The Amazing Spider-Man 3: Shadow of the Kingpin 作:八二一
地上へ飛び出したスパイダーマンは、すぐに最寄りのビルへウェブを撃ち込み、そのままニューヨークの街並みを縫うようにスイングを始めた。
移動する間も、スマートフォンからは警察無線が流れ続けている。
『応援要請! 対象は高出力エネルギー兵器を所持! 近づくな! 繰り返す、近づくな!』
「エネルギー兵器?」
マスクの中で眉をひそめる。
「銀行強盗にしては物騒だな。」
その直後、遠くから大きな爆発音が響いた。ビルの隙間から黒煙が立ち上るのを見つけ、スパイダーマンはすぐに進路を変える。
「あっちか!」
ウェブを撃つ間隔をさらに短くし、一気に現場へ向かう。
近づくにつれて、街の様子は明らかに異常なものへ変わっていった。道路には何台ものパトカーが横転し、店舗のショーウィンドウは砕け散っている。信号機は根元から折れ曲がり、アスファルトには巨大な力で叩き割られたような亀裂が何本も走っていた。
「……なんだこれ。」
周囲の被害を確認した、その時だった。
バァン!!
目に見えない何かが凄まじい勢いで目の前を横切り、スパイダーマンが掴んでいたウェブを一瞬で断ち切った。
「うわっ!」
支えを失った身体が宙へ投げ出される。スパイダーマンは咄嗟に次のウェブを街灯へ撃ち込み、その支柱を軸に身体を回転させて勢いを殺すと、そのまま道路へ着地した。
「今の……ウェブが切られた?」
風に揺れながら落ちていくウェブの断面を一瞬だけ見つめる。
「衝撃波……?」
視線を上げると、通りの先で一人の大柄な男が警官隊と対峙していた。
全身を黄色い耐衝撃スーツで固め、その両腕には巨大な金属製ガントレットを装着している。
男が片腕を構えた。
ドンッ!!
空気そのものを叩きつけるような衝撃波が放たれ、一台のパトカーが横転する。警官たちは慌てて身を伏せた。
「応援だ!」
スパイダーマンの姿に気づいた一人の警官が叫ぶ。
「スパイディ! アイツはなんかすっげぇ兵器を持ってる! 気をつけろ!」
その忠告が終わるより早く、衝撃波で弾き飛ばされたパトカーが勢いよくこちらへ飛んでくる。
スパイダーマンは咄嗟に横へ跳び、車体をかわした。
「ご忠告どうも!」
直後、パトカーが背後の壁へ激突し、激しい火花を散らす。
スパイダーマンはウェブを使って男との距離を縮めながら、その姿を頭の先から足元まで観察した。
「やぁ、黄色い人!」
男はゆっくりとスパイダーマンへ向き直る。
「お前がスパイダーマンか。生で見るのは初めてだ。」
スパイダーマンは少し肩を落とした。
「そうなんだ。これでもNYじゃ有名人なんだけど。」
改めて黄色いスーツを眺め、少し考える。
「そういう君は……えーっと。ミスター・イエロー?」
自分で言ってから首を傾げる。
「……ダサいか。」
もう一度考え込む。
「ちょっと待って、いいの考えるから。」
だが、男に待つつもりはなかった。無言で拳を握ると、両腕のガントレットが低い駆動音を響かせる。そのまま一気に距離を詰め、スパイダーマンへ拳を振り下ろした。
スパイダーマンは慌てて後方へ跳ぶ。
「待ってって言ったじゃん!」
拳がアスファルトへ叩き込まれた瞬間、衝撃波が放射状に広がり、周囲の道路をまとめて砕いた。
「うわっ! パンチで飛ぶのって反則じゃない!?」
飛び散る破片を避けながら距離を取り直そうとしたところへ、男は間を置かず踏み込んでくる。
今度は横薙ぎの右拳だった。
スパイダーマンは上体を反らしてかわそうとしたが、巨大なガントレットの間合いをわずかに読み違えた。金属の拳が脇腹へ直撃し、その勢いのまま身体ごと横へ弾き飛ばされる。
「がっ……!」
道路を何度か転がり、駐車していた車の側面へ激突してようやく止まった。
一瞬、肺から空気が押し出される。
「……っ、痛っ……。」
スパイダーマンは脇腹を押さえながら身体を起こし、男のガントレットへ目を向けた。
「それ……見た目以上に重いな。」
男は何事もなかったように再び拳を構える。
「おとなしくしてろ!」
「無理!」
スパイダーマンは即答すると、まともな殴り合いを避けるようにウェブを撃ち、近くのビルの壁面へ飛び移った。
「殴られたら絶対痛いじゃん!」
男は壁に張り付いたスパイダーマンを見上げ、ガントレットを構える。
「だったら逃がさん。」
ドンッ!!
再び衝撃波が放たれる。
スパイダーマンはウェブを撃ってさらに高い位置へ逃れようとするが、その途中で衝撃波がウェブを捉えた。
バチン!
張られていたウェブが弾け飛び、スパイダーマンの身体が大きく傾く。咄嗟に近くの街灯へ飛び乗り、どうにか体勢を整えた。
「また!? それ、ウェブ切れるのか!」
男は初めて口元を緩める。
「その程度か。」
「いやいやいや!」
スパイダーマンは両手を広げた。
「裁縫みたいなテンションで言わないでよ! 僕のこれ、結構自信作なんだけど!」
男は返事の代わりに再びガントレットを向ける。
「それは悪かったな。」
ドォン!!
衝撃波が街灯を根元から吹き飛ばす。スパイダーマンは倒れる直前に街灯を蹴り、ビルの壁面へ飛び移った。
「謝る気ゼロ!」
そのまま壁を駆け上がりながら振り返る。
「じゃあ次はこっち!」
両手のウェブシューターから三本のウェブを連続して撃ち、男の両腕と足元へ絡みつかせる。
「はい、拘束完了――」
ドォン!!
男がガントレットを起動すると、絡みついていたウェブは衝撃波によって一瞬で千切れた。
「えぇ!? それも壊すの!? 便利すぎない!?」
男は何事もなかったようにスパイダーマンへ歩み寄ってくる。
「終わりだ。」
スパイダーマンは距離を取りながら後ずさった。
「うーん。全然終わる気しないんだけど。」
どう対処するか考えながら周囲へ目を走らせる。その時、視界の端に横転した給水車が映った。タンクから漏れ出した大量の水が道路一面へ広がっている。
スパイダーマンの表情が変わる。
「……なるほど。」
男がさらに距離を詰めてくるのを確認すると、スパイダーマンは突然背を向け、その場から逃げるように走り出した。
「逃げるのか。」
「うん! 逃げる!」
男はそのまま追いかける。
スパイダーマンは給水車の周囲を素早く駆け回りながら、道路や周辺の構造物へ何本ものウェブを撃ち込んでいった。
男は追跡に気を取られ、自分の足元を囲むようにウェブが張り巡らされていることには気づいていない。
「そろそろかな。」
十分に準備が整ったところで、スパイダーマンは最後の一本を横転した給水車へ撃ち込む。
そのウェブを両手で掴み、思い切り引いた。
横倒しになっていた車体がゆっくりと起き上がり、タンクから大量の水が男の頭上へ降り注ぐ。
「何――」
突然の水で男の視界が塞がれた。
スパイダーマンはその隙を逃さず真正面から飛び込み、両腕のガントレットへ至近距離から何重にもウェブを巻き付ける。
「今度は切れないよ。動くと余計絡まるタイプだから。」
男はすぐに衝撃波を放とうとするが、左右のガントレットが互いにウェブで固定され、腕を自由な方向へ向けることができない。
その間にもスパイダーマンは攻撃を止めず、両足から胴体へと次々にウェブを重ねていく。最後に男の身体と近くの信号機を繋ぐと、一気にウェブを引いた。
バシュッ!
男の巨体が宙へ引き上げられ、そのまま巨大な繭のような状態で信号機へ吊り下げられる。
何度も身体を動かして脱出しようとするが、周囲に張り巡らされたウェブが動きを封じ、どうにもならない。
スパイダーマンは肩で息をしながら、その姿を見上げた。
「ふぅ……。ミスター・イエローは保留。」
少し考えてから付け加える。
「もっといい名前考えとくよ。」
遠くから何台もの警察車両のサイレンが近づいてくる。
男は信号機へ吊り下げられたまま、なおも激しく暴れていた。ガントレットから火花が散るものの、何重にも巻かれたウェブはびくともしない。
「離せ!」
「ごめん、それ無理。」
スパイダーマンはまだ肩で息をしながら答える。
「今日は結構疲れたから。そのまま反省会してて。」
数十秒後、現場は到着した警察によって封鎖されていた。
強盗は数人の警官によって取り押さえられ、両腕のガントレットも鑑識の手で慎重に取り外されていく。
スパイダーマンは少し離れた場所から、その作業を眺めていた。
「ここまでの被害は久しぶりだ。」
声を掛けてきたのは、現場を指揮していたジョージ・ヒル警部だった。
スパイダーマンは壊れた街を見渡して苦笑する。
「ライノ以来かな。」
ヒルも同じように周囲へ視線を向けた。横転したパトカーや砕け散ったガラス、道路に刻まれた無数の亀裂が、たった一人の強盗が引き起こした被害の大きさを物語っている。
「落ち着いたと思ったんだが、そうでもないみたいだ。」
その時、一人の鑑識官が二人へ声を掛けた。
「警部! こっちを!」
ヒルとスパイダーマンは同時に振り返り、鑑識班が作業している場所へ向かう。
机の上には、先ほど強盗から取り外された二つのガントレットが並べられていた。
近くで見ると、その造りはさらに異様だった。表面は塗装すらされていない無骨な鉄色で、装甲には擦り傷や調整を繰り返した跡が残っている。兵器というより、まだ完成していない工業機械の試作品に近い。
ヒルはそれを見下ろしながら腕を組んだ。
「またオズコープ絡みか?」
スパイダーマンはガントレットへ顔を近づけ、装甲を指先で軽く叩いた。さらに露出した配線や内部構造へ目を走らせる。
「……いや。」
少し考えてから首を横に振る。
「違うみたいだ。」
ヒルが眉をひそめた。
「違う?」
「オズコープの設計思想には似てる。けど、そのままじゃない。」
スパイダーマンは内部の配線や各部品の配置を見比べながら、頭の中で構造を組み立てていく。
「誰かがオズコープの技術をベースに、独自に組み直してるみたいだ。」
「見ただけで分かるのか。」
スパイダーマンは軽く肩をすくめた。
「まぁね。ヒーローは色々詳しいんだ。」
ヒルは苦笑する。
「便利なもんだな。」
「仕事柄ね。」
スパイダーマンも少し笑ったところで、もう一度ガントレットへ目を向ける。
「そうだ。写真撮ってもいい? 僕も調べてみたい。」
ヒルは鑑識官たちと顔を見合わせる。
しばらく誰も答えない。
やがて、誰からともなく「黙っておこう」というように肩をすくめた。
ヒルはため息をつく。
「五分だけだ。」
「ありがとう。」
スパイダーマンはすぐにスマートフォンを取り出し、ガントレットをさまざまな方向から撮影し始めた。
全体が分かる正面や側面だけではなく、露出した内部構造やシリアルプレート、ネジの配置、配線の取り回しまで、普通の人間なら気にも留めないような部分を一つずつ記録していく。
ルーズベルト駅、地下鉄ラボ。
ピーターはラボへ戻ると、現場で撮影した写真をすぐにPCへ取り込んだ。モニターには、さまざまな角度から撮影されたガントレットの高解像度画像が並んでいく。
ホワイトボードには新しく紙を一枚貼り、そこへ大きく「UNKNOWN GAUNTLET」と書き込む。
ピーターはオズコープ製ガジェットの設計図をモニターへ表示し、その横へガントレットの写真を並べながら解析を始めた。
「オズコープ製なら、ここはこうならない。でも、この加工精度……個人じゃ無理だ。」
写真と設計図を何度も重ね合わせ、構造の共通点と違いを探していく。
「じゃあ、どこで作った?」
似ている部分は確かにある。
だが、同じものではない。
「誰だ……。」
しばらく考え込んだ末、ピーターは椅子へ座り直し、匿名科学コミュニティを開いた。
メッセージの宛先に「OTTO」と入力する。
ピーターは少し迷ったあと、キーボードを打ち始めた。
WebHead6688 [少し知恵を貸してもらいたいんだけど。]
送信。
そのまま椅子へもたれかかる。
「さて。天才先生は、何て返してくるかな。」
静かな地下鉄ラボでは、古い換気扇だけが低い音を立てて回っている。
ピーターはホワイトボードへ目を向けた。
ガントレットの写真。オズコープ製ウェブのデータ。そして、自分が開発中のウェブの設計図。
いくつかの点は見えている。
だが、それらはまだ一本の線には繋がらない。
「何かが足りない……。」
その時、PCから通知音が鳴った。
ピコン。
「おっ。」
ピーターはすぐに身を乗り出す。
返信は思った以上に早かった。
OTTO [写真を見る限り、加工精度はかなり高い。少なくとも個人レベルの設備では難しいだろう。]
ピーターは頷く。
「やっぱり。」
さらに画面を読み進める。
OTTO [ただ、この配線は妙だ。]
OTTO [出力を優先しすぎている。安全性をかなり犠牲にしているように見える。]
「なるほど……。」
ピーターは手元のノートへメモを取る。
すぐに次のメッセージが届いた。
OTTO [もし解析するなら、冷却機構から調べるといい。]
「冷却か。」
ピーターはすぐに返信する。
WebHead6688 [ありがとう。助かった。]
一度送信してから、もう一つ気になっていたことを書き加える。
WebHead6688 [ところで、この設計に心当たりはある?]
送信すると、数秒もしないうちに既読が付いた。
しかし、今度はなかなか返信が来ない。
チャット画面には「入力中」の表示が現れては消え、また現れては消える。
ピーターは画面を見つめた。
「……?」
しばらくして、ようやく返信が届く。
OTTO [すまない。]
OTTO [写真だけでは何とも言えない。]
OTTO [もう少し情報があれば分かるかもしれない。]
それだけだった。
ピーターはしばらく画面を見つめる。
「……変だな。」
技術的な質問には、いつも迷いなく答える。それなのに、設計者に心当たりがないかと尋ねた途端、明らかに返答が遅くなった。
「まぁ、知らないものは知らないか。」
ピーターは深く考えず、再びホワイトボードへ向かった。
冷却機構、電源、衝撃波発生装置。写真から想像できるガントレットの内部構造を組み立てながら、ホワイトボードへ式やメモを書き足していく。
作業を続けるうちに時間は過ぎ、いつの間にか地下鉄ラボには深夜の静けさだけが残っていた。
ピーターは開いたままのノートを前にし、ペンを握ったまま椅子へもたれかかる。そのまま眠気に耐えきれず、静かに眠り込んでしまった。
ジリリリリリッ!!
目覚まし時計の音に驚き、ピーターは椅子から飛び起きた。
「うわっ!」
慌てて時計を見る。
「やばい!」
ピーターは白衣を脱ぎ捨てるようにしてシャツへ袖を通し、ノートPCをバッグへ押し込む。そのまま地下鉄ラボを飛び出しながら叫んだ。
「なんで起こしてくれないんだよ、OTTO!」
もちろん、返事はない。
ESU。
ピーターは自転車を全力で漕ぎ、息を切らしながら校門までたどり着いた。
「はぁ……はぁ……。」
だが、目の前の門は閉ざされている。
よく見れば、いつもなら大勢いるはずの学生の姿もどこにもない。
ピーターはしばらく呆然と立ち尽くしたあと、スマートフォンを取り出して日付を確認する。
「……。」
数秒間、画面を見つめる。
「今日、休みじゃん。」
その場へしゃがみ込み、大きくため息をついた。
「徹夜明けでこれはキツい……。」
しばらく何もせず空を見上げていたが、やがて仕方なさそうに立ち上がる。
「……まぁ、せっかく来たし。」
静まり返ったキャンパスへ目を向ける。
「ラボでも使わせてもらおうかな。」
ピーターは苦笑しながら、誰もいないESUの構内へ歩いていった。