メジロマックイーンの華麗なる現実ライフ。甘味を添えて。 作:灯火011
身体検査と能力の証明という、心身ともに疲労を伴う儀式が終わった後。
警視や警部たち上層部が今後の対応を協議するために慌ただしく会議室へ向かう中、マックイーンは先ほどから付き添ってくれている女性警官の元へ預けられることになった。
「というわけで、これからしばらく、私があなたのお世話を担当することになったから。よろしくね、マックイーンちゃん。……あ、私は佐藤っていうの」
「佐藤様ですね。こちらこそ、得体の知れない身でお手数をおかけしますが……よろしくお願い申し上げますわ」
佐藤が差し出したお茶を両手で受け取りながら、マックイーンはぺこりと優雅にお辞儀をした。スウェット姿でも決して崩れない気品に、佐藤は、
「うーん、本物のお嬢様だわ」
と感心したように目を細めていた。
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応接室のソファーに並んで座り、ふうと息をついたところで、マックイーンはずっと胸の奥で引っかかっていた疑問を口にした。
「そういえば……佐藤様。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ん? なあに?」
「昨夜、わたくしは府中の街を迷い歩いていた時に、『東京レース場』の存在をこの目で確認いたしましたの」
「東京、レース場?」
「はい。巨大なスタンドと、広大なターフ。間違いありませんわ」
マックイーンの言葉に、力がこもる。先ほど『ウマ娘は架空の存在だ』と告げられ、一度は納得しかけた。しかし、彼女の優れた頭脳が『矛盾』を検知していたのだ。
(ウマ娘が存在しない世界ならば、あんなにも巨大な、ウマ娘が走るための競技場が存在するのはおかしいですわ。もしかして……警察の方々の勘違いで、本当はわたくしの世界と繋がっている証なのでは?)
かすかな希望を込めて、マックイーンは言葉を続ける。
「ウマ娘が走るための場所があるということは、やはりウマ娘はどこかに存在しているのではないでしょうか? だとすれば、トレセン学園も……」
身を乗り出すマックイーンに対し、佐藤は困ったように眉を下げた。
「あー。えーっと。東京レース場ねぇ……。あの、府中にあるやつだよね?」
「はい、そうですわ!」
佐藤は少し考え込んだ後、制服のポケットから自身のスマートフォンを取り出した。そして画面を何度かタップし、画像検索の結果をマックイーンに見せる。
そこに映っていたのは、夕日に照らされた巨大なスタンドと美しい緑の芝生――マックイーンが昨夜目にした、見慣れた競技場の姿だった。
「もしかして、これのこと?」
「ええ、これですわ! これこそ間違いなく――」
「あー……ごめんねマックイーンちゃん。これ、『レース場』じゃないんだ」
佐藤の言葉に、マックイーンの言葉がピタリと止まった。
「……えあ?」
メジロの令嬢らしからぬ、ひどく間抜けな声が漏れる。
「レース場では、ない? 競技場に見えますけれど……では、あれは一体何の施設ですの?」
困惑で瞬きを繰り返すマックイーンに、佐藤はどう説明したものかと頭を掻き、やがてスマートフォンで別の画像を検索して見せた。
「ここはね、『東京競馬場』っていうの」
「けいば、じょう……?」
佐藤が指差した画面には、先ほどの競技場と同じ芝生の上を走る『何か』が映っていた。
四つの脚。
長い顔。
背中には小柄な人間を乗せ、ムチで打たれながら走る、大きくて美しい毛並みを持った獣。
「その……『馬』っていう、四つ足の動物が走る場所なんだよ」
「……」
マックイーンは、画面に映るその生物を凝視したまま、完全にフリーズした。
―――ウマ娘の世界に「馬」は存在しない。
彼女たちにとって走るのは常に「ウマ娘」であり、「馬」という漢字も下の点々が二つ――ウマ娘の二本の足を表す――、の特殊な文字を使うのが常識だ。
「どうしたの、マックイーンちゃん? 気分悪い?」
「……い、いえ……」
(も、もしかして……、わたくしたちは、この世界では……あの四つ足の動物……っ!?)
四足歩行の、獣。
自分たちウマ娘とは根源的に違う、純然たる『動物』。
それらが人間を背に乗せて走り、勝敗を競う場所。それが「競馬場」。
そのあまりの衝撃的な事実に、マックイーンの知性とプライドがショートを起こした。
彼女が手の中で握りしめていた紙コップが限界を超えてひしゃげ、中に入っていた温かいお茶が「ビシャッ」と派手な音を立てて机の上に飛び散った。
「ああっ! ちょ、ちょっとマックイーンちゃん!? お茶こぼれてる! 大丈夫!?」
「あ、あ、あああ……申し訳ありませんっ! すぐに拭きますわ! わたくしとしたことが、何たる失態……っ!!」
パニックになりながらティッシュを引き抜くマックイーンの頭の耳は、これまで見たことがないほどに、へにゃりと完全に折れ曲がっていた。
異世界の常識の前に、メジロの令嬢の精神力は早くも限界を迎えようとしていた。