るいが『ひだまり庵』にやってきてから、早くも一週間が経っていた。
開店直後の静かな店内で、律とるいはこれからの仕事について少し話していた。
「律さん、私……私、ここに来てから、もう一週間が経ちました。……今後も、ここにいてもいいのですか?」
るいは少し不安そうに、エプロンの紐をきゅっと握りしめながら律を見上げた。外の世界から迷い込んで、行く当てのない自分をずっと置いてくれるのか、少し心配だったのだ。
律は驚いたように目を見開き、それから優しく笑って彼女の頭をぽんぽんと叩いた。
「何を言ってるんだ。るいがいなきゃ、もうこの店は回らないよ。外の世界の料理のことも教えてほしいし、これからもずっと、うちの看板娘としてここにいてくれ」
「……っ、はい! ありがとうございます、律さん!」
るいの顔に、パッと満面のひだまりのような笑顔が咲いた。そんな穏やかで温かい時間が流れたのも束の間、ガラガラッ!と引き戸が勢いよく開け放たれた。
「ちょっと律! 新聞を見たわよ! 本当に外の世界の人間を雇ったの!?」
手に文々。新聞を握りしめた博麗霊夢が、驚いた顔で店内に飛び込んできた。そのろからは、霧雨魔理沙も「お邪魔するぜ! おい律、本当に看板娘がいるじゃないか!」とニヤニヤしながら入ってくる。
律は苦笑いしながら、「いらっしゃい。ちょうど良かった、るいを紹介するよ」と霊夢たちをなだめる。霊夢たちとるいがお互いに挨拶を交わしていると、今度は引き戸がさらに賑やかに開け放たれた。
「お邪魔するにゃー! 新聞で見た、美味しい『パスタ』ってやつを食わせろー!」
「ここが美味しい匂いのするお店か?」
そこへ雪崩のように入ってきたのは、地底の『地霊殿』の全員だった。
「お姉ちゃん、見て見て! 黄色くて細い紐がいっぱいあるよ!」
古明地こいしは、カウンターの奥を覗き込みながら楽しそうに声をあげた。彼女の隣では、お燐とお空のペット二人も、パスタのいい匂いに釣られてカウンターに身を乗り出して大はしゃぎしている。
「こいし、ダメですよ。お燐もお空も、お店の中で暴れては店主さんの迷惑になります」
姉の古明地さとりは、困ったようにため息をつきながらみんなを宥めた。るいは、初めて見る地底の賑やかな妖怪たちに少し圧倒されて固まっている。サードアイや翼を持つ彼らの姿に少し身構えてしまうのは、外の世界から来たばかりのるいにとっては仕方のないことだった。
律は驚いているるいを隣に呼び、カウンター越しに地霊殿のメンバーを指差した。
「るい、大丈夫だよ。ちょっとおいで、紹介するよ。こちらが地底の主の古明地さとりさん、その妹のこいしちゃん。そしてペットのお燐とお空だよ」
律が優しく間に入って紹介すると、さとりはサードアイをそっと揺らしながら、上品に一礼して微笑んだ。
「初めまして、水瀬るいさん。地霊殿 of 主の古明地さとりです。うちの妹とペットたちが騒がしくしてしまって、本当に申し訳ありません。文の新聞を読んで、どうしてもこちらのパスタが食べたいとみんなが聞かなくて……。里にいる間、何か困ったことがあれば私たちも力になりますからね」
さとりが丁寧な口調で優しく挨拶すると、るいはホッとしたように深く頭を下げた。
「は, はい! ありがとうございます、さとりさん! 私は水瀬るいです、よろしくお願いします!」
律の丁寧な紹介と、さとりの上品な対応のおかげで、るいの緊張は綺麗に解けていった。その様子を見ていた霊夢と魔理沙も、「全く、相変わらず地底の連中は騒がしいわね」「いいじゃないか霊夢、賑やかな方がパスタも美味くなるぜ!」と笑い合っている。
挨拶が終わると、こいしとペットの二人はまた賑やかにはしゃぎ始める。律は苦笑いしながらフライパンを握り、みんなのために新しいパスタの準備を始めた。
フライパンでたっぷりのキノコを炒めると、じゅわあっと香ばしい匂いが立ち上る。そこに濃厚な生クリームとピリッとした明太子、割れコクのあるバターを贅沢に溶かし込んでいく。ピンク色に染まった美しい特製ソースが、茹で上がったばかりの艶やかな麺に絶妙に絡み合っていく。
「よし、お待ち遠様。新メニューの『キノコと明太子のバタークリームパスタ』だ。みんなで大皿を囲んで取り分けて食べてくれ」
目の前に置かれたのは、湯気を立てる大皿のパスタだった。濃厚なクリームソースがほんのりと桜色に染まり、たっぷりのキノコとバターの芳醇なコクのある香りが一気に広がっていく。
「うわぁぁ! 美味そうにゃ!」「いただきまーーす!」
ペットの二人は目を輝かせて大喜びし、不器用にフォークを使いながら麺を勢いよく口に放り込んだ。
お燐が頬を膨らませて叫ぶ。
「――にゃッ!? 美味しいにゃこれ! クリームがとろとろで、このツブツブ(明太子)がピリッとして最高だにゃ!」
「本当だ、すっごく濃厚で、お腹の中に核熱が広がるみたいに美味しいぞー!」
お空も口の周りにピンク色のソースをたくさんつけながら、幸せそうに頬張っている。こいしちゃんも「美味しい、美味しい!」と無邪気に笑い、さとり様も上品に一口食べて「……おやおや、これは地底にはない、本当に素晴らしいお味ですね」と目を細めた。
地霊殿のメンバーの凄まじい食べっぷりを見て、霊夢と魔理沙もたまらずに自分の小皿へとパスタを取り分けた。
「ちょっと、お燐もお空も食べ急ぎすぎよ。……どれ、私も一口。……っ!?」
霊夢がフォークでくるくると麺を巻き付けて口に運んだ瞬間、その瞳が丸くなった。
「なによこれ……! この前のたらこパスタも美味しかったけど、バターとクリームが合わさるだけで、こんなにコクが深くなるの!? 辛いのにまろやかで、お箸……じゃなくてフォークが止まらないじゃない……!」
ハホハホと息を吐きながら、顔を少し赤くして一心不乱にパスタを啜る霊夢。その姿を見て、魔理沙もガハハと笑いながら自分の分を豪快に口へ放り込む。
「だろ!? 律の料理はいつも想像を超えてくるんだぜ! 濃厚なクリームがキノコの旨味を何倍にも引き立ててやがる。おい律、このパスタも美味すぎるぞ!」
「はは、みんなが気に入ってくれてよかったよ」
ガッツポーズをする律の隣で、看板娘のるいも嬉しそうに目を細めていた。
「お空ちゃん、お口の横にソースがついてますよ。はい、おしぼりです」
「うにゅ? ありがとう、るい!」
るいはすっかり地霊殿のメンバーとも打ち解け、甲斐甲斐しくお世話を焼いている。
みんなで大皿のパスタを賑やかに囲み、ひだまり庵には今日も温かい笑顔があふれるのだった。
第7話をお読みいただきありがとうございました!
新聞を見てやってきた霊夢たち、そして地霊殿ファミリーを新メニューの『キノコと明太子のバタークリームパスタ』でおもてなしするお話でした。霊夢も魔理沙も大満足!るいちゃんの看板娘生活も、ますます賑やかになっていきそうです!
次回の第8話もどうぞお楽しみに!