嬉しかった。少しだけ、ほんの少しだけ沈んだ心が軽くなった気がした。
「気にするなよ、なのは!」
「……勝吾、くん?」
そんな中、声を大にして言ったのは勝吾くんだった。
「失敗するのは当たり前だって! 次頑張ればいいんだよ!」
満面の笑みを浮かべて続けられる勝吾くんの言葉は、やっぱりどこか軽くて、無責任に感じた。
「……そう、だね」
軽くなった心がまた重くなる。次頑張れば……なんて思えない。
お店でお手伝いをしている時にお皿を落とした事があった。
その時にお母さんとお父さんが「次、気を付ければいい」「今度は落とさないように頑張れば」そう言ってくれた時とは違う。
ジュエルシードの暴走に次なんて無い。今日それが分かった。失敗すると冗談や嘘じゃなくて、本当に海鳴市が大きな危険に曝される。
「はぁ、新崎は黙っていてくれ。咲さんに任せて僕達は静観していればいいんだよ」
大輝くんが深く溜め息を吐いた。
勝吾くんの言葉を大輝くんが否定するのは何時ものことだけど、ジュエルシードに関わってからは大輝くんの言葉遣いがキツくなってる気がする。
「何だとっ! 大輝、お前それでもなのはの友達か!」
「そうだよ。僕は新崎よりもなのはとの付き合いが長い」
「付き合いの長さなんて関係ないだろ! 友達が落ち込んでたら声を掛けてやるのが普通だ!」
「言葉を連ねるだけが優しさじゃないよ。ただ見守るってことも大事なんだ」
「お前が何も言えないからってそれを人に押し付けるなよ!」
冷静な大輝くんと熱くなっていく勝吾くん。
正直、今はわたしの傍で喧嘩しないでほしい。
「坊主共……こんなところで何をしている?」
大輝くんと勝吾くんが言葉の応酬を繰り返すのを黙って見ていたわたし達に、そんな言葉が投げ掛けられる。
声のした方を見ると、下の階に続く階段の扉の前に水色の作業着を身に纏い、モップとバケツを持ったおじいさんが立っていた。
身長はお父さんやお兄ちゃん、宏壱さんよりも高く、肩幅も広く作業着に余分な隙間はなくて、今にもはち切れちゃいそうな程にパンパンだった。
綺麗に脱色した白髪はオールバックに整えてある。それがわたし達を見据える鋭い眼光と相俟って、ジュエルシードの思念体や暴走体以上の威圧を感じさせた。
「……ここは関係者以外立ち入り禁止だ。どうやって入ったか知らんが、早急に出て行け」
「「は、はい!」」
言い合いをしていた大輝くんと勝吾くんは、声を揃えて返事をして慌てて非常階段に向かう。わたしと咲お姉ちゃん、ユーノくんも二人に続く。
非常階段は外から入れないように柵が設置されていて、わたし達が出て行けるようにおじいさんが柵の扉を鍵で開けてくれた。大輝くんと勝吾くんはおじいさんに頭を下げて、競うように階段を駆け降りていく。
「ありがとうございます」
鍵を開けて扉を開いてくれたおじいさんにお礼を言って深く腰を折る咲お姉ちゃん。
「「あ、ありがとう、ございます」」
わたしとユーノくんはおっかなびっくりで、言葉を詰まらせながらなんとか言い切った。
「……構わん」
すごく重たい声で答えるおじいさん。
……どこかで見たことがあるのかな。誰かに似ているような気がする。
「……どうした? 行かんのか?」
「っ!? い、いえ! 失礼します!」
おじいさんの顔に既視感を覚えて見ていると、頭上から重たい声が拳骨のように降ってきて体を震わせる。
少し怖いおじいさんだ。そう思って先に階段を降りている咲お姉ちゃん達を追おうとおじいさんに背中を向けて足を一歩踏み出すと……。
「……待て」
それを制止する声が掛けられた。
「え?」
声に振り向けば、おじいさんがわたしの目を見据えていた。
ここにはわたしとおじいさんしか居ないわけで、誰がわたしを呼び止めたのかは確認しなくても分かる当たり前のことだった。
「答える必要はない、聞くだけでいい」
おじいさんはわたしが何かを言うよりも早く言葉を繋げる。
「……後悔するのなら悩め。どこまで行ってもそれを解決するのは君自身だ。俺は勿論、君の姉や御両親、友人では解決できん」
ゴク、と喉が鳴る。おじいさんの目はどこまでも真剣さの色を宿していて、わたしに何かを伝えようとしてくれているのが分かった。
「……だが、悩みすぎると却って詰まる。君は独りではないようだし、話せる友人も多そうだ。時には言葉にして吐き出すのも良いだろう」
「……おじいさんは後悔したことってあるんですか?」
気付けばそんな言葉がわたしの口から付いて出ていた。
「……ある。一度や二度じゃない。何度も何度も過ちを繰り返し後悔してきた。今でも「あの時ああすれば」「こうしていれば」そんな“もしも”や“たられば”を考えなかったとは言えない」
わたしから視線をはずして空を見上げるおじいさん。その声は少し震えていて、何かを堪えているようだった。
「だがな……過去には戻れん。過ちを犯しても、悔いがあろうとも、振り返ろうとも……進むしかない」
『進むしかない』その一言が染みるようにわたしの中に入ってきた。
「……俺達は生きている。生者に出来るのは前進か、停滞の二つだ。後退はない。停滞も良いだろうが、それでは進化がない。……それならば、前を見て進んだ方が世界が鮮やかに見えると思わないか?」
そう言ってわたしの顔を見たおじいさんは微笑んでいた。どこまでも優しく、見守るように、包み込むように……。
「……どうしたのーっ、なのはちゃーん!」
下から咲お姉ちゃんの呼ぶ声が聞こえた。
「さあ、行きな。下で待っている君の姉や坊主共が心配している」
「はい! ありがとうございました!」
声を張っておじいさんに返したあと、頭を下げてお礼を言う。
「……なんの礼か知らんが……どういたしまして」
そこで歯を見せて満面の笑みを作ったおじいさんは「用は済んだ」と伝えるように、わたしに背中を向けて屋上の清掃を始めるおじいさん。
その笑顔に既視感を覚える。だけど、今気にすることはそんなことじゃない。
振り返ろうとする体を足を進めることで阻止する。
ステンレスでできた階段を駆け降りながら決意を固める。
後悔しても後退はできない。停滞するか、前に進むかしか道がないなら……わたしはおじいさんが言う鮮やかな世界を見るために前に進みたい。
後悔するなら全力を出しきりたいから……。
「いい顔つきになったね、なのはちゃん」
「うん。わたし、決めたの。前に進むって」
「そっか」
咲お姉ちゃんが体を揺らすと、ちゃぷん……、とお湯が跳ねる。
帰ってきて早々わたしと咲お姉ちゃんはお風呂に入っている。
アリサちゃんやすずかちゃんのお家ほど広いお風呂じゃないけど、わたしと咲お姉ちゃんが入るくらいなら十分に余裕がある。
当然、体はもう洗い終えていて、今は湯船に並んでつかっている。
「あのおじいさんから何か聞いたの?」
「え? どうして?」
「くすくす……分かるよ。だってなのはちゃんの雰囲気が封印時の時と違うもん」
咲お姉ちゃんはよくわたしを見てくれている。
頑張れば誉めてくれるし、危ないことをすれば叱ってくれる。お母さんやお父さん達よりも、誰よりも早くわたしの行動に反応を示すのは咲お姉ちゃんだ。
でも、わたしがしたいと思うことを否定したことは一度もない。何時も「なのはちゃんのしたいようにすればいいと思うよ。私はしなくて後悔するより、やりたいことをやって後悔した方がスッキリすると思う。その方がなのはちゃんも納得するよね?」そう言って背中を押してくれる。
今回のジュエルシードに関わる時もそうだった。
「じゃあ、明日からまた頑張ろう。やっぱり危険だよ、ジュエルシードは」
「うん!」
固めた決意を更に強固なものにする。後退も、停滞もしない。全力前進……それだけを心に秘めてわたしは咲お姉ちゃんと一緒に英気を養った。
side out
今回は、なのはの落ち込んだ感じが難しかったです。
新崎 勝吾の軽い感じと言うか、重みの無い感じを出す方に力を入れるとどうも他に割く余力が……。まぁ、新崎 勝吾の軽い感じを出せているかも正直微妙ですけどね。
では、また次回お会いしましょう。