特異現象はダメ!死刑!! 作:最推しはアツコ
ゲヘナとは打って変わって、綺麗で整った印象を持つのがトリニティである。
向こうが混沌ならこっちは秩序。悪魔と天使。そんな対称性を持っている。
そのせいもあってか、この二校はずっと対立的な姿勢を保っている。
ゲヘナを発つ前に
自治範囲が巨大なため、複数の電車を乗り継がねばならないのも理由の一つだ。
こんな広大な土地を未成年が統治してるの、何度考えても駄目すぎるのだが、上手く回っているのを見ると最近の若者は凄いな、と思ってしまう。
俺はというと、リオの手伝いをしていた時も、軽く書類を流し見するだけで眩暈がしそうだった。政治家とか夢にも見れない。
「まずは……古書館だな」
前に来たのは数か月前だったか。
ゲヘナに比べれば犯罪も少ないために、任務も相応に少ないのだ。最も、裏では陰湿で薄暗いやり取りもまた行われていたりするのだが。
スマホのナビを頼りに目的地に向かう。
現在の俺は風紀委員の制服を脱ぎ、黒フードをすっぽり被った純度100%の不審者なため、めちゃめちゃ煙たい視線が突き刺さった。やっぱもうちょい恰好どうにかしようかな……
「お久しぶりです、古関さん」
「……はあ、あなたですか。扉は塞いでいたのに、何処から入って来たんですか?」
「空いてた窓からですね。籠城するなら隅から隅まで塞いどいた方が良いですよ」
「今度からはそうします……」
「しまったいらん事言った」
古書館に不法侵入した俺は、スナイパーライフルを構える古関さんに両手を上げ降伏の意を示していた。
彼女には、アナログで保存されていてかつ破損が見られる証拠品の復旧や情報収集の時に大変お世話になっている。
普通に面倒がられて正面から訪問しても無視され始めたので、少し前から訪ねる時は専ら不法侵入をしている。我ながらマジで最悪だな。
「ま、まあ、それは置いておいて……こちらをどうぞ」
「こ、この子は……!」
古関ウイ交渉法!
彼女の好きなものといえば古書。なので、此処に蔵書されていないであろう物を見繕って贈呈させすれば、ある程度は機嫌が取れるのである。
別に蔵書されてあるやつでも機嫌は良くなるが、新規のだと更に一段階ご機嫌になるのだ。だからゲヘナで仕入れておく必要があったんですね。(メガトンキャンセル)
「全く……仕方ないですね。今回は何の用ですか?」
「いつもあるがとうございます。それで、カタコンベの地図ってあります?」
「カタコンベ……ああ、多少ならあった筈です」
本が詰まった棚から探し始める古関さんを尻目に、俺は大人しく待つ。下手に動いたら邪魔にしかならないからだ。
俺が今回の目的地としたカタコンベだが、その存在をあまり知られていない。どうやら此処にはトリニティも昔の歴史やらが関係してたりするらしい、と前に聞いたのだが、それ以上は調べていないため分からない。
俺が知っているのは巨大であること、道標がないと容易く迷ってしまうような謎の力場があること、ぐらいだ。
だから真っ先に此処を訪れたワケ。
「はい、写しを用意しました。ですが、カタコンベの一部を記したものしかなかったので、全体図はありませんよ」
渡された紙にはカタコンベの入り口から多少の距離までの地図が描かれている。
いや、見た感じこれでけでもかなりデカいんだけど。これで一部なの? デカ過ぎんだろ……
「……あなたが何をするかは知りませんが、最近はトリニティも緊迫しつつあるので、気を付けた方が良いですよ」
「緊迫? そんな雰囲気、来る道中は感じなかったですけど」
「人から聞いた話ではありますが、ティーパーティーの方で何かがあるみたいです」
貰った地図を懐に納めていると、そんな話を聞かされた。
ティーパーティーのごたごた、それはつまるところトリニティ全体に関わってくる。街中で欠片もそんなものを感じなかったのは、彼女たちが情報を止めているからか。逆説的にマジで何かありそうだな。
古関さんはその紙面の復元技術から最近はシスターフッドなんかとも多少の交流があるようだし、そこで知ったのだろう。情報源があそこなら、更に信憑性も上がる。
「……ありがとうございます。助かりました」
「あまり私を頼らないで欲しいんですが……はあ、この後はどうするんですか?」
俺を貫く古関さんの瞳には、思い上がりでないなら心配が浮かんでいるように見えた。
きっと傍から見たら危ないことしようとしてるんだろうな、俺。
この人は懐疑的かつ他者に対して攻撃的な側面もあるが、優しい人だ。彼女の心配が、心を重たくさせる。
だが。
「──ちょっと、友達に会おうかと」
それ以上に、俺もまた心配なのだ。
あの真面目な顔して、偶に変なことも言いだす、紅茶好きの友人が。
△△△
日が暮れ、月明りと街灯が街並みを照らす。
夜風すら殆どない、静寂に満ちた夜更け。
桐藤ナギサは自室にて執務に勤しんでいた。
ホスト代理になった今のナギサは尋常ではない程の仕事量に追われている。それ故の、深夜の残業だった。
ペンを走らせ、紙をめくる。その音が嫌に響く。
ずっと、心臓の音が五月蠅かった。
今のナギサには、一切の余裕がなかった。
迫る『エデン条約』の締結。そしてそれを妨害する姿の見えない脅威。
そう、それは正しく脅威だった。なにしろ本来ホストであった百合園セイアが殺されているのだから。
死への恐怖。誰が裏切者か分からぬ疑心。それでも進まなければならない義務。
表面上はフィリウス分派の長として堂々としているが、その本心は崖際に追い込まれているような焦燥と怯えに満ちている。
今にも誰かが自分を殺しに来るのではないか。幼馴染みにして同じティーパーティーの生徒会長である聖園ミカも狙われているのではないか。
夜の静けさが、負の循環を加速させる。
かたり。
窓から音がした。風ではない、確かな物音。
心臓が跳ねる。早鐘を打ち、末端から血の気が消える。
机の上に置いていたハンドガンを手に取り、構えた。
震える手のせいで、照準が定まらない。
はっ、はっ、と、荒い呼吸で酸素を上手く取り込めない。
そうして、緊張が頂点に達した瞬間。
窓が開かれる。大柄な影が部屋に入ってくる。
確認する間もなく、銃口が火を噴いた。
「うおっ、危な! 俺だよ俺! 撃つのやめて!?」
放たれた銃弾は、
まるで詐欺師のような口ぶりで、いつものようにふざけた声音で。
彼──械枷コノハは現れた。
「コノハさん……? す、すみません。つい」
「ついで発砲は……この世界ならそんなおかしくないか。普通に急に来た俺が悪いから謝んないでくれ」
「それは、その通りですね。こんな夜更けに女性の部屋を訪れるなんて非常識ですよ?」
「いや何か警備が異常に多くてさ、真面目にヒットマンやってる気分だったよ」
もう全員気絶させようかと思ったわ、と意味の分からないことを言う姿に心拍が落ち着く。
凍てついていた心が、ゆっくりと溶けて解される。
彼と出会ったのは、数か月前だったか。
今夜よりも更に遅い夜更けに、ティーパーティーの執務室に忘れ物を取りに戻った時、彼がいた。
最初はそれこそ機密資料を盗みに来た何処かの諜報員かと思えば、慌てた様子で弁明する姿に毒気を抜かれ、交流が始まったのだ。
ティーパーティーとして、トリニティの代表として、恥がないよう誰よりも気を張り、薄暗い政治の世界にも身を置いていた彼女にとって、コノハの存在は新鮮なものだった。
自分が何者かの下で動いていることも、それが法を犯す場合があることも、顔を隠す仮面を外し一切の偽りもなく語るのだから。
思わず笑ってしまった事を、ナギサは覚えている。
「まあ、何か用がある訳じゃないんだけどさ。トリニティに来たから、桐藤さんと話したいなって」
「また調子のいいことを言って……。紅茶の準備をするので、少し待ってください」
彼はナギサに対してあまり敬う感じは出さない。一応苗字呼びかつ大事な時は敬語と、弁えた上で彼はラフに接してくる。
それはきっと、その方がナギサが気を遣わないからだろう。
そういう気遣いも、それを言わない不器用な優しさも、心地よかった。
彼が来た時にと用意していた茶葉──前にコノハが美味しいと言ってくれたもの──で淹れた紅茶の香りが部屋を漂う。
無類の紅茶好きであるナギサにとって、気負いなく楽しめるお茶会というのは、それだけで最上のリラックスにあたる。
だからこそ、彼との時間は特別なものだった。
「お待たせしました。……こんな事、本当は駄目なのですが……」
「偶には悪い事しても大丈夫だって。普段頑張ってんだし」
「そうでしょうか……どうぞ」
「どうも……あ、この香り好きだ。やっぱ桐藤さんは紅茶淹れるのめっちゃ上手いよな」
「ふふ、そんなに褒めてもお茶菓子がでるぐらいですよ」
「たぶんこれも目が飛び出るぐらい高級品なんだろうな……」
おっかなびっくりな様子に笑みを浮かべながら、お茶を飲み、会話を交わす。
こうして彼とお茶会をするのも、久しぶりだ。前回は四か月と五日前だった。
あの頃はまだ、ここまで追い詰められてはいなかった。
このまま、ずっとこんな時間が続けばいいのに──なんて、あり得ない夢想を思い浮かべていた、その時だった。
「桐藤さんさ、最近なんかあった?」
「いえ、特にはありませんが……どういう意味でしょうか?」
「人づてだけど、ティーパーティーがピリついてるって聞いたんだ。何もないならそれが一番だけど、今日も見た限り顔色が優れてないし」
「……」
思考が冷たさを帯びる。
普通なら気づかない筈だ。そんな変化、本当はない筈だ。
ナギサには、自分がそれ程追い詰められている自覚がなかった。故に、彼に疑心を向けてしまう。
「…………」
「あの。桐藤さん?」
彼を信じたい。
信じられない。
どうすればいいのか、分からない。
「あなた、は」
雁字搦めの思考。
終わりのない迷宮に迷い込んだようだった。
「あなたは、私の味方ですか」
だからこそ、零れ落ちたのはか細い本音だった。
「コノハさんは私を裏切りませんよね? 私を騙しはしませんよね? お願いです、どうかそうだと言ってください」
椅子から立ち上がり、縋るように彼の腕を掴む。
その腕から伝わる震えに、コノハは目を見開いた。
「怖いのです。あなたを信じていいんでしょうか。誰も信じられないのが、恐ろしく心細いのです」
味方が欲しかった。無条件で信じてもいい、そんな誰かが。
本来の彼女なら、ここまで心が憔悴する事はなかった。
毒のように、優しさが心を蝕んだ結果だ。
俯いたまま、彼の答えをただ待つ。
いや、このまま顔を上げ、冗談ですと言って誤魔化してしまおうか。
そんな、弱気な『ただの桐藤ナギサ』が心の中で震えていた。
「──大丈夫、俺は味方だ。君は怯えなくていい。君は怖がらないでいい。君は一人じゃない。俺がいる」
頭が胸に埋まる。
遅れて、彼に抱きしめられたのだと分かった。
囁くような言葉が、脳の奥に染み込んだ。
「任せてくれ。君が苦しいなら、辛いなら、助けが必要なら。俺がその助けになる。だから、安心してくれ」
つん、と。
鼻に刺激が走り、彼の胸に顔をぐりぐりと埋める。
訳も分からず流れるそれが涙だとすら認識できなくて。
とくん、とくん。コノハの心音を聞き、身を任せる。
ただ、静かに彼の存在を感じていた。
△△△
すぐ下から、鼻をすする音が聞こえる。
桐藤さんの柔らかな香りが漂う。
彼女の翼が、更に俺を抱き寄せる。
衝動的な行動だった。
少しづつ、話を聞くつもりだったのに、桐藤さんは俺が思っていた以上に追い詰められていた。
俺の目の前にいたのは、一人で泣くこともできない小さな女の子だった。
それが、あまりに放っておけなかったから……
こんな結果になっているんですね。
いやマジで、どうしよう。もう見過ごせないし絶対に助けるんだけど、それはそれとして滅茶苦茶厄介ごとに巻き込まれた感が凄い。
俺の問題も放置はできないし……これ、どうすればいいんすか?
あやすように桐藤さんの背中を叩きつつ、俺はこれからを想像し、重い溜息をつくのだった。
械枷コノハ 泣いてる女の子を無視できるわけないだろ……の構え。後から自分の行いを思い出し、羞恥で転げ回る。
古関ウイ コノハを面倒だと思っているが、話を分かるし古書はくれるしで実際はそこまで悪い印象はない。普通に遊びに来るならアイスアメリカーノを出すぐらいの好感度。
桐藤ナギサ 気づいたらこうなっていた。たぶん一番ヒロインしてる。後から自分の行いを思い出し、羞恥でじたばたする。それからコノハの言葉と抱擁を思い出して、見惚れるほどの笑みを浮かべる。