——今の俺なら、カイに置いていかれない
——師匠、俺、『魔術』を選ぶ
——けっこんしないの?
——一生一緒だよ、なにせ相棒だからな
いろんな言葉が浮かんではじけた。点と点がつながって線になりかけて、途中でぐちゃぐちゃになっていく。
てか結婚ってなんだよ。結婚しなくても一生一緒って何?
あの時はその後の『俺にこれを言われて落ちない女はいない』発言に気を取られてたけど、何?
結婚とは。
いつ死ぬかわからない冒険者が、地味に推奨されている契約行為。未婚の冒険者が死んだ場合、遺体や遺品を回収できたならそれらは基本的に故郷に送られる。協会は冒険者の出身地の情報も把握してるからだ。だが既婚の冒険者の場合は違う、配偶者に手渡されることになる。
だから協会は言う。人に遺したいものがあるのなら結婚したほうがお得ですよ、と。
それ以外で言うと、結婚の特徴って。一緒に住んで、財産を共同で管理して、ずっと一緒の約束をして。
……ん? それって今の俺とカイの関係と、何が違——。
っとあぶねえ! なんかやべえこと考えるとこだった! なんかもう二度と戻ってこれないところに送られるかと思った!
やめよう! やめやめ、変なこと考える日に考えごとなんかするもんじゃない。俺が頭を左右に振っておかしな考えを追い出していると、剣の手入れをしていたカイがこちらを見る。
「何暴れてんの、ニコ」
「……べつにっ」
俺はふんっとそっぽを向く。ついでに寝台の上であぐらをかいた。スカートも長いし、これくらいの姿勢はいいだろう。カイはちょっとだけ俺を見つめて、すぐに剣に視線を落とす。
静かな時間が流れた。……さっき考えたことが頭に残っている。だからだろう、普段は言わないし、触れないようにしていたことに触れてしまった。
「俺が死んだらさ、遺品は孤児院に行くと思うんだけど」
「は?」
カイの手が止まる。
「なんか欲しいのあったら取りに行けよ。先生にも言っとくし」
「……ニコ」
「ん?」
俺は想定される可能性の話をしただけのつもりだった。けど、視界に入ったカイは瞳を曇らせていて、
「お前が死ぬときは俺が死ぬときだから」
「……え?」
それだけ言って俺に背を向けた。剣の手入れをする音だけが響く。
まるくなって膝を抱える。
「ふーん……」
ちょっとだけニヤけた顔を隠した。それから空気を変えようとわざと明るく声を出す。
「なあ、お前のくだらねえ話が聞きたい」
「俺の話はいつでも高尚ですー、お前が理解できないだけですー」
背を向けたままでも、カイは応じてくれた。俺はそれが嬉しかった。
「嘘つけ。お前のアレがギガサイクロプス級とか吹かしてたときあったじゃん、ああいうの」
「はー……。ニコちゃんはわかってねえ。下ネタっていうのはな、孤独で、なんていうか救われてないと言葉にできないの。わかる?」
「わかんねー」
けらけら笑った。ちらっと見えたカイの口元も笑っていた。
☆☆☆
その日も、前日にダンジョンに潜っていたから休暇だった。最近は調子が良く、狩場にしている墓場ダンジョンにも慣れたしライバルも少なくていい感じだった。師匠と魔術戦をしたときに掴みかけた感覚は多少薄れてきてるけど、俺はいつか絶対あそこへたどり着ける。そう信じてさえいれば魔術は応えてくれる。そんな感じで俺は機嫌が良かった。
カイは冒険者協会併設の酒場で昼間から飲むと言っていた。あそこで飲んでるやつはいつの時間帯でも一定数いるから、顔を売るにはちょうどいいんだそうだ。……ついでに女漁りもしてるんだろうと思うが。
俺は支部長のおつかいでオーダーメイドの魔術具を受け取りに行った。そのまま、魔術具を支部長に届けるため冒険者協会へ足を運ぶ。
カイはまだ飲んでんのかな、なんて思いながら。
協会の入り口を開ける。この身体になってから何度もやっていることなので、もう違和感はない。
「なあカイ、ウチこいよ」
「カイなら歓迎するわ、ウチのヘボ剣士よりよっぽど強いし」
「ヘボいうな」
どっと笑い声。とっさにちょっと隠れる。カイがヘラヘラ笑いながら言ったのが聞こえた。
「行かないすよ、俺固定組んでんの知ってますよね?」
「あーあの魔術師くん? けどレベル違うじゃん、カイと」
どくん、と心臓。他人に触られたくない一番の場所をなぞられたみたいな感覚。
「最近見ないからさ、喧嘩別れでもしたのかなって」
「あー……」
カイが頬をかくのが見えた。あいつがごまかすときの顔で。
「まあいろいろあるんで。解散はしてないです」
「残念。カイならもっと上目指せるのに」
「ウチくらいの頭数いるとこだと複数パーティーで回すから。今度『塔』行くけどさ、お試しでもいいから」
『塔』、この迷宮都市で最も有名で、最も人が死んでいる未踏破ダンジョンだ。冒険者なら、誰だって一度くらい挑みたいのが普通だ。……俺たちはまだ実力不足だから、行ったことないけど。
——現象の規模的には『塔』の階層ぶち抜けるくらいの威力あることしようとしてたからねぇ!?
師匠と魔術戦をしたときの、支部長の言葉。
——俺はいつか絶対あそこへたどり着ける
……いつかって、いつだよ。浮かれていた気持ちに冷や水を浴びせかけられたようだった。
カイは現実として、『塔』に挑もうかとしているパーティーに誘われている。カイの実力はそこまで評価されているんだ。
それに比べて俺は何だ? いつかって何だ。今すぐじゃないと意味ないじゃないか。カイに置いていかれないなんて、俺の思い上がりにすぎない、そう思って唇が震えた。
それでも怖いのは、カイが引き抜かれることじゃなかった。カイが、……俺を。俺を選んでしまったらどうしよう。置いていかれたくないと思うのに矛盾している。けど本気だった。カイが俺のせいで、あいつの可能性を狭めていると自覚してしまったら、俺は。
前までは言い訳があった。女がらみでトラブルを起こすから、俺以外と組めないだろ、と。俺たちは二人でいる理由があった。けど。
「あー、いいっすわ」
「ええ?」
カイが酒を飲んで、真剣な顔で言う。
「ニコと行くんで。そのうち」
俺は走り出す。もうこの場にいられなかった。
息を切らして支部長室に駆け込んだ俺を、支部長はびっくりして迎えてくれる。
「どしたのぉ、お姉ちゃんのおつかい、そんな急がなくてもよかったのにぃ」
「支部長……」
「……ニコ、ひどい顔してる」
支部長が俺の顔をしっかり見て、真剣な表情で言った。
俺は黙ったまま、頼まれていた魔術具を取り出す。
「……帰る」
支部長が背後から「ニコ」と呼びかけていた。心の中で謝りながら、俺はそのまま背を向けた。気持ちがぐちゃぐちゃで、あの場から離れればちょっとは冷静になれるかと思ったけど全然だめだった。
支部長室を出る。
扉を出た廊下に、カイが立っていた。壁に背を預けて腕を組んでいる。酔っている様子はない。
「……なんで」
「お前の様子おかしいのが見えたから。どした?」
「……別に、お前に関係ない」
「んなわけないだろ」
カイが俺に近づく。俺は拒絶するみたいにカイの手を払った。カイはちょっとムッとした顔をして、逆に俺を壁際に追い詰める。
俺は壁に背をつけて、カイの手が俺の頭上で壁に置かれる。もう片方のカイの手は、俺の手首を掴んでいた。
最悪だ。俺は触られるのが嫌いなんだ、普段なら気持ち悪くて仕方ないだろう。事実、以前同じようなことをされたときは即座に金的をかましてやった。
けど、今はちょっと違った。見上げたカイの真剣な顔。俺の手首を一周する、カイの大きな手。カイがちょっと屈まないと俺と目が合わないような身長差。
「……ニコ、嫌がらねえの」
カイが意外そうに言った。嫌がる前提ならやるなよ、と思ったけどどうしてかカイの目が見られなくて俯いた。
「……離せ」
口だけの抵抗だ。本気じゃないのなんて、俺以上にカイがわかっただろう。
「やだね。お前、俺の話聞かねえし」
「話聞かねえのはどっちだよっ……」
心臓がバクバクしていた。他人に不本意に触れられているのに悪いバクバクじゃない気がするのが余計嫌だった。
カイがそのつもりならぶちまけてやる。そう思って息を吸った。
「行けばいいじゃん、『塔』」
「は?」
「いつかじゃなくて。誘われてんだから、今」
あーあ、言っちゃった。これでカイが頷いても首を横に振っても傷つくんだから、俺ってめんどくさい。最悪人間だ。
「なんで?」
「なんでじゃなくてさっ……、俺は!」
逸らしていた目を、意識してカイに合わせる。カイは本気で疑問に思っているみたいで、そのまっすぐな目に竦みそうになった。
「俺は……、俺のせいで、お前の可能性がなくなるのが、嫌なんだよ……」
言った。これも言っちゃった。
今日の俺はだめだ。情緒不安定だ。こんなのにカイを付き合わせて最悪。
最悪なら最悪ついでにもう全部言っちゃおう。そうしよう。俺は自暴自棄になっていた。
「俺だって、いつかは届く。そのためにこの身体のままでいるんだ、けどいつかはいつかなんだよ。それまでお前を付き合わせるのが耐えられな……」
カイがぐっと俺に顔を近づける。
「なあ、ニコ」
「……なんだよ」
「俺が同じこと言ったとき、お前なんつった?」
「は?」
「お前言ったよな、『俺は俺がなりたいから冒険者になった』『あの日誘われなかったとしたら、俺から誘ってた』って」
「……ぁ」
「俺がどんだけうれしかったかわかんねえの?」
泣きたいのは多分俺だ。けどカイのほうが俺よりよっぽど泣きそうな顔をしていた。
「……俺たち、お互いに選んでんじゃねえの。お互いのこと」
「う……」
「お前が女になってさ、いろいろぐちゃぐちゃになったよな。けど俺たちの関係ってそんなもんで揺らがないだろ」
そんなもん。そんなもん?
俺は事故で女になった。その後、一大決心でそのままでいることを選んだ。
それをそんなもんだあ?
カチンときた。
「……『そんなもん』じゃねえだろ。お前俺の胸とケツばっか見てんのバレてるから」
「は?」
「あと俺忘れてねえから。俺が初めてブラつけた日に俺の胸に」
「あれはお前がブラの付け方知らねえって言うから百戦錬磨の俺が教えてやっただけだろ!」
「女なら誰でもいいようなケダモノのカイくんにはこの繊細な心の機微がわかんねえかもだけど」
「だっ……れでもいいわけじゃねえし」
カイが俺の手首を掴む力を強めた。
「いっ……」
「あ、悪い……」
微妙な沈黙。
……て言うか顔近い。カイデカい。圧迫感ある。
俺は手を伸ばして——カイに掴まれてない方の手で——カイの顔を押しのける。
「近い」
「……」
女の俺の力ではカイはびくともしなかった。
「……誰でも、いいわけじゃないから」
「はあ?」
「……」
カイはいきなり顔を真っ赤にした。それからぱっと俺を解放する。突然解放された俺はたたらを踏んでカイの方に倒れ込んだ。
「わっ」
「っと……」
カイが俺の肩を支える。……まあ当然だな。支えてくれなかったら俺は顔面から床に衝突してるし。
それからお互い身体を離して黙ったまま、どちらからともなく歩き出した。
ミーニャお姉ちゃん「全部聞こえてたぞぉ♡」