メジロマックイーンの華麗なる現実ライフ。甘味を添えて。 作:灯火011
「世界一の捜査機関、ですか。……ふふっ、本当に頼もしい方たちですわね」
重厚なドアが閉まった後、マックイーンは微かに口角を上げて呟いた。
国家権力という後ろ盾を得た安堵感。しかし、彼女の聡明な頭脳は、それと同時に「なぜ国家がそこまでして自分を保護しようとするのか」という裏側の事情を、すでに冷静に分析し始めていた。
マックイーンはソファーに座り直し、正面で片付けをしていた佐藤へスッと視線を向けた。
「佐藤様。……実際のところ、この世界において、わたくしは『どういう立場』になるのでしょうか?」
その真っ直ぐな問いかけに、佐藤は手を止め、ふうっと小さく息を吐いた。少しだけ迷う素振りを見せた後、彼女は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「……まあ、隠してもしょうがないよねー。マックイーンちゃん、賢いし」
佐藤は再びソファーに腰を下ろし、少しだけ声を潜めた。
「法的な観点から言うと、今のマックイーンちゃんは『不法入国者』。戸籍もないし、パスポートもない。どこから入ってきたのかも証明できないからね」
「……」
「おまけに、そもそも人間かどうかも怪しい。だから、日本の法律が適用されるのかどうか……つまり、『人権もあやふや』って状態になるかな」
普通の人権が適用されない不法入国者。
下手をすれば、モノや動物として扱われても文句の言えない絶望的な立場だ。しかし、マックイーンは取り乱すことなく、静かに顎に手を当てた。
「なるほど……。確かに、そう解釈するのが自然ですわね」
自分は人間ではない。加えて、この世界に存在しない生物なのだから、法律の枠外に置かれるのは当然の理屈だ。
「冷静だねー。すごい」
見事なまでに冷静なマックイーンの反応に、佐藤は少しだけ驚いたように目を丸くし、そして言葉を続けた。
「それでまぁ、最終的には内閣官房の預かりになる可能性もあるってわけ」
「内閣官房……国の、中枢機関ですわね」
「そう。だって、マックイーンちゃんの存在自体が、国家機密というか……人類の技術を、何歩も進めちゃうかもしれない存在だしね」
佐藤の言葉には、確かな重みがあった。
人間の耳を持たず、驚異的な聴覚を持つ耳。人間とは全く異なる骨格と筋肉構造でありながら、二本足で人間のトップアスリートを軽々と凌駕するスピードとパワーを生み出す身体。
もしその細胞や身体構造の秘密が解明されれば、スポーツ科学、医療、あるいは軍事技術にまで、計り知れない技術革新をもたらす可能性がある。
マックイーンは一つ瞬きをして、脳内で全ての情報と己の立場を弾き出した。
「……そうなると。わたくしは決して『世間に見つかってはいけない』ということになりますわね?」
彼女の推論に、佐藤はパチンと指を鳴らした。
「察しがいいね。まさにそうだよ。一般の人が知ったら大パニックになるのはもちろんだけど……」
佐藤の表情から、先ほどまでの柔らかい笑みが消える。
「特に、諸外国の諜報機関なんかが見つけたら、ヤバいかもね。未知のテクノロジーの塊みたいなものだもん。拉致されたり、最悪の場合は……ってことも、映画の中だけの話じゃないかもしれない」
「……」
「だから、警察庁も本気なの。あなたを守ることも、あなたの能力を『日本の国益』として囲い込むことも含めて、ね」
それは、温かい庇護であると同時に、見えない鳥籠(とりかご)でもあった。自分がどれほどの価値を持ち、どれほどの危険と隣り合わせにいるのか。マックイーンは静かに目を閉じ、そしてゆっくりと目を開いた。
「よく分かりましたわ。わたくし自身、見世物になるのも、どこぞの国に攫われるのも御免こうむります」
マックイーンは背筋をピンと伸ばし、メジロの令嬢としての誇り高き笑みを浮かべた。
「この先、どのような検査が待ち受けていようと……わたくしは、与えられたこの『秘匿された鳥籠』の中で、最大限優雅に立ち振る舞ってみせますわ」
佐藤は、その堂々たる姿に圧倒され、やがてふっと息を吹き出して笑った。
「あはは、さすがはお嬢様。……よし、じゃあ世間に見つからないように、これからの検査も極秘のスケジュールで動かないとね。まずはJRAの施設に行く準備、始めよっか」
「ええ、よろしくお願いいたしますわ!」
こうして、マックイーンと日本政府による、前代未聞の極秘調査プロジェクトが幕を開けた。
己の命と尊厳を守るため、そして元の世界へ帰る一縷の望みを繋ぐため。メジロマックイーンは、現実世界の『馬』の専門家たちが待つ施設へと、秘密裏に足を踏み入れていくのだった。