剛腕転生~気合いと根性で殴り倒します~ 作:ラリゴラリゴラリゴ
「ハッハーッ!!」
軽快な大笑と共に、振り抜かれる小さな拳。
たったそれだけで、屈強な傭兵たちはまるで木の葉の様に吹っ飛ばされていく。
冗談のような光景を見ながら、バルクスは残った右目を細めた。
「年々強くなってねぇか、アイツ」
団長のその呟きに、追剥をしていた団員たちも苦笑い気味に、或いは若干引きながら頷く。
未だに荒れ果てている紛争地帯。
二年前に、傭兵王の名の下にマルキエン傭兵国が建国されたが未だに平定の兆しは見えていない。
「ロージ!帰るぞッ!」
「!えーい」
バルクスが呼びかければ、気の抜ける返事と共に胸ぐらを掴み上げていた傭兵を投げ捨てたロージが小走りで戻ってきた。
年の頃は、そろそろ8歳程だろうか。背丈が僅かに伸びたが、それ以上に彼の肉体的質量の成長が留まるところを知らない。
子供の体格に、まるで鉛でも詰め込んでいくかのように密度が増していく。
決して優れた生育環境という訳ではない。
食事はバランスが取れているとは言えない肉中心に味は濃いめ。睡眠環境は、ベッドは粗末で場合によっては地面や床に直接寝転がって雑魚寝。宿に関しても娼館のような有様で、薄い壁越しに情事が聞こえる事などしょっちゅうだった。衛生観念も皆無である。
にも拘らず、ロージの体は環境に負ける事はなかった。
食べ物に好き嫌いはなく、一度眠れば爆音が鳴り響いてもまず起きない。しかし、刺客が来た際には不機嫌に起きて殴り飛ばす。
獣臭も特に気にする事無く平気で飯を食い、半ば腐ったものを食べてもへでもない。
そんな少年を連れて、バルクス傭兵団は他傭兵含めた溜まり場のようになった区画へと向かう。
傭兵というのは、その立場上兵であったとしても扱いは破落戸に近い故に、場合によっては街中に入る事を断られる場合もあった。
特に、紛争地帯ならば猶の事。
「団長」
「おう、どうした?」
「何やら揉め事みたいです」
長耳族の団員が顎で示すのは、人だかり。
つられてバルクスが右目を向けて細めれば、確かに人垣が出来上がっていた。
傭兵の駐屯地では、喧嘩など珍しいものではない。腕自慢が揃っており、相応にプライドが高く、そして酒が入ればぶつかり合うのが常であるから。
そこから血腥い事にも成ったりするが、兎に角喧嘩自体は特別珍しいものではない。
だが、人垣を眺めバルクスは眉をひそめた。
「ロージ」
「ん?何だ?」
「ちょっくら、あの中見てこい」
「中?アレか?」
バルクスが指差した人垣に目を向けて、ロージは小走りに駆けよった。
妙な緊張感がある人だかりだ。それが、バルクスの勘に警鐘を鳴らさせていた。
そんな事知る由も無く、否知っていたとしても変わらない軽い足取りでロージは人垣に近寄るとその内一人の背中を突いた。
「おい、ちょっと良いか」
「あ?何だ、ガ……キ……小鬼!?」
思ったよりも、男の声が響いた。
彼の声に反応して、周りの目もそちらへと向けられる。
その大半は、畏怖の目だ。ロージに殴り飛ばされたものも少なくないのだから、その恐怖心が出てきても何らおかしな話ではない。
「通って良いか?」
「お、おお、勿論……」
飛び出しそうになった悲鳴を無理矢理飲み込んで、男は道を開けた。
彼に倣うように人垣が割れていき、そこをロージは軽い足取りで駆けていく。
大した厚みでもなかった人垣を抜けて、果たしてそこに居たのは数人の傭兵と、それから彼らに取り囲まれた身なりの良い一組の男女だった。
殺気だった傭兵たちは、それぞれに武器を持って何やら怒鳴っている。
「貴族だァ?んなのどうやって信じろってんだ!」
「身なりは良いけどよ、それだけだろ。騙りじゃねぇのか!」
「スパイってこったろ。身包み剥いで、豚のエサにでもしちまえ!」
「おいおい、そう早んなよ。先ずは、楽しんでからにしようぜ?」
中々に、剣呑だ。
実際、色々と理由はつけているものの彼らにとって身元不明の余所者は暇潰しの対象ぐらいにしかならない。
この状況に焦ったのは、男女の方だ。顔を青白くしながらも、線の細い男が一歩前に出る。
「ま、待ってください!私は、フィリップ・ボレアス・グレイラット!アスラ王国の貴族に名を連ねるものです!どうか、話を聞いてください!」
声高々に告げるフィリップ。
だが、返ってきたのは嘲笑だった。
「わははははは!まだ言ってやがるぜ!」
「何を……!」
「貴族っつうならよぉ。証拠を見せろよ、証拠を、よぉ」
「そ、それは……」
「証明できねぇんだろ?だったら、吹かしだよなぁ?」
嘲りである。しかし、身一つでこの場に居るフィリップにとってはどうしようもない話でもあった。
武家貴族の出身であっても、彼自身の戦闘力は決して高くはないのだ。彼はどちらかというと、政治畑の人間であるのだから。
言いよどんだフィリップを見やり、傭兵たちの包囲が狭まる。
凶行は、最早目の前。
そして、
「――――なあ」
子供の声に、傭兵たちは止まった。
唐突な割込みに怪訝な目を向ける彼らは、その直後に下卑た笑みを失って血の気を一気に引き抜かれる事になる。
「お前ら邪魔なんだけど、どっか行ってくれるか?」
「小鬼……!?」
「て、てめぇ!邪魔するってのか!?」
「おい、止せって……!」
ロージが一歩足を踏み出せば、強気な態度も霧散する。
彼らは、目の前の少年が容易く傭兵を叩きのめす様を大なり小なり目撃しているのだ。その剛腕が自分達に向けられるなど御免被るというもの。
小さな拳が握られれば、最早耐えられない。
先程までの態度は何処へやら。蜘蛛の子を散らすように彼らは逃げ出してしまった。
その背を見送って、ロージは舌を鳴らす。
「チッ……根性無し共め」
向かって来いってんだ、と吐き捨ててジロリとフィリップ達を見やる。
危機的状況から一転、子供が一人現れただけで場の流れが変わった。そして、その状況に付いていけないフィリップは目を瞬かせる。
「君は……」
「ロージ」
はいっ、と手を上げてロージは名乗る。
紛争地帯において、彼の名前は割と売れている。小鬼、小さき鬼という異名と共に。
彼の名乗りに対して、反応は主に二つ。
逃げ出すか、向かってくるか。
前者はどうでも良いが、後者ならばロージとしては嬉しい。
積極的な殺しを肯定する事は無いが、それはそれとして
そして、今。目の前の二人は、困惑していた。
「――――成程、厄介事らしいな」
そう言って、現れた男はロージの頭の上に手を置いた。
隻眼の偉丈夫、バルクス・ガーラーンは残った右目を細める。
「とりあえず、付いてきな」
@
場所は変わって、ハンマーポルカ。
バルクス傭兵団が拠点代わりとしている酒場にて、世界の分岐点が訪れようとしていた。
「さて、この場はうちの団員で固めた。楽にしてくれて良いぜ?」
店内に置かれた丸テーブルの一つに陣取って、口の潤滑油代わりに置かれた酒の入ったジョッキを片手にバルクスはそう告げる。
テーブルに着くのは、先の通りバルクス。その対面に座るのは、固い表情のフィリップ・ボレアス・グレイラットとその妻であるヒルダ・ボレアス・グレイラット。
そして、両者の中間、よりはバルクス寄りの位置に椅子を置いて座ったロージと彼の知恵袋代わりの団員が数名。
他の団員たちは揃って聞き耳を立てながらも、仕事終わりの一杯にジョッキを打ち合わせて宴会の雰囲気。もう少しすれば、そもそもの聞き耳していた事すら酔いの波の向こう側に忘れる事だろう。
ジワリとうなじに汗がにじむのを覚えながら、フィリップはまず頭を下げた。
「まずは、感謝を。貴方のお陰で、我々はこうして命を繋いでいられます」
「あー、御託は要らねぇ。そもそも、まだ助かったと思うには早計だろ?このまま放り出す可能性だってあるんだしよ」
「だとしても、事実こうして生きているのは貴方達のお陰である事には変わらないでしょう。貴族として、感謝を」
「貴族、ねぇ」
フィリップの言葉に、バルクスはジョッキに口をつけ乍ら呟く。
そんな大人たちを尻目に、串焼き肉を頬張っていたロージは傍らで事の成り行きを見舞っている団員の一人に声を掛けた。
「なあ、アスラ王国ってどこだ?」
「ん?そういや、お前はそう言うのは知らないのか…おい!誰か、地図持ってきてくれ」
少年の質問に答える為に、声を掛ける。
程なくして持ち込まれた一枚の地図が、テーブルに広げられた。
「ここが中央大陸。主に、人族の領域が多いな。大きな山脈で三つに分けられて、北部、西部、南部となる」
「俺達が居るのは?」
「南部北方。この辺りだな。紛争地帯って言われてる範囲だ」
団員が、人差し指で地図に一ヵ所を指さした。
「そして、アスラ王国はこっちだ。最大級の国だな」
コツリ、と地図越しに天板が指先に突かれる。
その位置を確認し、ロージは首を傾げた。
「なあ、ここって山脈があるんだろ?」
「ああ、そうだ。赤竜山脈っていって世界屈指の危険地帯だ。例え軍隊であっても入り込めば消息を絶つ事になる」
「何でだ?」
「環境もそうだが、一番の理由は赤竜だ。最強クラスの怪物で、オマケに数百単位の群れを作る。犬程度の大きさの生き物すら目敏く気付いて群れで襲い掛かって来るんだ」
「ほーん……」
話を聞きながら、少年は顎を撫でた。
「じゃあ、そこのオッサンたちはどうやって来たんだ?あの程度の傭兵一人倒せねぇんじゃ、ここ越えられねぇだろ?」
指先で地図の一部を叩きながら、ロージは貴族の二人を見やる。
血色良く、仕立ての良い服を着た二人。
衣食住満ち足りた、人として真っ当な生活を送ってきたであろう者たちだ。
だが、戦う人間ではない。どちらかといえば、自分達が剣をもって戦うのではなく剣を持たせて戦わせる立場の人間。
こういう手合いは、基本的に自身の戦闘力が低いパターンが多い。或いは、護身程度で戦闘を熟せるほどではない場合もある。
兎にも角にも、ロージから見た二人は
故に、解せない。山脈を越えられない人間が、紛争地帯のど真ん中で何をしているのか、と。
視線が自身へと集まるのを感じながら、意を決してフィリップは口を開く。
「ハッキリと言えば、私達がこの場に居る理由は分かりません。強い光が走ったかと思えば、気付けばここに居たんです」
そうして、彼の口からそれは語られた。