あれからカイがおかしい。
それまで結構な頻度で見ていた俺の胸とケツを全然見ない。いや見られないのは快適でいいんだけど、ケダモノのカイが……? という疑念が拭えない。
ついに気遣いを覚えたか。という気持ちと、いやあのカイだぞ? 女になって翌日の俺に、紐みたいな服っていうか紐を買ってきたカイだぞ? それで俺たちのパーティー資金が金欠になったの忘れねえからな。
最近の狩場、迷宮都市北の墓場ダンジョンで狩りをしながら考える。二人の連携自体はいい感じで、よそごとを考えていても危なげがない。
一旦集まってきたスケルトンとゴーストを殲滅して一息つく。わずかに浮かんだ汗を拭った。
ちら、カイを見る。
……やっぱりおかしい。俺が汗を拭うときなんて、最近必ずガン見してきてたのに。どこ見てたかは知らん。腋とかじゃね? キモ。ローブに隠れてるはずだからさすがにそれはないか……。
「魔力は?」
カイが俺の魔力を確認した。俺は気を取り直して答える。
「余裕。ちょい奥進む?」
「んー……」
カイが剣の柄をもてあそびながら唸った。
「ここ不人気で、奥の情報ほぼないからな……。どうするか」
「金になるんじゃね、逆に。情報持ち帰れば」
「だろうけど、……んー」
「迷ってんなよ、行くぞ」
俺はカイを置いて進む。カイは「待てよ」とついてきた。
地下墓地の中を進む。現れるのはスケルトンやゴーストばかりで、俺が燃やすかカイが斬り捨てるかだった。
そんなだから、軽い雑談をする余裕もある。もちろん周囲を警戒して、小声でだけど。
「ダンジョンのさ、俗説あるじゃん」
と俺。
「どれ? いろいろあるけど」
カイが聞き返す。
「ダンジョンは冒険者の欲を見ているってやつ。欲に合わせたものを吐き出すって」
「あれか……」
「まあ俺は嘘だと思ってるけど。本当なら今ごろカイは女に爆モテ」
「いや既に爆モテだわ。舐めんな」
「あれって——」
「しっ」
カイが俺を制止する。それからハンドサインで指示。俺はそれに従って通路に身を隠した。
通路から頭だけ出してカイの視線の先を窺う。徘徊していたのは動く死体——いわゆるゾンビだった。
俺は顔をしかめる。あいつら臭いから嫌いなんだよな……。
ゾンビたちは広間みたいなところを徘徊しながら、その動きには規則性がありそうだった。カイはそれを観察している。
それからカイが俺を呼ぶ。俺は小走りでカイのもとへ駆け寄った。
「燃やせるか?」
「いける。けど、あいつらなんかありそう……」
「燃やしてから考えようぜ」
カイがしれっと言った。まあなんとかなるか、と思ったので俺はゾンビたちに向かって指を指す。魔力に指向性を持たせ、結果の現象としてゾンビは全員燃え上がった。
魔石の回収のため広間に入る。背後でガシャン、と扉が閉まった。
「はあっ?」
振り返る俺。カイが鋭く声を飛ばす。
「モンスターハウスだ」
「めんどくせっ!」
次々と現れるスケルトンとゴーストとゾンビ。それぞれの強さは大したことないけど、数の暴力ってのはすごい。特にこっちは二人だし。
「あーくそっ、カイ! 大技練る!」
「何秒!」
「三十でいい! 頼んだ!」
思い出せ、師匠と試合して掴んだあの感覚。魔力ってのは俺が思ってるより純粋な『力』で!
端っこだけど、確かに掴んだ。そう思った。
「カイ! いける!」
「了解!」
カイが道を開ける。俺はそのまま、『力』を解放した。
モンスターハウスってのは、引っかかると数の暴力で死ぬ可能性があるけど、反面凌ぎきれる冒険者にとってはおいしいトラップだった。散らばりまくった魔石を一つずつ拾いながら思う。
「だりー」
俺が思っても言わなかったことをカイが言った。
「言うなよ。余計だるくなる」
「……魔術で一箇所に集めて、ざっとマジックバッグに収納しようぜ?」
「それすると爆発するけど。魔術雑誌にも頻出のお笑い死因一位な」
「最悪」
黙って作業する。……ん?
「なあカイ」
「なんだよ。お笑い死因で死ぬの嫌なんだけど」
「じゃなくて、これ」
俺は見つけたものを指す。それは床にあった。カイが首を傾げる。
「なんだ? ……文字?」
「魔術文字、魔法陣とかに使われるやつ」
「読めんの?」
「任せろ、俺を誰だと思ってる」
「ニコちゃん。チビの」
「殺すぞ」
なんて軽口を叩きながら、魔石で埋まった床の文字を露出させていく。
「……んー」
唸る。床の文字はところどころ掠れていて——というか多分、これまでここで行われてきた戦闘の余波で削られて——読めない部分がある。
読めたのは、『肉体』『変異』『恒常』……って。
え? これ、俺がキモ虫ダンジョンのあの小部屋で踏んだ魔法陣に書いてあったのと同じ……?
視線を走らせる。ここにあるのは魔法陣ではない、ただ魔法陣の設計図とでも言えばいいのだろうか。これに魔力を流すなり、エネルギー源としての魔石を設置するなりしたって起動はしない。
あのときの一瞬では読めなかった文字列が読める。俺はかじりつくように解読する。
『魂』『最適化』『願望』
……それ以外は読めなかった。文法も古いし、言葉の絡み合い方が尋常じゃない。ついでに字も汚い。
……冷や汗が出る。
——お姉ちゃん的にはね。ニコちゃんが受けた魔術は、ただの性転換魔術じゃない
——むしろ、魂に合わせて肉体を最適化する術だったんじゃないかって思ってるの
俺の状態を見た支部長はそう言っていた。だからてっきりそうなんだと思っていた。支部長も太鼓判を押してくれた。俺の魂の形が女っぽいとかそういう次元の話じゃないって。魔法陣がどう判定したかは、実物を見ないとよくわかんないけどって……。
——ダンジョンは冒険者の欲を見ているってやつ。欲に合わせたものを吐き出すって
さっき自分で言った雑談の言葉が反響する。
つまり、俺があの魔法陣を見つけて、発動させたのって。ダンジョンが、俺の深層心理を暴いた結果ってこと?
「……ニコ? どうした、なんて書いてあんのこれ」
「……」
「おーい? ニコさん?」
「『肉体』『変異』『恒常』……、あと」
言葉を切る。言っていいものかどうかちょっと悩んだ。
「『魂』『最適化』、……『願望』」
「なんじゃそりゃ」
俺が断頭台に立つ囚人の気分で口にしたことを、カイはまったく意に介さなかった。
「チッ……」
「なんで俺舌打ちされてんの」
「わかんねーならいいわ。バカ」
俺は悪態をついた。カイは魔術的な素養に欠ける女好きのケダモノだ。俺の繊細な悩みなど理解不能なのだろう。
カイはそのまま頭上に「?」を浮かべていた。一生悩んどけバカ。
俺は可能な限りこの魔法陣の設計図をメモに残した。帰って支部長に報告しなければならないだろう。
ダンジョンからの撤退の間中、カイは俺の方を窺っていた。俺がなぜ機嫌を損ねたのかわからず軽口も叩けずにいたみたいだった。
☆☆☆
「え、大発見じゃんニコちゃん、すごぉい」
協会の支部長室で仕事をしていたらしい支部長はすぐに捕まった。俺は今日見つけたものを報告する。……ちなみにカイはいない。あいつには理解できないだろうし、聞かせるのはちょっと……恥ずかしい気がした。
「『願望』……ねぇ」
「なんであんなとこに魔法陣の設計図みたいなのがあったかは謎ですけど。読める文字からしても、俺が踏んだやつとかなり近いかなと」
「うーん……」
「……支部長?」
「あぁうん、ニコちゃんの読みは外れてないとは思う。けどね」
支部長が俺のメモの一点を指す。俺が解読できなかった部分だ。
「ここ。なんて書いてあるかわかる?」
俺は首を振る。
「……ニコちゃんが正確に写せてること前提だけどぉ……、この魔法陣、多分完成形じゃない。プロトタイプみたいな設計図だよ」
「なんでわかるんですか?」
「ここ、設計者のメモみたいなことが書いてあるの。『理論上これで発動できる。ただ求める規模に足りない。制約としての試練が』……これ以降読めないけど」
「……あー確かに。よく見たらそう書いてあるかも。字が汚すぎてわかんなかった」
「でしょ? あたしが察するに、この魔法陣に足りないのって」
支部長が視線をあげて俺を見る。そのあとなんか変な顔をした。
「……けどなぁ。汎用的な性転換魔術程度ならこんな大仰なことしなくていいもんねぇ。わざわざ読み取りに魂まで指定してぇ」
支部長があごに指をあてた。なんかやけに似合うからやめてほしい。
「この魔法陣の設計意図はわかんないけど、ニコちゃんが女の子になった理由はわかっちゃった」
ぎくり。目の前の姉弟子は俺のいちばん突かれたくない部分を突きにきた。まあこの話をここに持ってきた時点で避けられないとわかってはいたけど。
「……一応聞きます」
「うん、ニコちゃんも察してる通り。このプロトタイプに足りないのは、まず具体的な指向性だと思うの。発動者の願望と魂を読み取って、現実的な肉体改変としてどう実装するかっていう」
「はい」
「それからふたつめは設計者のメモにもあるけど……『試練』。制約抜きのこの設計図の範囲では、筋肉増量とか、輪郭がシュッとするとか、その程度の変化がせいぜい」
支部長が手に持ったメモを机に置く。
「そこからどんなブレイクスルーがあったかわかんないけど、ニコちゃんが発動させた魔法陣は」
「……はい」
「多分、発動者の周辺環境まで読み取るようにしてる。それから発動者の願望に『試練』っていう縛りを加えることでより大規模に願望を肉体に反映させてるね」
「……試練があると、なんで出力が上がるんですか」
「ちょっとぉ、魔術理論の基本だよ? 魔法陣っていうのは設置型の理論型なの。普段あたしたちが使う師匠流の魔術はだいぶ感覚派だけど、魔法陣は違う。達成の制約が厳しいほど起こせる現象の規模が大きくなる」
「つまり、俺が女になったのは……、俺の願望……と、俺の周辺環境を魔法陣が読み取って」
「うんうん」
「俺の願望を叶えるための試練が女になることで、だから結果として……ってこと?」
「多分ね。お姉ちゃんも長生きしたけどぉ、初めて見る魔法陣だしあんま自信ない♡」
ここまで俺を追い詰めといていきなり梯子を外すな!
俺は脱力した。支部長はご機嫌にツインテールをいじっている。
「師匠にも教えてあげよーっと。最終的にものを言うのは力よりパワーだぜ派だから興味ないかもだけどぉ」
俺を女にした魔法陣は、願望を叶えるための試練として俺を女に変えた。
そんな試練を課せられるような願望ってなんだ?
魔術師として強くなりたい——多分違う。結果として魔力回路を調律されて、そりゃ前より強くはなれてるけど、多分その程度の変化なら試練なんてなくても魔法陣は叶えられる。
冒険者として大成したい——おそらく……違う。冒険者としての大成は、俺の中で魔術師としてのそれとほぼ同義だから。
ちらりと浮かんで消えた顔があった。
……カイ。
カイに置いていかれたくない。男のまま、魔術師として強くなれたらそれがいちばんだった。だってカイは女にだらしないんだ、俺が女になったら毒牙を向けてきても不思議じゃない——。
——え? つまり、そういうこと?