剛腕転生~気合いと根性で殴り倒します~ 作:ラリゴラリゴラリゴ
ロージの記憶の始まりは、顔に着いた泥汚れと血汚れの混ざり合った独特のニオイからだった。
前世において、大規模な暴走族の根城に乗り込んで最期には複数の銃撃を受けながらも全員を殴り倒した彼は気付いた時には別世界にやってきていた。
気付けば二歳程の幼児となって荒野を転がっており、下卑た顔をした髭面の男に斧で真っ二つにされそうな所。
反射的に、その拳を握って斧へと叩きつければ幼児の体とは思えない馬力と強度を発揮し、加えて胸の内から溢れてくる力を彼は認識した。
ただ只管に生きていくために暴れ回っていた彼は、やがてその一帯を締めるボスのような扱いとなっていた。因みに、前世の記憶を思い出した時から数えて凡そ半年が過ぎた辺りだったりする。
そして、その時やって来たのがバルクス・ガーラーンだった。
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「お前が、小鬼か?ガキ」
「なんだ、おっさん」
二メートルはある巨漢のバルクスに対して、その膝丈程度しかない薄汚れた少年。
その対比は、巨人と小人の様。
場所は戦場。結末はどうあれ、惨い始末になる可能性は大いにあった。
だが、
(このガキ……)
一目で、バルクスは目の前の少年を察する。
幼児と言って差し支えない見た目。言葉も何処かしたっ足らずであどけない。
だが、そんな幼児が屈強な傭兵を尻に敷いて彼らの糧食であったのだろう干し肉をもちもちとしゃぶっていた。
異様。同時に、その異様さが目の前の少年が噂の人物であると声高に主張してくる。
「俺は、バルクス・ガーラーン。傭兵をやってる」
「よーへー……けんかしにきたのか?」
しゃぶっていた干し肉を吐き捨てて、少年が立ちあがる。
ただそれだけの動き。そして、ソレだけで妙な威圧感があった。
返答を間違えれば、自分もまた少年の足元に転がった傭兵たちと同じように転がる事になる。バルクスは、その事を本能的に察した。
「…………親はどうした、ガキ」
故に、話題を逸らす事にする。ついでに、逸らす先としても間違ってはいないだろう。
案の定というべきか、思わぬ言葉だったのだろう少年は獰猛な気配を霧散させてキョトリと目を瞬かせた。そして、肩を竦める。
「しらねぇー」
興味も無い。そんな感情が透けて見える声色で、少年はそっぽを向く。
紛争地帯における孤児は、そう珍しいものではない。そんな彼らが命を落とす事も。
傭兵という職業は不安定だ。明日には、金はおろか命も落とす様な戦場こそが職場である事も相まって倫理観や道徳的観念を無くしている者が珍しくない。
その流れで同業の者や、或いは娼婦とやる事をやって子供を成す事も多いのだ。
傭兵としては身持ちの固かったバルクスには、子はいない。どちらかというと、酒や武器の手入れの方が好きであったから。
一方で、傭兵暮らしを続けてきた中で出来てしまった者も多く見てきた。
そんな彼から見て、目の前の少年は髪色こそ珍しいがそれ位だ。
(黒に……赤が混じってるのか?)
黒髪自体はそう珍しいものでもないが、少年の髪は赤みがかった黒なのだ。ともすれば、癖っ毛も相まってまるで赤黒い炎が揺れている様にも見えた。
先の通り、紛争地帯では興奮状態のまま事に至る者が多い。その結果として、割と混血は当たり前だったりする。
その点から考えて特異な見た目は、言うほど珍しくない。ないのだが、バルクスは妙にその点が気になった。
だが、その疑問を氷解させる前に気の抜ける音が彼の思考を遮る。
音の出所は、目の前の少年の腹から。
「…………さっき、干し肉しゃぶってただろ」
「あれ、かてぇからくえねぇ。しょっぺぇし」
「あー……何だ、飯でも食うか?」
唇を尖らせる少年に毒気を抜かれて、バルクスはそう切り出した。
少年の目が輝く。
「めしか!」
「おう。少なくとも、保存食よりはマシだろ」
「いく!」
万歳、と両手を挙げる少年。
これが、始まり。同時に、バルクス傭兵団の飛躍の始まりだった。
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紛争地帯の一角。遠目からも分かる巨大な岩石が目印の街、ハンマーポルカ。
大岩の下からは良質な鉄鉱石が算出しており、コレを利用した武具の質の良さから多くの傭兵や冒険者といった外様の人間が集まり街を作っている。
自然と、荒っぽい人種の坩堝となっているのだがそれは同時に文化の坩堝でもあった。
その一角にある酒場。そこは、バルクス傭兵団のたまり場でもある。
「はぐはぐ……もぐもぐ…………」
「相ッ変わらず、よく食うなお前も」
「ん?……んぐっ、おっさんは食わねぇのか?」
「テメー見てるだけで胸焼けしてくんだよ」
樽ジョッキを片手に、バルクスが顔を顰めた。
彼の対面の席に座ったロージ。その両手には骨付き肉が握られており、口の周りは肉の油によってテラテラと輝いていた。
幼いが、ロージの食欲は大の男も顔を青くする。
食べる量が多い上に、食べる対象も実に様々。
今も、がつがつと骨付き肉を平らげたかと思えば、テーブルの端に置かれていた飛蝗の唐揚げに手を伸ばしているのだから。
普通の料理から、ゲテモノと称されるようなもの。或いは、店主の気紛れによる創作料理まで。
勿論、味の悪いものもあれば口に合わないものもある。辛すぎたり、苦すぎたり。
それら一切合切を、彼は完食してきた。完食した上で文句を垂れる。
出会ってから数年が経過した今日この頃。
(このガキも変わらねぇな)
「?」
ジョッキを呷りながら、ロージを眺めていたバルクスはそんな事を想う。
飯、
しかし、その一方で妙に倫理的にしっかりしている部分もあった。
特に、殺生行為に関しては顕著といえる。
全身甲冑の大男だろうと簡単に悶絶させる拳を振るうロージだが、結果的に殺めてしまう事はあれども積極的に誰かの命を奪うような真似はしない。
甘い事だが、結果的に彼に敗れた者たちの中にはそのまま傭兵団に所属する者も少なくなかった。
「――――景気が良いようじゃの、バルクス」
「あ?」
テーブルの料理が半分ほどなくなった頃、バルクスに声が掛けられた。
何杯目かのジョッキから口を外した彼が声の出所へと目を向ければ、そこに立っていたのは立派な髭を蓄えた恰幅の良い背の低い男。
「タルハンドじゃねぇか。久しぶりだな」
「お前さんもな」
どっこいせ、と近場から椅子を引っ張ってタルハンドは底に腰掛ける。
酒を追加注文し、その口を開いた。
「お前さんらの話は聞いとる。腕利きの揃った傭兵団がここ最近、紛争地帯で名を売っとるとな」
「結果的にな。俺としちゃ、ここまで大事にする気は無かったんだが……」
「その小僧がカラクリといった所か?」
「まあな」
タルハンドが視線を向ければ、小鳥の姿焼きが刺さった串を骨ごと食べているロージの姿。
「おい、挨拶ぐらいしろ」
「んぐっ……ロージ」
「お前さんの子か?」
「違う、孤児だ。小鬼って呼ばれてたガキだよ」
「小鬼……確か、紛争地帯の西側でちと名が通った異名じゃったが……小人族かと思っておったが、人族の子供か」
「どうにも、混ざってるようだがな」
バルクスが示すのは、特徴的なロージの髪色。
赤黒い色味の癖っ毛。タルハンドは顎髭を扱きながら、思案するように視線を宙へと彷徨わせた。
「色味としては、鬼族ではないか?」
「鬼族?ってぇと、北部の方だろ。鬼ヶ島から出てこないんじゃねぇのか」
「基本的には、そうじゃの。じゃが、全員が全員そういう訳ではない。角はない故、混血であろうが。身体の頑強さはその血が色濃く出ているのではないか?」
「鬼族、ねぇ」
バルクスはジョッキを置いて呟く。
複数の種族が存在するこの世界。
その中でも、鬼族はあまり知られておらず本拠地である鬼ヶ島を知らない者も珍しくはない。
しかし、先の通り全員が全員右向け右という訳ではない。どんなコミュニティにも逸れモノというのは居るものなのだ。
酒も進み、会話も進み。ロージの腹がくちくなった頃。
「そう言えば、かの傭兵王が人を集めておる様じゃがお前さんらはどうするんじゃ?」
「あー?……ああ、その話か」
何杯目かのジョッキを空にしたバルクスが、酔いのまわった目を細める。
「微妙だな」
「微妙?」
「知ってるだろうが、紛争地帯はちっせぇ国が興っては消えていく。傭兵王が国建てたとしても、どれだけ持つと思う」
「それは……」
「こっちにも話は来てるが、暫くは様子見だな」
そう結論付けていた。
これが、バルクス単独であったならばまだ話は違っただろう。傭兵とは、報酬によって動く者であるから。
だが、今の彼は傭兵団を立ち上げた団長。トップダウン制とはいえ、無為に命を捨てる事になりかねない選択肢をおいそれと採れるような立場ではなかった。
同時に、テーブルに何か固いものが落ちる音が響く。
何事かと二人が見れば、満腹になって睡魔が襲ってきたのかテーブルに突っ伏するようにして寝息を立てるロージの姿があった。
「……はぁ、今日はここでお開きだな」
「そのようじゃの」
ジョッキを置いたバルクスは酒精の強い溜息と共に椅子を立ち上がると、少年の首根っこを掴んで担ぎ上げた。
「おい、もう少し丁寧に運んでやらんか」
「構やしねぇよ。こいつは頑丈なんだ。ぶん回しても吐き気の一つも覚えやしねぇ」
少年を雑に扱うバルクにタルハンドが眉を顰めるが、バルクスは気にしない。
「そういや、オメーは暫くこっちに居るのか?」
「路銀をちぃとばかし稼いだら出発しようと思うとる。儂はあくまでも冒険者であって、傭兵ではないからの」
「そうか。仕事がねぇようならうちに来いよ。臨時メンバーで雇ってやらぁ」
「その時は、世話になるわい」