メジロマックイーンの華麗なる現実ライフ。甘味を添えて。 作:灯火011
マックイーンが「馬」という生物の存在を知り、激しく動揺していた頃。
警察署の会議室では、署長をはじめとする幹部たちが頭を抱えていた。
「DNA鑑定を待つまでもない。あの身体能力に、人間の耳がない側頭部。あれは『人間』ではない」
「だが、人語を解し、知性は我々と同等かそれ以上だ。動物として保健所に引き渡すわけにもいかんぞ」
彼らが直面しているのは、法律の完全な空白地帯だった。
身元不明、戸籍なし。
強いて当てはめるなら「不法入国(密入国)の少女」だが、そもそも人間かどうかも怪しい。下手に外部へ情報を漏らせば、パニックや大騒動は免れない。
「……至急、警察庁に話を通す。本庁の、いや、国家レベルの判断を仰ぐしかない」
署長が苦渋の決断を下した結果、マックイーンの処遇が本決まりになるまでの間、彼女を署内の仮眠室に留め置くのは限界があると、そう判断された。
■
数時間後。
マックイーンは警察の車両に乗せられ、府中市内の高級ホテルの地下駐車場へと極秘裏に運び込まれていた。
「……あの、これは?」
「署長判断よ。本庁からの指示が下りるまで、とりあえずここのスイートルームで過ごしてもらうことになったの」
案内されたのは、最上階の豪奢なスイートルームだった。広々としたリビングに、ふかふかのキングサイズベッド。完全にVIP待遇であるが、部屋の外には先ほどの警部を筆頭に数人の屈強な私服警官が警備、という名目の監視に立っている。
「私の他にもう一人、女性警官と交代であなたの身の回りの警護とお世話をするから。何か必要なものがあったら言ってね」
荷物を置きながら言う佐藤に対し、マックイーンは深く、美しく頭を下げた。
「得体の知れないわたくしに、このような立派なお部屋まで……。皆様の温かいご配慮、心より感謝いたしますわ」
「ううん、こっちもどう扱っていいか手探りで申し訳ないんだけどね。……あ、そうだ。これ」
佐藤はポケットから、小さな長方形の箱を取り出してマックイーンに差し出した。
「スマートフォン。あなたの持っている『ウマホ』は電波が拾えなくて使えないみたいだから、署の経費で用意したの。最低限の機能とネット環境は繋がってるから、暇つぶしにでも使って」
「……! ありがとうございます、佐藤様!」
この世界の情報に飢えていたマックイーンにとって、それは何よりも欲しかったものだった。
■
佐藤が部屋の入り口付近に控え、マックイーンはリビングのふかふかのソファに腰を下ろす。
見慣れないロゴの液晶画面。ウマ娘特有の縦長サイズではないそれに少し戸惑いながらも、彼女は震える指でブラウザアプリを立ち上げた。
(……この世界における、『ウマ娘』。そして、『メジロマックイーン』)
検索窓に、ひらがなとカタカナを打ち込む。
『めじろまっくいーん』。
変換候補に、すぐさまその名前が現れる。意を決して、検索ボタンをタップした。
画面が切り替わり、膨大な情報がマックイーンの視界に飛び込んできた。
『メジロマックイーン(競走馬) - Wikip〇dia』
『名優・メジロマックイーン。芦毛のステイヤーが残した伝説……』
『ウマ娘 プリティーダービー 公式ポータルサイト:メジロマックイーン』
「……ああ」
マックイーンの口から、力なく、かすれた声が漏れた。
――画面に表示された画像。
一つは、緑のターフを駆ける、芦毛の大きな四つ足の『馬』。先ほど佐藤に見せられた動物と同じ。しかし、その毛色は自分と同じ白銀で、その瞳はどこか気高く、見知らぬ騎手を背に乗せて猛然と走っていた。
そしてもう一つは。
その馬の隣に並ぶように表示されている、見慣れた勝負服を着た『自分自身』のイラストだった。
『名門メジロ家に生まれたお嬢様。エレガントな振る舞いと……』
という、キャラクター紹介のテキスト。
そこには、自分が誇りにしてきた出自、性格、さらには大好きなスイーツの事や、親しい友人(ルームメイトや、ゴールドシップなど)との関係性までもが、誰かが作り上げた「設定」として克明に記されていた。
(わたくしの誇りも、記憶も……すべては、あの四つ足の動物を元に作られた、おとぎ話……?)
メジロの血。
メジロの栄誉。
自分が人生のすべてを懸けて背負ってきたものは、この世界では一頭の『馬』が遺した戦績のパロディに過ぎなかった。
自分の存在そのものが、根底から否定され、崩れ去っていく感覚。
足元にあったはずの大地が消失し、底なしの暗闇へと真っ逆さまに落ちていく。
「……マックイーンちゃん? どうかした?」
異変を感じ取った佐藤が声をかけてくる。
しかし、その声は分厚い水の中にいるように、くぐもって遠く聞こえた。
「わたくしは……わたくし、は……」
手から、スマートフォンが滑り落ちる。分厚い絨毯の上に、ボフッ、と鈍い音を立てて落ちた画面の中では、芦毛の馬と、二次元のウマ娘が並んでこちらを見つめていた。
「マックイーンちゃん!?」
ぐらり、と世界が、傾いた。
限界を超えた精神的ショックから脳が強制シャットダウンを引き起こし、マックイーンは糸が切れた操り人形のように、ふらりとソファーの上で意識を手放した。