拝啓、師匠。お元気ですか、ニコです。
突然ですが、俺は女になりました。物理的に。
セレスミーニャ姉弟子にも診てもらって、魔力の流れが超綺麗になった点で同意してます。
つきましては、師匠に一度お会いしたいです。
ご都合の良いときに、迷宮都市までお越しください。
かしこ
☆☆☆
「……よし。これでいくぞ」
書き損じがたくさん出た。けど師匠に宛てた手紙は完成した。一応魔術的に封をする。魔術師に宛てた手紙の礼儀みたいなもんだ、多分。
時刻は夜中。カイはすやすや夢の中だ。
俺もパッと自分に浄化の魔術を使って身綺麗にする。そしてそのまま夢の中へ旅立つことにした。
そして次の日。俺は手紙を持って冒険者協会に来ていた。ここ数日毎日のように来ているから、もう慣れたもんだ。
受付のお姉さんに会釈して、支部長室まで行く。この女の姿も職員の人たちにとっては見慣れたものになったようで、顔パスだ。
「支部長」
扉を開けると支部長が溶けてた。一度扉を閉める。
……気を取り直してもう一回開ける。今度は支部長用の偉そうな椅子に堂々座っていた。
「ニコちゃん、なぁに?」
「師匠に手紙出したくて。渡してもらえます?」
「え〜。元に戻りたいの? もったいなぁい」
「それも含めて報告したいんです。今の俺の魔力回路見たら大喜びしそうだし」
「……確かに。むしろ、なんで黙ってた、ってキレられるかも……?」
「でしょ。……頼めます?」
「おけおけ。お姉ちゃんに任せなさ〜い⭐︎」
☆☆☆
俺と師匠の話をしよう。
俺は迷宮都市の孤児院育ちだ。両親は迷宮都市でダンジョンに挑む冒険者だった、らしい。この都市の孤児院に入るような子どもはほとんどがそういう生まれだ。
同じ孤児院に、同時期に入ったのがカイだった。だから俺たちは昔馴染みの幼馴染で腐れ縁でもある。……と、それはいい。
師匠は迷宮都市に立身ではなく観光に来ためずらしいタイプの魔術師だった。世界的に名のある人らしいが、俺は偽名——あるいは別名——しか教えてもらってないので知らん。
都市の全路地を歩くぜ、みたいなよくわからん目的で徘徊していたらしい師匠に偶然出会って、それで戯れに魔術を教えられたのが俺だ。
「ニコというのか。惜しいのぅ、わしに整体の知識があればその回路を整えてやったというのに」
出会って、俺が名乗った直後に師匠はそう言った。
師匠は目の上で黒髪を切りそろえて、肩の辺りまで髪を伸ばした——俗に言うおかっぱ的な髪型の女児みたいな見た目をしていた。
師匠曰く東方の島国の伝統衣装らしい、キモノとかいう服を着て、師匠は口元を隠して笑う。
「ほほ、これも何かの縁じゃ。わしの弟子にしてやろう、ニコや」
「でし?」
「魔術を教えてやる。おぬしの将来に役立つやもしれんぞ?」
そのころから冒険者を目指していた俺は一も二もなく頷いた。……まあ、迷宮都市の孤児の目指すものなんてみんな同じだけど。
「わしのことはハナコと呼べ」
「……師匠!」
「……うむ、それもまたよし」
ハナコと名乗った師匠は、俺に魔術を教えてくれた。魔術の成り立ち、理論、そんなものを子どもにもわかるように、噛み砕いて。
俺はすっかり魔術に魅せられた。
ハナコ師匠とは一月ほど毎日会った。最初に師匠に出会った空き地に毎日通って、師匠は俺を待っていた。正直、人生で一番満ち足りていた時間の一つだ。
「うむ。その歳でなかなか筋が良いぞ、ニコ」
そう言って師匠は俺を吹き飛ばした。最後の数日は実戦形式で師匠と魔術をぶつけ合ったっけ。
……思い出してみれば、俺はあのセレスミーニャ支部長の師匠でもある、あの師匠と魔術戦をしたことがあるのか。我がことながら贅沢な。羨ましい、今の俺ならもうちょっといろいろ学べるのに。
最終日、師匠は同じくらいの目線の俺の頭に手を置いていった。
「今おぬしに教えられることはあらかた教えた。ニコよ、このわしの弟子であることを誇れ」
俺はぐしゃぐしゃに泣いた。鼻水垂らしながらうんうん頷いて、
「師匠っ……。行っちゃ、やだ……」
「ほほ、うれしいことを言うてくれる。なんならわしが引き取って育ててやっても良いのじゃが……」
ちらりと師匠は俺の背後に視線を投げた。
「……酷なことか。ニコや、精進せい」
師匠が何を見てそう言ったのか俺は知らない。ただ別れが悲しかった。
……なぜ俺がこう長々と師匠との思い出を思い返しているのか。実のところ走馬灯の可能性がある。
支部長に手紙を渡して、支部長がどうやってか師匠にそれを配達して、その直後支部長室に師匠が現れていた。マジで幻とかなんらかの魔術攻撃かと思った。
「久しいのう、ニコ」
そう口元を隠して笑う師匠は俺が子どものころに会った振りとは思えないほどそのままだった。身長は今の俺のほうがデカい。ギリギリデカいとかじゃないから。ちゃんとデカいから。
師匠は俺の頭のてっぺんからつま先まで舐めるように見た後、冒険者協会の模擬戦用の訓練場に移ろうと言い出した。
……そして。
「良い! 良いぞニコ! 滾るのぅ!」
俺は吹き飛ばされていた。そりゃ走馬灯も見るわ。
「ししょー、結界は壊さないでねぇ」
支部長が観戦しながらそんなことを言う。師匠は聞こえているのかいないのか、高笑いまでしはじめた。
俺は得意の炎を生み出す。炎は得意だ。得意だと思っているから、より得意になる。
俺の思考をなぞって、炎が師匠に襲いかかる。瞬間、師匠の魔術によって炎は霧散させられた。
「その程度か、ニコ! おぬしの身体ならまだ『先』があるはずじゃ!」
「っ……!」
魔力を編む。
想像しろ、信じろ。師匠がそう言ってくれた自分の力を。
——掴んだ。
直観的にそう思った。俺は魔力を『現象を起こすもの』として捉えすぎていたかもしれない。魔力は、もっと、純粋なエネルギー源で……!
師匠がバッと視線を上に向ける。師匠の口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。
「良い……! 良いぞ……!」
大仰な掛け声なんていらない。壮大なイメージもいらない。ただ、そこにあるのは『力』!
俺の魔力が形を得る前に、割って入るものがあった。俺の練り上げた魔力をちょうど打ち消すだけの魔力がぶつけられる。
「すとっぷ、すとーっぷ! 師匠、ニコちゃん、ここただの訓練場だから! それはさすがにだめ!」
「ちっ……、セレスミーニャめ、社会性なぞ身につけおってからに……」
師匠がさめざめと泣き真似をする。
「わしは散々教えたのにのう。魔術を極めるなら社会なぞ捨て去れと……。それを協会の支部長などになりおって」
支部長にとって師匠にそう小言を言われるのは日常なのか、支部長は師匠を無視して俺に駆け寄ってくる。
「ニコちゃん! 今自分が何しようとしたかわかってる!?」
「え、いや、なんかできそうだったから……」
「現象の規模的には『塔』の階層ぶち抜けるくらいの威力あることしようとしてたからねぇ!?」
『塔』。この迷宮都市における、最高難易度を誇る未踏破ダンジョン。……その階層を、ぶち抜ける?
「……うそだぁ」
「マジじゃ。あーあ、わしは見てみたかったのに。セレスミーニャが止めなければここ百年で最も興奮する瞬間になったのにのぅ」
「あーあー聞こえなぁい。師匠の寝言なんか聞こえなぁい!」
……師匠と支部長のいうことが本当なら、その魔力を寸分狂わず相殺してみせた支部長ヤバ。キモいまであるかも。
「ニコや。迷いは晴れたか?」
師匠が静かに言った。……迷い?
「おぬしはそのままで強くなれる、わざわざ元の肉体に戻さんでも」
師匠は十割善意で言っていた。男に戻れなくていいかも、という方に傾きかけた気持ちを、理性が止める。
「まず、質問いいですか。……師匠なら、俺を戻せます……よね?」
師匠の実力を確信した上での、質問というより確認。案の定師匠は頷いた。
「ああ。じゃが、それはたとえるならおぬしの肉体を再びぐちゃぐちゃに掻き回すような作業じゃ。できることならやりたくないのう」
「師匠……」
「あと、その魔力回路がおぬしに馴染めば馴染むほど元には戻せんくなるからの。今がギリギリ間に合うくらいの感じじゃな、これは」
「師匠!?」
それをはやく言って。マジで。
俺が混乱していると、師匠はさらに言った。
「あとわし、今実は超忙しくての。今すぐにでも戻らんと」
「も、戻らんと……?」
「最悪国が一つ減る」
「師匠!?!?」
師匠が俺の肩に手を置く。小さいけど、とてつもない力を秘めた手。俺は振り払わなかった。
「迷うな。社会性など捨てろ。ただ魔術の最奥を目指せば良いのじゃ」
「師匠、弟子にそれはないわぁ」
支部長がドン引きしているのが聞こえた。俺の中での姉弟子の評価が若干上がる。
「……でも師匠も、国の存亡に関わってるじゃないですか」
「む?」
「師匠も社会性、実はあるんですね」
俺の言葉に何を思ったのか、師匠はフッと笑う。
「……じゃからわしも、まだ求道者よ」
それから少しだけ考える。魔術を俺の思うままに操れるこの女の身体と、以前までの男の身体。比べてみる。
そりゃ背は男のほうがデカい。カイに見下ろされることもなかった。歩幅を合わせられることもなかった。けど、そうだ。
——そもそも、カイは女関係さえなければもっと強いメンバーと組めるポテンシャルがあるんだから
……俺はずっとカイに置いていかれることが怖かったんだ。俺なんか置いて、あいつが強くなるのが怖かった。
けど、今なら。今の俺なら、絶対にカイに置いていかれない。
「師匠」
「うん?」
「俺、……このままでいる。『戻れない』からじゃなくて、俺の意思で選ぶ。魔術を」
師匠はこれまで見たことがないくらいうれしそうに笑った。
……ほんとに、これで良かったのかな。ちょっとだけそう思う自分自身に、そっと蓋をした。