特異現象はダメ!死刑!! 作:最推しはアツコ
出現した『天使』を前に、ベアトリーチェは笑いを隠しきれなかった。
突然やって来て、己の箱庭を荒らす不届き者。
最初は械枷コノハの持つ『名もなき神々』由来の能力に着目し、捕え道具として有効活用してやろうと考えていた。
憎悪を教え込んだアリウスに、無駄な風を吹き入れようとするのは不快だったが、それで何が変わると冷笑すらしていた。
だが、彼が齎す変化は想定を超えていた。
支配下であった生徒たちはどんどんと向こうにつき、慌てて攻勢を強めても既に遅かった。外部の干渉が一切なかった場合、きっと一か月後には本当に革命が成立していただろう。
故に、ベアトリーチェはサブプランを開始した。
極論、アリウスは必要ない。ベアトリーチェの目的は秤アツコ──ロイヤルブラッドの『神秘』を儀式を通じて拝領し、自らを『崇高』へと至らせることである。
生徒会長という身分も、
だからこそ、聖園ミカの不安定さを利用し、黙示録の天使──厳密にはそれを再現するナニカ──と共鳴させ、秤アツコを連れてこさせようとした。
いくら力を持っていようと所詮は子供。大人である自分ならば、言葉一つで容易く操れる。
ベアトリーチェはそう思っていたから、勝利を確信し笑っていた。
「……? 何故、私の方を向いているのです? 貴女の目標は、忌まわしきアリウススクワッドでしょう?」
ここで、彼女の
聖園ミカと黙示録の天使の親和性が想定を遥かに超えて高かったことだろう。
『天使』には既に聖園ミカの意志はない。彼女の心を壊しかねない激情と、アリウスに終焉を齎すという黙示録のテクスト。それが合わさり、感情が表面化され、その上で定められたプログラムを自律的に遂行する特異現象となっていた。
こいつも敵だという敵愾心。何をぺちゃくちゃ喋っているんだという不快感。
そして、彼女自身が己に付与してしまった『アリウス生徒会長』というテクスト。
『天使』は片手に握る燃え盛る剣をベアトリーチェに向けた。その剣先に神秘が集まる。空間が拉ぐ中、業火が収束し極光と化した。
「何をしているのです!? お前は秤アツコをこそ狙うべきでしょう!?」
喚きは虚しく響くのみで。
一切の仮借なく、収束された神秘は砲撃として放たれる。
「なっ──」
着弾と同時、その威力に大聖堂が震えた。
何本かの柱は崩れ、ステンドグラスは砕け散り、粉塵が宙を舞った。
そのまま二度、三度と砲撃を撃ち込んでから『天使』は外に視線を向けた。
見ずとも分かる。その先に、秤アツコがいる。アリウスという土地の中で、その神秘は鮮明だ。
ベアトリーチェの言葉は無意味だったわけではない。
それは『天使』の中にて意識を手放している聖園ミカの感情を刺激し、憎悪を一層滾らせた。
空間が歪み、そこに小型の『天使』が幾体も出現する。
アリウスに属する全てを滅ぼさんと唯一の意志を統一して。
翼が羽撃く。舞っていた粉塵が切り裂かれる。
誰も見ていない中、『天使』は冷徹に
「アリウス……秤アツコ……」
衝撃波が生まれるほどの翼の躍動。
刹那、大聖堂から『天使』の姿が消えた。
大聖堂の中を、喇叭の残響のみが木霊した。
△△△
「黙示録に記された喇叭を吹く天使……」
空が夜空に塗り替わった異常事態。
俺たちは普段から会議を行っている教室に集まり、情報を集めていた。二階の角にある此処は通常よりも大きな作りになっている。
どうやら俺以外……つまりアリウス生は頭の中に直接ラッパの音が響いたという。そしてそれは、黙示録においてアリウスに終焉をもたらす天使を表しているそうだ。
笑い話ではない。
様々な場所を見て、なにより俺自身がそうであるように、この世界はそういった特異現象が存在する。
だからこそ、しっかりと対策を打ち立て、対処することが肝要なのだ。
ずっと何かを考えているアツコに、何かを知っているのではないかと聞こうとした。
聞こうとして、それより早く何かが聞こえた。
ジェット機が真上を通り過ぎたような、空気が弾ける音を捉えて。
──
「全員、戦闘準備!」
サオリさんの声に、全員がマスクを着け銃を構える。
あっっっぶねえ……!!
咄嗟に能力を使用し俺たちと
けどなんだ? この神秘、覚えがあるような……
しかし違和感を探る暇はない。直感がこれまでの人生で最大の危機を叫んでいた。
教室に入ってきたのは『天使』だった。それがそういう存在であると、見れば理解できた。
身を数倍に見せる翼。黒いドレスとベール。背負うように広がる光輪。握られた燃える剣と喇叭。
見た瞬間、身体が動いていた。
空間の神秘を変換、
構えた拳銃を再構築し、銃口に拡張パーツを装着。とにかく火力を底上げし、『天使』を撃つ。
俺に合わせて、全員が一斉射撃を敢行する。
銃口が火を噴き、神秘が咲き乱れる。
例え相手が学園最強格であろうともただでは済まない火力はしかし、盾のように展開された翼が全てを受け止める。衝撃すら吸収され、銃弾が着弾した音も鈍く響くだけだった。
意にも介さず、悠然と『天使』は剣を薙ぎ払った。
風が吹き荒び、一人残さず吹き飛ばされる。
空中で回転しながら、気づく。
『天使』が一点──アツコを見据えている事を。
翼が羽撃き、急接近。そのまま剣をアツコに振り降ろし──させねえ!
空中に足場を生成、蹴りつけ加速。
背に浮かせていた銃を手に間に滑り込む。
剣と銃で鍔迫り合い火花が散った。圧倒的に向こうの方が出力が上な所を、片っ端から神秘を変換していくことで威力を減衰させつつこっちの補強を重ねる。
それでようやく均衡できていた。
脳が沸騰しそうなほどの集中。鼻血が出た。気にも留めない。
そんな中で、脳の別部分が最悪な情報を察知する。
こいつレベルじゃないが、それに類するのが数体こっちに向かってきてる。
クソが、ボス格が雑魚引き連れてくんのやめろ!
「俺がこいつを引き受ける! 他のがこっち来てるから、そっちの対処頼んだ!」
結論を叩き出すのに刹那もいらなかった。
「っ、でも──」
「
気遣っている余裕はなかった。端的に事実を伝える。
推定学園最強格よりも上な相手を前に、スクワッドであろうとも抗うのは難しい。これがゲリラ戦だったら話は違うかもしれないが、今は正面衝突だ。
ならば俺単騎の方がやりやすい。
一連の流れで彼女たちも理解はしているのだろう。忸怩たる思いを滲ませつつも足を止めずに教室から離脱した。
俺の背後にいたアツコだけは動けなかったのか、サオリさんが連れて行ったのが分かった。
「コノハ、気を付けて」
その言葉に俺が答えるより早く、鍔迫り合いを止め『天使』がアツコを追おうと翼をはためかせる。
「行かせるかッ!」
「────」
神秘を一発の弾丸へと変換。拳銃に装填、即射撃。
肩がなくなったような衝撃と共に収斂・凝縮された神秘が『天使』の翼を撃ち抜き、そのまま校舎を貫通する。
教室の扉を再構築し壁にする。この一室を脱出不可能な密室へと変える。
ここならば翼を十全には使用できないだろう。逃げようとしても後出しで潰せる。
これで一対一だ。声一つ漏らしはしないが、弾丸による損傷は無視できないのだろう。さっきとは異なり俺をしっかりと敵として認識している。
身震いしそうになる敵意と圧力。明確な死地に心臓が早鐘を打つ。俺の体を流れる何かがこの神秘を殺し尽せと叫んでいた。
互いの神秘が禍々しく世界を侵し法則の外側にまで足を踏み入れている。
そんな絶死の戦場。
ああ、だというのに──なんでこんなに、誰かがちらつくんだ?
「まあ、いい。取り敢えずぶっ飛ばしてから考える。何でアツコを狙ってんのかは知らないけど、やらせねえよ」
「────!」
剣が一際強く燃え盛るのを合図に、凄絶な殺し合いが始まった。
△△△
教室が燃える。生徒の叫びが響く。銃声が止むことを知らない。
コノハが『天使』と相対してから暫く。校舎は戦火が広がる戦場と化していた。
コノハの言っていた通りに現れた小型『天使』は出力や規模こそ劣化しているものの、その攻撃手段はコノハが引き受けた本体と同一であった。
燃える剣による斬撃、砲撃。翼による突風や防御。喇叭から放たれる音響攻撃。
一体一体が強力な神秘を宿す『天使』に、スクワッドを筆頭としたアリウス生は苦戦を強いられていた。
十数体いる『天使』を五体倒すうちに、戦力は半減している。
「クソっ──撤退だ! 集会場に集まれ!」
悪化を辿る戦況を前に、サオリは歯を噛み砕かんとばかりに噛みしめ、撤退を指示する。
彼が造り変えてくれた校舎が燃え、壊れていく。彼に託されたのに、それすら果たしてやれない。
貰ってばかりな恩義を一向に返せないという事実が、サオリの、何よりアツコの心に重くのしかかった。
アツコは分かっていた。
経緯こそ不明だが、あれが自分を狙っていたことに。それを察したうえでコノハが一人で相手を引き受けたことに。
そんなことをしている場合ではないのに、彼のことを心配してしまう。
かぶりを振って余計な思考を消す。彼なら大丈夫だ。だって、ずっと助けてくれた彼が負ける筈がない。
過ごした時間は短くとも、既にアツコの中で彼は世界を変えてくれた、無敵のヒーローだった。
────ダンッ!!!
天井を突き破って、極大の衝突音を伴って、コノハと『天使』が落下してきた。
全員が目を覆った。小型たちも彼らの間に迸る神秘を感知し、その動きを止めた。
マスクで顔を覆っているアツコは舞う粉塵も視認の邪魔にはならない。
だから、真っ先に
「グ……ギッ…………ごぷっ」
『天使』の剣が、コノハの腹を刺し貫いている。
地面につきたてられた剣に串刺しにされ、半ば彼は宙に浮いていた。
苦悶のうめき声の後、赤い血を吐き出した。
びちゃり。液体が跳ねる音が、銃声よりも鮮明に耳朶を打つ。
「…………コノ、ハ?」
喉が反射的に震えた結果として漏れ出た声は、マスクの中で虚しく反響した。
「っ、駄目だ! 逃げろアツコ!!」
彼が手を伸ばす。
『天使』は剣を抜き、コノハは壊れた玩具のように地面を転がって動かない。
「──あ」
気づいた瞬間には目の前にいた。
アツコもサオリも、誰もその移動を認識すらできなかった。
翼による殴打で、アツコの体躯が転がった。
何度も地面を転がり、その衝撃でマスクが壊れた。これまでの幾度もの戦闘で蓄積された負荷が頂点に達したのだ。
起き上がろうとして、力が入らず座り込んでしまう。
目と鼻の先に『天使』がいた。
『天使』が剣を振りかぶる。
先に比べても膨れ上がった殺意が肌に刺さり、痛烈な死の予感に襲われる。
思考がゆっくりと過去へと流れ始めた。これが走馬灯なのか、と他人事のように思った。
元から、死ぬために生かされてきた。
ロイヤルブラッドとして、ベアトリーチェの贄になるのが存在理由だった。
サオリやスクワッドの皆は助かる道を必死に模索してくれたが、一方でベアトリーチェがそんな約束を守るとは思えなかったから、アツコは心の何処かで常に死を受け入れていた。
なのに、今はそれができない。
怖い、死にたくない、生きていたい。
コノハに影響されて生まれた欲が、迫る終わりを受け入れようとしない。
だってまだ、お礼もできてない。
ありがとうって。
助けてくれてありがとうって。
生きていいって言ってくれてありがとうって。
まだ、言えてない。
これからなのに。
なのに、こんなところで終わるの?
「やっぱり私たちは、生きてちゃ駄目なの?」
誰にも言葉は届かず、無慈悲に剣は振り降ろされた。
△△△
勝てない戦いじゃなかった。
いや、勝てる戦いだった。幾らあの化け物の神秘が強かろうが、今の俺なら再構築できる。
度重なる能力の使用で、そこまで性能は戻っていた。
既に能力の枠を超え、権能の域にまで届かせていた。負ける筈がなかった。
順当に追い込み、『天使』そのものに権能を行使した。
戦って分かった。あれは言わば、神秘が自立稼働した鎧に近い。ならばそれをはぎ取ればいいだけ。
だからそうした。
「──聖園さん?」
剥がした『天使』の奥に聖園さんを見つけて、一瞬意識が緩んだ。
集中が切れ、権能が中断される。それが致命的だった。
その隙を突かれ、腹を貫かれ、今俺は地面を転がっている。
あーこれ内臓やられてんな。
炎によって出血にこそなっていないものの、内臓の損傷で口の中が血でいっぱいだ。
落下の勢いで骨に罅が入ったのだろう。荒い呼吸の度に痛覚が頭の中を突き抜ける。
こんな痛いのは初めてだ。泣きそう。もう体を動かせる気がしなかった。
視界の先で、『天使』がアツコに剣を振りかぶっている。
助け、なければ。このままではアツコが死ぬ。それは駄目だ。
だというのに体が動かない。
俺はこんなにも弱かったのか。愕然とするも、それでも指一本にだって力が入らない。
俺はただ、成す術なくアツコが切り裂かれるのをみることしか───
「やっぱり私たちは、生きてちゃ駄目なの?」
───は?
違う。
それは違う。
それだけは、絶対に違う。
何もしなかったら、それを認めることになる。
認め、られない。
何があろうと、それだけは認められるか。
生きることは、誰であっても諦めなくていいんだ。
なら、身体を動かせ。
壊れても、
「んなわけねえに決まってんだろうが!!!」
指が地面をかき分ける。
血を吐きながら四肢に力を込める。
ぼやけた視界で行先を確認する。
痙攣する脚を殴りつけて走り出す。
一瞬のうちに全て行い疾走に達する。
剣が降り降ろされきる間際、アツコを突き飛ばした。
「────え?」
赤い瞳が大きく見開かれた。
唖然とした顔で俺を見ている。
安心して欲しくて笑いかけようとしたのに、口角は不細工に痙攣するだけだった。
振り降ろされた剣は、寸分の狂いもなく俺の右腕を肩から斬り落とした。
飛び散った血が『
その激痛と損傷によって、俺の意識は暗闇に落ちた。
「あ、だめ」
「だめ、このは」
「あ、ああ……ああああああああああああああああ!!!」
聖園ミカ 『天使』の中でコノハを斬ったことを認識している。コノハを傷つけることになった原因として潜在的にアツコへ憎しみを抱き、『天使』は殺そうとした。結果は分かりきっている。ミカは悪くないよ。
秤アツコ 自分を助けようとしてコノハが腕を斬り落とされたのを、鮮明に目に焼き付けてしまった。