side~宏壱~
ステンレスの階段を駆け降りる小さな背中が見えなくなるまで見送って変身を解く。
なのは達にはよぼよぼのジジイに見えていた筈だ。刃と無限に残っている記録……と言うよりも記憶の方が正しいか。その記憶から引っ張り出した、前世の俺の姿だ。歳は七十前後だと思う。
水色の作業服はバリアジャケットでできていたから霧散して消える。清掃員ならこんな感じか?と思って設定したものだったが、咲たちの反応を見る限り違和感はなかったようだ。
〈それは有り得ません〉
〈寧ろ違和感しかありませんでした〉
俺の完璧な変装にイチャモンをつけるような幻聴が聞こえたが、気の所為だろう。
「はやてを迎えに行ったあと、アリサの家、と言うか屋敷だな。そこで説明、か」
幻聴を誤魔化すように呟いて、モップとバケツを元あった場所に戻す。
管理局や悪魔等の事を抜きにしてもある程度の説明はする必要がある。何処まで話していいもんか、悩むな。
……まぁ、悩んだところで、なるようにしかならないか。
そう結論付けて、まずははやてを迎えに行くために非常階段を使って屋上から降りる。
鍵? 鍵穴の構造に合わせて魔力で即席の物を作っただけだが? 物質化を併用すればやれないことはない。
現在時刻は17時半。今、海鳴大学病院に行けば、丁度はやての検査が終わった頃くらいに着く筈だ。
「はやて、20時には帰ってくるからな」
「うん、分かった。晩御飯の用意して待ってるわ」
「ああ、旨いもの食わせてくれ」
「いってらっしゃーい」
手を振るはやてに俺も手を振り返し、八神家を出る。
ここ数年で料理の腕を上げたはやての手料理を楽しみにして、気が重くなる説明会に挑もうと自分を鼓舞する。
《アイツも笑顔が増えてよかったよな》
《主が親身になって接したお陰でしょう》
《御主君が八神はやてを大切に思う気持ちが彼女にも伝わっているのでしょうね》
《ならもっと我が儘を言って欲しいもんだけどな》
刃と無限と念話でやり取りしながら、俺に心配掛けまいと笑顔を絶やさない少女を思い描く。
《兄貴分としては悲しくなるよ》
《もう少し傍に居てあげられる時間があれば良いのですが》
刃の言葉が耳に痛い。それは俺自身も気にしていたことだ。
《だなぁ。……学校に管理局、魔王と天使長の依頼。正直、どれか一つでも減らせれば、もっと時間取れるんだろうけどな》
悩みどころだ。学校と管理局を削るとか意味分からんし、体を鈍らさないように定期的に戦場の空気を味わいたい。だから、サーゼクスとミカエルの依頼はこなしたい、が……。
《魔王や天使長の依頼に関しては、もう高町 咲と大宮 大輝に任せても良いのでは? 彼らは既に並の悪魔や神父では太刀打ちできないでしょう》
《う~ん。転移はリニスに任せてあとは二人にってか?》
まぁ、我が儘を言っても仕方ない……か。リニスに監督させれば安全だろうし、無限が言ったように、二人の実力ならそう簡単に敗北はしない筈だしな。
《それで宜しいのでは? S級以上の依頼を御主君が熟せば先方も文句はないでしょう》
《仕方ないか。まぁ、今回の件が終わったら二人にそう話してみるよ》
二人にはジュエルシードの件が片付くまではなのはの傍に居てやって欲しいからな。
はやてにはもう暫く寂しい思いをさせることになる。本当に情けない。
《いつか、話せると良いですね》
《お前が兄と慕った男は、二歳年上のガキだってか?》
刃の言葉に皮肉めいた言葉を返す。
《そうです。いずれ知れることではあります。そもそも最後まで隠す気など最初からないのでしょう?》
《……お見通しかよ。付き合いがこうも長いと、ある程度の考えが読まれて嫌になるね》
そうだ。必ず話す時が来る。俺はそう確信している。
なのはが魔導師になる冒頭の話は咲と大輝から聞いた。そしてとあるアニメの原作主人公らしいこともな。
そんななのはが住んでいる街に膨大な魔力を保有するはやてが住んでいる……巻き込まれない訳がない。確実に今後の話に関わってくる。
それでも咲達の言う原作を詳しく知りたくないのは、行動を限定される可能性があるからだ。
この世界は多くの世界の混合体とも言える物だ。
咲達の話では悪魔や天使は存在しないし、麻帆良なんて学園都市もない。そんな特異な存在が原作で触れられていないのは不自然だ。それが咲達の見解だった。
まぁ、大輝の場合はエストの件があるからな。そこら辺は俺と出会う前からある程度予想していたらしい。
閑話休題。
《まぁ、時が来れば嫌でも話すことになるか》
そう話している内に景色は一般住宅地を抜け、塀が十数mも続く高級住宅地へ移る。
けっして少なくなかった人通りが減り、たまに見る通行人は周囲を注意深く、それでも然り気無い動作で警戒する者達が居る。
明らかに一般人じゃない。特殊訓練を受けたSP、セキュリティポリスだろう。
日本経済を担う要人が複数人在住する海鳴市の高級住宅地だ。不審者、変質者を出せばことだからな、警備は街中よりも遥かに厳重にしてあるんだろう。
そんな中を歩けば俺に注意が向くのは当然のことだ。
《何人か張り付いてますね》
周囲を観察しながら高級住宅街を奥へと進んでいると刃から念話が届く。
《仕方ないさ、日も暮れた時間帯に現れた長身の男。警戒するなって方が無理がある》
相手に悟らせないように視線を後ろにやる。
凡7m後方から一定の間隔を空けて付いてくる二人の男。敵意らしいものはない。放置したところで害意はないし、対処する意味もない。
因にではあるが、俺ははやてと別れて『グロウ』を解いていない。解くタイミングがなかった。
(見えてきたな)
高級住宅地最奥。他とは隔絶された場所。木々に囲まれた屋敷……洋館か? その洋館は存在した。
バニングス邸。世界有数の大企業バニングスが住まう場所だ。確かすずかの家もこの高級住宅地にあった筈だ。
当然、門はあるのだが、門から洋館まで少し距離がある。徒歩三分ってところか? 漫画のような、車で数十分ってことはないが、お金持ちは伊達ではないな。
若干、敷地の広さに圧倒されながらも門に備え付けてあるインターホンを押す。
俺に張り付いているSPらしき男達が警戒を強めた。
気にはなるが、気にしないのが吉だ。
[……どちら様でしょうか?]
インターホンに備え付けられたスピーカーから女性の声が聞こえてきた。
鮫島さんじゃないな、誰だ?
「山口 宏壱が来たと鮫島さんに伝えてくれ」
[鮫島は今おりません。何か伝言があるようなら、お伝えいたしますが?]
「居ない? あとで説明しに行くと伝えた筈なんだが……」
居ないのは予想外だ。急な用事でも入ったのか?
さて、どうするか……。
「それじゃあ、アリサは居るか?」
少し考えをまとめて、見えない女性に問う。
[いらっしゃいますが……]
「じゃあアリサに宏壱が来たと伝えてくれ」
[……かしこまりました]
一瞬間を置いてそう返事をする女性。
どこの馬の骨とも知れない男を雇用主の娘に会わせるかどうか悩んだんだろうな。
そうして待つこと一分弱。固く閉ざされていた門が独りでに開き始める。
自動式か……金がある家は違うな。
[お入りください]
「あいよ」
インターホンから再び聞こえた女性の声に軽く返して敷地内に足を踏み入れる。
数歩進んで足を止めた俺は……。
「警戒ご苦労さん」
と、SPらしき人物達に言葉を掛けて再び足を進める。
余談だが、息を呑む彼らに大変満足した俺だった。理由はどうあれ、後を付けられるってのは気分の良いものじゃないからな。
今回は短いですが、切りが良いのでここまでです。