リリカルなのは~赤鬼転生記~   作:コントラス

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第七十三鬼~盲目なメイドさん~

side~宏壱~

 

 俺はアリサと鮫島さんにさっきのことを説明をするためにバニングス邸を訪ねた。

 そうして通された場所、応接間に居るわけだが……。

 

 

「……趣味が良いな」

 

 

 天井までの高さは4m。部屋の広さは16畳。

 天井から吊り下がるシャンデリア。向かい合わせに置かれた二つの革張りのソファー。そのソファーの間には長さ2m、幅90cmの光沢を放つ木製の机。

 それらを優しく受け止める柔らかな紅色の絨毯。

 部屋には僅かな塵も見当たらない。

 それらを改めて見て感嘆の溜め息を漏らす。

 

 

「当家に来訪されたお客様には最高の接待を、と旦那様が仰いますから」

 

 

 俺の呟きに答えたのは、俺が座る革張りのソファーの後ろに控える黒髪ロングのメイドさんだ。

 前髪パッツンでまっ平らな胸、153cmほどの低めの身長。バニングス邸の玄関からこの応接間に案内してくれた彼女だが、俺の見る限り目を一度も開けていない。

 間違いなく盲目だ。生まれついてのものか、後天的なものかは判断できないが、視覚以外の感覚器官が鋭敏に発達しているのが分かる。

 時折彼女から発せられる「……っ」という小さな音。

 聞きようによっては舌打ちにも……と言うかどう聞いても舌打ちなんだが、それはイラついているとかではなく、音の反響で物との距離、大きさを測り、目ではなく音で世界を視る方法だ。

 エコーロケーションとも呼ばれている方法で、身近なところで言えば、イルカやクジラ等の視力が退化した生物が用いることが多いらしい。

 

 視覚を塞いで鍛練をするのは俺達もよくすることだから分かる。

 視覚情報はかなり重要……の割には脳が誤差を起こして修正、錯覚として処理する。なんていい加減な仕事をするんだが、それでも人間は八割近くを視覚情報を頼りに生きている。

 その八割の情報をカットすると、暫く混乱して前後左右、平衡感覚すらままならず、まともに歩くこともできなくなる。

 でも、視覚情報をカットし続けると、脳はそれ以外で情報を得ようとする。それが視覚を除いた聴覚、嗅覚、味覚、触覚、この四つの感覚器だ。

 

 その中で、周囲の状況をもっとも把握できるのは聴覚だろう。

 呼吸音や足音、果ては心音までをも聞き取れるようになるんだから凄い。

 ただ、聴覚は現在を知れるだけでしかないから万能とは言えない。

 

 そこで次に役立つのは嗅覚だ。

 残り香。犬レベルまで鍛え上げれば、さっきまで誰がそこにいたか、誰と、何人で、と多くの情報を得られるようになる。追跡任務にはもってこいだ。もっと言えば、毒物を嗅ぎ分けられれば文句なしだな。

 

 その点で言えば味覚もそうか。少しの刺激に気付ければ、毒かどうかを判断できる。サバイバルでは重要だ。

 

 最後に触覚だな。

 物を触るっていうのは結構重要だ。杖をついて歩くのは先に物がないかを確かめるためだ。

 杖先に大きな石でもぶつかれば抵抗感があり、そこに何かがあると気付ける。戦闘中だって風の揺らめきを敏感に察知して、見えない攻撃を躱すことができるようになる。

 要は、視覚以外の物を向上させれば、格上相手にも十分対応できるって話だな。視覚も大事だが、頼りすぎるなってことだ。

 

 閑話休題。

 

 俺がバニングス邸を訪ねて既に二十分程時間が経過している。

 沈黙し続けるのも空気が思いから、メイドさんに今知りたいことを聞いてみる。

 

 

「ところで、アリサは?」

 

「お嬢様は現在御入浴中でございます」

 

 

 俺を洋館内に招き入れたアリサに姿が見えないことをメイドさんに聞いてみれば、風呂に入っていると返答された。

 

 

「タイミングが悪かったか……」

 

 

 呟いてテーブルの上に置かれた皿に盛られたクッキーに手を伸ばし一枚摘まむ。

 それを口に運んで一口で食べる。チョコチップが練り込まれたクッキーだ。

 サクサクとした食感の中に程好いシットリした舌触り。

 それに生地の香りが濃厚だ。良い卵を使っているんだろうな。

 クッキーの芳ばしさをチョコの甘さが際立たせていて、かなり美味い。

 

 

「山口様は何か武道でもしていらっしゃるのですか?」

 

「ん?」

 

 

 クッキーに舌鼓をうちながらクッキーと一緒に出された紅茶を啜っていると、メイドさんから言葉を投げ掛けられる。

 

 

「何でだ?」

 

「いえ、足音がほとんど聞こえませんでしたから……。それに目が見えないと何と無くその人の雰囲気が読めるようになるんです。職業柄……というのもあるのでしょうけど」

 

「ふ~ん?」

 

 

 こんな家だ。来訪する人間は多いだろうな。それこそ腹に一物二物抱えた人間なんてざらだろうしな。

 それを護衛する人間だって多く入る筈だ。まぁ、アリサの父親が家庭にそういう奴を歓迎しているかどうかは知らんが……そういった関係で、人間の纏うオーラみたいなのが読めるようになったのか。

 バニングスの使用人は優秀だな。

 

 

「武道武術を詳しく学んだことはないが……」

 

 

 紅茶の入ったマグカップを机に置く。

 

 

「実地で培った対人戦ならできる、ぞ!」

 

 

 左側背後から首を狙って振るわれたナイフをソファーの背凭れに右腕を付いて倒立して躱す。

 

 

「ふんっ!」

 

 

 メイドさんの頭に向かって左足を蹴り落とす。

 慌ててバックステップで躱すメイドさん。

 

 

「……っ!」

 

 

 メイドさんは床に足を付けた俺に右手に持ったナイフを突き出す。

 それを左半身になって躱し、メイドさんの腕を抱え、メイドさんの体を腰に乗せて背負うようにして投げ飛ばす。

 

 空中で体勢を立て直すメイドさんは机を越えて向かい側のソファーをも越えて華麗に着地。

 

 

「……っ!」

 

 

 剃でメイドさんの正面に回る。

 まぁ、着地なんて待たずに空中で攻撃を加えることもできるんだが、本気(・・)の殺し合いでない以上そこまで徹底的に痛め付ける必要はない。

 

 微かな風の揺らめきを感じたのか、左手に素早くナイフを構えて突き出してくる。

 右手の甲でメイドさんの手首を外側に弾いて防ぐ。掌で上手くナイフを回転させ逆手に持って、弾いた軌道を沿うようにして腕が戻ってくる。

 

 上半身を後ろにスウェーさせて躱す。首から数㎜先で空を切るナイフ。

 メイドさんはエコーロケーションを駆使して、俺の位置を把握しながら右手にナイフを持ち替えて袈裟懸けに斬り下ろす。

 

 今度は弾くことはせず、左手でメイドさんの右手首を捕まえる。

 メイドさんは慌てる素振りを見せずに、手首のスナップを利かせて俺の顔めがけてナイフを投擲。

 

 

「むぐっ!?」

 

 

 首を右に傾けて躱すと俺の腹にメイドさんの右足がめり込んだ。

 痛みはないがさっき食ったクッキーが胃袋から迫り上がってきた。

 

 

「ごあっ!?」

 

 

 顎に衝撃。

 腹に蹴りを喰らい前屈みになった俺の顎をバク宙の要領でメイドさんが蹴り上げた。

 衝撃で掴んでいたメイドさんの右手首を離してしまう。

 

 

「かふっ!?」

 

 

 床に足を付けたメイドさんが、その場でくるっと一回転。左回し蹴りが俺の左横っ腹に打ち据えられる。

 綺麗に三連撃を浴びせられてしまった。

 このメイドさん、咲達より強いんじゃないか?

 

 当然メイドさんの猛攻は止まらない。

 右に体勢を崩した俺に追い打ちを掛けるように左肩に踵落とし、突っ伏さないように右手を床について開いた腋に右足で蹴りを叩き込み、僅かに浮いた身体、鳩尾に正確な前蹴り、仰向けに倒れた俺の胸に両膝を落とす止めまで極めた。

 

 肺が押されて口から空気が漏れる。

 メイドさんは小柄で軽いが、両膝の二点のみに体重を掛けて1mの高さから落下してきたのだ。流石に効く。

 

 

「はぁー……満足か?」

 

 

 乱れた呼吸を整えて呟き、ゆっくり立ち上がって埃……ピッカピカに掃除されているから付着する埃なんてなかったが、気分で服を(はた)く。

 

 

「っ!?……効いていないのですか?」

 

 

 俺から2m程の距離を取って離れていたメイドさんは、閉じていた瞼を開き光を映さない黒い瞳を丸くして驚いている。

 

 

「それなりに鍛えてるからな」

 

「ただ鍛えているだけ……とは言えないと思いますが?」

 

 

 胡乱な視線を向けてくる。

 まぁ、当然か。あれだけ蹴りを喰らって平然と立てるほど普通の人間は丈夫じゃない。

 

 

「さぁ、掛かってこいよ。まだまだ俺は余裕だぞ?」

 

「……」

 

 

 メイドさんは何も答えず開いた瞼を閉じて、腰を落とす。

 その左手にはいつ拾ったのか、さっき投擲したナイフが握られていた。

 

 

「……っ」

 

 

 エコーロケーションで俺の位置を確認して……飛び出す。

 突き出されたのはナイフではなく、メイドさんの左膝だ。

 

 左掌で下腹部に迫る膝を受け止め、右袈裟斬りにされたナイフを半歩引いて躱し、その流れに乗って打ち下ろされる踵を右手で受け止める。

 

 軸にしている右足を刈り、宙に浮いたメイドさんの腹に目掛けて右拳を落とす……のをすんでのところで引き戻す。

 白刃一閃。俺の拳があった場所をナイフが通り過ぎた。

 

 

「……ふっ!」

 

 

 素早く立ち上がったメイドさんが、俺の心臓目掛けて突きを放つ。

 半身になって躱し、メイドさんの手ではなく、ナイフの刀身を鉄塊で硬化した肘と膝で挟み込んで砕く。

 

 

「……ぁっ!?」

 

 

 音と重量の変化で何が起こったのか理解したのか、メイドさんは刀身の砕けたナイフをメイド服のポケットに仕舞い……俺に背を向けて駆け出し応接間を出ていった。

 

 

「……って、おい!? 何処行くんだよ!」

 

 

 来るかっ!と握り込んで構えた両拳を意味もなくグー、パー、と閉じたり開いたり……。

 

 数分して戻ってきたメイドさんの手には箒と塵取りがあって、さささっと砕けて飛び散ったナイフの破片を掃き取りまた出ていく。

 

 

「……宏壱さん、何をしているんですか?」

 

 

 再び一人になって呆然と立つ俺に声が掛けられる。

 

 

「……何だろうね?」

 

「あたしに聞かれても……」

 

 

 応接間の入り口で訝しげに俺を見る声を掛けてきた黄色い下地にオレンジの犬の顔があちこちにプリントされた寝間着を着た少女、アリサに苦笑いを返す。

 

 

「……クッキー、どうだ?」

 

 

 ソファーに座り直して何と無く話題を作るために勧めてみた。

 

 向かいのソファーに座ったアリサと話をする。

 ある程度予想していたが、彼女は俺が来ていることを聞かされていなかったらしい。

 夕方に出会った少年を待っていたが、中々現れないから先に夕飯を済ませ、風呂に入ってさっき上がったときに客が来ていると聞いて此処に足を運んだそうだ。

 

 つまり、俺を応接間に通したのは別の人物だ。

 そして、メイドさんを使って俺を見極めようとした。多分、俺の過去が洗い出せなかったからというのが理由のひとつだと思う。

 

 

「まぁ、理由は本人に聞けばいいか」

 

「宏壱さん?」

 

 

 ポソッと溢した声が聞こえたのか、鮫嶋さんが頭を強く打ったから精密検査をするために病院に行っている。と話していたアリサが口を止め、首を傾げて俺を見る。

 

 

「いや」

 

 

 俺が首を横に振ったのと同時に応接間の入り口の扉がノックされ、返事をするまもなく扉が開く。

 

 

「パパっ!」

 

 

 アリサと同じ色の髪を短髪にした壮年の男。テレビや新聞で何度か見たことがある顔だ。デビット・バニングス、アリサが言ったように彼女の父親だろう。

 

 そのデビット・バニングスの後ろを執事服を着た小柄な青年が追従する。見ようによっては少年と言えるかもしれないが、落ち着き払った佇まいが妙な大人の雰囲気を醸し出していた。

 

 

「お前……」

 

 

 先ほどまでこの部屋に居たメイドと同じ気配を纏う執事に鋭い視線を走らせる。

 

 

「改めまして、三浦 葵と申します。以後よろしくお願い致します」

 

 

 腰を折って深く頭を下げる三浦 葵と名乗った瞼を閉じた執事。

 俺がメイドさんだと思っていた女は、女装した執事だった。




アリサへの説明を今回で終わらせるつもりが次回に持ち越しなってしまった……。

ちょっと戦闘シーンに飢えてたんです。最近まともな肉弾戦書いてませんでしたから。
盲目メイドさん改め、盲目執事さんの三浦 葵君は再登場するか微妙です。神様転生でもなんでもなく、バニングス家お抱えの特殊訓練を受けた私兵みたいなものです。普段は鮫嶋さんの部下としてバニングス邸で使用人として働いています。

新キャラ

名前:三浦 葵

性別:男(の娘)

年齢:22歳

身長:153,2cm

体重:47kg

容姿: 黒髪を長く伸ばしている。前髪は眉毛でパッツン。長い髪は首辺りでゴムで一本に縛っている。
黒目だが天性的に光を映さない目。

備考:バニングス家お抱えの戦闘できる執事さん。女性っぽい顔立ちと細身で小柄な体がコンプレックス。おまけに声も中性的で、宏壱も気付かなかった。
髪型はバニングス家メイドさん達に強要されている。
時折メイド服を着てバニングス家令嬢、アリサ・バニングスに近寄る悪い虫を排除する仕事をデビット・バニングスから受ける。
メイド服を着るのは相手を油断させるため。排除と言っても気絶させて記憶を飛ばす程度である。宏壱との戦いは、少々熱くなりすぎて心臓を狙ってしまった。
戦闘訓練を受けていて、実力は魔法使用なしの咲と鬼道使用なしの大輝を上回る(宏壱談)。
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