特異現象はダメ!死刑!! 作:最推しはアツコ
「落ち着いたか?」
「はい……お見苦しい姿を晒してしまい本当にすみません……」
「いやいや、謝ることじゃないだろ。泣きたいならちゃんと泣いた方が良いよ」
「服だって汚してしまって……」
桐藤さんが泣き止み会話が出来るようになるまで、あれから十分程を要した。
溜め込んでいたもの全てを吐き出せた、とは思わない。泣くのに疲れて途中で涙が止まった、という方が正しいのだろう。
目を赤くし、小さく鼻をすする姿はそれこそ、泣きつかれた子どものようだった。
確かに彼女の顔を胸に抱き寄せていたため多少の汚れこそあるが、必要経費でしかない。
「気にしないでいいから。俺が勝手に抱き締めたりしたのが悪かったし……不快にさせたら申し訳ない」
「そんな、不快だなんてあり得ません。とても、嬉しかったです」
……今、俺たちはソファに密着と言っていい距離感で座っている。未だ不安が残っているのか、俺の手を握って離さないからだ。翼も奥の肩まで伸び、すっぽりと覆うように俺を包んでいた。
桐藤さんの柔らかい身体も、いい匂いがする翼も、本当に心臓に悪い。
普段の俺なら内なる童貞が爆発しキョドり散らかすが、今に限っては死ぬ気で抑える。そういうのじゃねぇんだよ。真面目な顔してないと安心させられないだろ。
「教えてくれ。一体何があって、そんなに追い詰められてたのか。君の力になりたいんだ」
「……迷惑をかけてしまいます。これは、トリニティの問題ですから」
そう言われてしまえば、俺に言える事はあまりない。
彼女のそれは、規則への遵守と同じぐらいに気遣いが含まれている。これ以上俺を巻き込むのは危険だと、そう思っているのだろう。
だが、そんなの関係ない。俺が助けると決めた。だから助ける。そうしないと、嫌な思いが残り、俺は幸せに生きられないからだ。
これは他人への献身じゃない。俺の自分勝手な我儘だ。だから、俺のやりたいようにやる。
「なら、俺がトリニティ側に入ればいい。契約を結ぼう。俺と君で協力関係になるんだ」
「た、確かにそうすればコノハさんは部外者ではなくなりますが……」
「よし、決まりだな。安心してくれ、今の俺は元いた所離れて無所属だから、そういうのも面倒にならない」
やろうとしているのはゲヘナ風紀委員の時と同じ。
こういう時に、今の俺の立場は便利だ。
何処にも属していないから、何処にでも所属できる。
「…………でし、たら。そうしましょうか、ええ。そうすればトリニティの問題もコノハさんにとって無関係ではなくなりますし」
そうして諸々の書類を作り、契約を済ませる中、桐藤さんの翼が俺を抱きしめる力はどんどん強くなっていった。そろそろ痛い。
ここで指摘し、また精神が不安定になったら元も子もないため、俺は黙って耐える事しかできなかった。
△△△
「……で、裏切者をこの四人に絞ったと」
「はい、この四名の内の誰かがトリニティを裏切っているのは濃厚です」
「だから、四人纏めて退学にしてしまおうと」
「ええ、不幸中の幸いなのか、彼女たちは漏れなく学業面で不足が見られるので。それを利用させてもらおうかと」
契約を結び、俺はティーパーティーの専属ボディーガードということになった。
そうして桐藤さんが抱えている問題を共有してもらった訳だが、ドロドロの闇が出るわ出るわで圧倒されている。
エデン条約の締結。それを阻止しようとする何者か。その結果、本来ホストであった百合園セイアの死亡。
百合園さんが殺害された時の手際があまりに無駄がなかったため、裏切者による手引きは確定事項だった。
それにこの世界は元の世界よりも死が遠い。銃弾を喰らっても問題が無い、異常な耐久性をしているからだ。
だからこそ、死の持つ重みは想像を絶する。
その恐怖や、誰が裏切っているか分からない疑心。それが桐藤さんを蝕んで苦しめていたのだ。
そんな中で彼女は疑惑の大きな四名──内一人は正義実現委員会への『人質』だが──を集め、全員をトリニティから追い出そうと画策してると、そう語った。
為政者の、貼り付けたような笑みと共に。
「どうでしょう。この計画が成功するまで、コノハさんには私の身辺警護をお願いしたいのですが」
「うん、断る」
「そうですか、受けてくれ──はい?」
「断るって言ったんだ。その計画、全部なしで」
「はい????」
いや、普通に考えて駄目に決まってるだろこんなの。
どう見ても悪側の考えだし、賛成するわけない。
「……コノハさんは、私の味方なのですよね?」
「ああ、君の味方だ」
「なら、どうしてですか……?」
「だってこれ、君が辛いだろ」
「え?」
縋るような、疑うような目を向けてくる彼女に一番の問題を指摘する。
分からないというように、呆けた顔を晒した。
「一番傷つくし大変な思いをするのは、何も悪くないのに捨てられるこの四人の中の誰かだけど、その次に傷つくのは桐藤さんだ。何故なら、君は頑張れるだけで本当は甘ちゃんな理想家だからだ」
「甘……!?」
「そうだ。俺みたいな不審者とお茶会するとか、甘っ々なだだ甘ちゃんでしかない。そんな君が、誰かを必要だからって切り捨てて、傷つかないわけがないだろ」
学園のトップに立つのなら、非常な判断も時には必要だろう。
それが出来るからこそのトップなのだから。
けど、これって本当に必要か?
「だったらどうすればいいんですか……? このまま放っておくことは論外です。これが最も確実に障害を排除できるんです」
「いや違うな。最も確実なのは、
百合園さんの件は、その手際の良さから集団によるものと見るのが妥当だ。
裏切者の手引きによって、謎の武装集団が事を起こしたという風に。
だとしたら、結論は至って単純だ。
その集団を排除すればいい。
「そうすれば、こんなクソみたいなことをしなくて済むだろ。だから、君を苦しめる原因は俺が消す。そうすれば無駄な苦しみのないハッピーエンドだ」
「それは、そうかもしれませんが。……どうして、ここまで味方をしてくれるんですか……? 私は、こんな汚いことをしようとする、悪い人なんですよ?」
「悪い奴は自分からそんな事言わねえよ。いいか、断言するぞ。君は悪くない。君がこんな苦しまないといけない理由なんてない。だから君の味方をするんだ」
「───」
時間はあまり残されていない。
エデン条約までに、相手は更に攻撃的な妨害を仕掛けてくるだろう。
そんな事はさせない。何かする前に、こっちから叩き潰してやるよ。
△△△
コノハからの提案の後、暫く作戦会議を行い、本日はお開きとなった。
『警護はするけど流石にこれ以上部屋に居るのはまずいから出てく』と真顔かつ早口で言い切り、コノハは部屋を出ていった。
一人残されたナギサは何事もないように紅茶を片付けてから、ベッドに倒れ込んだ。
顔の端から端まで、まるで燃えているみたいに熱い。きっと今の自分は真っ赤な顔をしているのだろう、なんて他人事みたいに思った。
「なんて、恥ずかしいことを……!」
子供みたいに泣きじゃくり、幼子のように甘え、為政者の仮面すら剥がされた。
気にするなと彼は言うが、これで気にしないのは無理がある。
誰もいないのをいいことに、ナギサはじたばたと手足を暴れさせる。そうでもしないと、どうにかなってしまいそうだった。
「そもそも、コノハさんはデリカシーがありませんっ。私が頑張って決めた計画も酷評して、甘ちゃんだとか……!」
まるで落ち着きのない
「自分で勝手に決めてから相談して、何の臆面もなく助けるとか、味方だとか嘯いて……!」
自分以外にも簡単に言っていそうで、苛つきが増した。
ひとしきり暴れて、彼への不満を言ってから、はあ……と荒く重い息を吐きだす。
────君は悪くない。君がこんな苦しまないといけない理由なんてない。だから君の味方をするんだ
「…………ふふっ」
嬉しかった。
心を縛り上げていた鎖が砕け散った。
暗闇の底に、光が差し込んだ。
「私の、味方」
誰も信じられなかったのに、こんな簡単に彼の言葉を信じてしまっている。
もしや、彼の言う『チョロい』に分類されるのだろうか。
だとするなら。
「責任、取って貰わないといけませんね」
こんなに駄目にしたのだから。
こんなに変えてしまったのだから。
その責任を取らせなければ。
責任を取って、ずっと傍に居させなければ、と決意を胸に、ナギサは眠りにつく。
ここ数ヶ月で初めての、何の心配も不安もない、穏やかな睡眠だった。
これは、彼女自身の自覚していないことだが。
彼を翼で抱きしめていた時。
実はこっそりと、バレないよう彼に羽を付けていた。
意識的ではない、無意識の行動ではあるが、もしそれに意味を付けるのならきっと──
────彼は私のものだ、になるのだろう。
械枷コノハ 友人の憔悴しきった姿にかなりブチ切れている。困っている人を助けるのは、助けなかった結果嫌な思いをしたくないからという利己的性格故の利他的行動なので、別に善人ではないと思っている。
桐藤ナギサ はい、本文が全てです。