剛腕転生~気合いと根性で殴り倒します~ 作:ラリゴラリゴラリゴ
翌朝、元バルクス傭兵団の拠点である酒場は妙なざわめきに支配されていた。
「おい、貴族様よ。オメーの奥方はどういうこった」
「そう、ですね……その、色々とあって元々情緒不安定でして。母性が爆発したといいますか、何といいますか」
雇い主と傭兵。フィリップとバルクスが並んでついたテーブルでは、口の周りを肉の油で汚したロージとそのロージの口元を手拭いで拭きとり甲斐甲斐しく世話をするヒルダの姿があった。
ロージが世話をされている事は珍しい事ではない。
戦場では一騎当千の怪物であろうと、その実態はまだまだ子供。加えて自分の事にもほぼほぼ無頓着とくれば世話をしたい母性を持て余した娼婦や女傭兵からすれば格好の的だった。
そんな世話
「色々っつうと、アレか?流れちまったとか、そう言う事か?」
「いえ。貴族らしい理由からですよ」
「ああ……成程、そっちか。一人か?」
「二人ですね。立て続けとなり、彼女には辛い思いをさせました。娘は居ましたが、やはり子を奪われた母というものは欠けたものを求めるようで」
「娘、ね。そいつも、この転移事件に巻き込まれてるんじゃねぇか?」
「そうでしょうね……ですが、私はあの子が力強く生きていると信じていますよ」
「信じる、ね」
「あの子は強い。そして、今は無力となってしまった私のような親は、もう信じてやる事しか出来ませんから」
「…………オメー、本当に貴族らしくねぇな。権力欲は、分かるけどよ。基本的に貴族にとっちゃ自分のガキなんて政治の道具だろ」
「そういう貴方も、随分と傭兵らしくないと思いますよバルクスさん。随分と、
「長く生きてるとな、色々と事情通になるってもんなんだよ」
いけしゃあしゃあと、そんな事を嘯くバルクスに常の笑みを絶やす事無くフィリップは内心で思考する。
彼の視点からしても、件の傭兵は底が知れないのだ。特に、知識量と視点はただの一傭兵と呼ぶには卓越したものがあった。
(貴族の生活にも知識があり、政治に対する能力もある、か)
在野の得難い人材。それが、フィリップからバルクスに向けての評価。
一方、バルクスはというと朝食を終えたロージを手招きする所。
「何だよ、おっさん」
「おっさん言うんじゃねぇよ。仕事だ」
「中身は?」
「護衛だ。壊すな、殺すな、傷をつけるな。この三つを守ってけ」
「りょーかーい」
気の抜ける返事だが、バルクスとて何の考えも無しにこんなオーダーを出している訳ではない。
「今のは?」
席を離れた少年の背を見送って、フィリップが問う。
「仕事だ。今日中に明日の出発に必要なもんを揃えていく」
「成程。その内訳は、如何ほどに?」
「食料、道具が主だな。荷馬車がありゃ良いが、馬は調達できるか怪しい。後は、情報だ」
「情報」
「おう。この近辺で新しく建った国があるかどうか。厄介な奴らが雇われちゃいねぇか。この一帯を抜けるとなるとルートの選別は必須だからな」
「食料や道具は兎も角、国、ですか」
「言っとくが、お前が考えるような代物じゃねぇぞ?精々が、ならず者が人数集めて街を押さえて国名乗ってるだけさ。昨日も言ったか?……まあ、良いか。とにかく、戦闘に関しちゃロージが居りゃ何とでもなる。だが、アイツも無敵じゃない。もし、ロージが対応できない相手が出てくるようならその時点でこっちは全滅だな」
「…………あの少年は、何者なんですか?」
「さあな。ここでは、強ければそれで良い」
強者至上主義。盛者必衰といえる紛争地帯における、不文律。
その本当の意味を、フィリップが知るのはこの数時間後の事だった。
@
ハンマーポルカは、傭兵の街だ。
荒っぽく、破落戸上がりで喧嘩っ早い。全員が全員そうではないが、基本的に傭兵のイメージはコレで間違っていないだろう。
喧嘩は日常。そこから賭け事に発展する事も珍しくない。
「うげっ!?つ、強ぇ……!」
椅子を巻き込んで吹っ飛んで地面に転がる大男。
彼だけでなく、様々な種族の傭兵たちがここら一帯には転がっていた。
その中心に居るのは、赤黒い髪をした子供。
「助かったよ、ロージ坊や。新入りは、ここの流儀が分かって無くて困るよ」
「おう、おっさん。今度から、雇う護衛は金ケチんなよ」
「いつもなら、お前さんらバルクス傭兵団に頼んどったよ。急に解散するなんざ、どうしたんだい?」
「面白れぇおっさんが居たんだ。根性あるおっさんだぞ」
「またそれかい……まあ、死ななきゃまた会うか。ほれ、駄賃」
「じゃーな、おっさん!」
丸々太った革袋を受け取って、ロージは手を振り踵を返す。
彼が向かう先では、目を丸くしたフィリップとヒルダ。そして、二人の護衛を買って出た元々傭兵団に所属していた数名が居た。
体格差も、技術も、武器も。それら一切合切を無視する剛腕の前に沈む。
(これほどとは…………)
顔の下半分を手で覆って、フィリップの内心は戦慄に染まる。
彼自身、父親と娘が拾ってきた王級剣士を知っている。そうでなくとも、家族のように受け入れた家庭教師の父親は各流派をバランスよく修めた上級剣士だった。
何れも、一般人であるフィリップにしてみれば人間離れした実力者。しかし同時に、剣という道具を使う一つの人間らしさを持ち合わせている。
一方、ロージは違う。
素手、暴力。そこに技術はなく、当て勘とも言うべき特殊な感覚と共に見た目に反した怪力が飛んで来る。
“
「よお、おっさんたち。待たせたな!」
「…………顔が汚れているわよ」
片手を挙げて戻ってきたロージの顔を、ヒルダが拭う。
小さな見た目に反した暴力性を見せつけられた形となったが、それはそれとして喜色を浮かべた笑みで戻ってきた子供への母性が勝ったらしい。
ある意味で揺らがない妻の様子を尻目に、フィリップは護衛の一人に問いかける。
「彼はいつもああなのですか?」
「え?……そうですね。といっても、今回は団長……あ、元団長の指示が効いてるお陰でいつもより大人しいですけど」
「…………アレで?」
「ロージが本気で暴れるなら、この一帯の家屋が潰れてますから」
「成程……だからこその、壊すな、殺すな……では、傷つけるな、とは?」
「お二人の事でしょう。我々傭兵と比べて、お二人はハッキリ言って脆い。それこそ、僅かな傷から病によって身罷る可能性すらある。それだけ、この環境は過酷という事です」
「…………」
護衛の言葉を受けて、フィリップは改めて自身が置かれた現状を再認識させられる。
多くの使用人によって管理されていた屋敷とは違う環境。
衛生観念など最低限。傷に酒をぶっかけて消毒と宣うような場所。
もし仮に、フィリップ達が保護されていなかったならば一日と持たない事だろう。
そんな一幕を挟んでいれば、一通りの買い物を終えたバルクスが戻ってきた。
「おう、終わったぞ。色々と都合がついた。竜車も回せるからな、馬車よりも快適だぞ」
「!バルクスさん」
「おう、おっさん。金だ」
「おっさんじゃ……いや、団を解散しちまったな。まあ、良いか。壊してねぇな?」
「おう!」
「殺してねぇな?」
「おう!」
「んじゃ、さっさと戻るぞ。明日は早いからな」
「おっさん、俺アレ食いたい。骨付き肉」
「勝手に食ってろ。腹下すんじゃねぇぞ」
「下した事ねぇよ」
バルクスの大きな手が、ロージの赤黒い髪をガシガシと力任せに混ぜ返す。
口では何だかんだといいながら、彼もまた少年を何かとかわいがっているのだ。
そのやり取りは宛ら――――
「親子のようですね」
「あ?ハッ!んな可愛げの無ェガキなんざ御免だね」
「おっさんは、毎度酒臭ェからヤダ」
「んだと、クソガキッ!」
フィリップの呟きに、露骨に顔を顰め乍らバルクスはロージの頬を引っ張る。
因みに、ロージの口は前世の頃から宜しくないが、今世はバルクスに拾われてからより一層悪いものとなっている事を此処に記す。
そして、
「――――やあ、初めまして」
白い世界に子は招かれる。