迷宮都市とはその名の通り、多くの迷宮——ダンジョンの利益で構成されている都市だ。この国、いや世界中の冒険者が一度は訪れ挑む場所。最も有名で最も多くの冒険者が帰らぬ人となったのは、未だ踏破報告がなく成長を続けているという別名『塔』というダンジョンだが、俺とカイみたいなコンビでは到底届かない頂だ。だから俺たちは不人気だが効率は悪くないダンジョンを主に選んで狩場にしていた。
……そう。今回潜ってみることにした都市の北にある『墓場ダンジョン』も、不人気ダンジョンの一つだ。俺はそれをすっかり忘れ去っていた愚か者だ。不人気ダンジョンには不人気の理由があるというのに!
墓場ダンジョンは、名前に反して外見はお城っぽい。外から見えるお城っぽい外観は幻影で、本丸は地下に広がるカタコンベらしいけど。
正直、雰囲気満点だった。
「……ニコ、行けるか?」
「いけ、いけ、行けるけど? 足とか震えてねえけど?」
「……」
「……」
無言。俺はカイの背を押した。
「お、男はさぁ!」
カイが不思議そうな顔をした。ぐいぐい押すけどびくともしない。俺の意思を汲めや。
「男は肉壁になってなんぼだろぉ!」
あの日、俺が魔法陣を踏んだ日にカイが言ったことをぶつけてやる。カイは思わずといったふうに笑った。
「……しょうがねえなぁ。ニコちゃんは怖いんだもんな?」
「うるせー黙れさっさと肉壁になれボケカス」
「怖……」
かくして俺は、肉壁をゲットしたのだった。やったぜ。
予想に反して、墓場ダンジョンの内部は地下墓地のくせにそこまでじめっとしていなかった。ついでに怖くもなかった。なぜなら、
「汚物は消毒じゃああああ!」
俺の火炎放射魔術が火を吹く。物理的に。
スケルトンたちは魔石だけ残して皆灰になる。カイの出番などない。
「……ニコ、魔力気をつけろ。ぶっ放しすぎるなよ」
「この身体になってから魔力効率爆上がりの魔力貯蔵量爆上がりだよ! 今までの俺と同じと思うな!」
「さいですか……」
俺たちは調子良く進んだ。魔力を使う効率も上がり、空気中からマナを吸収する効率も上がった俺にガス欠などという概念はない。
初回の挑戦にしては少し深入りしすぎたか、というところまで来た。俺の調子としては全然まだまだ行けるし、カイも同じだろう。そう思って振り返る。
「ひょぇっ……」
カイの向こう側。いた。
ゴーストだ。
あいつはゴーストなんて名前だが実際に霊だとかいうわけじゃない。ただの高濃度魔力体だ。高密度に集まった魔力が可視化され、一個の生命体のような働きをしているだけだ。
脳内を高速でモンスター図鑑の文言が駆け巡る。
指を指して魔力に指向性を持たせる。脳内の俺の指示通りに、魔力はゴーストに対して現象を起こそうとして、
——ほんとに効くのか? 俺の炎が。
そんな疑問を持ってしまった。
魔力は術者の思考を如実に反映する。つまり、俺が『俺の魔法はゴーストに効かないかもしれない』と思っただけで、現実はその通りになる。
「っと……」
俺の魔術はゴーストに効かなかった。代わりに、得物の剣に薄く魔力を纏わせたカイがゴーストを一刀両断する。
「もうゴーストが出るとこまで来たか。……ニコ、調子悪いなら引き返すけど」
コロン、と実体化した魔石を拾いながらカイが言う。
「ぁ……ごめん、ちょっと余計なこと考えた」
「めずらしいじゃん。まあやっと肉壁の出番が来たってことか?」
からかい混じりのカイの声。俺は返事ができなかった。
冒険者としての冷静な俺が言う。『帰ったほうがいい。俺の認識を一度リセットするべきだ』
魔術師としての俺が言う。『まだ行ける。カイが斬れる敵なら、俺は燃やせる』
俺はごくりと唾を飲み込んで、言った。
「もうちょっと行こう。依頼の墓場草、もうちょっとのとこに群生地があるはずだし」
「俺も運動したいし、ニコはちょっと見てな」
「……うん」
素直に頷く。ここは意地を張るところじゃない。ダンジョンにいるんだ、一つ間違えば失うのは命だ。
そのまま少し進んで、常設依頼の墓場草を採取して一息つく。採取した墓場草をマジックバッグにしまいながら口を開いた。
「どうする? しばらくここを狩場にするか?」
「俺はいいけど、お前は。ごまかしなしで」
「……いける、と思う。お前が斬るとこ見てイメージも上書きした」
「よし。決まりな」
カイが俺の頭をぐしゃっと撫でる。
「やめろ」
「撫でやすいとこにあんだよ、お前の頭が」
ぐりぐり。女になって無駄に伸びた髪が視界に入る。
「やめろって。お前いつも言ってただろ、女は髪が命だから勝手に触るなって……」
「……あー。そうだっけ。悪い」
……なんかちょっとギクシャクした空気が流れた。
けど移動しよう、ということになって切り替える。俺たちは一応プロの冒険者で、自分の命を賭け金にしてダンジョンに潜っている。そこが切り替えられないやつは早晩死ぬからな。
ひとまず様子見の挑戦は終わりにして撤退する。帰り道はカイの剣技と俺の魔術のどっちも使ってみたけど、いけそうだった。ゴーストも焼き払えた。一安心だ。
俺の魔術の出力が上がっても、これまで磨いたカイとの連携は有効だった。……そもそも、カイは女関係さえなければもっと強いメンバーと組めるポテンシャルがあるんだから、ちょっと出力の上がった俺くらいには当然合わせられるのだ。
ダンジョンから出て、依頼達成報告のために冒険者協会まで行く。その間俺たちの間にはぽつりぽつりとした会話だけがあった。
「ガキのころさぁ」
「ん?」
「ニコが魔術師のお偉いさんに魔術教わって帰ってきたことあんじゃん」
「あー、師匠のな」
「あんとき、俺……」
そこまで言ってカイは首を振った。
「……あー、やっぱやめやめ。今のナシ。忘れろ」
「は? 気になるんだけど」
「ナシったらナシ」
人が多くなる通りに差し掛かった。そのままカイは沈黙する。
……ん?
カイの視線を追う。その先には、胸のでかい女冒険者。
「……うわ、キモ……」
「ガチでキモがるなよ。傷つく」
「勝手に傷ついとけ性病野郎」
「お前な、前から言ってるけど俺は一回も性病もらったことねえから」
「どうだか」
俺は足を早めた。早めたけど、カイとの距離はちっとも開かなかった。
カイは俺の歩幅に合わせて歩いてくれていたらしい。……ムカつく。
☆☆☆
その夜、俺は寝台に横になって考えていた。
支部長——姉弟子の言う通り、今の俺は前の俺より魔術師として先に進める。これまで結構独学だったところもあるし、一度師匠に見てもらいたい気がしてきた。
俺とカイは一度ダンジョンに潜ると少なくとも翌日は休むことにしている。なので明日は休みだ。
マジックバッグから紙とペンを取り出して、安宿の小さい机に座った。明日、支部長に師匠宛の手紙を渡そう。
「えーと、『拝啓師匠、お元気ですか。俺は女になりました』……唐突すぎか? 『セレスミーニャ姉弟子から聞いているかもしれませんが』……いや、支部長はそんなこと言わないか……」
俺が手紙の内容に四苦八苦していると、カイが部屋に戻ってきた。髪が濡れている。公衆浴場に行ってきたみたいだ。
「ん」
いつものように、カイが濡れた頭を俺の方に差し出す。俺もいつものように、魔術で温風を出して乾かしてやる。
あらかた乾いてきたころ、カイが俺の手元を見て不思議そうに言った。
「手紙? めずらしいな」
「ああ、師匠にな」
「……なんで」
「支部長にも言われたんだけど、今俺超調子いいから。師匠にも見せたいなって」
「……あっそ」
なぜか機嫌を損ねたらしいカイは「もう寝る」とか言ってさっさと横になってしまった。
「えぇ……」
カイ、俺、お前がわかんねえ……。
そんなことを考えながら、夜が更けていく。