メジロマックイーンの華麗なる現実ライフ。甘味を添えて。 作:灯火011
佐藤の淹れた温かい紅茶と、心に寄り添う言葉。
それらによって自分を取り戻したマックイーンが、少し遅めの朝食であるパンケーキを優雅に平らげた頃。スイートルームの重厚なドアをノックする音が響いた。
「入るぞ」
姿を現したのは、昨夜から指揮を執っている初老の警視だった。徹夜で各所との調整に奔走していたのだろう、その顔には深い疲労の色が滲んでいたが、眼光は鋭く力強いままだった。
「様子は?」
短く問う警視に対し、マックイーンはソファーから立ち上がり、凛とした姿勢で微笑んだ。
「変わりありませんわ。とても快適に過ごさせていただいております」
その晴れやかな表情と、しっかりと前を見据えるアメジスト色の瞳を見て、警視はわずかに目を見張った。昨夜、佐藤から受けた報告とは違う。絶望しきった様子からの、見事な立ち直りを見せていると。
警視の視線が横に逸れると、付き添っていた佐藤が、小さく頷きながら敬礼した。
「問題ありませんでした。マックイーンさんは、心身ともに健康そのものです」
「……そうか。それは何よりだ」
警視は安堵したように小さく息を吐くと、表情を引き締め、マックイーンの正面に立ってスッと背筋を伸ばした。
「マックイーンさん。先ほど、警察庁からの決定が下りた。これからの君の処遇について、正式に伝える」
「はい。伺いますわ」
マックイーンも居住まいを正し、真剣な面持ちで向き合う。
「当面の間は、このホテルを拠点として生活してもらうことになる。そして……君には、我々のもとでいくつかの『検査』を受けてもらう」
警視は手元のタブレット端末に視線を落としながら、淡々と告げた。
「まずは、中央競馬会(JRA)および農林水産省の管轄施設での、馬体……いや、身体構造と生態の医学的検査。続いて、NTC(ナショナルトレーニングセンター)などのトップアスリート用スポーツ施設を利用し、君の持つ『ウマ娘』としての身体能力の精密な測定を行わせていただきたい」
中央競馬、農林水産省、そして国家の威信をかけたトップアスリートの育成拠点。
マックイーンという存在が、もはや一警察署の手に負えるものではなく、日本という国家を挙げての調査対象になったことを意味していた。
「そして、すべてのデータが揃い次第……最終的には、スポーツ庁、あるいは内閣官房の直轄での預かりとなる予定だ。我々警察の管轄からは離れることになるが……どうだろうか」
……もしここでマックイーンが「実験動物のように扱われるのは嫌だ」と拒絶すれば、事態はさらに複雑化することは明白だった。そして、警視の言葉には、どこか彼女の意志を尊重しようとする響きが含まれていた。
しかし、メジロの令嬢は一切の躊躇なく、涼やかな声で答えた。
「問題ありませんわ」
「……いいのか?」
「ええ。わたくしの存在がこの世界においてどれほど異常なものか、理解しているつもりです。皆様が納得されるまで、どのような検査にも喜んで協力させていただきますわ」
マックイーンはふふっと上品に笑い、自らのウマ耳に軽く触れた。
「それに……ひとまず、わたくしのいた世界に戻る方法など、今のわたくしには見当もつきませんし。当面の間は、この世界のルールに従うのが最善の手だと判断いたしましたの」
聡明で、どこまでも誇り高い。
その見事なまでの気品と覚悟を前に、警視はふっと口元を緩めた。
「……感謝する。君が賢い少女で本当に助かったよ」
そして、警視は背を向け、部屋を出て行こうとして――ドアノブに手をかけたところで、立ち止まった。
振り返った彼の顔には、それまでの厳格な官僚としての顔ではなく、現場で数々の難事件を解決してきた「刑事」としての、鋭くも頼もしい笑みが浮かんでいた。
「元の世界に戻る手助けは、我々警察機関にお任せを」
「え……?」
「日本警察の組織力を甘く見ないでいただきたい。人探しから、神隠しの謎解き、果ては異世界の入り口の捜索まで……」
警視は、ニヒルに笑って言い放った。
「捜査能力に関しては、世界一、誇れる練度である、と自負しておりますのでね」
その言葉に残された、確かな熱。バタン、と静かにドアが閉まった後も、マックイーンの胸には不思議な高揚感が残っていた。
「……ふふっ。頼もしいこと、この上ありませんわね」
架空の存在。
行き場のない迷い子。
そんな絶望のどん底から始まった彼女の異世界サバイバルは今、国家という最強の後ろ盾を得て、新たなステージへと進もうとしていた。