メジロマックイーンの華麗なる現実ライフ。甘味を添えて。   作:灯火011

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朝露のターフと、すり減った蹄鉄

 時速60キロでのトレッドミル走行という、人間離れ……いや、文字通り「馬並み」の測定結果は、即座に警察庁および内閣官房の一部の上層部へと報告された。

 

 その日の夜、警視からマックイーンの元へ今後のスケジュール変更が伝えられた。

 

『スポーツ庁やNTC(ナショナルトレーニングセンター)での身体測定は白紙撤回となった。人間のトップアスリート用の施設や測定機器では、君のスペックを正確に測りきれないどころか、機材を破壊しかねないという判断だ』

 

『当面の間、君の身体能力の調査は、サラブレッド用の耐久設備が整っているこのJRA競走馬総合研究所に一任されることになった』

 

 それを聞いたマックイーンは、「当然の判断ですわね」と静かに頷き、しばらくこの施設に腰を落ち着けることを承諾したのだった。

 

 

 そして、翌朝。

 

 太陽がようやく顔を出し始めたばかりの、早朝午前5時。

 

 一般の職員が出勤してくる前の誰もいない時間帯を狙い、研究所の敷地内にある育成・調教用のダートと芝の複合コースに、こちらの世界に迷い込んだ時に来ていたジャージ姿のマックイーンの姿があった。

 

 朝露に濡れた青々とした芝生。

 

 ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込み、マックイーンはウマ耳を心地よさそうにパタパタと動かした。

 

「やはり、人工的なゴムのベルトよりも、大地の匂いがするこちらの方が落ち着きますわね」

 

 コースの脇には、ストップウォッチと速度計測用のレーダーを構えた近藤理事と、数名の選ばれた研究員たちが固唾を呑んで見守っている。

 

「では、マックイーン君。準備ができたら、君のタイミングでスタートしてくれ」

「承知いたしましたわ」

 

 マックイーンは芝の上に立ち、軽く足首を回して準備運動を終えると、スッと腰を落として前傾姿勢をとった。

 

 その瞬間、彼女がまとう空気が一変した。

 

 優雅な令嬢の顔が消え、ターフの支配者としての研ぎ澄まされた「アスリート」の顔が覗く。

 

「――っ!」

 

 そして、短い呼気とともに、マックイーンの体が弾け飛んだ。

 

 

 ドンッ!

 

 という鈍い踏み込みの音が響き、蹴り上げられた芝の塊が宙を舞う。彼女の小さな体のどこにこれほどのエネルギーが眠っているのか。初速から一気にトップギアに入ったマックイーンは、美しい白銀の尾を風になびかせながら、朝霧の残るターフを文字通り「飛ぶように」駆け抜けていった。

 

「は、速い……っ!」

「コーナリングで全く減速していないぞ!? どうやってあの遠心力を二本足で制御しているんだ!?」

 

 研究員たちの悲鳴のような歓声が上がる。

 

 サラブレッドの巨体が生み出す豪快な走りとは違う。空気抵抗を極限まで減らした小さな体が、無駄の一切ない洗練されたフォームで芝を刈り取るように進んでいく。

 

 やがて、規定の距離を走り終えたマックイーンが、涼しい顔でペースを落として戻ってきた。近藤理事は、手元のストップウォッチと計測器のデータを見て、ワナワナと手を震わせていた。

 

「信じられん……。現在この研究所に繋養されている、どの競走馬たちのタイムよりも……速い。圧倒的じゃないか……!」

 

 四つ足の馬たちよりも、二足歩行の少女の方が速くターフを駆け抜けた。物理法則すら無視したようなその結果に、大人たちはもはや畏怖の念すら抱き始めていた。

 

「素晴らしい! 素晴らしいよマックイーン君! 君はまさに――」

 

 興奮冷めやらぬ近藤が駆け寄ろうとした、その時だった。

 

「…………はぁ」

 

 当のマックイーンは、額の汗を拭うこともせず、ひどく深いため息をついて肩を落とした。そして、自分が履いているスニーカー、トレセン学園指定の練習靴の裏を恨めしそうに見つめる。

 

「……やはり、練習用の靴では本気は出せませんわ。芝の掴みが甘すぎます」

「ほ、本気が、出せない……?」

 

「ええ。それに……」

 

 マックイーンはウマ耳をしょんぼりと伏せ、さらに不満げにブー垂れた。

 

「そもそもこの靴に打ち付けてある蹄鉄も、そろそろ交換時期でしたのよ。これでは踏み込んだ時に微妙なズレが生じてしまって……ああ、本当に歯痒いですわ」

 

「て、蹄鉄……!? 君の靴には、蹄鉄が打ってあるのかね!?」

「ウマ娘の靴に蹄鉄が打ってあるのは当然でしょう? ああ、わたくし専属の装蹄師の方が恋しいですわ……」

 

 これほどの驚異的なタイムを叩き出しておきながら、機材の不備を嘆き、「まだ本気ではない」と心底悔しそうに肩を落とす少女。

 

(こ、これでまだ本気ではないと言うのか……!?)

 

 近藤理事と研究員たちは顔を見合わせ、ただただゴクリと息を呑むしかなかった。

 

 未知の生物「ウマ娘」の底知れぬポテンシャルは、この世界の馬の専門家たちの常識を、いとも容易くぶち壊し続けていくのだった。

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