美少女ヒロインの過酷な「裏設定」を『戦友』として一緒に打ち破ったら、攻略していないのに好感度が限界突破していた話 作:Student
【DATE / CLOCK / WEATHER】
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4月1日(水)/ 14:30 / ☀︎ 晴天
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――休憩時間。
五限目の日本史の授業は、睡魔との戦いだった。
チャイムと共に教室を抜け出した僕は、滞った思考を再び循環させるために、柔剣道場へと続く半屋外の渡り廊下にある、自動販売機へと向かった。
複数の販売機から好みの飲料が並ぶ台を選ぶ。
僕は制服のズボンのポケットから財布を取り出し、小銭を数枚手に取る。
自販機の前でどの飲料にしようかと悩んでいた時だった。
「あら、相澤くん。……喉、乾いてるのかしら?」
不意に、背後から爽やかな声が聞こえた。
振り返らずとも誰だか分かる。
視線をやると、そこには予想通り、大きな瞳を細めながらこちらを値踏みしている蓮見先輩の姿があった。
彼女は僕のすぐ横に立つと、自販機に背を預け、既に開封済みのミネラルウォーターのペットボトルを一本、僕の目の前に差し出してくる。
「ちょうど良かったわ。これ、私が一口飲んだやつだけど……特別にあげる。もちろん飲むわよね?」
年上の綺麗なお姉さんの、非の打ちどころのない完璧な微笑み。
少しだけ首を傾げながら頬を僅かに赤く染め、挑発的で艶やかな仕草をしてくる。
――間接キス。
それは伝説のギャルゲーの王道中の王道イベントであると同時に、高嶺の花である蓮見先輩の十八番。
だが、こんな序盤で発生するイベントではなかったはずだ。
このイベントは、好感度を一定まで上げた恋人関係の「好き」という関係性でないと発生しない。
敵対関係の「疎遠」は言うまでもないが、友人関係の「仲良し」であったとしても、この「間接キス」イベントは起こり得ない。
ここまで親密な掛け合いを、先輩は「安売り」したりはしない。
彼女は一見誰にでも優しく好意的ではあるが、心を開いているのは本当に限られた一部の人間だけ、そういうところが魅力のメインヒロインだったはずだ。
もしかすると、今日、僕がイレギュラーな行動をしたことで、先輩の本来のゲームシナリオを大きく狂わせているのかもしれない。
彼女の瞳には、校門前の挨拶、それから屋上での一件に対する雪辱を晴らさんとする気概が籠っているように見えた。
「何よ、 黙り込んじゃって。……もしかして、キミ、私のことをやっと意識してくれた?」
もはや先輩は、ニマニマとした表情を隠しきれていない。
おそらくは僕が、「いや、流石に間接キスは……」と赤面して動揺するのを楽しみに待っているところだろうということは、容易に予想できた。
そうすれば、彼女が主導権を握ることができ、僕を「可愛い後輩」という枠に押し込められると計算しているのだろう。
だが――。
「助かります、先輩。ちょうど喉が乾いてたんですよ」
僕は真顔のまま、自然な動作でペットボトルを受け取った。
「え……っ」
先輩の余裕に満ちた表情が、一瞬で剥がれ落ちる。
僕が動揺を見せないどころか、当たり前のように開封済みのペットボトルを受け取ったことが、彼女の予測の範疇を優に超えてしまったのだろう。
僕は彼女の視線を真っ向から受け止めながら、キャップを開けて、躊躇なく口をつけた。
ごく、ごく、ごく……。
喉を鳴らして、三口ほど一気に飲む。
ひんやりと冷たい飲料水が、乾いた身体へと染み渡る。
僕は前世で、それなりに生きてきた。
中学生や高校生ならまだしも大人の精神性を持った今であれば、この程度のことでドキドキするほどお子様ではない。
「――ぷは。……美味しいですね、これ。生き返りました」
僕は満足げに、小さく息を吐き出す。
そして、まだ呆然と立ち尽くす先輩の前に、残りの飲料水の入ったペットボトルと、販売価格ぴったりの小銭を差し出した。
「これ、お返ししますね。ごちそうさまでした、先輩」
彼女の顔がみるみる林檎のように赤く染まっていく。
「……あ、相澤くん……っ。……本当に、飲んだの……?」
「え、先輩が『あげる』って言ったんじゃないですか。もしかして、冗談だったんですか? だったら、先に言ってくれないと。飲み損じゃないですか」
「飲み損って……! そ、そういうことじゃなくって……っ!」
先輩は足元がふらふらとおぼつかなくなり、自販機を支えにする。
彼女が狙っていたのは、僕を揶揄って、立場を逆転させること。
けれど今回も、彼女の思い通りにはならなかった。
「……相澤くん。キミって、本当に。……うぅっ……」
先輩は朱色に染まった顔を隠すようにして両手で覆い、その場にちんまりと屈み込む。
この光景は、ゲームのどのイベントにも存在しないものだ。
「じゃあ、僕はこれで失礼しますね。次は移動教室なので、早く行かないと。……って、先輩。僕の飲みかけが嫌で飲まないなら、残りはちゃんと捨てておいてくださいね?」
僕は彼女を放って、足早に廊下を歩き出す。
背後では「……もう、何よ、あの子……っ! 意味わかんない! 意味わかんない!」と駄々っ子のような愚痴が聞こえてきた。
原作主人公は優しかった。お人好しで良いやつだ。
だからこそ、彼は伝説のギャルゲーの主人公に相応しかった。
僕は彼を否定するつもりはない。
ただ、ヒロインたちの過酷な運命に対して共に立ち向かうのであれば、蓮見遥にだけは振り回されてはいけない。
彼女を傷つけすぎない範囲で、彼女の『完璧』な才能の一つである『魅了』を上手く回避し続けることが、彼女と「戦友」になる上では重要になってくるはずだ。
これでしばらく、先輩は大人しくなるだろうと、そう思ったのだ。
けれど、僕は「蓮見 遥」を見誤っていた。
完璧であるが故に、誰にも理解されない苦難を抱える蓮見先輩。
彼女の猛攻は、これで終わりではなかった。
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【DATE / CLOCK / WEATHER】
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4月1日(水)/ 16:45 / ☀︎ 晴天
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――放課後。
体育館や運動場から、部活動に励む生徒たちの掛け声が聞こえてくる。
校舎からは、個人練習に勤しむ吹奏楽部の演奏が響いていた。
僕は鞄を肩にかけて、昇降口へと向かう。
今日一日で、伝説のギャルゲーに登場するヒロインの苦難や回避した方が良い強制イベントを、あらかた思い出して情報を整理できた。
あとは、今日の放課後と明日の朝に必要な準備を整えれば、一人のヒロインの身体的・精神的負担を軽減できるかもしれない。
そんなことを考えながら昇降口を抜け校門へと差し掛かった時、僕は思わず足を止めた。
高校の堅牢な櫓門のすぐ脇。
一本の大きな桜の木下で、見知った人影が何やら揉み合っているのが見えた。
「もぉーっ! 澪ちゃん、本当に可愛すぎ! 食べていい? お姉さんが食べちゃっていいかしら!?」
「や、やめてくだひゃい……蓮見先輩っ! ……く、くるひい……っ!」
そこには、僕の妹である相澤澪を、まるで愛しのぬいぐるみか何かのように背後から力一杯抱きしめている蓮見先輩の姿があった。
先輩は何やら熱っぽい表情で、嫌がる澪の柔らかい頬に自分の頬を擦り寄せながら、妹の胸を揉みしだいている。
対する澪は、鬱陶しそうに手足をバタつかせながら、必死に抵抗していた。
「あ、相澤くん! 奇遇ね! 見て、澪ちゃんがあまりにも可愛いから、このまま私の妹にしちゃいそうよ!」
僕の姿を認めるや否や、先輩はさらに力を込めて澪の腰を抱き寄せ、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
僕は小さく溜息を吐いてから、二人の元へと歩み寄った。
「うちの両親に訊いてみないことには何とも言えません。一旦保留でいいですか?」
「お、おにーちゃん! じょーだんは、いいから……だじゅ、けて……っ!」
先輩に後ろから抱きつかれた澪が、こちらに助けを求めるために手を伸ばしてくる。
「い、意外と余裕なのね!? でもその余裕、いつまで持つかしらね? ……ほら、見て。澪ちゃんもこんなに喜んで、私の妹になりたがって――」
「よろこんで……ないれふ。おにぃーぢゃん、はやく、たじゅけて……」
澪がもう限界のようなので先輩の腕の隙間に腕を差し込み、妹を引き剥がした。
「ひっ……ふぅ、死ぬかと思った……」
僕の背後に隠れ、制服の裾をぎゅっと掴む我が妹。
彼女は先輩を警戒するように、まるで背中の毛を逆立てて威嚇する子猫のように僕の背後から先輩をじろりと睨みつけている。
「……キミは冷たいわね、相澤くん。せっかく澪ちゃんと仲良くなろうとしてたのに」
先輩は乱れた髪をさっと整えると、再び完璧な生徒会長の顔になった。
「ねぇ、これから一緒に帰らない? 今日は新学期が始まったばかりだから生徒会の仕事も溜まってないの。もし一緒に帰ってくれたら、お姉さんが澪ちゃんに美味しいアイスを奢ってあげちゃう!」
アイスで僕の妹を買収するという、ちょっと狡い手段を使ってくる先輩。
「アイスなんていらないです。……お兄ちゃん、早く帰ろ? 帰って対戦ゲームしよ?」
澪は唇を尖らせながら、僕の腕を引っ張る。
背後からは、先輩は地団駄を踏みながら、「待ちなさいよ!」「話はまだ終わってないわ!」「澪ちゃん、もう一回抱っこさせて!」という、完璧な生徒会長のイメージとは程遠い、一人の幼い少女のような必死の叫び声が聞こえてくる。
僕はそんな先輩の声を背中に受けながら少しだけ心苦しくも、これは先輩と共に闘う上で必要な選択だと、静かに噛み締めた。▽
次回投稿まで少し間が開きます。11月頃を予定しております。
不定期投稿にも関わらず、ここまで読み続けてくださり、本当にありがとうございます。嬉しいです。想定よりも読まれていることに驚きました。ハーメルンでの投稿は初めてなので、もっと見向きもされないものかと...。
最初にお伝えしたとおり、12月からカクヨムコンに挑戦するため、カクヨムの方でも応援いただけると嬉しいです。