side~宏壱~
「何だよ、それは……?」
声が震えるのが分かる。今、目の前にいるのは自分が下し、鍛えた少年ではない。
同じ目線に立とうとする強者だ。
「…………界・王・拳…………っ!!」
「何だ、何をしたんだ……?」
声の震えが、身体の震えが止まらない。
恐怖? 違うな。これは……高揚だ!
「良いぜ……見せてみろよ、その力を!!」
手加減はなしだ。全力で……ぶっ潰す!!
一歩踏み出すと、ミシィッ、と足元の地面が軋みを上げた。踏み込みだけで地面が罅割れていく。そして……弾けた。
前方でも同じように地面が弾けるのが見えた。
瞬きする間もなく俺達は接敵した。互いの中心点よりやや大輝よりの地点で、振り抜いた拳と拳がぶつかり衝撃波を生む。
広がった衝撃波は放射状にアスファルトに罅を入れて小規模なクレーターを作った。
「地力が底上げされてんのか!」
「長くは保ちません、よっ!」
一瞬の会話だ。多くの語り合いは必要ない。重要なのは目の前の敵を倒す、ただそれだけだ。
互いに拳を離して一歩離れる。だが、直ぐに一歩踏み込んで拳を握りしめて振り抜いた。
「おおおぉぉぉっ!!」
「はああぁぁっ!!」
繰り出される右拳を左手の甲で弾き、握りしめた拳を放つ。それは大輝の左手に阻まれた。
「せあっ!」
俺の首を狙って放たれる豪脚。空気を巻き込み振るわれる右足を屈んで躱し、軸になっている左足を右足で刈る。
「っ!?」
宙に浮いた大輝の足を掴んで放り投げる。
倒壊したビルの瓦礫に突っ込み、尚も止まることなくその先へと進み、いまだ健在のビルへ突入した。
「ふぅ……っ!」
瓦礫を飛び越えて大輝が突っ込んだビルの二階の硝子を割って入る。
中は精巧な作りで、ステンレスのオフィス机が並び、その上には社員用のノートパソコンが置かれていた。
流石に電気は付いていない。プロジェクターで再現された太陽光が室内を照らしているだけで、中は仄暗い。
「オフィス街……だけどさ。凝りすぎじゃね?」
周囲を見て呟く。中までこんなに再現する必要なくないか?
俺はこんな設定した覚えないんだけど……束か?
と、思わず考え込んでいると、下から――ズンッ!――と揺さぶるような振動が伝わってきた。
それから間を置かずに、オフィス机の一角が床のコンクリートタイル共に弾け、その中から赤い残光が見えた。
そう残光だ。大輝自身は既にそこに居ない。
「中々速いな」
――ガギィン!!――俺の後頭部近くで金属音が響く。
俺の手には漆黒の日本刀。背後に回り込んだ大輝の手には西洋剣。それが後ろに回された俺の右手と、振り下ろされた大輝の両手の中でギチギチと鍔迫り合っていた。
「くぅぅっ!」
「速い……が、力不足だ!」
「がはぁっ!」
大輝の西洋剣、エスト(確か、大輝の話ではこの状態は
オフィス机を巻き込んで吹き飛ぶ大輝を追う。
壁に激突して大きく凹ませそこに留まる。大輝は壁を背にしてエストを突きの構えで肉薄する俺に備える。
「――っ!」
タイミングを見計らって放たれる突きに右手に握りしめた漆黒の日本刀、無限を下から合わせて逸らす。
そのまま大輝の懐に飛び込み左拳を大輝の腹に目掛けて放つ。
「ぐうっ!」
だがそれは大輝が左膝を立てることで防いだ。しかし、堪えきれず背後の壁を破壊して隣の部屋に進入する。
隣の部屋も同じような作りで、オフィス机の配置も代わり映えしなかった。
「おおおぉぉぉっ!!」
更に追撃をと、自らバックステップして下がる大輝に肉薄して、両手で握り締めた無限を、全力で横凪ぎに振るう。
「界王拳・二倍!」
大輝を覆う赤いオーラの勢いが増した。気が大きくなり、存在感が更に増す。
「せあああぁぁっ!!」
大輝はそれを受けるのではなく、エストを下から斬り上げて迎撃することで防いだ。
互いの得物が衝突して発生したのは衝撃波、等と言う生易しいものではない。飛ぶ斬撃だった。
円形状に広がったそれはオフィス机を吹き飛ばし、ビルの壁を、柱を斬り裂き屋外に飛び去っていった。
ズン、と振動がしてビルが少しズレたのが分かった。
ここも長くは保たないだろう。
「その技は限界以上の力を無理に引き出すもんだろ。どう考えても無事ですむとは思えないんだが、大丈夫かよ?」
「だい……丈夫……じゃ……ない……ですよ……っ!」
首筋や額、エストを持つ手に浮き出た血管がその力の凄まじさを物語っていた。それは大輝の切れ切れの息や表情からも伝わってくる。
身体への負担は生半可なものではないだろう。
「おおぉぉっ!」
大輝の状態を分析しつつ無限を引いて、大上段に構え斬り下ろす。
「はぁっ!」
大輝も鏡合わせのように大上段に構えたエストを斬り下ろした。
再びかち合う互いの得物。それによって発生する斬撃波とも呼べる衝撃波。倒壊寸前のビルが軋みを上げ、俺達を中心に亀裂が円状に広がっていく。
力と力がぶつかり合う。
鍔迫り合うのは一瞬で、直ぐに無限を引いて横凪ぎに振るう。
これ以上力比べをしても自分の身体が保たない。そう判断したのか、大輝は迎撃することなく二歩分下がって俺の間合いから抜け出て回避する。
「っ!」
そして踏み込んでくる。
横凪ぎに振るわれるエストを、引き戻した無限を立てることで防ぐが、大輝は更に踏み込み、エストを無限に合わせたまま俺の側面に回り込むように半回転して、背後に回り込みエストを背中に打ち込んできた。
「っと」
危な気なく屈んで躱して、身体を起こし際に罅割れたコンクリートタイルを斬り裂きながら右手に持った無限を斬り上げる。
「くっ!――っ!?」
エストを振り切った状態で硬直していた大輝は、バランスを崩しながらもバックステップで下がる。
そして攻撃に転じる、そうエストを構え直そうとして、慌ててエストを胸の前で俺に剣の腹を見せるようにして盾にした。
「ぎぃっ!」
そこに俺の右掌底が叩き込まれる。食い縛った悲鳴を漏らしながら、大輝はコンクリートタイルを両足で削りながら滑る。
斬り上げて宙に置くように手放した無限が、刃先を大輝に向けたまま落ちてくる。
丁度、顔の前まで落ちてきた無限を見て、少し思いつく。
左腕を引き絞るように引いて魔力を纏わせる。深紅の魔力を纏った手を開いて、胸の高さまで落ちてきた無限に向かって放つ。
「うらあぁっ!!」
掌が無限の柄頭を打ち据えた瞬間、纏わせた魔力を一気に流し込み魔力変換で電気に変える。
バリィッ!!、という放電と共に打ち出される無限。それは深紅の尾を引き極太のレーザーのように大輝の横を光速で射抜く。
「なぁあっ!?」
コンクリートを融解させ、微かな電気変換の名残である放電をパチリパチリと起こし、幾つもの壁を溶かしてビルの外にまで突き抜けていった無限。
「雷の刀、技名を付けるなら“雷神刀”、か?」
見た目はどう見てもレーザーだが、一過性のものでは脅威は一瞬。それさえ凌げばどうとでもなる。
強力だが一直線に、しかも一発限りの砲撃だ。躱されたら終わりで、しかも狙いが甘い。使い勝手が悪すぎるな。
改良の余地あり……と言うか、このままじゃ実戦で到底使えるものじゃないな。
「何……ですか……今の……」
呆然と呟かれた大輝の言葉に無言の苦笑を返して拳を構える。
まだ左手に刃が残っているが、ここからは素手だ。
と意気込み踏み込んだ瞬間、足場が崩落した。
「っ!? もう保たねぇか!」
既のところで飛行魔法を使い宙に浮く。天井を見上げれば落ちてくる瓦礫群。
さっきの雷神刀で危うかったビルのバランスが崩れ、倒壊が始まったらしい。
俺の視界を瓦礫が埋め尽くす。
降り注ぐ瓦礫を最小限の動きで避けながら大輝に視線を戻すと、俺と大輝の間に大輝の姿を隠してしまうほどの大きさの鉄筋を剥き出しにした瓦礫が落ちてくる。
それが大輝の姿を完全に覆い隠した瞬間、瓦礫に十字に線が走り花弁が開くように向こうからゴパッ!と開き、大輝が飛び出してくる。
「いつ飛べるようになったんだよ……?」
大輝の斬り下ろしを半歩分引いて躱しながら聞く。
大輝は飛行魔法……と言うよりも、魔力操作が苦手だ。身体強化なら兎も角、放出系は一直線に飛ばすこともできないし、魔力弾の生成も上手くできない。身体強化以外に適性がないのだ。
俺はそんな大輝が瓦礫を足場にするでもなく、こうして宙に浮いて攻撃してこれることに驚きを隠せないでいた。
「ずっと……練習……してたんです……よっ!」
更に斬り上げて突きを放ち、膝を突き出し、エストを横凪ぎに振るいその勢いを殺さぬまま回し蹴り、そして突き。
降り注ぐ瓦礫を躱しながら連撃を放ってくる大輝に、俺は下がりながら対応していく。
練習と大輝は言うが、おそらく飛行魔法を使っていない。魔力反応がない。魔法じゃないとすれば一体……?
「考え……事……なんて……余裕……ですね……!」
連撃を躱しながら大輝が飛行している方法を考察していると、そんな言葉が投げ掛けられる。
だが、それを言った大輝の表情には怒りや屈辱などといった色はなく、困ったような色だけがあった。
「まぁな。お前相手に油断はできないが、余裕を持って相対することはできるぞ?」
大上段の斬り下ろしを瓦礫を盾にして防ぎ、真っ二つに斬られた瓦礫の片割れを蹴りで粉砕して、その礫を大輝に飛ばしながら答える。
大輝は礫の雨から逃れるように距離を取る。だが、少し離れすぎじゃないか?
「分かって……ます! だけど……忘れて……ませんか……!」
「ん?」
10mほどの距離を取った大輝の言葉に首を傾げる。
「僕は……一人で戦っているつもりはありません!」
「っ!?」
大輝は淀みなく言い切った。
その言葉に、はっ、とした。完全に失念していた。俺は
だが、大輝よ。それは悪手だぞ。俺相手に、教授するように教えるなんぞ悪手以外の何物でもない。
「だよな、咲?」
大輝のバカデカい存在感に隠れて俺の背後を取った咲に、向かい合うことなく問い掛ける。
「……」
返された答えは無言の闘気と圧縮された魔力だった。
振り向くと降ってくる2mほどの大きさの瓦礫を足場にして顔を俺に向けている咲。ほぼ逆さに立っているような感じだ。
その手にはソフトボールのような球があり、球の内部では魔力が乱気流のように回転し渦巻くのが見えた。
「――っ!」
咲は瓦礫に足跡が付くほどの力で蹴る。
そうして放たれる術は、数年前、俺がはやての両親を
その時よりも遥かに速い乱回転。そこに込められた魔力量の増加。なによりも、それらを平然と制御できる技術が、以前のものよりもレベルアップしていることを俺に感じさせた。
突貫して周囲の瓦礫にぶつかることなく、自重と脚力による加速で一瞬で俺の懐に飛び込んできた咲は……。
「螺旋丸っ!!」
「鉄塊!」
俺の土手っ腹に乱回転する魔力の塊をぶち当てた。
それを俺は、躱すことも、去なすことも、弾くこともせずに、以前のように鉄塊で強化した腹で受け止める。
踏ん張りの利かない空中でギュルギュルと渦巻くエネルギーの塊を受け止めると、接点を基点として俺の身が独楽のように回転を始めた。
「ぐっぉぉおおお!!?」
ぐるんぐるんと回る視界。天と地が何度も入れ替わり、方向感覚が狂っていく。
「せっっっっっぁああ!!」
ブオンブオンと耳に響く風切り音に紛れて、咲の雄叫びに気が張っていくのを聞いた。
腹を穿っていた乱回転するエネルギーが弾け、俺の身体は風車のように回転しながら急速に後方に吹き飛ばされる。
幾つもの瓦礫を追い抜き、粉砕しながら俺は、遠ざかる咲と、咲に合流した大輝を回転する視界の中で見て、強くなったと思う。
そして俺の体感で二秒ほどの滑空を感じて、――ドォオオンッ!!!――背中から猛烈な衝撃を受けた。
地面に激突してワンバウンド、そのまま隣のビルに突っ込んだ。
「ふぐっ!!」
ビルの一室、そこの壁に背中からぶつかり肺から息が漏れる。
ぶつかった壁から落ちて片膝を突く。
「ぐぉぉおおっ、き、効いた~」
俺は苦悶の声を上げてエネルギーの塊、螺旋丸が直撃した腹を擦る。
いや、ホントに効いた。バリアジャケットと鉄塊を突き抜けて俺に掠り傷を負わせるとは……。
うん、皮が擦れてちょっと赤くなってる。あいつらもバッチリ成長してるんだな。
「ま、これで限界だろうな。大輝のバカデカかった存在感は萎むように小さくなったし、咲の魔力もさっきの螺旋丸で殆んど使ったみたいだからな」
埃を叩いて落とし、腹部が損傷したバリアジャケットを修復して呟く。掠り傷? バリアジャケット直す時に見たけど、もう跡形もなかったぞ?
束に相談した時は『グロウ』の副作用だろうって話だった。
『グロウ』は俺の肉体を二十代半ばまで“成長”させる魔法だ。
これを頻繁に使用する俺自身に、怪我を成長によって自己再生を急激に高める能力が備わったのではないか? 束はそう結論付けた。
ただ、再生能力が当初に比べて上がってきているのは疑問だが。
閑話休題。
「ジェイ、投影場所を切り替えろ。草原を投影して俺と咲と大輝、なのはとユーノ少年を同じ場所に移せ」
[Yes-Meister]
無機質な電子音声が響く。それと同時に視界にあったビルの内部が霞のように霧散して、それと替わるように辺り一面に緑の絨毯が広がった。
「ふぇ?」
「あれ?」
「終わっっった~~~」
「もう魔力ないよ~」
そんな光景を見て、ファンタジーと科学のコラボだな。と感慨に耽っていると、傍でそんな間の抜けた声と気の抜けた声が聞こえた。
「咲、大輝、なのは、ユーノ少年」
飛ばした無限が傍に刺さっているのを見て、それを引き抜いて待機形態にしながら四人に声を掛ける。
「あれ? 宏壱さん? なんで? わたし、え?」
「……空間をねじ曲げたんですか?」
混乱するなのはの横で、自分の考察を述べるユーノ少年。スクライア一族は聡明で思慮深い者が多いと聞く。どうやらユーノ少年もその例に漏れないらしい。
咲と大輝は返事をする気力がないのか、笑顔を向けるだけで座り込んでしまった。
「ちょっと違うな」
「違う?」
「ああ、空間を切って繋げた。そう表現した方が分かるかもしれないな」
「切って……繋げる」
今一ピンと来ないのか、ユーノ少年は顎に指を添えて考える仕種をする。
もう少し噛み砕いた説明をしようと、俺は口を開いた。
「そうだな……例えば四人で写真を撮ったとする」
「はい」
「自分は右端に写っていて、好きな女の子が左端にいるとしよう」
「はい」
俺が言葉を切る度に相槌を打つユーノ少年に、なんだか説明するのが楽しくなってきた。
「自分は好きな子の隣に行きたいんだ。でも既に現像した写真を弄ることはできない。あ、撮り直せばいいとかはなしな? 前提が崩れるから」
「……はい」
……考えたな、これは。
「んでだ。思い至るのは間に写っている奴等を切って、端と端を繋げることって訳だ。これで写真の中では好きな子の隣に行けた。要はそれをこの空間でやっただけってことだな」
「そんなことができるんですか?」
「あくまでこの地下空間だけだけどな。大掛かりな術式を幾つも刻んであるからな」
どこまでも続く青い空と、果ての見えない地平の先を見ながら言う。
最大距離20km、最高度2000m。それだけの広さを作ることのできる疑似空間がここだ。
データさえ組み込めば自分自身と戦うこともできるトレーニングルーム。俺はまだまだ強くなれると実感できる場所だ。
「さて、どうだ、お前ら。俺に勝った感想は」
ユーノ少年との話に区切りが付いたところで、いまだにへたり込む咲と大輝に聞く。
「勝ったって言えるのかな?」
大輝よりも早く回復した咲が首を傾げて苦笑いする。
「勝ったってことにしとけ。ダメージも通ったし、そこそこ追い込まれたんだからな」
「ん~、納得できないなぁ。身体強化もしてないし、六式も最後の鉄塊だけ。その上大輝君の剣、エストちゃんは片手で凌ぐ。全然本気じゃなかったよね?」
そんな咲の問いに俺は苦笑いを返すだけに止めるのだった。