特異現象はダメ!死刑!! 作:最推しはアツコ
「俺は聖園さんと明日デートをするらしい」
「待ってくれ」
「なんで?」
「また女を引っ掛けたんですか? うわあ……」
上から錠前さん、アツコ、梯さんの反応だ。
錠前さんには素直に申し訳ない。アツコはなんか怖い。梯さんはやはり俺をクソゴミ男と認識してるみたいだ。要素だけを抽出すると否定できないのが最悪だな。
ヒヨリとミサキも引いた眼で見てくる。やめてくれ、今回は本当に俺悪くないから。
聖園さんと交渉で大敗し、彼女が帰った後、俺たちは緊急会議を開いていた。
議題は勿論、聖園ミカ及び彼女が要求してきたデートについて。
俺は当然デートなんてしたことがない。そりゃキヴォトスにいるんだから女の子と遊んだ事はあるが、デートってこう……なんか恋愛的な奴だろ? そんな経験は皆無である。
正直に言おう。俺は今信じられないぐらいテンパっている。だから恥も外聞もなく助けを求めて泣きついているのだ。
「頼む教えてくれ、俺はどうすればいい……?」
「頑張ればいいんじゃない?」
「適当過ぎる。めんどくさそうに言うなよ」
アツコが今までにないぐらいの柄の悪さを見せてくる。そっぽ向きながらダルそうにしてるのやめてくれ。
馬鹿みたいな内容ではあるものの、このデートがアリウスの命運を分ける事でもあるんだぞ。クソ、俺も言ってて馬鹿みたいだって思っちゃうな……
デアラ読んどけばよかったか?
「梯さんは……ほら、向こうでみんなの事見てたらいいんじゃないか?」
「そんな雑な扱いされます……!?」
愕然としてるが妥当である。
この人、一週間ぐらい一緒に生活してるが案外子供っぽい。限定品とかそういうのに弱いし、けど下級生に見栄張りたいのか隠そうとしてポンコツになる。どうせデートとか言ってもトンチキな事しか言えないだろう。
釈然としない様子の彼女を退出させつつ、俺は残りの三人に目を向ける。
ミサキは我関せずといった感じだ。この前ぬいぐるみ買ってやったからもうちょい真面目に考えて欲しい。けどこれ言ったら殺されそうだから何も言えない。女の子って怖い。
ヒヨリは俺が買ってあげた女性向け雑誌を貸してくれた。『デート必勝法! これであなたも恋愛マスター』みたいのがデカデカ書かれている。現状これが一番有力という事実に絶望しそうだ。頼れるのはもう、雑誌先生しか……!
「とにかく、付け焼刃であっても練習あるのみだろう。服なんかは……私が頑張ってみるから、コノハはエスコートの練習をひたすらやっておけ。余裕を維持できれば、武器になる筈だ」
「サオリ姉さん……!?」
錠前さん──これからは経緯を込めてサオリさんと呼ばせてもらう──の言葉は青天の霹靂だった。
確かに今更慌てても時間はないので、できることをやるだけ。あまりに真っ当な事を言われ、場の雰囲気も冷静さを取り戻し、俺たちは準備に取り掛かった。
こんな大掛かりに俺のデートの準備してんの、冷静になると一層馬鹿みたいに思えてくるな……
△△△
トリニティの中央から離れた外郭。
中央部に比べ人通りの少ない此処が、『明日は此処集合ね!』とモモトークで知らされた集合場所だった。中央に比べたら、というだけで人は普通に居るし、三時間前から立ち続けている俺を怪訝な目で見る人も少し出てきた。
サオリさんが選んでくれた服装はフォーマルなセットアップ。俺の小市民感も薄れ、トリニティに通うお嬢様にも辛うじて釣り合いそうな気がする。本当にありがとうございます。
スマホで付け焼刃の知識の最終確認を行う。昨日は寝るまでアツコに付き合ってもらい、マナーやらエスコートの練習をしたが、心配は消えない。ずっと白い目で見てきたし、そんな出来悪かったのかな? 死にたいね。
「あ、コノハ君! ごめんね~、ティーパーティーでちょっと呼ばれちゃって。待たせちゃった?」
「『来たばっかりだから気にしないで』」
「わお、絵にかいたみたいな台詞だね。練習したの?」
「『来たばっかりだから気にしないで』」
「壊れちゃった……」
今来たばっかbotと化していたが気を取り直し、全身に力を込める。
普段以上に背筋を伸ばし、表情は笑顔で固定。セットした髪も相まって、客観的にも爽やかな青年に見える筈だ。
敬語は良いと言われているので、フランクな口調を心掛けつつ、不快な思いはさせないよう細心の注意を図る。
「それじゃあ、行こうか。ケーキの評判がいいカフェがあるんだ」
「あは、エスコートしてくれるんだ? なら、お任せしちゃおうかな?」
悪戯気な笑みを浮かべ、聖園さんが手を差し出してくる。昨日の俺はデートと言われ、信じられないぐらいキョドっていたから、今の取り繕った仮面を崩そうとからかっているんだろう。
逡巡なく、その手を握った。彼女の細く白い指に手を絡め、しっかりと掌を重ね合わせる。俗に言う恋人繋ぎだ。
「へ、へえ~~? やるじゃんね」
「『このぐらい当然だよ』」
「それも練習したんだ」
「『このぐらい当然だよ』」
「なんで口だけバグっちゃうのかな?」
『お前は真面目にしてればかっこ悪くないから頑張れ』とは昨日言われた言葉だ。本当にござるか~? ではあるが、今日だけは信じる。
足並みをそろえ歩いていると、やはり視線が集まる。それもそうだろう。聖園さんはとんでもない美少女だし、今日の俺は仮面を取った一目で男と分かる格好だ。キヴォトスでは珍しいのだろう。
「此処が言ってた所? わあ、おしゃれだね」
「あんまり知られてないらしくて、落ち着いて楽しめるんだってさ。生徒会長やってるといつも騒がしかったりすると思ったから、今日ぐらいは静かなのも良いんじゃないかと思ったんだけど……迷惑だったか?」
「ううん、静かなのも嫌いじゃないから嬉しい。そうやって考えてくれてるのも、ポイント高いよ?」
店内は落ち着いたBGMが流れるシックな内装だ。
案内された二人席で、聖園さんの椅子を引く。昨日練習したおかげか、違和感なくできた。
「ありがと。……普段からそんなことやってるの?」
「いや、聖園さんが初めてだよ」
「ふーん。そういう事にしといてあげる」
ジト目を向けてくる聖園さんに、笑いながら首を振る。
嘘ではない。だってこんなデートしたことないから。やばい改めて意識すると耳に熱が集まりそうだ。
紅茶と別々のケーキ(どっちも食べてみたいらしく一口交換することになった。!?!?)を頼み、暫くは談笑に耽る。
聖園さんはおしゃべりな気質らしく、俺から話題を提供する必要もなく相槌を打っていればよかった。本当に助かった。俺の貧弱な会話デッキで太刀打ちしていたら目も当てられない惨敗を喫していただろう。
「そっちのケーキも、やっぱり美味しそうだな~。一口ちょーだい」
「勿論、どうぞ」
「も~、違うでしょ? ほら、あーん」
「『あーん』」
「練習した台詞いう時は機械みたいになっちゃうの、そういうプログラムでも組まれてるの? ……あむ。ん~~、おいしい!」
「ナギちゃんがこの前愚痴ってたよ? 『コノハさんは考えなしな所があるのが、心配で仕方ありません』って」
「そんな心配されるほどじゃないと思うんだけどな……俺も『ミカさんは真面目な話の時もふざけるのが本当に大変で……』って言われたよ」
「あは、今の声真似ナギちゃん?」
「『ミカさん?』」
「んふっ」
「アリウスってさ、なんかじめってしてるし陰気だし、行くの面倒なんだよね」
「あの空はちょっとないよな。常に曇り空は気が滅入る」
「そうそう、それに満足に体を洗えない子もいるんだって。あり得なくない? 聞いた時うわー、ってなっちゃった」
「ああ、今は俺が温泉作ったからそれは大丈夫だよ」
「温泉作った???」
気づいたら、彼女がトリニティの裏切者で、俺が脅迫されたことも忘れて楽しんでいた。
聖園さんのコロコロと変わる顔と年相応な少女としての話題は見ても聞いても飽きがこない。
本当に、彼女はな気かを企んでいるんだろうか。それすら嘘のように思えてしまう。
「……そろそろ出よっか。楽しくって、思ったより長く話しちゃった」
気づけば時間も経っていたので、店を出る。
会計を済ませ(払われそうになったが、何とか払わせてもらった)、外に出れば既に日が暮れる時間だ。
薄れつつある夕日が聖園さんを照らし、身体を陰陽に分けた。日の当たる、輝くような笑みを浮かべる。
「もうお開き……なんて味気ないし、ちょっと歩こっか」
「……そうだな。でも、暗くなったら送るし、ちょっとだけだからな?」
「分かってるよ。行こ?」
来た時と同じく、手を差し出される。
握った彼女の手は、最初よりもひんやりとしていて、離せば消えてしまう気がした。
「ありがとう、今日は楽しかった。本当だよ? 久しぶりに、何も考えないで楽しめたな」
「それならよかった。俺も時間を忘れるぐらい楽しかったよ」
最近は厄介ごとだらけで疲れていた心身に充実感が満ちている。
これも聖園さんの性格というか魅力というか、彼女のおかげだ。
だから、俺は油断していたんだろう。
「それに、聞かないでくれたよね──セイアちゃんの事も、アリウスの事も、ナギちゃんの事も」
脚が止まった。一歩先を、聖園さんが歩く。
引っ張られた手が、何とか俺たちを繋いでいた。
「聞いてもいいか。君が何を考えてるのか。どうして百合園セイアを殺して、エデン条約締結を壊そうとしてるのか」
「えー? そんなの簡単だよ。私がセイアちゃんを嫌ってて、死んじゃえって思ったから。ゲヘナが嫌いで、あんな悪魔どもと手を組むなんて考えただけでゾッとするから。それだけ」
「違う。ゲヘナに関しては、そうかもしれない。けど、百合園さんは違うだろ」
冷たい夜風が吹く。
空気が変わったのが、明瞭に分かった。
「……なんでそう言い切れるのかな? 君、私と出会ったばっかでしょ。『君はそんなことする人じゃない』とか、言わないでよ?」
「そこまで人を分かった風には言えない。けど、百合園さんの事話した時
「っ」
ぎゅ、と。
痛いぐらいに彼女は俺の手を握りしめた。骨が捻じ曲がるかと思った。
「それに、今日ティーパーティーの話をしてた時、君は楽しそうだったよ。嫌いな人がいて、そんな顔するか?」
懐かしむような、もう戻れない過去を想うような、そんな顔を彼女はしていた。
俺の願望に過ぎないかもしれない。けど、そんな顔をする人が嫌いだからって人を殺そうとするなんて、どうしても思えなかった。
手の中で聖園さんの指が動く。
離そうとしてるのを、強引に指を絡めて阻止する。
今だけは絶対に離せない。
夕日が落ちる。
一歩前を行く聖園さんが、陰に包まれた。
「……なんでそう察しがいいのかなー、聞いてた通りなら鈍い頓珍漢なのに」
「それだけ分かりやすいんだよ。もう言い訳は無理だ。本当の事を教えてくれ」
振り向いた聖園さんは苦笑を浮かべ、わざと明るい声でそう言う。
もはや付き合う気はない。アイスブレイクは既に終わっている。
「これは、誤魔化せないかー。……なんでセイアちゃんを殺したか、だよね」
諦めたようなその声は、今までのような熱はない。冷めて無機質な、それでいて何かを堪えているような、そんな声だった。
「別にね、殺そうなんて考えてなかったんだ。いっつも五月蠅くて皮肉ばっかり言うから、ちょっと痛い目に遭えばいいと思って。病院送りにでもなればいいって、そう思って襲撃の手伝いをしたの」
「……」
「でも、そうはならなかった。アリウスはセイアちゃんを殺した。あの子の、未来を見る力が疎ましかったのを知ったのは、全てが終わった後だった」
「それ、は」
「ふざけた話でしょ? 馬鹿な女の子は、自分の浅はかな短慮で、大事な友達を失ったの」
何も言えなかった。
何も言わせてはもらえなかった。
「エデン条約は、最初から反対だった。ゲヘナが嫌いなのもね。セイアちゃんと最後に話したのも、エデン条約に反対した時だったっけ。私はね、アリウスと力を合わせてゲヘナを潰す気なの。エデン条約なんか結ぼうとするセイアちゃんもナギちゃんも邪魔じゃん」
にっこりと彼女が笑う。
口角を吊り上げ、妖しい笑みを浮かべる姿は、まるで物語の魔女の様で。
「セイアちゃんは戻ってこない。私は取り返しのつかない事をしてしまった。ならさ、もう──後には引けないでしょ? 私は進むことしか許されてないの。殺してしまったなら、取り返しがつかないことをしてしまったなら、せめて、それをやった意味があったって、思いたいじゃん」
ただ、溢れる思いを言葉にしているのだろう。だからこそ、重く、重く響く。
何かを言おうとした。何かを言わなければ、と思った。なのに、開いた口は空気を吐き出すだけで。喉は不細工に動くだけだった。
聖園さんと視線が絡み合う。
これまでなく真剣な瞳で、彼女は俺を見つめる。
「ナギちゃんが言ってたんだ。『君は悪くない。君がこんな苦しまないといけない理由なんてない。だから君の味方をするんだ』って言ってもらったって。優しい言葉だよね。こんなこと言われたら、泣いちゃうかも。───私は、違う。私はね、悪い子なんだ。苦しまないといけない理由があって、でも苦しむだけじゃ償いになんてならないから、もっと悪い子になるしかないの」
試すように。
或いは、縋るように。
分かりきった結論を、それでも確かめるように。
「──君はさ、こんな
それは、全てを裏切るということだ。
桐藤さんもアツコもアリウスも、ゲヘナに居る空崎さんたちすら裏切るということだ。
言われた瞬間、無理だと思った。
俺は絶対に、これまでを裏切れない。
それが分かったんだろう。
ふっ、と。聖園さんの表情が崩れる。それはまるで、今にも壊れてしまいそうな諦観に満ちた笑みだった。
「……だよね。ごめんね、いきなりこんな事聞いて。でも分かったでしょ? 私たちは、仲間にはなれない。どちらかが敗れて暗闇の底に堕ちるまで、争わないといけないんだ」
彼女の手が離れる。
俺の開いたままの手が虚しく空を切った。
くるりと一回転し、後ろで手を組み、聖園さんは笑う。
「今日はありがとね。ナギちゃんから君の事聞いて、私も会ってみたかった。そしたらアリウスにいてさ、なら話してみよって思った。……予想よりずっと、君との時間は楽しかった。だからさ、君と戦いたくないから、何処かに逃げてよ。コノハ君、別にトリニティ以外にも居場所あるでしょ? そっちに行きなよ」
無理だ。
これも、俺にはできない。ここで逃げて、後から顛末を知って、それで納得なんかはできない。俺はそんな未来で幸せにはなれない。
「言わないでも分かるよ。無理なんでしょ? 君、本当におバカなお人好しなんだね」
「……ああ。俺は、逃げられない」
「なら、次会う時は敵同士かな。私手加減なんてできないから覚悟してよ?」
「君が強いのは、見れば分かる。俺も全力で勝ちにいくぞ」
「『勝つ』じゃなくて、『倒す』だよ」
「……」
軽口すら満足に返せない。
落ちきる間際の夕日が、最後に彼女を照らす。
「じゃあね、コノハ君」
神の怒りに触れた都市を燃やし、滅ぼした天使はきっと、彼女のように美しかったのだろう。
場違いに、ただそう思った。
△△△
そこから、どうやって帰ったかは覚えていない。
呆然としたままカタコンベを抜けアリウス校舎に戻り、駄目だったことを報告し、自室代わりの教室に入る。
アツコたちが心配そうにしていた気がするが、それすら定かではなかった。
今日はもう、何も考えたくない。
これからの事は明日考えよう。そう思って、シャワーすら浴びずに横になった。
瞼を閉じれば、泥の中で微睡むようにゆっくりと意識が落ちていった。
『…………れ』
『…………てくれ』
『……む、起きてくれ』
うるさい。
寝かせてくれ。
『頼む、起きてくれ。やっと接触できたんだ。この機会は絶対に逃せないんだ』
耳元で誰かの声がする。
初めて聞く声だ。
重い瞼を開く。
視界が開ける。目の前に、俺を覗き込む形で一人の少女がいた。
淡い金髪と、同色の狐耳。見覚えはない。てかこれ夢?
「誰……?」
「! 起きてくれたか。そうだね、先に自己紹介をしておこう。一方的に把握している関係性は健全とは言い難いからね」
そこで一区切り、少女は呼吸を整える。
「君はきっと其の名前を記号としてこれまで聞き、認識していただろう。初めまして、械枷コノハ。私は百合園セイア。『サンクトゥス』分派のリーダーであり、本来のティーパーティーホストであり、この物語において既に退場したと思われていた者さ」
「……?」
百合園、セイア?
ピコピコと狐耳を動かし、少女は自分をそう名乗った。
え、死んでるんだよな?
てことは幽霊? 怨霊? 自分が死んだ後に出しゃばった俺を呪いに来た?
睡魔に浸され動かない思考はそう結論付けた。
「械枷コノハ? どうしたんだい? もしや、君を侵す力が暴走して──」
「うおおおおおお悪霊退散パンチ!!!!!」
「ぐへえ!? ほ、本当に死んでしまう……」
飛び上がって、全力を以て殴り飛ばす。
その小柄な体躯は数回跳ねまわってからようやく止まった。
か細い断末魔を上げ、百合園セイアがぴくぴく痙攣する。
…………死んでない?
自分の拳を見て、それから離れた位置で痙攣する彼女を見て、俺は思考を止めた。
マジで何がどうなってんの?