メジロマックイーンの華麗なる現実ライフ。甘味を添えて。 作:灯火011
数台の黒塗りのワンボックスカーが、深夜の高速道路を静かに、かつ隊列を組んで疾走していた。
窓には分厚いスモークフィルムが貼られ、外からは中の様子を一切窺い知ることはできない。その中央の車両の後部座席で、マックイーンは佐藤と共に揺られていた。
「もう少しで着くよ、マックイーンちゃん。疲れてない?」
「ええ、問題ありませんわ。快適なドライブです」
マックイーンは窓の外の暗闇を見つめながら、落ち着いた声で返した。
■
向かっているのは、栃木県下野(しもつけ)市にある『JRA競走馬総合研究所』。
日本の競馬界において、競走馬のスポーツ科学、獣医学、生態学的研究の最高峰とされる施設である。今回マックイーンを検査するために、施設の一部が完全に封鎖されていた。
彼女を出迎える数人の職員たちは、警察庁と公安による厳格な身辺調査を受け、本人だけでなく親族のバックグラウンドまで洗いに洗われた「絶対に情報漏洩をしない」と保証された一握りのエリートたちだけだ。
やがて車列は、高いフェンスと厳重な警備に守られた研究所の敷地内へと滑り込み、関係者用の地下搬入口で静かに停車した。
「到着したわ。さあ、行きましょうか」
佐藤に促され、マックイーンが車を降りる。ひんやりとした地下駐車場の空気がウマ耳を撫でる。待ち構えていた数人の白衣やスーツ姿の大人たちが、一斉に息を呑む気配が伝わってきた。
「これはこれは……。なるほど、ウマ娘……」
「……ええ。わたくしが『ウマ娘』。メジロマックイーンですわ」
マックイーンは一切物怖じすることなく、背筋をピンと伸ばし、堂々とした足取りで彼らの前へと進み出た。
その一行の中から、初老の男性が一歩前へと進み出た。仕立ての良いスーツを着こなし、知性と温和さを感じさせる目尻のシワが印象的な人物だった。彼はマックイーンの姿――特にその頭頂部の耳と、スウェットのスリットから伸びる白銀のしっぽ――、を食い入るように見つめた後、深く、恭しく頭を下げた。
「初めまして。本研究所の理事を務めております、近藤と申します」
「ご丁寧に痛み入ります。改めて、わたくし、メジロマックイーンと申します。本日から数日間、お世話になりますわ」
マックイーンもまた、完璧なカーテシー(お辞儀)で応えた。その所作のあまりの美しさと、本物の「馬の耳としっぽを持つ少女」が目の前で人語を話し、優雅に微笑んでいるという現実の前に、近藤はほうっと感嘆の息を漏らした。
「これはこれは、ご丁寧に……。いやはや、しかし、なるほど」
馬という生物の骨格、生態、行動心理を知り尽くした近藤だからこそ、目の前の少女が『いかに生物学的にあり得ない、しかし完璧なバランスで成立している奇跡の存在』であるかが痛いほど理解できた。
「写真で見させていただいた時は、あまりのことに心臓が止まるかと思いましたが……いや、これは。実物の方は、写真よりも遥かにお美しい」
専門家としての探究心を紳士的な賛辞に包んでみせた近藤に対し、マックイーンは口元を隠すような上品な仕草で、ふふっと微笑んだ。
「あら、お上手ですわね」
和やかで、どこか貴族の社交界のような初対面の挨拶。
世紀の国家機密プロジェクトの始まりとしてはあまりにも優雅なやり取りに、周囲で張り詰めていた警察官や研究員たちの緊張が、ほんの少しだけ解けるのを感じた。
「長旅でお疲れでしょう。本日はVIP用のゲストルームをご用意しております。本格的な検査は、明日からということで」
「お気遣い感謝いたしますわ、近藤様。皆様の知的好奇心を満たせるよう、わたくしも誠心誠意、協力させていただきますわね」
近藤に案内され、マックイーンは研究所の奥へと歩を進める。
その後ろ姿――滑らかに左右に揺れるしっぽの毛並みと、二本足でありながらも「名馬」のそれを感じさせる無駄のない筋肉の躍動――を、研究員たちはすでに食い入るような、熱を帯びた眼差しで見つめていた。
(さあ……お手並み拝見ですわ。この世界の『専門家』の方々が、わたくしの体にどのような評価を下すのか)
メジロの令嬢としての余裕を崩さぬまま、マックイーンは異世界の科学のメスが入る研究所での日々へと、優雅に足を踏み入れていった。