剛腕転生~気合いと根性で殴り倒します~ 作:ラリゴラリゴラリゴ
戦場において、傭兵が後詰や露払い、そして殿に置かれる事はまあまあある事だったりする。
自軍の兵力を消耗させず、金銭はかかるがそれでも傭兵の方が自分達の出血は少なく済む。
「…………マジか」
バルクス・ガーラーンは頬を引きつらせた。
この一帯を抜けるルートを考えたのは彼だが、その脳内の算盤ではこの辺りの紛争はあと数日続く予定だった。
その間に後方を抜ける予定だった。
だが、この予定は現時点で頓挫。彼らの視線の先では土煙が上がっており、それは少し離れた戦場の黒煙から離れるようにして巻き上がっていた。
「奴ら、火を使いやがったな」
「この時期にですか?…………延焼しそうですね」
吐き捨てるバルクスに、古参の一人が顔を顰める。
紛争地帯は、ある一定の周期で強風が吹き抜ける事がある。主に、北風と西風だがこれは赤竜山脈からの強い吹き下ろしによるものだった。
風が強い時に火を大規模で燃やせば、当然延焼する。そして、戦場というのは燃えるモノが何かと多い。
糧食や衣類。場合によっては、死体なども燃料となって燃え上がる。
燃え上がる火の海を前に逃げる方法とすれば、大きく迂回しての風上へと回るというものがある。
火は、風に逆らえない。それこそ、魔術などでもなければ変わる事の無い現実だ。
「おっさん」
「何だ」
「何か居るぞ」
ラウンドレイクの上に立ち上がったロージが、前を睨む。
つられ、バルクスが前を見れば黒煙から離れようとする土煙に追撃するように新たな土煙の一団が現れているではないか。
一団は真っすぐに突き進み、そして――――
「…………は?」
弾け飛んだ。
まるで風に巻き上げられた木の葉のように、屈強な兵隊たちの体が吹っ飛んでいる。
バルクスは呆気にとられるが、しかし時間は待ってくれない。
まず、場所が悪かった。彼らは現在、火の手が上がっている地点から見て風下に位置しており風の強さ次第で火に巻かれかねない。
となれば、先の通り風上に移動するか、或いは一息にこの場を脱出すべく突き進むしかないのだが、風上に向かおうにも既に広がり始めている火に阻まれかねない。
となれば、取れる選択肢は後者なのだが彼らの進む先には先程一団をぶっ飛ばした何かが居る。
黙考する事、一分弱。
「…………よし、進むぞ」
「!で、ですが、団長……」
「このままここに居ても、火に巻かれる。となれば、一か八か突き進んで突破する他ない。幸い、まだあそこに突っ込む奴らはいるらしい。そこに混じって、壁になってる奴を押し付けるルートを取る」
「ッ、し、しかし、ソレが上手くいかなかったら…………」
「ロージ次第、だな」
ラウンドレイクの背に立ったロージを見上げるバルクス。
少年は、真っ直ぐに自身が見つけた強大な何かへと視線を向けていた。
その表情は、好戦的。
バルクスの合図と共に進み始めた一団。
土煙の出所へと近付き、
「おっさん、行ってくるぜ」
ラウンドレイクの背から飛び降りたロージは、一言そう告げると姿勢を低く前へと駆け出した。
速い。宛らそれは、黒い矢の様だ。
真っすぐに駆けながら、ロージは目標を見据えていた。
少年が駆ける先、そこに居たのは一人の男だった。
壮年期を少し過ぎた程度の年齢だろうか。口元には笑みを湛えて、戦場暮らしにしては白い肌をしている。
特筆すべきは、その得物だろうか。
剣による三大流派が主流のこの世界。国の兵士や傭兵含めて、その装備における武装の基本は剣となっている。同時に、剣以外の武器、例えば槍などは技術体系含めて発展していなかったりする。
そんな情勢の中で、男が振るっている武器は、長棍。
リーチなどは剣に勝るかもしれないが、打撃武器の関係上急所にでも当たらなければ殺傷力に劣る代物だ。
「ううむ、惜しい。この状況でなければ、勧誘したいものばかりじゃないか!」
棍が翻り、血煙が舞う。
肉を潰し、骨を砕く。振るわれる棍の動きは、正に変幻自在であり聖級の剣士では反応する事すら不可能だった。
そして、この速度と先の通りのリーチに勝る点。この二つが合わさる事で、剣士の間合いを封殺した上で叩きのめす。
そして、この間に黒い矢は飛来した。
「ラァッ!!」
「む、子供……!?」
ダッシュの加速が乗った拳が振るわれ、迎撃するのは遠心力の乗った棍の先端。
目を丸くした男だが、拳を振るったロージにとっては関係なかった。
着地すると同時に突き出した右腕を引きながら放つ、左フック。これもまた、振るわれた棍とぶつかり合う事で男の体を打つ事はない。
そこから始まるのは、棍と拳の嵐に因る削り合い。
一撃がぶつかり合うだけで、周囲に衝撃が走る。
戦況は互角――――ではない。
「おっ?」
赤が弾けた。
見れば、棍と幾度となくぶつかり合っていたロージの拳が真っ赤に染まっているではないか。
噴き出した鮮血が、荒野を濡らした。
「ふむ、凄まじい打撃力。一方で体が付いてきていない、といった所かな?」
「ハッ!気にすんなよ、おっさん。見た目が派手なだけで、大したもんじゃねぇよ」
顎を撫でる男に対して、ロージは嬉々とした笑みを浮かべた。
彼の言葉は間違いではない。傷の分類的には、挫創だろうか。強い衝撃を受けて、皮膚が裂けてしまいそこから出血している形だ。
その一方で、骨などには未だ問題は無し。寧ろ、この両手から響く痛みが少年のアクセルを更に踏み込ませていた。
「気合入ってきたぞ、なあ、おいッ!!」
「!」
少年の体から、圧力が増す。
先程荒野を駆け抜けた時よりも、更に速く。握られた拳は更に固く。
当然、迎撃のために棍が振るわれた。
「!素晴らしい……!」
先程よりも、より強く伝わる衝撃に男の目が輝いた。
血を流す拳は、しかし痛みなど感じないとばかりにその力を増していく。まるで血を流す程に、少年の中の何かが解かれているようなそんな錯覚すら覚えさせた。
(恐るべき、才覚!)
鬼気迫る笑みのままに拳を振るう少年を前にして、シャンドル・フォン・グランドールは笑みを浮かべた。
単純な拳の威力もそうだが、彼がより注目したのは少年の反応速度だ。
今も、視覚外から振るわれた棍を見もせずに彼は拳で殴って迎撃している。
(視野が特別広い訳じゃない。寧ろ、
棍を振るいながら、冷静にシャンドルの頭脳は少年の強さを分析していく。
剣士も戦士も魔術師も、戦場に立つ者たちが共通して捨てる事が出来ない要素がある。
それは、思考。
どう動くのか、次の技は、魔術の相性は。そういった戦場における情報整理から。感情に関する生理的な反応まで。
当然の事だ。誰もが、頭の中で算盤を何処かしらで弾いているというもの。
だが、
(本能型。それも、ここまで極まるとはいったいどれほどの修羅場を潜ってきたのか)
痛みも傷も、その拳を止めるには足りない。寧ろ、それらを燃料に根性と気合いのエンジンが猛りを上げて回転数を増していく始末。
心のエンジンが回るほどに、少年の体は青天井の出力を発揮していく。
拳の回転率が上がり、裂けた皮膚が塞がって出血も収まり、更に拳は固くなる。
上がり、上がり、上がり続けて――――
そして、壁を越えた。
「おっ?」
ロージの体より、白い靄が立ち昇る。同時に、シャンドルの振るった棍とぶつかり合った拳は先程までの激突とは桁の違う衝撃音を辺りに響かせた。
距離が空く。その隙を前にして、ロージの足は止まり、代わりに自身の内より湧き上がる力に意識が向けられていた。
全能感。五体は羽のように軽く、その一方で握る拳は気血が充満してより堅牢に。
「凄まじい、闘気……!ならば、こちらも相応の力を示すとしよう!」
シャンドルは一度棍を回すと、構えなおしその体により充実した闘気を纏う。
鋭く研ぎ澄まされたソレは、長い研鑽を経て世界屈指の純度を誇る。
気配が変わった事に、ロージは気付いた。気付いたが、それ以上に今の少年が抱える全能感が勝る。
「行くぞ、おっさん!!!」
「来たまえよ、若人!」
再び両雄、相討つ。
先程までとの違いは、全て。
速度も、力も、迫力も、音も、衝撃も。ぶつかり合う全てが尋常ではない。
闘気。それが、両者の発動した技術である。
体内の魔力を身体能力増強へと割り振るものだが、コレによってこの世界の剣士や戦士は規格外の強さを有していると言える。
シャンドルは、世界屈指の
一方で、ロージはというと全てが雑だ。
感覚頼りで、本能のままに型も何もない暴力を只管に叩きつけている。
本来ならば、実力差で勝負にならないのだが、その差を埋めるのが闘気の存在だった。
ロージの闘気は、宛ら蒸気。肉体という熱機関から立ち昇り続ける戦意の狼煙。
纏う、どころか垂れ流しだ。制御もへったくれも無く、それ処かこのままでは場合によっては命に関わるかもしれない。
「上げてけよ、おっさん!気合が足りてねぇんじゃねぇか!?」
「言ってくれるじゃないか!」
途切れない。鈍く甲高い金属音を響かせながら、棍と拳がぶつかり合う。
バルクスが感情の化け物と称したように、ロージから立ち昇る闘気は彼自身の精神力に由来する。
故に、その心が崩壊し廃人にでもならない限り、その闘気は治まる事無く吹き出し続けるのだ。
ぶつかり合うシャンドルは、本能的にこのまま戦い続けても己の不利を悟った。
現状では、技術、引き出し共に彼が勝っている。だが、柔よく剛を制す、という言葉がある様に剛よく柔を断つ、という言葉もある。
極めた技術は、生来の剛力を上回る。しかし、その限度というものがあるのだ。
今でこそ、シャンドルは捌いているが、そもそも彼の本来の得手は棒術ではない。つまりは、全力全開には劣るという事。
そんな状態で、青天井にパワーが増し続ける怪物を御しきれるものではない。
(素晴らしい!)
それでも、嬉々として相手をするあたり彼もまた戦場をねぐらとした戦人という事なのだろう。
とはいえ不利は必至。このまま戦っても千日手。
「少年、名を教えてもらえるかな?」
「あ?」
一際強く両者がぶつかり合い、弾かれて距離が空いた。
そこでシャンドルの問いに、ロージは眉を上げる。
「私は、シャンドル・フォン・グランドール。訳あって傭兵として各地を転戦している者さ」
「ロージ。おっさんみてぇな堅苦しい苗字とかはねぇよ」
「そうか。では、ロージ少年。君は、北神流に興味はないかな?」
「あ?何だ、急に。つーか、ほくしんりゅー?ってのは剣だろ?俺は、そういう武器使うってのは性に合わねぇんだよ」
「いやいや、そういうものでもないさ。北神流というのは、剣のみならず生き様そのもの。どうかな?」
「…………」
シャンドルの問いを受けて、ロージは頭を掻いた。
彼自身は、武術体系を軽んじている訳ではない。寧ろ、その手の技術を修める者たちには一定以上の敬意を持っている。
ただ、ソレを自分が学ぶかはまた別の話。先の通り、武器を扱うのは性に合わないのだ。
頭から手を離し、ロージは地面を軽く二度蹴った。
「やっぱり、性に合わねぇ。そもそも、勝ってもいねぇのに勧誘たぁ随分と余裕じゃねぇか」
「フッ、これほどの逸材を目にすれば導いたくなるというものさ」
笑みを浮かべる、シャンドル。
決裂した今この瞬間、再度ゴングが鳴り響くのが互いに分かっていた。
どちらともなく飛び出し、
「――――北神流奥義 朧十文字」
横一閃の棍の一撃。
当然、ロージはコレに反応した。拳を叩きつけ、空いたもう片方を突き出す。
だが、先程まで幾度となくぶつかっていた棍が今この瞬間に限り派手に吹き飛ぶではないか。直後に、シャンドルの空いた手がロージへと伸ばされた。
これもまた、拳をもって迎撃に動くロージ。しかし、その拳は横合いからの叩きを受ける事で流される。
弾丸が顕著だが、直進する物体は横合いからの力に弱い。それこそ、拳銃弾が入射角次第で観葉植物の葉で受け流されてしまう程。
シャンドルの手が、ロージの拳を叩いて横に流しつつその体が少年の懐へと潜り込むと同時に流された拳の手首と胸ぐらを掴まれた。
「ほいさっ!」
残像が見えるほどの翻しと共に放たれるのは、背負い投げ。
地面に着弾した瞬間、英雄の膂力と無尽蔵の闘気によって強化された少年の体に因り発生した衝撃は一種の炸裂弾のような破壊力を生んだ。
舞い上がる土煙は、終戦の狼煙。
「アレは……」
そして、新たなる出会いの兆し。