剛腕転生~気合いと根性で殴り倒します~ 作:ラリゴラリゴラリゴ
空間転移。フィリップ・ボレアス・グレイラットから勝たれた内容を総括するなら、この言葉が当て嵌まる。
「信憑性はどうあれ、まあ嘘はねぇか」
一通りの話を聞いたバルクスの結論は、これだった。
そこに声を上げるのは、団員の一人。
「信じるんですか?団長」
「色々と根拠はあるぞ?ロージの言うように、護衛が居ようが赤竜山脈を突破できるとは思えねぇ二人。なら、そこを迂回して赤竜の下顎を通るとしてだ。態々、
「それは……」
「何より、下顎を通るならそのまま王竜王国の属国方面に行く方が遥かにマシだ」
「…………まあ、確かに」
「それに、態々アスラの貴族でグレイラットを名乗る理由がねぇだろ」
「?何でだ、おっさん」
「団長と呼べ。アスラ国内なら未だしも、国外でグレイラットの名前を出しても所詮は他国の貴族だ。国政に関わるような奴なら未だしも一般人なら名前を知らない場合の方が高い。況してや、ここは紛争地帯だ。貴族の名前なんぞで止まる奴はいねぇよ」
「…………確かに」
自分達の団長の言葉を受けて、団員たちは頷いた。
紛争地帯において、身分など何の意味もない。興した国が、数日のうちに滅亡する事も珍しくないからだ。そんな場所で王侯貴族の立場などどれだけの意味を成すだろうか。
にも拘らず、フィリップは自身が貴族であると名乗った。そこに、先の空間転移の話だ。
「まあ、だからどうしろって話なんだがな」
椅子を軋ませて背もたれに体を預けながら、バルクスは言う。
あの場では助けたが、これ以上関わる義理が彼らには無い。寧ろ、関わるだけ損でしかないというもの。
だが、フィリップからすればこの千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかない。
「バルクスさん」
「あ?」
「私に、雇われませんか?」
「はぁ?」
眉を上げるバルクスだが、フィリップには後が無い。
「期限は、私が王国へと戻りその力を取り戻すまで。成功報酬は、言い値を払いましょう」
「……馬鹿にしてんのか。誰がそんな、馬鹿みてぇな仕事受けるんだよ」
ジョッキをテーブルの天板に叩くように置いて、バルクスの隻眼がフィリップを貫く。
そもそも、仕事とすら言えない内容だ。先の通り、受けるとすれば余程の馬鹿か物知らず、或いはキチガイか。
「アスラ王国がどうなってるか知らねぇが、まず間違いなくお前らのとこのボレアスは力が削がれてるだろうよ。そうなりゃ、周りの政敵はお前らを潰そうと動いてるだろうさ。で?んな奴らが、どうやって報酬を払う?」
「何年かかろうとも、必ず返り咲いてみせます」
「チッ!だから、その目算が立たねぇって言ってんだろうが!あ゛ぁ゛?!どれだけお題目並べようが、テメーにはやれるだけの土台がねぇだろ!」
天板に打ち付けられた拳が軋む。
歴戦の傭兵の凄みは、ただそれだけで心臓を握られるような圧があった。
だが、
「必ず、やり遂げてみせます。必ず」
フィリップが折れない。真っすぐに隻眼を見返すその目には、熱があった。
話にならない。そう言わんばかりに、バルクスはジョッキを呷る。
口を閉じた団長に代わって、声を上げたのはこの場の最年少だ。
「なあ、貴族のおっさん」
「何だい?」
「本気でやる気か?」
「ああ。例え、死ぬ目に遭ったとしても必ずやり遂げてみせますとも」
「へぇ……」
満足いった答えだったのか、ロージの顔に笑みが浮かんだ。
「良いな、おっさん。根性あるじゃねぇか!」
「……根性?」
「ああ!そこらの根性無しより、よっぽど良いぜ!」
椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、ロージは一気にフィリップと距離を詰めるとその手を取った。
「俺が手ぇ貸してやるよ!その、アスラ王国?って所まで送ってやる!」
「え……君が、かい?」
「おう!男に二言はねぇぞ」
ふんす、と鼻息荒く胸を張るロージ。
彼は、根性のある人間が好きだ。そして、フィリップの不屈の野心はドンピシャ。
思わぬ少年の行動に、焦ったのはバルクスだった。
「おい!?何を勝手な事言ってやがる!」
「あー?おっさんはやらねぇんだろ?じゃあ、黙ってな」
「馬鹿野郎!うちの稼ぎ頭が居なくなっちまえば、こっちが路頭に迷うじゃねぇか」
「そりゃ、そっちが頑張れよ。根性みせろ、おっさん。気合いと根性あれば、大抵何とかなるぞ」
「ならねぇよ!」
先程とはまた別の騒々しさ。だが、バルクスからすれば死活問題だ。
バルクス傭兵団が大きくなったのは、ロージの存在が大きい。幼くとも凄まじい強さを持ち、且つ一定以上の知性と倫理観を持つ。
傭兵にとって、強さは何物にも代えられない価値がある。
強くなければ稼げず、生き残れず、そもそも仕事が無い。その点、ロージは強い。拳一発で大抵の相手は沈む。
「…………はぁ~~~…………何だってこうなるんだ」
大きなため息と共に、背もたれに体を預けながらバルクスは天井を仰ぐ。
一ミリだって得の無い仕事だ。いや、仕事と呼ぶ事すらおこがましいかもしれない。
だが、同時にバルクスは知っていた。
一度決めた事を、ロージが翻意する事はない、という事を。
眉間を揉み、バルクスは酒精の宿った息を吐きだした。
「ふぅぅぅぅーー…………おい、全員集めろ」
「え……あー、了解」
団員の中でも古参の一人に、声を掛ける。
その声色と状況から、彼は何かを察したのか大人しく酒盛りへと移行しつつある他団員たちの下へと足を向けた。
程なくして、集められる傭兵たち。
彼らの前に立ち、バルクスは胸を張った。
「あー、お前らに話がある。つっても長引かせるのは、趣味じゃねぇんでな。結論を言うなら、バルクス傭兵団は今日をもって解散とする」
「…………急すぎません?」
「しょうがねぇだろ、今決めたんでな」
ざわめきが伝播する中、バルクスはロージを近くに呼び出すとその頭に手を置いて団員たちへと向き合わさせた。
「こいつが、そこの貴族様の護衛をする事になった。んで、俺もその付き添いだ」
「おっさんも来るのか?」
「戦うしか能のねぇオメーが付き添っても紛争地帯抜ける前に、野垂れ死ぬだろうがよ。俺にはテメーを拾った責任もあんだ」
「そんなもんか」
「おう………で、だ。オメーらには選択肢がある。一つは、このまま別の傭兵団に所属する事。バルクス傭兵団は解散する以上、この名前をお前らに使わせる気は無い。改めて身一本で立ってくれ。まあ、傭兵王の所にでも名前を売り込めば入り込めるだろうよ」
「……もう一つは何です?」
「俺たちについてくる事。ハッキリ言って無駄死にする可能性の方が高い。賭けにもならねぇ博打だ」
「団長とロージに、ですか?」
「ああ。向かうのは、アスラ王国フィットア領。まあ、そこで終わりじゃねぇだろうがな」
「そうなんですか?」
「そこの優男が、政界に返り咲くまでだと」
「…………マジで金になんない奴じゃないですか」
「ロージが聞かねぇんだよ」
バルクスの溜息と共に、むさくるしい傭兵たちの視線が少年へと向けられる。
普通の子供なら、大人の後ろに引っ込みそうなものだが生憎とロージは普通ではない。
「?根性あるからいいだろ」
ソレか、傭兵たちの内心がシンクロする。
根性と気合い。ロージの行動指針はだいたいこの二つだ。
根性のある相手は、例え敵であろうと気に入る。根性無しは、容赦なく殴り飛ばす。気合いが入れば入るほどに、その拳は固く力強くなる。
同時に、線の細いフィリップがロージにも認められる
団の中でも最強であるロージに文句を言える者は居ない。場が少し小さくなった所で、バルクスが口を開く。
「諸々の準備もあるからな。出発は、明後日だ。それまでに、お前らも身の振り方を考えておけ」
*
時は進んで、夜更け。
トイレに起きたロージは、部屋への帰りの廊下で思わぬ相手を見つけた。
「んー?おばさん、何してんだ?」
「…………」
鮮やかな赤毛に、豊満な体つき。
振り返ったのは、ヒルダ・ボレアス・グレイラット。
「……おばさん?」
「んなとこで、何してんだ?襲われても知らねぇぞ~」
背筋に氷柱を突っ込まれそうな低い声が問うてくるのだが、眠気が勝っているのかロージは気付かない。
大あくびをかましながら脇を通り抜けようとする、がその前にその肩に細い指先が乗せられた。
「誰が、
「んー……?」
半分目を閉じているようなもののロージに対して、ヒルダの蟀谷には青筋が浮かんでいる。
彼女はある事情から割と情緒不安定なのだが、それはそれとして看過できない。女性に年齢に関する話題というのは古今東西NGというものだった。
とはいえ、ロージからすれば別段相手を馬鹿にするような意図はない。基本的に、彼は一定以上の男性はおっさんと呼ぶし、女性の場合はおばさんと呼ぶ。そこには、地位であったり見た目の良さであったりといったあらゆる情報が意味を成さない。
怒気も威圧も意味は無し。そも、自身の娘よりも幼いであろう少年を見下ろしてヒルダは息を吐きだした。
「はぁ……貴方、御両親は?」
「あー……?居ねぇよ。孤児なんて珍しくないだろ」
「寂しくは、ないの?」
「……別に?」
ヒルダの問いに少しの考える間を挟むが、ロージは首を傾げた。
紛争地帯において、最も重視されるのは力だ。強ければ我を通す事が出来、金を稼ぎ、食事にありつけ、寝床も手に入る。
そこに、親からの愛情や教育の入り込む隙間はない。ロージ自身がおぼろげながらも前世を覚えている事もあって倫理観なども辛うじてある。
オマケに、最初に拾ったのがバルクスだった。
彼は傭兵だが、良識のあるタイプ。他人を食い物にして搾り取るような真似をするタイプではなかった。
結果として、ロージは心行くまで拳を振るって、それで衣食住が揃えられる生活を得る。
そんな少年の内情など知る由もない、ヒルダ。
年端のいかない少年が親も無く、傭兵に身を窶している(様に見える)。
「……良いわ、貴方に母の大きさというものを教えてあげる」
「あー……?」
もう半分寝ているロージの背を押して、ヒルダは歩き出す。
そして、割り当てられた部屋に二人揃って消えた。