side~宏壱~
夢を見ている。そう分かるのは幾度となく同じ、正確に言えば似たような夢を見ているからだ。
空を見上げれば夜空に散りばめられた幾千、幾万の星々が見える。その下で手に持った花火を人の居ないところに向けてはしゃぐ青色の髪をショートにした少女。
その少女の姉だろうか……少女よりも少し背が高く、少女と同色の髪を長く伸ばした落ち着いた雰囲気の少女がはしゃぐ少女を嗜める。
そんな二人の少女を暖かく見守るのはクイントさん。そしてその夫であるゲンヤ・ナカジマだ。
ゲンヤ・ナカジマとは数回顔を合わせているが、事務的な会話くらいしかしたことがない。実際、同じ地上本部に居るが、部隊が違うと会う機会もないからな。
よく見れば、少女二人とクイントさんはかなり似ているように思う。
二人の間に子供は居なかった筈だ。少なくとも俺は面識がないし、聞いたこともない。
だが、「お兄ちゃん!」と笑顔で俺に声を掛けて笑うショートカットの少女に、俺は笑顔を返して「――」少女の名前を呼ぶ。その名前の部分だけが音にならない。
ミンミン、と響くセミの声でこの時期が夏なんだと認識して周囲を見渡せば、メガーヌさんが赤子を胸に抱いて彼女が結婚した旦那さんと一緒にあやしている。
確か名前はルーテシアだったか……。去年産まれたメガーヌさんと旦那さんの子供だ。
メガーヌさんは今は産休を終えて育児休暇に入っている。
正直、子供ができたのなら事務にでも回ってほしいんだが、復帰した時はゼスト隊に戻ってくるらしい。
状況や場所は違う。だが、幾人か俺が見たことのない人物が、親しくもない人物達が混ざっているのだ。
さっきも言ったようにゲンヤ・ナカジマとは同じ
それに少女二人はまったく見覚えがない。見覚えがない者は名前を呼んでも聞き取れない。切り取られたかのように空白になる。
メガーヌさんの旦那さんとは、メガーヌさんの結婚式で挨拶しただけでしかない。この集まりに誘われる意味が分からない。
もっと意味が分からないのは俺とゼストさんだ。
何故俺はゼストさんと横に並んで線香花火をしているのか……?
俺もゼストさんも優しい顔をしているとは言えない。だが、チラッとゼストさんの顔を盗み見れば優しく細められた目が、じっと線香花火を見つめている。
なんで桃香達ではなくゼストさんなのか、疑問に思いながらも俺の意識は黒く塗り潰されていった。
チュンチュン……チュンチュン……。
小鳥の囀りで目が覚める。妙な夢を見た。八神家に泊まると必ず見るのだ。幸せの
これが意味することは分からない。俺は戦場を求めながらも、何気無く笑える日常を望んでいるのだろうか?
いや、事実そうであることは自覚している。
「んぅ……すぅ……すぅ……」
身動ぎして抱きついてくるはやての柔らかな髪をそっと撫でる。
時間は五時十分前。今から米を炊いて、鍛練、それから飯を食っても十分に間に合うな。そう当たりを付けて起きる。
抱きつくはやての腕をそっと外して布団を被せたあと、ジャージに着替えて部屋を出た。
「行ってきます」
米を洗い、炊飯器に入れてスイッチを押したあと、はやてを起こさないように家の中にそっと声を掛けて出る。
戸締まりをしてトントン、と爪先でアスファルトを蹴って靴の具合を確かめてから駆け出す。
誰も居ない住宅街を一定の速度で走る。息を乱さず、歩幅を崩さず、重心のブレをなくし、常に全方位の気配を探る。
民家に居る人の数、頭上を飛ぶ小鳥、ブロック塀の上で呑気に眠る猫。
多くの情報が気配となって伝わってくる。
走ること三十分。俺は住宅街を抜け商店街、オフィスビル群を抜けて山の麓まで来ていた。
そろそろ引き返そう。そう思い踵を返すと、振り向いた先から知った気配が複数近付いてきた。
「あれ、宏壱君?」
「ああ、奇遇だな、咲。士郎達も」
見えたのは士郎を始めとした、恭也、美由希、咲、そして大輝だった。
「おはようございます、宏壱さん」
「おはよう、宏壱君」
「おはよう、宏壱」
「おはよう、宏壱君」
俺の前で立ち止まった大輝、士郎、恭也、美由希がそう挨拶してくれる。俺も「おはよう」と返して、動かそうとしていた足を肩幅ていどに開いて止まる。
「早いな、何時から走っていたんだ?」
「……五時くらいだな。もう帰るとこだけど」
そう聞く士郎に起きた時間帯と、米を洗って炊飯器に入れてからの時間を大雑把に計算して言う。
「五時って……いくらなんでも早すぎない?」
「山籠りの時はもっと早いだろ。それと比べればどうってことない」
「そうだけど……毎日はキツくない?」
「慣れだ、慣れ」
「そうなんだ」と苦笑する美由希に「そうなんだよ」と軽く返す。
山籠りの時は寝ない日だってあるのによく言う。
士郎は鍛練となると厳しい。極限状態を恭也に強いる。それを恭也が美由希にやらせ、咲と大輝が真似を……と言うか、俺がやらせる。
一日飲まず食わずで瞑想して気配を自然と同調させる訓練とか、夏休みは十日ほどの期間を目隠し、或いは耳栓をして聴覚を遮って五感を鍛えたり、山籠り中に不意打ちで攻撃を仕掛けたり、半日山の中を走り続けたりで、平均睡眠時間は二時間、一週間の山籠り中の合計睡眠時間は二十時間もない。
閑話休題。
「あ、そうだ」
咲が何かを思い出したように声を上げる。突然のことで、俺達の視線は声を上げた咲に集中した。
「宏壱君、アリサちゃんのことどうなったのかな?」
咲が昨日のことを聞いてくる。帰ったあとは連絡もなしだから気になっていたんだろう。
「「「むっ/何?/えっ!?」」」
士郎、恭也、美由希が驚いて声を上げる。初耳らしい。
「なんだ、話してなかったのか?」
「うん、どうなるか分からなかったから。大輝君と相談して宏壱君が居る時に、って」
「ね?」と大輝を見る咲。同意を求められた大輝は「はい、そうなんです」と笑った。
「要は、俺にまるなげって事だろ」
深く溜め息を吐いて、憎たらしく笑みを浮かべる大輝の頭を小突く。
「話せることだけ話すぞ」
そう前置きして事の顛末を語る。
途中途中で咲と大輝の視点からの補足が入り、身内にいながら部外者という奇妙な立ち位置の三人にバニングス邸での三浦との闘いを省いて語った。
「なるほど……」
話を聞いた士郎は神妙な顔付きで頷く。恭也と美由希も似たり寄ったりだ。
「ま、そこら辺は当人らで話し合えば良いさ。俺達はそれに関して割って入るべきじゃない」
「それが妥当か……歯痒くはあるけど」
父親としてはそうだろうな。悩む娘の力になれないってことだから。まぁ、その分は咲と大輝に任せるしかない。
「二人ともそれで良いな?」
士郎が聞くと、特に反対意見もないらしく、恭也と美由希は頷く。視線を咲と大輝に向けても同じ様に頷くだけだった。
そうして路上でのプチ説明会は幕を閉じて、互いのランニングに戻った。
六時過ぎに八神家に帰るとはやては既に起きていて、昨晩の味噌汁の残りを温めていた。
ランニングでかいた汗をシャワーで流し、朝飯を食べながら今日の予定を聞く。
今日は検査もないし、図書館で本を読むことにする。
そう言ったはやてに、閉館時間に迎えに行くと約束して八神家を出た。
時刻は六時四十分。このまま家に帰って身支度をして学校に向かえば十分間に合う時間だ。
俺はそう計算しながらのんびりと我が家まで歩いて帰るのだった。
時間は飛んで放課後。
既に学業を終えて帰宅した俺は私服に着替え、肩にリニスを伴って月村家へ向かっている。
《何故、月村邸に?》
《来た方が良い……それしか咲からは聞いてない。特に説明もなく帰りやがったからな》
念話で聞いてきたリニスに、同じく念話で返す。
なんでも、すずかの家でなのは、アリサ、すずか、咲、大輝、相川、ユーノ少年、あとクソガキ。この七人でお茶会をするらしい。
俺はお茶会に誘われた訳じゃない。月村家に来た方が良いと言われただけだ。理由は知らない。行くかどうかは俺の判断で良いらしい。
ただ、忍嬢とすずかに説明した方が良いとは思っている。本当はなのはの口から言ってもらいたいんだが、アリサが意図せず知ってしまったからな。
もしすずかが知る時が来たら疎外感を得る。それは、少し寂しいじゃないか。
《特にやることもないし、何が起こるのか興味もあるしな》
《不謹慎ですよ。何が起こるか分かったものじゃありません、気を引き締めてください》
《へいへい》
窘めるように言うリニスに好い加減な返事をすると、前足で俺の頬をペチペチと叩く。
特に痛くはない。寧ろ肉球がぷにぷにして気持ち良いくらいだ。
すれ違う人の目が優しく細められる。居心地が悪くなってきた。
俺は進める足を速めることにした。
side~咲~
〔ニャー《咲、大輝。宏壱が来ましたよ》〕
月村家のメイドですずかちゃんの専属でもあるファリンさんが持ってきてくれた紅茶を飲んでいると、猫の鳴き声と副音声のように頭に響いた念話が同時に聞こえた。
声のした方を見ると、一匹の猫が綺麗に足を揃えて座っていた。
野良猫じゃない。艶やかな毛並みと
「あれ? こんな猫居たっけ?」
「うんん、知らないよ。何処からか迷い込んだのかな?」
「そうなんだ。わー、綺麗な毛並み。さらさらだよ」
アリサちゃんがすずかちゃんに聞くけど、すずかちゃんは首を横に振って否定する。
そんな二人を尻目に、なのはちゃんは鳴き声を上げた猫、リニスさんに近付いてしゃがみ頭を優しく撫でる。
「飼い猫かな? 随分人に慣れてるね《良かった。ひょっとしたら来ないかもって思っていたんです》」
マルチタスクを使って、口から出す言葉でなのはちゃん達の会話に参加しながら、思念で放つ念話でリニスさんに返事をする。
なのはちゃんとレイジングハート、それとユーノ君と新崎君に気付かれないのは、私とリニスさんの間だけ回線を開いているからで、漏れ出る僅かな魔力もリニスさんが上手く隠蔽してくれるからだ。
大輝君はリニスさんとは違う猫を愛でながら、ユーノ君と新崎君が感づかないように会話をしている。
《そうですか? 宏壱なら興味を持つと思いますけど》
そう言われて、そうかもしれないと思った。
山口 宏壱君。私と歩ちゃんのクラスメイトで、私と大輝君の戦闘の師匠でもある男の子。
身長は頭一つ分高くて目付きが鋭い。黒髪黒目なんだけど、よく見ると黒目に少しだけ赤が混じっている。
性格は……どうだろ? 自信家で強気、かな。正義感はそこそこに有って人に押し付けない。
人の話は聞くけど、譲らない時は譲らない。頑固と言えばそうだけど信念があるとも言える。あと、変なところで臆病。なのはちゃんとの件が良い例だね。
そんな宏壱君は退屈が好きじゃない。
快楽主義ってほどじゃないし、誰かに迷惑を掛けてまで娯楽を求めている訳じゃない。
だけど、面白いことが好きなんだってことは変わらない。誰も傷つかない範囲で、かつ、自分が対処できる規模で楽しむ。それが彼の楽しみ方。
そんな彼に理由を言わず、「来た方が良い」それだけを告げて教室を出たのは正解だったみたいだね。彼の興味を引けた。
《宏壱の使い方を心得ていますね》
《それなりの付き合いだからね》
なのはちゃん達に愛でられるリニスさんと念話で会話しつつ私達を見ている視線を追う。見上げた先、私達の居る場所が見下ろせる二階の窓に彼が、宏壱君が居た。
「咲、何を見ているの?」
「ううん……何でもないよ」
私の向かい側に座って紅茶を飲んでいた歩ちゃんが声を掛けてくる。
それに対して私は首を横に振って答える。もう一度二階の窓を見るけど、宏壱君の姿はもうそこにはなかった。
side out