宣言通り、数日冒険者協会で臨時講師のバイトをした。これも、この迷宮都市で生まれ育った故の縁の一つみたいなもんだ。
そろそろローブの丈の直しが出来上がる日だ。潜るダンジョンの選定もしないとな、と思いながら冒険者協会の建物内を歩いていた。今日はカイとは別行動だ。あいつが何をしてるかは知らん。
「じー……」
視線を感じると同時に声が聞こえた。……支部長だ。
「なんすか」
「ニコちゃん、ちょっとお姉ちゃんとお話ししよ?」
一応の姉弟子は有無を言わさなかった。そのまま支部長室まで引きずられる。
支部長室の向かい合わせになった応接用のソファセット。冒険者協会の血の気の多さに似合わない調度品は、支部長がお嬢様育ちなことをうかがわせた。
「ニコちゃんさぁ、そろそろミーニャお姉ちゃんって呼んでよぉ」
「やですけど」
目の前のソファに座る支部長——名をセレスミーニャと言う——は、自分の分だけ紅茶を用意してカップを傾けた。揺れる金髪のツインテール。ピクピク動く長い耳。支部長は変わり者のエルフだった。
「そんな話するのに呼んだんじゃないですよね」
「う〜ん……」
支部長は小首を傾げてかわいらしく頬に指を当てた。御歳ウン百歳のババアのくせしてやけに似合う——
「ババアじゃないよ?」
「……っす」
「お姉ちゃん。ババアじゃないから」
しかもこっちの内心を的確に当ててくる。厄介な姉弟子だ。
俺は居住いを正した。支部長が紅茶で唇を潤してから口を開く。
「人をやって調べさせたけど、あのダンジョンにそんな隠し部屋発見されなかった」
「……まじすか?」
「うん、大マジ。……でね、ニコちゃん。本題なんだけど」
支部長が俺を見る。その視線は俺のすべてを——魂まで見通すみたいだった。
「……やっぱり、おかしいよ。魂まで干渉する魔法陣が、ただ肉体の性別を変えて魔力回路まで最適化するだけ、なんて」
「……」
「ニコちゃんに利しかなさすぎる」
「……一応、女になって困ってはいますけど」
「社会生活上はね? あたし、今その話してないから」
支部長が言葉を区切る。
「お姉ちゃん的にはね。ニコちゃんが受けた魔術は、
前提からひっくり返るような言葉。けど俺は……どこかで予想できていたのか、案外冷静だった。冷静に支部長の言葉の続きを待っていた。
「むしろ、魂に合わせて肉体を最適化する術だったんじゃないかって思ってるの。ニコちゃんは、例の魔法陣からどんな文字を読んだ?」
「……俺が読めたのは、『肉体』『変異』『恒常』の三つだけです」
支部長は少し考え込むそぶりをみせた。
「う〜ん、肝心な部分は読めてないなぁ。ニコちゃんはまだまだ精進が必要だねぇ」
「……支部長」
「うん?」
俺の沈んだ声に、支部長は軽く答えた。
俺は、支部長の言ったことを考えて、自分にとっては認めたくない可能性が浮かんできたのを感じていた。聞くなら今しかないから、正直勇気を出して聞いた。
「魂に最適化したってことは、俺は……もともと女っぽかったってこと?」
支部長は茶化すかと思った。けど数百年生きた年長者として、若輩の俺を見守るみたいなあたたかい目で言った。
「……ううん。魂に性別がある、なんて単純な話じゃない。その魔法陣が何をどう判定したかは——実物の構成を見ないとなんとも言えないんだけど、ニコちゃんは確かにちゃんと男の子だったよ、あたしから見ても」
「……」
支部長の言葉が俺を少しだけ安心させる。男だった俺も嘘じゃないと、確信させてくれる。
「あと加えとくと、ニコちゃんは今精神的に不安定だから。いろいろ不安だと思うけど、お姉ちゃんでもカイでもいいから相談してね?」
「…………うん」
「ほんとに元に戻りたいなら、師匠にも連絡するし。……あたし的には、魔術師としてのニコちゃんは今のほうが大成するとは思うけどぉ」
「それは俺もそう思う」
「でしょ?」
支部長は頷いて紅茶を飲む。
……正直、魔術師としてなら、元に戻らないほうがいい。あれと同じレベルの魔法陣を用意しないと元に戻れないなら、そもそも現実的な話じゃないが。
「じゃあさ、今度こそほんとの本題ね?」
支部長がカップを置いてウィンクする。
「カイとはどこまで進んだぁ?」
「……は?」
「隠さなくてもいいよぉ。もともと二人のこと、あやし〜って思ってたからぁ」
「は?」
「……え、嘘。なんもないの? あんだけあたしを威嚇しといて?」
「威嚇……?」
おうむ返し。支部長は額に手を当てて呆れているみたいだった。
「……無自覚! 怖!」
「ガチでカイとはなんもないですよ、ただの相棒なんで」
「……え〜?」
支部長がおもしろいおもちゃを見つけたみたいに笑う。
「俺、あいつに口説かれてないし。そもそも女じゃないし」
「あたしもカイに口説かれたことはないなぁ。こんなにかわいーのに」
支部長は年齢じゃないすか、と思ったけど黙った。俺は学習する人間だ。けど察知されたっぽくてめっちゃ睨まれた。
「カイに変なことされたら教えてね? かわいい妹弟子に乱暴したやつはしばくからぁ」
「……うーん」
カイに変なことか。されないと思うけどな。
——数日前、壁際に追い詰められて顎を持ち上げられたことは忘れることにする。ていうかカウントしない。俺も金的したからノーカンな。はい論破。
支部長の話したいことはおおかた話終わったらしく、俺は解放された。結局最後まで、紅茶を飲んでいたのは支部長だけだった。俺は姉弟子のそういうところが苦手だ。
外に出る。まだ日は落ちていない。
帰りにローブを取りに行こう、と思いながら一歩踏み出すと、協会の壁にもたれかかっている長身の男がいた。ていうかカイだった。
「遅くね? 俺待ってたんだけど」
「あ……わり、支部長に捕まってた」
「……ふーん」
並んで歩き始める。カイが俺に手を差し出した。
「何?」
「荷物。持ってやるよ」
「……いいよ、別に。マジックバッグだし」
「俺は女に手荷物持たせない主義なの」
「……いや、いい。お前がパクるかもだし」
「そもそもパーティー資金で買ったやつだろ、お前に預けてるだけですぅ」
「おい、無理やり取るな!」
カイは俺の抵抗を無視してマジックバッグを手に持つ。取り返そうとすると、俺の手の届かない高さに持ち上げるという地味な嫌がらせまでしてきた。こいつ嫌い。
「支部長と何話してたんだよ」
ぽつりとカイが呟く。
……なんとなく、内容を打ち明けるのがはばかられた。
「……別に。身体のこととか」
これでうやむやにするつもりだった。けど、カイは「具体的には?」とか「魔術師から見てやべえ状況ってことか?」とか噛みついてくると思った。だから二の句を用意していたのに。
「ふーん……」
と、それだけ言って、カイは黙り込んだ。
ローブを取りに行くときも、カイは当然のようについてきた。けど無言だった。正直気まずい。
防具屋のおっちゃんに最終確認してもらって——他人に身体を触られるのは苦手だけど、我慢した。おっちゃんも仕事だしな——ローブを受け取る。これで明日からでもダンジョンに行ける。
「あ……、常設依頼でも確認しとけばよかった」
冒険者協会にはさまざまな依頼が寄せられ、それが張り出される。常設依頼とはその中でも期限がなく、いつでも募集している依頼のことだ。この間まで狩場にしていたダンジョンで取れる素材や魔石の依頼は把握していたけど、狩場を移すならまずそこを確認してから候補を出したいところだ。
「俺、確認しといた」
カイが言う。意外だな、と思った。カイはそういう細かいことを俺任せにしがちだったからだ。
「どこがよさそうだった?」
「北の墓場ダンジョン。炎効くし、お前向き。それか南東の森は俺が小回りきいて楽そう」
「森……は炎使いづらいんだよな」
俺は師匠の方針により一応オールマイティな魔術師だが、その中でも炎が一番得意だった。それ以外は正直一段落ちると言ってもいい。
「墓場行く? お前スケルトン平気だっけ」
カイがバッグをもてあそびながら聞いた。ちょっと考える。多分平気……とは思うんだが。
「……ゴーストは出ないんだっけ?」
「出る。ちょい深い階層からだけど」
「……一旦そこ第一候補で。正直、森に出る小さい虫も無理かもだし」
「あー。りょーかい」
かつての日常に戻ったみたいな会話。
けど決定的に違うものもあった。
俺はそれに気がつかないふりをしたし、カイだってきっとそうだった。