「おい律、本当にそんな大量のパスタ、神社まで冷めずに運べるのかぜ?」
隣をふわふわと浮きながら歩く魔理沙が、心配そうに俺の背中の巨大な保温バッグを覗き込んできた。俺は神社の長い石段を一歩一歩踏みしめながら、片手でバッグを軽く叩く。
「舐めるなよ。料理人にとって、作った料理を最高の状態で届けるまでが仕事だ。保温魔法の効果が切れる前には着くさ」
額の汗を拭いながら鳥居をくぐると、境内からはすでに賑やかな宴会の声が響いていた。俺がバッグを開け、大皿をズラリと境内の机に並べた瞬間、香ばしい匂いが一気に広がる。
「あら、意外と早かったじゃない。って……ちょっと、何よこの量は!」
湯呑みを片手にした霊夢が目を丸くして近寄ってくる。机の上には、定番の『たらこパスタ』、濃厚なチーズと卵の香りが漂う『大盛りカルボナーラ』、ガツンとニンニクと唐辛子が効いた『ピリ跨ペペロンチーノ』、美しい『完熟トマトソースパスタ』、そしてバターと醤油の香ばしい匂いが鼻をくすぐる『きのことベーコンの和風焦がし醤油パスタ』の5種類が湯気を立てていた。
「……ふん、別に楽しみにしてたわけじゃないけれど。神社にパスタなんて、物珍しいから見てあげてるだけよ」
相変わらずツン全開な態度の霊夢が、まずはトマトソースパスタを一口パクリと口に運ぼうとした、まさにその時。
「あら、外の世界の珍しい料理があるって聞いたけれど。ずいぶんと香ばしくて良い匂いじゃない」
紅い日傘を差したレミリアが、従者の咲夜を連れて優雅に境内に降り立ってきた。
「ちょっとレミリア、ここは私の神社よ。私のパスタをジロジロ見ないでくれる?」
「あら霊夢、ケチケチしなくていいじゃない。これ、私が一口もらってもいいかしら?」
レミリアはカリスマらしく堂々とした態度で、霊夢の制止を無視してカルボナーラを上品に一口パクリ。その瞬間、レミリアの目がカッと見開かれる。
「……! 美味いじゃない! この濃厚なチーズと卵のソース、紅魔館の高級料理にも負けていないわ。咲夜、貴女の料理にも負けていないわよ!」
「お褒めに預かり光栄です、お嬢様。……確かに、外の世界の技術をここまで見事に幻想郷の食材に落とし込むとは、見事な腕前ですね」
咲夜も静かに一礼しながら、料理人として俺の手際の良さを真っ直ぐに認めてくれた。
「ちょっと! 美味しいからって人のパスタを勝手に食べないでよ! 律、このパスタは私のなんだから、この吸血鬼から今すぐ守りなさいよ!」
顔を真っ赤にして怒る霊夢のツンデレな怒号が境内に響き渡る。
しかし、この博麗神社のパスタ争奪戦は、まだ始まったばかりの序章に過ぎなかった――。
だが、境内の大混乱はこれだけでは終わらなかった
「おいおい、レミリアにそこまで絶賛されちゃ、私の立場がないぜ! このピリ辛のやつもお酒に最高に合うけど、さらに美味しくアレンジしてやろう! このキノコを入れると、なんとパスタが七色に光るんだぜ!」
魔理沙がレミリアに負けじと、ペペロンチーノを豪快にすすりながら、怪しい紫色に斑点がついた魔法キノコをドヤ顔で掲げた。
「ちょっと魔理沙、それただの毒キノコじゃない。料理を作ってくれた人の繊細なパスタを何だと思ってるのよ」
隣から、信じられないものを見るようなアリスの冷ややかなド正論が飛ぶ。
[あら〜? なんだか妖夢の料理とは違う、とっても美味しそうな匂いがするわ〜」
桜の花びらを散らせながら、白玉楼の主である西行寺幽々子がふわふわと舞い降りてきた。その背後では、庭師の魂魄妖夢が慌てふためいている。
「幽々子様、ダメです! それは博麗神社の宴会のお料理です! 勝手に全部吸い込もうとしないでください!」
「あら、一口だけよ。……ん〜、たらこの濃厚な旨味も、トマトソースの酸味もたまらないわね。特にこの、旨味が染み込んだキノコとベーコンの焦がし醤油パスタ……! これ、全部白玉楼に運んじゃいましょうか」
「ちょっと! 私の神社で勝手にテイクアウトしようとしないでよ!」
と霊夢が叫んだ瞬間、今度は東風谷早苗が目を輝かせて突っ込んできた。
「うわぁぁ! 外の世界のカルボナーラにペペロンチーノじゃないですか! 懐かしいです! 博麗神社ばかりずるいです、今度は我が守矢神社でも出張喫茶を開いてください!」
「守矢はすっこんでなさいよ!」
霊夢と早苗が皿を挟んで火花を散らす中、さらに足元から因幡てゐと、それを追いかける鈴仙が忍び寄る。
「あはは! ちなみに魔理沙が持ってるそのキノコ, 食べると一生笑いが止らなくなるやつだよ〜♪」
「ちょっと、てゐ! 嘘を吹き込んで現場を混乱させないで!」
嘘か本当か分からないイタズラ発言に、境内はもう大パニックに陥る。気まずくなった魔理沙は、どさくさに紛れて俺の肩をガシッと組んで同意を求めてきた。
「ひ、ひどいぜみんなして! なぁ、料理人なら新しい味への挑戦(チャレンジ)も大切だよな、律!?」
全員の視線が一気に俺に集まる。距離が近くなった魔理沙の笑顔に一瞬だけ圧倒されそうになりながらも、俺は料理人としてのプライドを込め、魔理沙の額をバシッと叩いた。
「おい魔理沙、自分の自信作に毒キノコ入れさせるわけないだろ! キノコを美味しく食べさせたいなら、俺が作ったあの焦がし醤油パスタみたいに、ちゃんと料理をしろ!」
「あ痛っ! なんだよ、律までアリスたちの味方をするのかぜー! 確かにあのキノコパスタ、めちゃくちゃ美味いけどさ!」
自分のキノコより遥かに美味いプロのキノコパスタを引き合いに出され、口を尖らせる魔理沙を見て、アリスがクスリと笑う。
その背後では、霊夢がレミリアや幽々子に皿を奪われまいと必死に死守しながら、パスタを辛さにハホハホしつつモグモグと口に運び、早苗を睨みつけながらニヤニヤと眺めていた。
パスタをすべて平らげ、大騒ぎの宴会がようやく一段落した頃。
俺は保温バッグの底から、もう一つの「本命」を取り出した。ひだまり庵の看板メニュー、淹れたての熱い珈琲だ。
「お前ら、騒ぎ疲れただろ。食後の珈琲だ。ブラックが苦手な奴はミルクと砂糖を入れろよ」
境内にふわりと広がった、深く芳醇な珈琲の香りに、さっきまで暴れていた面々が思わず一息つく。
霊夢は湯呑みからマグカップに持ち替え、珈琲をゆっくりと口に含んだ。
「……ふぅ。何よこれ、苦いのに、なんだかすごく落ち着くじゃない……」
「お嬢様、この絶妙な焙煎具合、お酒の後には最高の一杯ですね」と咲夜も目を細める。
夜風が心地よく吹き抜ける頃、アリスが少し照れながら上品に微笑んで俺に声をかけてきた。
「ごめんなさいね、魔理沙たちが大迷惑かけて。でも……本当に美味しいパスタと、素敵な珈琲ね。今度はその『ひだまり庵』っていうお店に、私もお邪魔させてもらおうかしら」
「ああ、いつでも歓迎するよ、アリス」
こうして、俺の『ひだまり庵』にまた一人、新しい常連の予感が訪れるのだった。
第3話まで読んでいただきありがとうございます!賑やかな宴会、楽しんでいただけたでしょうか?
次回の第4話では、『ひだまり庵』の律に「ある新しい出会い」が訪れます。物語が新展開を迎える次回を、ぜひ楽しみに待っていただけると嬉しいです!