まさか、こんな異世界に行くとはいえこんな世界が待っていようとは。
死後の世界というものがあるならば、もう少しマシなシナリオを用意してほしかったものだ。輪廻転生。耳慣れたその言葉の通り、俺は今、人間の赤ん坊からやり直している。
ぼうっとした自意識をようやく、ようやく定めて五歳。
意識が確立しても問題は山積みだ。
感傷に浸っている暇など一秒たりともない。肉体が、あまりにも小さすぎる!致命的なまでに、筋肉と骨格の質量が足りないのだ。
前世で培ってきたあらゆる格闘技術、己の肉体を凶器に変えるためのすべてのプロセスを、この脆弱な器で再現するには無理がある。
体幹の強さも、体重も、リーチも足りない。今の俺にあるのは、ただ柔らかいだけの脂肪と、頼りない細い骨だけだ。
昨日、盛大に五歳の誕生日を祝うフルーツケーキを食べたが、そんな浮かれた行事に浸っている余裕などなかった。俺は生き残らなければならない。いついかなる世界であっても、圧倒的な強者としてのパワーを掴み取らなければ、あっという間にこの世界の理不尽な暴力の餌食になる。
そう、この世界の生態系は根本から狂っている。
「わお、今日も元気に空の上が血みどろだな」
窓の外、どこまでも広がる曇り空を見上げれば、悠然と翼を広げたヒポグリフが通り過ぎる。翼は鳥だけの特権じゃない。
ドラゴンという名の理不尽そのものが我が物顔で君臨し、あちこちで小競り合いを繰り広げている。少し離れた場所では、巨大な鳥かと思えば一頭のグリフォンが、別の巨大生物と激しい空中戦の真っ最中だ。
巨大な空飛ぶエイ、あるいはマンタのような外見だが、尻尾を突き刺したままグリフォンの体から垂れ下がっている。
空を見上げるたびに、自然の暴力的なスケールの大きさにため息が出る。
だが、のんきに空中戦を鑑賞している場合ではない。問題は地上、いや、俺自身の肉体だ。
五歳児の限界。骨密度、筋肉量、神経伝達速度。すべてが足りない。だが、逆に考えれば、ここからだ。
今この瞬間から、正しい負荷と効率的なフォームを叩き込み、神経回路をこの未発達な肉体に焼き付けていけば、この世界を生き抜くためのベースを作り上げることができる。幼児期という最大のボーナスステージを、どう使うかは俺の執念次第、あるいは鍛錬次第だ。
俺は息を吸い込み、まず今後のトレーニングの組み立てを脳内で構築する。
「まずは、あいつらに負けない重心の最適化と可動域の拡張からだ」
幼児特有の柔軟な関節を逆手に取り、体を追い込むストレッチを開始する。
前世で使い慣れた、効率的なトレーニングウェアはここにはない。生身の人間において、しなやかさと強靭さは、地道な柔軟と正しい負荷による筋肉の収縮でしか勝ち取れないのだ。
「ぐっ……ちっ、ここまでか」
床に座って前屈を試みた瞬間、思わず歯を食いしばる。膝が勝手に浮き上がり、腹が圧迫されているのか痛みを訴える。
運動能力の低さに、思わず怒りを覚えるような気分だ。記憶を辿る限り、この小さな身体なりに毎日動き回っていたはずなのだが、前世の記憶を持つ脳の指令に対して、肉体が全くついてこない。
まったく、前世の常識が通じないにも程がある。だが、だからこそ燃える。
人の力では叶わぬ生物ばかりが空を飛んでいるのならば、あのツワモノたちを従え、空を征服してやりたい!