The Amazing Spider-Man 3: Shadow of the Kingpin 作:八二一
休日のESUは、平日とは別世界だった。
学生の姿はほとんどなく、広いキャンパスには蝉の鳴き声だけが響いている。研究棟の廊下も静まり返っており、歩くたびに自分の足音だけがやけに大きく聞こえた。
ピーターは研究室にこもり、数時間ほど作業を続けていた。前日に撮影したガントレットの写真を何度も見返し、気づいたことをノートへ書き込んでいくが、決定的な答えにはたどり着かない。
「……ダメだ。」
ペンを置き、大きく伸びをする。
「今日は集中できない。」
気分転換も兼ねて研究室を出て廊下を歩いていると、視界の端を小さな黒い影が横切った。
「……ん?」
目を向けると、一匹の黒猫が廊下の角で立ち止まり、じっとこちらを見ている。
「こんなところに猫?」
ピーターが近づこうとすると、黒猫は待っていたかのように軽やかに走り出した。
「あ、おい。」
猫は廊下の角を曲がり、そのまま非常階段へ向かう。ピーターもつられるように後を追った。
「待ってって。」
階段を降り、人気のない通路へ出る。
しかし、そこに黒猫の姿はなかった。
代わりに、一人の女性が壁にもたれ掛かっている。
白いブラウスに黒いパンツ。どこか見覚えのある後ろ姿だった。
女性がゆっくり振り返ると、ブルネットの髪が揺れた。
フェリシア・ハーディ。
ピーターはやはりというように苦笑した。
「……やっぱり君か。」
フェリシアは口元だけで笑う。
「あら。予想通りって顔じゃない。」
「黒猫が出てきた時点でね。」
ピーターは肩をすくめる。
「君、そういう登場好きでしょ。」
「そうね、嫌いじゃない。」
フェリシアは一歩近づき、ピーターを眺める。
「それより……休日に大学? お勉強ジャンキー?」
ピーターも笑った。
「君にだけは言われたくない。」
少し周囲を見回してから尋ねる。
「ESUにまで盗みに来たの?」
フェリシアは人差し指を唇へ当てた。
「企業秘密。」
「じゃあ僕に会いに?」
ほんの一瞬だけ、二人の間に沈黙が落ちる。
フェリシアはくすっと笑った。
「……それも企業秘密。」
ピーターはわずかに期待したような顔をする。
「期待した?」
「ちょっとだけ。」
「残念。」
フェリシアは悪戯っぽく笑う。
ピーターは研究棟の奥を指差した。
「ESUのセキュリティは堅いよ。特別製だからさ。」
フェリシアは軽く肩を回す。
「そうね。手間がかかったわ。」
ピーターは苦笑した。
「突破した本人が言うと説得力あるな。」
二人はそのまま並んで廊下を歩いていく。
恋人でもなければ、敵でもない。互いの正体を知り、警戒する必要もなく、むしろ互いを信用しきっている。どこか奇妙で、それでも自然な距離感だった。
しばらく歩いたところで、ピーターがふと思い出したように口を開く。
「そうだ。昨日の銀行強盗、知ってる?」
フェリシアは歩みを止めない。
「ニュースくらい見るわ。」
「ガントレットの男、ショッカーって名前になったのね。結構派手だったじゃない。」
ピーターはフェリシアの横顔を見る。
「何か知らない?」
フェリシアは少しだけ考えるような素振りを見せたあと、小さく笑った。
「知らない。」
一拍置いて付け加える。
「……と言ったら嘘になるかしら。」
ピーターは思わず足を止めた。
「やっぱり。」
フェリシアは振り返らない。
「でも教えない。」
「仕事だから?」
「仕事だから。」
再び短い沈黙が流れる。
フェリシアは前を向いたまま、小さく呟いた。
「一つだけ教えてあげる。『武器を撃つ人より、武器を売る人の方が、ずっと儲かる』」
それだけ言い残すと、そのまま歩き去っていく。
ピーターはその言葉を頭の中で反芻した。
「武器を……売る?」
顔を上げた時には、フェリシアの姿はすでになかった。
代わりに、通路の先ではさっきの黒猫が静かにこちらを見つめている。
「……なるほど。」
ピーターは苦笑しながら呟いた。
「君らしいヒントだ。」
フェリシアの残した言葉は、帰り道の間もずっと頭から離れなかった。
武器を撃つ人より、武器を売る人の方が、ずっと儲かる。
「武器商人……。」
自転車を走らせていたピーターは、その言葉に何かを思いつき、道端で足を止める。
少し考えたあと、小さく笑った。
「だったら、専門家に聞くのが早いか。」
数十分後。
ニューヨーク市警本部。
ジョージ・ヒル警部は自分の机に向かい、前日の銀行強盗事件についてまとめられた報告書へ目を通していた。
ショッカーの身元、被害総額、現場から押収された兵器。どの項目を見ても厄介な内容ばかりが並んでいる。
ヒルがコーヒーを一口飲もうとした、その時だった。
窓の外を赤い影が横切る。
ヒルは視線だけを窓へ向けた。
見えたのはほんの一瞬だったが、見間違えるはずがない。
「……来たか。」
報告書を閉じ、コーヒーカップを机へ戻すと、何も言わず部屋を出た。
市警本部・屋上。
重い鉄扉が開き、ヒルが外へ出る。
夕暮れの風が吹き抜ける屋上では、給水塔の上にスパイダーマンが腰掛けていた。
「やぁ、警部。」
「相変わらず高い所が好きだな。」
「景色がいいからね。」
ヒルは苦笑する。
「それで? 今日は何だ。」
スパイダーマンはいつもの軽い調子を少しだけ引っ込めた。
「昨日の銀行強盗。アイツ、誰からあの装備を手に入れたの?」
ヒルはすぐには答えず、日の沈みかけた街へ目を向けたまま口を開く。
「ショッカー本人は、最後まで仕入れ先を吐かなかった。」
そこで一度言葉を切る。
「だが、一つだけ分かったことがある。」
ヒルは内ポケットから一枚の写真を取り出し、風に飛ばされないよう指で押さえながらスパイダーマンへ差し出した。
写真に写っていたのは、一棟の高層ビルだった。
フィスクタワー。
スパイダーマンは写真を見つめる。
「フィスク……?」
少し遅れて思い当たる。
「……って、あのフィスクタワーの?」
ヒルは頷いた。
「他に誰がいる。」
さらに表情を引き締める。
「あいつは相当食わせ者だぞ。逮捕間違いなしの極悪人で、ニューヨーク裏社会の大ボスだ。」
少し皮肉を込めるように続ける。
「なのに、なぜか絶対に捕まらない。」
スパイダーマンは写真から目を離さない。
「証拠がない?」
「ある。」
ヒルは短く答えた。
「だが、証拠も証人も消える。逮捕状は出ないし、出ても取り消される。」
スパイダーマンは顔を上げる。
「……圧力?」
「そうだ。」
ヒルは真っ直ぐスパイダーマンを見る。
「この街は、あいつの金で動いてる。」
しばらく沈黙が流れ、遠くを走るパトカーのサイレンだけが聞こえていた。
スパイダーマンは写真を返す。
「ありがとう。ちょっと様子を見てくる。」
ヒルは即座に首を横に振った。
「飛び込むな。今のお前じゃ返り討ちだ。」
スパイダーマンは屋上の縁へ歩き、街の向こうに見えるフィスクタワーへ目を向ける。
「……分かってる。勢いだけで勝てる相手じゃなさそうだ。」
そう言うとウェブを撃ち、夕焼けに染まるニューヨークへ飛び立った。
スパイダーマンは街の上をスイングしながら、フィスクタワーへ向かっていた。
やがて街の喧騒の向こうから、一際巨大な高層ビルが姿を現す。
フィスクタワー。
ガラス張りの外壁は夜景を映し出しながら、堂々とマンハッタンの空へそびえ立っている。その姿だけを見れば、巨大企業を率いる成功した実業家のオフィスビルにしか見えない。
スパイダーマンは向かいに建つビルの屋上へ静かに降り立つと、その場にしゃがみ込み、双眼鏡を取り出した。
「さて、と。どこまで本当なんだか。」
まず正面入口へ目を向ける。
昼間に比べて人の出入りは少ないが、その割には警備員の数が異様に多い。スーツ姿の男たちが耳にインカムを装着し、一定の間隔を保ちながら周囲を巡回している。
「警備会社にしては……。」
次に屋上へ視線を移す。
いくつもの赤いランプが規則正しく点滅していた。
監視カメラだ。
スパイダーマンは配置を確認しながら、死角になりそうな場所を探していく。
「一、二、三……。」
数える途中で、あまりの数に気づいて手を止めた。
「いや、多すぎる。」
通常の企業であれば必要とは思えない場所にまで監視カメラが設置されている。
さらに双眼鏡を動かし、搬入口へ目を向けると、大型トラックが一台中へ入っていくところだった。
作業員たちは木箱を荷台から降ろしているが、その動きには妙な慎重さがある。
「……妙だ……。」
普通の荷物を扱っているというより、危険物か武器でも運んでいるような動きだった。
「普通の荷物じゃないな。」
双眼鏡の倍率を上げる。
木箱の側面には企業名も品名も記されておらず、管理番号らしき数字だけが刻まれている。
「完全に隠す気か。」
スパイダーマンは双眼鏡を下ろした。
「ここまで分かったなら……。」
改めてフィスクタワーを見上げる。
「中に入れば何か――」
その瞬間だった。
首筋をぞくりとした感覚が走る。
スパイダーセンス。
スパイダーマンは反射的に身体を低くし、周囲へ視線を走らせた。
狙撃手の姿はない。上空にドローンも飛んでいない。誰かと目が合った様子もない。
それでも、嫌な感覚だけが消えなかった。
スパイダーマンはもう一度双眼鏡を構え、今度はビルの最上階へ視線を向ける。
大きな社長室らしき部屋があるが、カーテンは閉じられていて中までは見えない。
その時、カーテンがほんのわずかに揺れた。
誰かがこちらを見ている。
そんな感覚があった。
スパイダーマンはゆっくりと双眼鏡を下ろす。
「気のせい……じゃない。」
もう一度、スパイダーセンスが反応する。
「ダメだ。」
一歩後ろへ下がる。
「このまま突っ込んでも意味がない。」
自分に言い聞かせるように呟く。
「フィスクを捕まえるなら、奴が言い逃れできないくらいの証拠が必要だ。」
最後にもう一度だけフィスクタワーを見上げる。
「待ってろ。必ず尻尾を掴む。」
ウェブを撃つと、赤と青の影は夜の街へ溶け込むように飛び去っていった。
地下鉄ラボへ戻ったスパイダーマンは、マスクを脱ぎながら大きく息を吐いた。
「ふぅ……。」
ピーターへ戻ると、そのままホワイトボードの前へ立つ。
そこには、オズコープ製ウェブのデータシートと、自作ウェブの設計図が並んでいた。
ピーターはショッカーとの戦いを頭の中で振り返る。
衝撃波によってウェブを切断されたこと。ガントレットの出力。そして、接近戦で金属の拳をまともに受けた時の重さ。
「オズコープ製は確かにクオリティは高い。」
ホワイトボードへ新しく「耐衝撃性 ×」と書き込む。
「でも、応用が利かない。」
さらに、その下へ「衝撃波で切断」と付け足した。
「やっぱり、自分で作るしかないか。」
しばらく考えていたピーターだったが、そこでふと何かを思い出す。
「あ。」
机の隅へ目を向けた。
「そうだった。ショッカーが出たから、試してないんだった。」
そこには、昨日作ったままの新しいウェブカートリッジが置かれている。
「忘れてた。」
ピーターは苦笑しながら手に取った。
「今度こそ。」
ピーターは地下鉄車両を降り、静まり返ったルーズベルト駅のホームへ出た。
一本の柱へ向かってウェブシューターを構える。
「頼むぞ。」
バシュッ!
新しいウェブが一直線に飛び、柱へ命中する。
ピーターはすぐにウェブを握り、思い切り引っ張った。
よく伸びる。
しかし、切れない。
さらに力を込めても状態は変わらない。
今度はホームの反対側へウェブを撃ち、勢いよく駆け出した。そのまま地下鉄車両を飛び越え、ピンと張られたウェブの上へ着地する。
それでもウェブは張力を保ったまま切れなかった。
ピーターの表情に、ゆっくり笑みが広がる。
「できた。」
もう一度ウェブを見つめる。
「これだ。」
そして、どこか嬉しそうに呟いた。
「ありがとう、OTTO。」
その日から、地下鉄ラボには再び活気が戻った。
ピーターは完成した新しいウェブを起点に、次々と新しい使い方を考え始める。ホワイトボードには新しい図面やアイデアが増え、机の上には失敗した試作品や千切れたウェブ、工具や薬品、飲みかけのコーヒーが積み重なっていった。
「これも作れるな。」
一度ペンを止める。
「いや、もっと面白いこともできるか。」
ピーターは再び図面へ向き直る。
「ウェブを飛ばすだけじゃもったいない。」
考えながらペンを走らせていくうちに、一つの形が見えてくる。
「まとめて撒けたら?」
小型の球状カプセルを描き、その内部へ圧縮したウェブを収める。着弾した瞬間にカプセルを破裂させ、広範囲へウェブを散布する仕組みだった。
「……いける。」
ピーターは図面を眺めながら名前を考える。
「ウェブグレネード……。いや、ウェブボムがいいかな。」
完成した試作品をホームへ持ち出し、柱の間へ放り投げる。
パシュン!
カプセルが破裂すると、圧縮されていたウェブが一気に広がり、周囲の柱や壁、床までを真っ白に覆い尽くした。
ピーターはその結果を見て、思わず笑う。
「おぉ。いいじゃん。」
ノートの試験結果へ大きく丸を付ける。
だが、そこで開発を終えるつもりはなかった。
「他にも……拘束用とか、ワイヤー代わりとか、衝撃吸収にも使える。」
次々に浮かぶアイデアをホワイトボードへ書き足していく。
「あと……あれも作れるか。」
地下鉄ラボには、その後も長い間、工具を動かす音が響き続けていた。
夜のニューヨーク港。
巨大な倉庫の高い天井には鉄骨が複雑に張り巡らされ、その上を一つの黒い影が静かに移動していた。
ブラックキャット。
黒を基調としたスーツが身体へ沿っている。身体の線こそ分かるものの、露出や装飾を目的にしたものではなく、特殊部隊の戦闘服から動きを妨げる厚みや余分な装備を削ぎ落とし、より軽量に、より身体へ密着するよう仕立て直したような印象だった。前腕と腰には小型の装備が収められ、顔も目元を覆う黒いマスクによって隠されている。
ブラックキャットは鉄骨の上へ身を伏せ、眼下の様子を観察していた。
倉庫内では、武装した男たちが次々と木箱を運び込み、クレーンや大型トラックが忙しく動いている。どこを見ても、普通の港湾倉庫とは思えない光景だった。
ブラックキャットは小型カメラを取り出し、男たちや木箱を何枚も撮影していく。
やがて一つの木箱の蓋が開かれ、中から見覚えのある鉄色のガントレットが姿を現した。
ブラックキャットは小さく息を吐く。
「……やっぱり。ただデータを買うだけな訳ないか。」
彼女が盗み出した技術は兵器へ転用され、そこからさらに外部へ売られようとしている。
キングピンは最初から、それを目的としていた。
必要な証拠を押さえたブラックキャットは、腰のポーチに収めた小型USBを確認し、その場を離れようとする。
その時、真後ろから声がした。
「お散歩かい? 黒猫さん。」
「っ!」
驚いて声を上げかけた瞬間、後ろから伸びた手が口元を塞ぐ。
ブラックキャットが目だけを大きく見開いて振り返ると、そこには見慣れた赤と青のマスクがあった。
スパイダーマン。
「静かに。」
耳元で囁いた直後、下にいた武装した男の一人が鉄骨の方へ振り向く。
二人は同時に身を伏せ、気配を消した。
数秒の沈黙。
男は何も見つけられなかったのか、そのまま作業へ戻る。
スパイダーマンはようやく手を離した。
ブラックキャットは深く息を吐く。
「……どうしてここが?」
スパイダーマンは答える代わりに、ブラックキャットのブーツの裏を指差した。
そこには、小さな黒いタグが取り付けられている。
「飼い猫には鈴を付けないと。」
ブラックキャットは靴底を確認し、呆れたように笑った。
「呆れた。最低ね。」
「ありがとう。」
「褒めてない。」
スパイダーマンは倉庫の中から視線を外さないまま尋ねる。
「どうしてフィスクなんだ? 他にも買い手はいたはずだ。」
ブラックキャットは苦笑した。
「いたわ。でも、彼が一番高値で買ったから。」
スパイダーマンは思わず彼女を見る。
「……それだけ?」
ブラックキャットは肩をすくめる。
「私は企業スパイ。依頼を受けて、データを盗んで、売る。それが仕事。」
少しだけ間を置いてから続ける。
「でも、まさか兵器にされるとは思ってなかった。」
眼下では、男たちがガントレットを木箱から取り出している。
ブラックキャットはその光景を見つめながら、わずかに目を伏せた。
「……責任は感じてるわ。だから、こうして証拠を探しに来てるの。せめて、どこへ流れているのかくらいはね。」
スパイダーマンはマスクの中で少しだけ微笑む。
「泥棒にしては律儀なんだね。」
ブラックキャットも笑った。
「企業スパイよ。肩書きは正しく使って。」
「それは失礼。」
その時、倉庫の中央で一人の武装した男がガントレットを腕へ装着し始めた。
隣では、研究員らしき男が何かを説明している。
ブラックキャットは小型カメラを構えた。
「性能試験かしら。」
スパイダーマンもその様子を見つめる。
「だろうね。」
やがてガントレットが低い駆動音を響かせながら起動し、内部を青白い光が走る。
男はゆっくりと腕を持ち上げた。
そこで、スパイダーマンは妙な違和感を覚える。
ガントレットの向いている先は、誰もいない壁でも、倉庫の入口でもない。
まっすぐ、自分たちのいる鉄骨を狙っていた。
「待って。」
ブラックキャットも異変に気づく。
「……あれ。」
男がゆっくり笑う。
同時に、スパイダーマンの首筋を嫌な感覚が這い上がった。
「まさか。」
次の瞬間。
ドォォンッ!!
放たれた衝撃波が一直線に鉄骨へ叩き込まれる。
「バレてた!?」
スパイダーマンとブラックキャットは反対方向へ同時に飛び退いた。
直前まで二人がいた鉄骨は轟音とともに折れ曲がり、火花を散らしながら倉庫内へ崩れ落ちる。
警報が鳴り響き、武装した男たちが一斉に銃を構えた。
「侵入者だ!」
「殺せ!」
「生け捕りにしろ!」
ブラックキャットは前腕の装備からワイヤーを撃ち出し、それを支点に身体を振って床へ着地する。
「最初から待ってたのね!」
スパイダーマンもコンテナの上へ飛び乗った。
「試射じゃない! 僕たちの公開処刑だ!」
四方から銃弾が飛んでくる。
スパイダーマンはウェブを使って射線を外しながら、倉庫全体へ目を走らせた。
「何人いるんだよ!」
ブラックキャットは銃弾を避けながらコンテナの陰へ滑り込む。
「見えるだけで二十人!」
「多くない!?」
その時、倉庫の奥で木箱が次々と開けられ始めた。
中には、先ほどと同じ鉄色のガントレットが何組も並んでいる。
武装した男たちはそれを次々と腕へ装着していく。
スパイダーマンの笑顔が引きつった。
「……うーわ。」
ブラックキャットも思わず絶句する。
「量産できるの?」
「それズルでしょ! ボスキャラ専用装備じゃないの!?」
次々に起動していくガントレットの駆動音が、倉庫全体へ低く響き始める。
スパイダーマンは自分の新しいウェブシューターへ一度目を向け、少しだけ笑った。
「仕方ない。」
腰の装備を確認する。
「じゃあ、こっちも新作のお披露目だ!」
男たちが一斉にガントレットを構える。
「撃て!」
ドォン!! ドォン!! ドォン!!
何発もの衝撃波が倉庫内を飛び交い、コンテナを吹き飛ばし、鉄骨を歪ませていく。
スパイダーマンとブラックキャットは左右へ散開した。
「左お願い!」
「了解!」
ブラックキャットはワイヤーを撃ち、コンテナの上を一気に駆け抜ける。その勢いのまま武装した男の首へ飛び蹴りを叩き込み、着地と同時にもう一人の腕から拳銃を蹴り飛ばした。
一方のスパイダーマンも、動きながら次々とウェブを撃ち込み、敵の腕や足を拘束していく。
しかし、その拘束は長く続かなかった。
男の一人がガントレットを起動する。
ドォン!!
衝撃波によって、周囲へ張られたウェブがまとめて吹き飛ばされた。
「うわっ!」
スパイダーマンは慌てて飛び退く。
「やっぱり普通のウェブじゃダメか!」
ブラックキャットも物陰へ滑り込みながら叫ぶ。
「数が多すぎる! しかも全員あれを持ってる!」
スパイダーマンは腰のベルトへ手を伸ばし、小さな球体を一つ取り出した。
ブラックキャットがちらりと見る。
「それは?」
「試作品。」
「アテになるの?」
スパイダーマンは笑った。
「もちろん!」
ガントレットを構えた男たちが、こちらへ向かって一直線に並ぶ。
スパイダーマンはタイミングを見計らい、球体を男たちの中央へ放り投げた。
「今だ。ウェブボム!」
球体が足元へ落ちる。
ほんの一瞬の静寂。
次の瞬間、カプセルが破裂した。
パシュンッ!!
白いウェブが爆発するように四方へ広がり、床や壁、コンテナ、そして周囲にいた男たちまでを一瞬で覆っていく。
「うわぁっ!」
「動け!」
「動けない!」
何人もの男たちがその場へ貼り付けられる。
ガントレットを起動しようにも、腕そのものがウェブによって床や壁へ固定され、照準を合わせることすらできない。
ブラックキャットはその光景に目を丸くした。
スパイダーマンは少し照れくさそうに笑う。
「どう?」
ブラックキャットも小さく笑った。
「採用。」
「やった。」
「あとで設計図ちょうだい。」
「それはダメ。」
「ケチ。」
二人は一瞬だけ顔を見合わせて笑う。
しかし、戦いはまだ終わっていなかった。
倉庫の奥には十人近い武装集団が残っており、その中央には一際大きな木箱が置かれている。
一人の男がバールを使って蓋をこじ開けた。
中から姿を現したのは、これまでのものよりはるかに大型のガントレットだった。その大きさと形状は、もはや腕に装着する兵器というより、戦車砲をそのまま人間用に作り替えたように見える。
スパイダーマンは思わず顔をしかめた。
「……まだあるの?」
ブラックキャットもため息をつく。
「在庫豊富ね。」
「フィスクは相当のやり手だね。」
スパイダーマンは拳を握った。
「じゃあ、全部不良在庫にしちゃおう。」
ウェブを撃ち、最後に残った武装集団へ向かって飛び出す。
ブラックキャットも同時に駆け出した。
二人は互いの動きを邪魔することなく、自然に役割を分けながら残る敵へ突っ込んでいく。
やがて最後の一人がウェブに絡め取られ、勢いよくコンテナへ叩き付けられた。
倉庫に静寂が戻る。
辺りには、ウェブでぐるぐる巻きになった男たちだけが転がっていた。
スパイダーマンは肩で息をしながら周囲を見る。
「終わった……かな。」
ブラックキャットも辺りを見回した。
「少なくとも、立ってる人はいないわ。」
その時、遠くからサイレンの音が聞こえ始める。
スパイダーマンは耳を澄ませ、倉庫の外へ目を向けた。
「警察だ。」
ブラックキャットは手にしていたUSBをポーチへしまい、ワイヤーガンを構える。
「私は行く。」
「じゃあね。」
スパイダーマンはあまりにあっさりと別れを告げた。
その様子がおかしかったのか、ブラックキャットの口元から笑みがこぼれる。
「警察に突き出さないの?」
スパイダーマンは彼女を見る。
「凄腕の企業スパイを捕まえられるのよ。手柄でしょ?」
スパイダーマンは首を傾げた。
「僕がそんなことしないって、君が一番知ってるくせに。」
ブラックキャットは一瞬だけ目を細める。
「……そうね。」
少し迷ったあと、腰のポーチからUSBメモリを取り出し、スパイダーマンへ向かって放り投げた。
スパイダーマンはそれを受け取る。
「……これって。」
「フィスクの取引の記録。上手く使いなさい。」
ブラックキャットはそれだけ言うとワイヤーを撃ち込み、そのまま夜の港へ消えていった。
スパイダーマンはしばらくその背中を見送る。
「またね。」
小さく呟いたあと、自分も反対方向へウェブを撃ち、倉庫を後にした。
ルーズベルト駅、地下鉄ラボ。
モニターには、ブラックキャットから受け取ったUSBに保存されていたデータがずらりと並んでいる。
ピーターはコーヒーを片手に、一つずつファイルを開いていく。
契約書、出荷記録、請求書。
「つまらないな。」
スクロールを続ける。
ほとんどは表向きには合法的な物流会社同士の取引に見える。
「さすがフィスク。表は綺麗か。」
別のフォルダを開く。
今度は武器の写真だった。
ガントレットやライフル、さらに見覚えのない試作品まで、さまざまな兵器が記録されている。
「これは……。」
ピーターは一枚の写真で手を止めた。
「やっぱり。」
そこに写っていたのは、ショッカーや港の武装集団が使用していたものと同型のガントレットだった。
撮影日は一週間前。
まだ塗装もされていない鉄色の試作品だ。
ピーターは画像を拡大し、背景へ目を向ける。
そこには作業台や工具、さらに白衣の袖が写り込んでいた。
「同じ場所か。」
別の写真を開き、さらに別角度の画像も確認する。
そして、その一枚を大きく拡大したところで、ピーターはモニターへ顔を近づけた。
写真の端に、白衣を着た人物の胸元がぼんやりと写っている。
ネームプレートらしきものも見える。
しかし、ピンぼけがひどく文字までは読めない。
「惜しい。」
ピーターは画像解析をかけ、AI補正やシャープネス、ノイズ除去を試してみる。
それでも文字は判別できなかった。
「ダメか。これじゃ読めない。」
今度は設計図のフォルダを開く。
そこには兵器のCADデータが何枚も並んでいた。
ピーターは内容を確認するうち、眉をひそめる。
「……設計者の名前がない。」
通常なら設計責任者が記載されているはずの欄が、どのデータでも削除されている。
「徹底してる。」
さらに確認を続けていると、一枚だけ削除し忘れたらしいデータが見つかった。
ピーターが開く。
そこに残っていたのは、ごく短いメモだけだった。
“主任確認済”
「主任……?」
ピーターは腕を組んだ。
「主任って誰だ。」
画面を見つめながら考える。
「フィスク本人とは別に、設計してる人間が居る。」
ホワイトボードへ向かい、新しく書き込む。
FISK
↓
???(主任研究者)
「この人を見つければ……。」
しばらく考え込んだところで、ピーターはPCの端に開きっぱなしになっている科学コミュニティへ目を向けた。
カーソルが点滅している。
OTTOに聞けば、何か分かるかもしれない。
だが、ピーターは少し考えた末に首を横に振った。
「いや。さすがにこれは聞けないか。」
技術について尋ねるだけなら不自然ではないが、犯罪に使われた兵器の設計者について直接聞けば、なぜそんなことを調べているのか説明が必要になる。
ピーターはブラウザを閉じた。
「まずは自力で調べよう。」
その時、スマートフォンが震えた。
ピコン。
画面を確認すると、送り主はジョージ・ヒル警部だった。
『例の件、少し動きがあった。時間があるなら署まで来い。』
ピーターはメッセージを読み返す。
「……動き?」
椅子から立ち上がり、ホワイトボードを見る。
FISK
↓
???(主任研究者)
「もう一歩か。」
マスクを手に取り、ウェブシューターを装着する。
「行ってみよう。」
地下鉄車両のドアを開けると、ピーターはそのまま外へ出た。
静かなルーズベルト駅には、遠ざかっていく足音だけが響いていた。
市警本部・屋上。
鉄扉が開き、ジョージ・ヒル警部が屋上へ出る。
給水塔の上には、いつもの赤と青の姿があった。
「待たせたか。」
「ちょっとだけ。」
スパイダーマンは給水塔から飛び降りる。
手には小さなUSBメモリを持っていた。
「これ。」
ヒルが受け取る。
「何だ?」
「フィスクの倉庫から。武器の出荷記録に取引先、顧客リスト、兵器の設計データ。全部入ってる。」
ヒルは手の中のUSBを見つめる。
「……原本か?」
スパイダーマンはわざとらしく肩をすくめた。
「当然、コピー。」
一瞬の沈黙のあと、ヒルは思わず吹き出した。
「ズルくなったもんだな。」
「賢くなったって言ってほしいな。」
スパイダーマンは少し照れくさそうに続ける。
「もうboyじゃない。」
ヒルはその言葉を聞き、小さく笑った。
「違いない。昔なら全部持って帰ってた。」
続けて、USBを軽く持ち上げる。
「それで敵に気付かれて、証拠を消される。」
スパイダーマンは頷く。
「今回は泳がせるよ。向こうが気付いてないなら、その方が大きい魚が釣れる。」
ヒルはUSBをポケットへしまった。
「ステイシー警部なら喜んだだろう。」
その名前が出た瞬間、二人とも少しだけ黙る。
スパイダーマンは街へ目を向けた。
「……そうかな。」
ヒルは静かに頷く。
「ああ。君はちゃんと成長した。」
しばらく、屋上には夜風だけが吹き抜ける。
やがてヒルが口を開いた。
「こっちはこれを解析する。」
そこでスパイダーマンへ念を押す。
「だが、お前は動くな。フィスクは、まだ尻尾を見せていない。」
スパイダーマンは苦笑する。
「その顔を見ると、もう動くつもりなんだろ。」
「バレた?」
「付き合いが長い。」
二人は笑い合う。
ヒルは最後に、改めて真面目な表情を向けた。
「出来るだけ早く動けるようにする。だから、単独では動くな。」
スパイダーマンは首を傾げる。
「それは刑事としてのアドバイス?」
ヒルは短く答えた。
「人生の先輩として、だ。」