結論から言うと、俺の肉体は女になったらしい。
迷宮都市の不人気ダンジョン。最近の俺たちはそこを稼ぎ場にしていた。
俺とカイはコンビでダンジョンに潜る冒険者で、頭数が必要なダンジョンには不向きだ。最近の稼ぎ場であるここは、不人気の理由が出現モンスターのキモさでしかないから、そこさえ気にしなければいい狩場だった。
「女なら『きゃ〜こわ〜い』とか言って密着してくれるのに」
俺のコンビ相手、カイがそんなことを呟きながら向かってきた人間大の虫型モンスターを斬り捨てる。
「そんな軽口叩けるレベルのキモさじゃなくね。密着した結果虫の体液まみれになるぞ」
「エロいじゃん」
「キモ……」
「虫が?」
「お前が」
俺たちはそんな会話をしながら、倒したモンスターから魔石を回収する。ダンジョンのモンスターはしばらくするとダンジョンに吸収されるから、回収するのは魔石だけでいい。外の魔物退治と違って楽だ。
魔石をマジックバッグに収納する。これは最近背伸びして買ったやつだ。見た目よりたくさんのものをしまえる優れもの。
「魔力は?」
「まだ余裕。先行くぞ」
カイの返事を待たずに歩き出す。俺とカイは長年コンビを組んでいるから、まあ阿吽の呼吸ってやつだ。
ここは不人気とはいえ簡易的な地図くらいは出回っている。地図を確認しつつ、更なる深層を目指した。
「……ん?」
「ニコ、どうした」
地図を片手に探索していたところ、地図にない小部屋を発見した。中は明かりがなく、暗そうだ。
「ここ、地図にない。……入るか?」
「当然」
俺の確認にカイはさっさと小部屋に入ってしまう。
待てよ、と追いかけた。
「この部屋の情報で……まあ小遣い稼ぎくらいにはなるか」
カイは金勘定に勤しんでいて、入り口から一歩入ったくらいのところで部屋を見回す。
遅れて部屋の中を確認した俺は、何か光るものを見つけた。目を凝らす。
「なあカイ、あれ」
「んー?」
俺が指し示すと、カイは頷いた。
「確認してこい」
「なんで俺が。お前が行けよ」
「男は肉壁になってなんぼ」
カイが俺を蹴り飛ばす。俺はたたらを踏んだ。
「あっ……ぶね! 変なとこ踏んだらどうすんだよ!」
「そんときはそんときだな」
しれっとそんなことを言うカイ。俺、なんでこいつとコンビ組んでるんだっけ……なんて気分になりつつ、足元を確認する。
「……魔法陣?」
足元で光っていたのはデカい魔石みたいだった。中央に魔石があって、その周りに魔法陣。つまり、魔石は魔法陣のエネルギー源。脳内が高速で回る。
魔法陣を読む。肉体。変異。恒常。そんな文字列が見えた。
「……やべぇかも。カイ、これ——」
俺が言い終わる前に、魔法陣が発動した。俺の足が発動に関する呪文の部分を踏んでしまっている。
「……ニコ!」
カイの焦った声が聞こえた。おせーよ。
明転。魔力の奔流。
光が収まったとき、まず思ったのが——。
「……生きてる?」
ということだった。肉体変異とか書いてあったから、てっきり虫モンスターに変えられるのかと思ったが、俺の手足は四本のままだし、声だって出た。
「……ん?」
声だって出た、んだけど。なんか変か? 気のせいかもしれないが、なんか気持ち高い気が。
「……ニコ」
カイが呆然と呟いたのが聞こえた。
そうだ、こいつには一言文句言ってやらねえと。一歩踏み出す。
「お前なあ! お前が蹴ったせいで魔法陣が起動したんだぞ、反省し……ろ……?」
なんか一歩が小さくね? てかやっぱ声高くね?
……ん? なんか、カイがでかい気が——。
「ニコ、お前……、下、見てみろ」
「下ぁ?」
視線を下げてみる。下なんて見ても地面があるだけだろ。
布が胸部の何かに押し上げられている。俺は後衛職だから、仰々しい鎧なんかは着ていない。魔術で耐久性を上げたローブが膨らんでいて。
むんず。ふにゅ。
カイに胸部の膨らみを掴まれた。俺ももう片方の膨らみを掴んでみる。ふにゅ。やわらかい。
カイが力を込める。
「痛いんだけど」
「あ、悪い……」
カイが手を離す。
「…………ぇぇぇええええええええええ!?!?!?」
遅れて俺の叫び。カイが慌てる。
「おい、モンスターが集まるだろ!」
「ぁ、ごめ……」
いや待て。俺の胸部に掴むと痛い謎の膨らみがあるんだが。
——脳は答えを見つけかけていた。でも俺は理解を拒否していた。
——結論から言うと。俺の肉体は女になったらしい。
身体はルーティーンとして、機械的にダンジョンから撤退していた。カイと合わない歩幅には違和感しかなかった。被っていたローブは袖から手が出ないくらいにはブカブカになっていた。
その足で治療院に行く。迷宮都市の治療院は欠損、呪い、なんでもござれのエキスパートだ。きっとなんとかなると思った。
俺の番が来て、経緯を説明する。俺を見て治癒師が言った。俺の隣のカイが、女と見れば一言口説かずにいられないカイが無言なのが怖かった。
「あー……。無理ですね。魂の形から変異が起こってます」
「魂……から……」
復唱する。口だけが勝手に動いたみたいだった。
「元に戻るなら、同じくらい高度な魔法陣をもう一度踏むしか」
治癒師の言葉が重く俺の中に積もる。
俺だって魔術の一端を嗜んでいる。あの魔法陣がどれほど高度かは理解しているつもりだ。理解できてしまうから、現実が見えてしまう。……つまり。
「も、戻れない……ってことですか」
膝の上でぎゅっと拳を握った。頼りないくらい小さな手だと他人事のように思った。
カイは何も言わなかった。
とりあえず拠点にしている安宿に戻る。ここは二人部屋が安くて、雑魚寝しなくていいから気に入っていた。
寝台に座って黙り込む。
扉に身体を預けて立つカイが口を開いた。
「……お前、女になったんだな」
ずっと考えていたんだろうか。そのことについて。
「……何だよ。笑うのか」
脳内ではいろいろな計算が行われていた。カイにコンビを解消すると言われたら。そもそも俺はこれまで通りダンジョンに潜る冒険者としてやっていけるのか。
「笑わないよ。俺、女には優しいの。知ってるだろ」
「……俺は俺だ。女じゃない」
「ニコちゃんはそのつもりかもしれねーけどさ。現実的に」
「そもそも、お前のッ……!」
お前のせいだろ、と胸ぐらを掴んでやるつもりだった。けど届かない。さっきまで同じくらいの目線だったカイを、俺は見上げる立場になっていた。
いつも並んでいたはずの親友の反応が怖くて、カイの表情すら窺えない。俺は惨めだった。
「……ちょっと頭冷やしてくる」
部屋を出ようとした俺の手首をカイが掴む。
「なんだよ」
「ニコ、迷宮都市は治安が悪いんだ、一人だと危ない」
カイの言葉すべてが俺の神経を逆撫でする。
「……うっせー! この女好きのヤリチンの性病野郎が! 俺に触るなバーカ!」
俺はそう叫んで、カイの手を振り払った。そのまま部屋を飛び出す。
「……ニコ、俺は……」
だから、カイの呟きは聞こえなかった。
迷宮都市。孤児だった俺とカイが育った場所。
俺たちが夢を見て、夢を追った場所。
俺はこの街を知っているつもりだった。
「やめてください……」
「いいじゃん。姉ちゃん、一晩相手してよ」
「お、俺は冒険者なので、そういうのじゃ」
酔っ払ったおっさんが俺の肩を掴む。
酔っ払いのあしらい方なんてわかっている。相手にしたらいけない、毅然とした態度をとらなければ。
わかっているのに、身体が震える。手に力が入らない。
「……ニコ!」
俺とおっさんの間に割り込んでくる姿。カイだ。
そんなこと思いたくないのに、助かった、なんて思ってしまった。
「ニコ」
おっさんを追い払って、人でざわめく路地をカイと並んで歩く。
カイは遠慮のないやつだから、「だから言っただろ」とか、「ニコちゃんは危機管理がなってない」とか、いろいろ言われると思った。事実、カイが言った通り俺は絡まれて、その上一人では対処すらできなかったんだから。
でも。
「帰ろ」
カイはそれだけ言って、俺の手を引いた。
俺が変わったことより、それが。俺の心を傷つけた。
本編13話+エピローグ+番外編の全15話です。
完結まで毎日21時更新予定です。
よろしくお願いします。