side~宏壱~
すずか達になのはの置かれている状況の説明をしてから数日、世間は
初日ということもあって、テレビではどこぞの浜辺で潮干狩りがとか、有名テーマパークで家族連れの……とかで騒がしくなっている。
世間がそんな休暇ムードの中、俺は我が家の地下にあるトレーニングルームに居た。
プロジェクターでただの白い空間が、燦々と輝く太陽、青い空、悠々と泳ぐ雲、緑広がる大地に姿を変えていた。
その緑広がる大地に一本だけ生えた巨木に複数の、正確に言えば三人の少年少女達が居る。
その中の(俺を除いて)年長者である三つ編みにした栗色の髪を肩から胸の前に垂らした少女が、俺と上空20mで対峙するツインテールの少女に心配気な視線を送っている。
「ほれ、後ろだ」
「わわっ!?」
俺はツインテールの少女、なのはの後ろに回り込み、押し出すようになのはの背中をかる~く蹴る。
空中で踏ん張りの利かないなのはは、3m程の距離をふよふよと流された。
「う~っ、全然見えませんでした~」
「目に頼りすぎるなって言ってるだろ? 魔力を辿るんだよ、魔力を」
振り返って言うなのはに注意するように人差し指を立てて言った。
「は、はい!」
「んじゃ、掛かってきな」
手の甲をなのはに向けて、指をちょいちょいと自分の方に曲げて挑発する。
流石に士郎の娘だ。少しムッとした感じで頬を膨らませている。負けず嫌いなんだろう。
「行きます! ディバインシュー――「それは悪手だって」――……きゃっ!?」
3mの近距離で魔力弾を放とうとしたなのはに、接近してギリギリなのはが躱せる速度で右拳を放つ。
目論み通りなのはは大袈裟に横に飛んで躱した。
「近接格闘型の俺にこの距離で隙を見せるなよ。魔力弾の生成なんてさせないぞ」
「はい!」
返事は良いんだよな。ノリが完全に体育会系だ。
「ディバインシューターッ」
今度の距離は10m。まぁ、詰められない距離でもないが、発射まで待つことにする。
「シュート!」
直線的に放たれる五つの桃色の魔力弾。
一直線に突き進むそれはなのはの真っ直ぐな性格を表しているようだ……が。
「捻りが無さすぎる」
右拳を振り抜き一つ目を破壊。素早く引き戻して左拳、戻して右肘鉄からの右裏拳、最後に左手で受け止める。
四つを破壊して一つを確保した。
「シューターは精密操作が強みだ。それをもっと活かすように工夫するんだ」
確保した魔力弾を握り潰しながら言う。
「はい!」
再度放たれた魔力弾は複雑な軌道を描き前方、左右、上下、後方から一発ずつ迫ってくる。
「包囲するならもっと数を用意しないとな」
言いながら前に進んで魔力弾をすれすれで躱し、なのはに肉薄する。
「わっ、わっ」
接近様に右拳を振り抜く。なのはは上手くレイジングハートで受け流した。
続けて左拳、前蹴り、右肘、左ショートアッパー、と息を吐かせぬように、離れる隙を与えず連撃を放つ。
だが、なのはは初撃と同様にレイジングハートで受け流し続ける。
なのはは流し、逸らすことに集中している。それは、受け切ったり弾くことは許可していないからだ。
俺となのはの体格差は、圧倒的と言って良い程に俺の方が大きい。本来の姿でも頭一つは違うのに、『グロウ』使用時なら尚のことその開きが大きくなるのは当たり前で、正に大人と子供だ。
「上手いぞ、よく見えているな。だが、どうする? このままだとお前の体力が底を尽くぞ」
そう言いながらも攻撃の手は緩めない。なのはの息は上がり、動きが散漫になってくる。
そんな中で、時折意識が俺の後ろに向けられてるんだが……。
俺の攻撃を捌く中での魔力弾操作だからか、潰さずに残しておいた六発の魔力弾が、酔っ払いのようにふらふらしながら背後から迫る。
「はぁ……手が見え見えだぞ」
「え?……うにゃあっ!?」
溜め息を吐きつつ首を捻って後ろから後頭部に迫ってきていた魔力弾を躱すと、なのはの顔面に炸裂した。残りの魔力弾は展開した魔法障壁で防ぐ。
「考えは良かったが、まだなのはには早いな。複数ってのが問題だったんだと思うぞ。多分一発だけならもっと速く飛ばせたんじゃないか?」
顔面を押さえてうにゃ~っと唸り声を上げるなのはから離れながら言う。聞こえてるかどうかは分からないが。
「ちょっと休憩するか。体力も限界っぽいし」
「は~い」
肩で息をするなのはを見て言うと、渋々といった風に返しが来た。
「なのはちゃん、大丈夫!?」
なのはを伴って地上に降りると、見守っていた咲が駆け寄ってくる。
「宏壱さん、お疲れ様です」
「この程度で疲れなんて出ないぞ」
実際汗は掻いていないし、息切れもない。準備運動程度の感覚だな。
「うーん。動き足りないな……」
手首を振りながらぼやく。
準備運動なのだから、俺の身体は「さぁ、本格的に動くぞ!」と意気込み勇んでいるのだ。
これでは不完全燃焼でストレスが溜まる。次のお相手は……。
「宏壱さん、やりすぎだよ!」
なのはとユーノ少年が居る手前、さんで呼ぶ咲だがその表情は如何にも「私怒ってます」といった風だった。
「怪我はさせてないだろ?」
「むぅ、そうだけど……でももっと優しくできないのかな?」
「……本気で言ってるのか?」
少し声が低くなるのを自覚しながら咲の目を見下ろす。意識的に威圧するように、目を細めるのも加えた。
「本気……じゃないけど、やっぱり怪我は――」
「怪我のない訓練なんてあり得ないだろ。武道でもそうだし、実戦訓練ってなるなら尚のことだ」
「……」
「お前はなのはに甘過ぎる。妹が可愛いのは分かるが、甘さと優しさを履き違えるな。なのはの魔力は膨大だ。今後それを狙って襲ってくる奴がいないとも限らない。だからそんな奴等と出会った時に対処できるように、ジュエルシードで経験を積ませるために俺は回収に参加しないし、お前らも極力なのはのサポートに回る。そう話し合っただろ」
「……」
「それに自分達だと加減し過ぎて訓練にならない。そう言って俺になのはの訓練を頼んだのはどこの誰だ? ん?」
そう、それは月村邸での出来事から二日目。学校の行事が終わって放課後、家に帰ってきて一時間後に咲と大輝が、なのはとユーノ少年を伴って我が家を訪問した。
訪問の理由は単純明快で、なのはを鍛えてほしいだった。「自分達がやると加減し過ぎて訓練にならない」そう言ったのは咲だった。
それから二日程、我が家の地下にあるトレーニングルームでなのはを鍛えてるわけだ。
当然俺がなのはに会う時は大人の姿だ。
本当のことを話す良い機会……と思ったんだが、変な癖が付いていて、なのはと会うとなると反射的に『グロウ』を使ってしまう。
脊髄反射のレベルだ。
俺のことの説明は咲と大輝が道中にしていてくれたらしい。出会い頭に根掘り葉掘り聞かれたが、嘘九割五分、事実五分で答えることになった。
昔、なのはと同じように事件に巻き込まれて云々……とな。
「……私、です」
こうなった
「だろ? それに、俺だって手加減は十二分にしているつもりだ。お前らに比べると、なのはの訓練なんて撫でる程度の攻撃だろ?」
「うん」
「そうですね。僕なんて何度骨を折られたか分からないです」
大輝は笑って言うが、お前のは咲以上に厳しいぞ。
毎回気絶は当たり前で、酷い時は瀕死まで追い込む。
インパクトで内臓をズタズタにする時もあれば、首の骨を蹴りで折ることもあるし、指銃で身体に穴を空けるのも珍しくない。
全部リニスが治療してくれるのだが、その日俺は遣り過ぎということで晩飯抜きになるのだ。
まぁ、ちょっと遣り過ぎた自覚もあるから甘んじて受けるが……。
「あれで撫でる程度。こんな魔導師が海鳴に居るなんて……咲さんや大輝、勝吾といい……この街は一体なんなんだ……?」
ユーノ少年のそんな呟きが聞こえた。
まぁ、変だよな。俺や咲、大輝のような魔導師(咲は兎も角、大輝は純粋な魔導師とは言えないが)が集まり過ぎているのも、高町一家に夜の一族である月村姉妹。
相川を筆頭にセラフィム、ユークリウッド。会ったことはないが、ハルナという少女。
俺が知らないだけでまだまだ異質な存在が居るかもしれない。
一種の特異点になっているのかもしれないな、この街は。
「まぁ、兎に角分かってくれ。俺は今後も参加なんてできない。やることもあるからな。だから、なのはを鍛えるって方面でサポートさせてもらう」
「「納得できないけど、分かったよ/よろしくお願いします!」」
前半は咲に、後半はなのはに向けて言うと声を揃えて返してきた。
「うん、まぁ、なのはは暫く休憩な。ユーノ少年、ゆっくり休めるようにしてやってくれ」
「はい、分かりました」
ユーノ少年の返事に頷いて咲と大輝に顔を向ける。
「でだ」
「「……」」
無言だが、ゴクッと喉がなる音が二人から聞こえた。
「お前らも鍛えようか……?」
聞いているが、これは確認じゃない。強制だ。
それが分かっている二人はこくっと頷く。その頬からは、つーっと汗が伝い顎から落ちていた。
「よし。ジェイ、市街地戦に切り替えだ」
[Yes-Meister]
うん、久し振りに声を聞いた気がする。毎日話してるのにな。
ま、まぁ、それは置いといて……。
周囲を見渡せば、広がっていた草原は姿を消し、灰色のコンクリートと、ゴツゴツしたアスファルトが広がり、一面に青を見せていた空は狭くなり、見上げても視界には十数階建てのビルが映り込む。
イメージとしてはオフィス街って感じか。
その光景を目に納めながら歩き、なのは達から距離を取る。
「さて、お前ら……準備は良いな?」
20m程離れてから振り返り、なのは達よりも前に出て構えていた咲と大輝に確認を取る。
「「うん/はい」」
「んじゃ、掛かってこい」
なのはにしたように、咲達に手の甲を向けてくいくいっと指を自分の方に折って挑発する。
「「行くよっ!/行きますっ!」」
咲と大輝が同時にアスファルトを蹴って飛び出してくる。
大輝のパワーは凄まじい。ただ踏み締めただけでアスファルトを砕き、凹ませる。
それに引き換え咲は音を殺している。大股で力強く掛ける大輝とは異なり、歩幅は狭く、足の動きが残像を見せるほどに速い。
俺との中間地点で更に力を込めて二歩目を踏み込んだ大輝はアスファルトを砕き飛ばし……跳んだ。
「はぁああっ!!」
俺の眼前まで一直線に跳んできた大輝は、俺の側頭部目掛けて右足を大きく横凪ぎに振るう。
それを屈んで躱し頭上にいる大輝に拳を叩き込もうと握り拳を作る。
「――っ!」
そこで遅れていた咲が俺の懐に飛び込んできた。その右手にはチリチリと放電する濃密な魔力の塊。
「千鳥っ!!」
突き出される右手。
この技は俺でも当たれば大きなダメージを負うことは必定。こんな序盤で喰らってしまうと、先の闘いで二人に後れを取ることにもなりかねない。
……まぁ、
「――っ!?」
「なあっ――ぐぅっ!?」
咲が息を呑む。
俺は咲の攻撃を半身になることで内側に躱して、胸の前を通過する咲の右手首を左手で掴み、力任せに左回転して、俺の背後で着地して次の行動を起こそうとしていた大輝に当てて、一緒に投げ飛ばす。
「ブレイク キャノン!」
重なって吹き飛んだ咲と大輝に向けて追撃の魔力弾を二十発放つ。
「「――っ!」」
道幅を埋め尽くすように殺到する魔力弾が吹き飛ぶ咲達に追い付き着弾――ドドドドオオォォォォォンッッ!!!――と大きな爆発を起こし、左右に建ち並ぶビルを倒壊させた。
モクモクと舞い上がる砂塵。前方の視界が悪くなり咲達の姿を見えなくする。
普通なら向こうが動くのを待つか、砂塵を払うかするだろう。
だが……。
「それだと面白くないよな?」
誰に言うでもなく呟き駆ける。
広がる砂塵に自ら突っ込み、散乱する瓦礫を乗り越えて気配のする方へ向かう。
「これは、魔力反応が複数……咲の影分身か」
妙な異変に気づいて足を止める。
明らかに増量している魔力反応にそう当たりをつける。
しかし、これは……。
「っ!」
後ろの砂塵の中から飛び出してきて、拳を振りかぶって迫る影。
そいつに後ろ蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
ボフンッ、そんな音と煙を残して消えた。影分身だ。しかも、
「変化の併用か!」
考えられるのはそれだろう。咲の変化は魔力の質さえも本人に似せることができる。それは気配も同様だ。できないのは能力を真似ることだけだ。
「はあっ!」
右側面から飛び出してくる咲。
繰り出された拳を右手で掴むと、シャッ、と微かな水流の音が聞こえた。
咲の手を離して慌てて距離を取ると、咲の胸を貫いて飛び出してくる水デッポウ。だが、威力はそんな優しいものではない。
俺がさっきまで居た場所を通過して、その先にあったビルの残骸であろう瓦礫を、バターでも切るようにスパッと裂いた。
胸を貫かれた咲は影分身で、その姿を煙に変えた。
「……おいおい。あんなもん俺の武装色でも防げないぞ」
鉄塊を重ねて魔法障壁を展開しても防げないだろうことは明白だ。
「っと」
地中から気配を感じて跳ぶと、細い手がアスファルトが剥がれてむき出しになった地面と瓦礫を砕いて、俺の足を掴もうと伸ばされる。
「雷神槍!」
その地面に向けて雷の槍を撃ち込み無力化する。
そうして着地すると、背後から襲い掛かってくる影。
それを回し蹴りで吹き飛ばす。それを皮切りに、怒濤のごとき進撃を繰り返す。
上下、左右、前後、四方八方から迫る咲と大輝。
背後から迫る大輝に後ろ蹴りを入れ、正面から迫る炎を魔法障壁で防ぎ、上空から遅い来る咲二人に魔力弾を放ち、魔法障壁に穴を空けて突破してきた水デッポウを上体を後ろに倒して躱し、水デッポウが飛んできた方に雷神槍を放つ。
攻めることはせずに、迎え撃つことを徹底して、次々と襲い来る咲と大輝の影分身を打ちのめす。
だが、妙だな。何故大輝は動かない?
影分身は全て咲の術で、大輝に変幻しているのも咲だ。咲の術は使えても大輝の鬼道は使えない。
咲の消耗が激しいのは明白だぞ。どうするつもりだ?
咲と大輝の影分身を百体ほど潰したころ。異変が起きた。影分身が襲ってこなくなったのだ。
攻めない。そう決めた以上動くつもりはないが……いまだ漂う砂塵の中の気配が二つになっている。
「……これは……」
その内の一つ、大輝の気配がデカくなる。存在感が増したと言い換えても良いだろう。
強者は気配で分かる。それは存在感のデカさだ。実際は自分より背が低くても、自分の何倍以上にデカく見える者がいるのだ。
勿論、デカくなった訳じゃない。気配のデカさに、その存在感に圧倒されて自分よりもデカいと錯覚してしまう。
「これが大輝の隠し玉か……」
大輝の放つ圧倒的な気によって砂塵が吹き飛ぶ。
見えた大輝の姿は、ゆらゆらと揺らめく赤いオーラを全身に纏っていた。