裏社会のジョーカー、現代ダンジョンで成り上がる ~世界最大の賭場に人生を賭ける~   作:パラレル・ゲーマー

10 / 11
第10話 一回勝てるなら、周回できる

 ゴブリン・シャーマンの身体が形を失い、無数の光の粒子となって薄暗い洞窟の空気に溶けていく。

 直後、隼人の身体の奥底から湧き上がった黄金色の光が、レベルアップというシステム上の祝福を告げていた。戦闘の疲労も、魔法の爆炎によって炙られた肌の熱さも、すべてがその光に包まれて完全に拭い去られる。

 

 隼人は荒くなっていた呼吸を整えながら、ロングソードの刀身を軽く振って汚れを落とし、ゆっくりと鞘に収めた。

 ARコンタクトの視界の端に、更新されたばかりのステータスが静かに点灯している。

 

【神崎隼人 / JOKER】

 Lv:3

 EXP:27%

 クラス:戦士 Lv.1

 

 HP:281/281

 MP:59/59

 未使用パッシブスキルポイント:1

 

 レベルが3に上がり、装備の補正とパッシブスキルの恩恵を受けた最大HPは281まで伸びた。レベルアップによって、戦闘で消耗していたHPとMPも完全に回復している。

 

 視界の端に固定している配信の視聴者カウンターは、いつの間にか700人という数字を叩き出していた。

 

『勝ったああああ!』

『レベル3ソロ達成おめ!』

『マジで昨日撤退したボス、一人で倒しきりやがった』

『早くドロップ見せろ!』

『鑑定!鑑定!』

『配当タイムだぞ!』

『何落ちたか見せてくれ!』

 

 滝のように流れる熱狂的なコメントの群れ。画面の向こう側にいる何百人もの観客たちが、勝者のみに許された果実の開示を今か今かと待ちわびている。

 隼人は小さく肩をすくめ、シャーマンが消滅した部屋の最奥、粗末な石積みの祭壇へと歩み寄った。

 

「さて」

 

 祭壇の前の岩床には、四つのアイテムがダンジョンの暗がりの中でそれぞれの魔素の光を放ちながら転がっている。

 隼人はその前にしゃがみ込み、口元をニヤリと歪めた。

 

「勝った後は、配当の確認だな」

 

 まずは、四つの中で最も強い魔素の光を放っている、ソフトボールほどの大きさの石に手を伸ばす。

 指先に伝わる、ずしりとしたガラスのような冷たい重み。拾い上げると同時に、ARコンタクトが即座に鑑定結果を空間に弾き出した。

 

 ====================================

【ゴブリン・シャーマンの大魔石】

 レアリティ:レア

 種別:魔石

 

 説明:

 ゴブリン・シャーマンの体内で形成された高純度の魔力結晶。

 F級魔石としては高い魔力密度を持つ。

 

 参考買取価格:50,000円前後

 ====================================

「五万、か」

 

 隼人はその数字を見て、低く呟いた。

 今日この洞窟に入って最初に倒した雑魚のゴブリンが落とした『F級魔石・小』は、買取価格1,200円だった。それと比べれば、文字通り桁が違う。

 

『五万きたあああ!』

『ボス魔石うめえええ!』

『アメ横の装備代、これ一個でかなり戻ったじゃん』

『今日の買い物の七割くらい一発で回収したぞ!』

 

 コメント欄の言う通りだ。

 隼人の頭の中で、即座に収支の計算式が回る。

 今日の朝、上野のアメ横で手札を揃えるために支払った投資額の合計が、72,000円。

 そして、この大魔石一個だけで、推定50,000円。

 差し引き、残り22,000円。

 たった一個のドロップ品で、初期投資の大半を相殺してしまったことになる。

 

 だが、配当はまだ終わっていない。床にはあと三つのアイテムが残っている。

 

 隼人は二つ目のアイテム――くすんだ赤い色をした、親指の先ほどの小さなジェムを拾い上げた。

 

 ====================================

【火球(ファイアボール)】

 レアリティ:ノーマル

 種別:アクティブスキルジェム

 タグ:スペル / 投射物 / 火

 

 効果:

 火球を放ち、着弾時に火属性ダメージを与える。

 

 参考買取価格:8,000円前後

 ====================================

 先ほどまで、目の前のシャーマン自身が鬱陶しいほどに連発してきていた魔法そのものだ。ボスドロップとしては非常に分かりやすい。

 

『ファイアボールだ!』

『ボスが使ってたやつじゃん』

『魔術師なら序盤の主力になるぞ』

『JOKER、マルチアカウント用に取っとけ!』

 

 コメント欄が、隼人の持つもう一つのユニークスキル《複数人の人生》の存在を指摘してくる。

 確かに、将来【魂の水晶】というアイテムを手に入れ、二つ目のアカウントを魔術師系のクラスで作成したとすれば、このジェムはそのまま主力として使える可能性はあるだろう。

 

 だが、隼人は一瞬だけ考えて、即座にその案を脳内から切り捨てた。

 

(二つ目の人生を作るための『魂の水晶』すら、まだ持っていない。それがいつ手に入るかも分からない)

(それに、いざその時が来たとしても、その頃にはもっと資金に余裕ができていて、上位のジェムが選択肢に入っている可能性が高い)

 

 今のこのレベル帯の、市場に行けばいつでも買えるようなジェムを、いつ来るかも分からない「将来」のためにインベントリで死蔵しておく意味は全くない。

 

『いや残せよ』

『マルチアカウント持ちなんだろ?もったいない』

『将来魔術師作った時に絶対使えるって』

 

「その“将来”ってのは、いつ来るんだ?」

 

 隼人の氷のように冷ややかな問いかけに、コメント欄が一瞬だけ沈黙した。

 

「俺は魂の水晶を持ってないし、二つ目のアカウントもない」

 隼人は【火球】のジェムを、売却用のポーチに放り込みながら淡々と言った。

「いつ使うかも分からない予定の立たないカードを、『手札』とは呼ばないだろ」

 

 ギャンブルにおいて、今この瞬間の盤面に影響を及ぼさないカード、資金に変換できない資産は、ただの死に金だ。

 今の彼には、インベントリの肥やしよりも、8,000円という現金の方が圧倒的に価値がある。

 売却、決定。

 

 三つ目。

 小さな金属色の球体。

 

 ====================================

【増強のオーブ】

 レアリティ:ノーマル

 種別:クラフト通貨

 

 効果:

 特性を一つしか持たないマジック等級のアイテムに、新しい特性を一つ追加する。

 

 参考買取価格:5,000円前後

 ====================================

 昨日、《万象の守り》を生み出したオーブとは別の、クラフト用のアイテムだ。

 

 当然のように、配信のコメント欄が沸騰した。

 

『オーブきたあああ!』

『天秤タイムだ!』

『JOKER、クラフトしろ!』

『また国宝作れよw』

『落ちてるワンドに使ってみろ!』『いや、そのワンドもう特性二つ付いてるだろ。増強は使えねえぞ』

 

 隼人も床に残っているワンドの表示へ一度視線を向けた。「後者が正解だ。あれにはもう二つ付いてる」《増強のオーブ》は、特性を一つしか持たないマジックアイテムにしか使えない。そもそも今回のワンドは対象外だ。

 だが、隼人はオーブを指先で無造作に転がしながら、画面の向こうの視聴者たちの熱狂を冷水で消し飛ばした。

 

「使わない」

 

『は!?』

『なんでだよ!』

『せっかくの国宝ガチャだぞ!』

 

「前は、俺の持つユニークスキルの仕様を確認するために、どうしても実験台が必要だった。だから使った。今回は、その必要がない」

 

 隼人はオーブも、あっさりと売却用ポーチにしまった。

 

「使える装備があったとしても同じだ。五千円という確定したチップを使って、今の俺に必要のない物を強くする理由がない」

 

 極めて合理的だった。《運命の天秤》は、視聴者を楽しませるための娯楽として連打するような安いおもちゃではない。見合わないリスクは取らない。

 

 最後、四つ目。

 装飾の少ない、一部が黒く焼け焦げた普通の木の杖だ。

 

 ====================================

【焼け跡の残るワンド】

 レアリティ:マジック

 種別:ワンド

 装備条件:Lv1~

 

 スペルダメージ +10%

 火属性ダメージ +8%

 

 参考買取価格:11,000円前後

 ====================================

 低レベル帯の魔術師であれば、先ほどの【火球】のジェムと合わせて喉から手が出るほど欲しい序盤の良品だろう。

 しかし、隼人は【戦士】だ。剣を振るうビルドにおいて、スペルダメージも火属性ダメージも一切の恩恵がない。

 

『普通に初心者魔術師なら高く買うぞ』

『火球と完全にセットじゃん』

『絶対二垢用だろこれ』

 

「だから、その二垢がないって言ってんだろ」

 隼人は呆れたように突っ込みを入れ、ワンドも容赦なく回収した。

 

 すべての配当の確認が終わった。

 隼人は頭の中で、明確な売却対象とその予想収益をリスト化する。

 

【売却予定】

 ・ゴブリン・シャーマンの大魔石:50,000円

 ・火球のジェム:8,000円

 ・増強のオーブ:5,000円

 ・焼け跡の残るワンド:11,000円

 ・道中で拾ったF級魔石・小:1,200円

 推定合計:75,200円

 

 隼人は、その数字を静かに反芻した。

 

 今日、アメ横で使った設備投資の額が、72,000円。

 そして、今回の戦利品の推定額が、75,200円。

 差額は、+3,200円。

 

「……なるほど。そういうことか」

 

『?』

『どうした?』

 

 隼人は、左腕の丸盾と《万象の守り》、腰のフラスコ、そして鞘に収めたロングソードを見下ろした。

 

「今日買った七万二千円分の装備とジェムは、まだ全部、俺の手元にある」

 

 これは、一回使えば消えて無くなる経費ではない。形として残り続ける資本だ。

 

「初回で、設備投資の全額を回収できそうだな」

 

 まだ売却が確定したわけではないので、あくまで見込みだ。だが、その事実は、隼人のギャンブラーとしての本能を強く刺激した。

 

 このダンジョン経済の異常なまでの利益率。

 剣も鎧も、魔素による自己修復機能のおかげで、一度買えば耐久値が尽きて壊れるようなことはない。フラスコも、敵を倒してチャージを回復させるだけで無限に使える。スキルジェムも消費アイテムではない。

 つまり、一度最低限の『盤面に立つためのインフラ』を整えてしまえば、次からの周回において、あの72,000円という初期投資は一切発生しないのだ。

 必要な経費は、数百円の《ポータルの巻物》代くらいになる。

 

(次から七万二千円の初期投資は要らない。追加投資をしない限り、ドロップした分の大半が手元に残る)

 

 その圧倒的な期待値の高さに、隼人は思わず小さく喉を鳴らした。

 

 ふと、コメント欄の一部が、隼人のステータス画面の『ある部分』に気がついた。

 

『というか、JOKERまだLv3なんだよな』

『あ』

『忘れてたわw』

『F級なんだから普通じゃね?』

『いや、普通Lv3でボスソロとかやらねえぞ』

 

 ここで、一人の親切な視聴者が、ダンジョンの公開情報をコメント欄に貼り付けた。

 

『《ゴブリンの洞窟》の推奨レベルは、Lv1~Lv10だぞ』

『ほら、Lv1からじゃん』

 

 すると、すぐにベテラン勢からの訂正が入る。

 

『推奨Lv1~10ってのは、「Lv1でボスがソロ討伐できます」って意味じゃないぞ。そのレベル帯なら経験値と難易度が適正ですよ、って意味だ』

『そうそう。普通はLv1~2で入り口付近の雑魚狩りしてレベル上げ』

『Lv3~4くらいでようやく深部へ。ボスはパーティー組んで挑むのがセオリー』

『ソロでボス倒そうと思ったら、普通はLv5前後まで上げてから行くもんだ』

『で、Lv8とか10になったら、経験値効率が落ちるから次のダンジョンへ行くための周回・卒業帯って感じ』

 

 この世界における、探索者コミュニティの一般的な認識だ。

 

『じゃあ、Lv3でソロ討伐って結構早い?』

『早い。かなり早い』

『珍しいけど、前例がないほどじゃない。強いユニーク持ってる奴とか、最初から金に物言わせて強い装備揃えた奴なら普通にやる』

『あー、経験者がサブ垢で別のビルド試す場合もあるしな』

『でも、「登録二日目の完全な新人」って条件まで付けると、相当少ないと思うわ』

 

「世界最速!」や「歴史上初!」といった大袈裟な記録ではないが、十分に異例の早さではあるようだ。

 

 だが、隼人本人の反応は薄かった。

 

「珍しいだけか」

 

『だけってw』

『もっと誇れよw』

 

 隼人にとって重要なのは、コミュニティ内での記録や名声ではない。

 金と、自分自身の成長だ。

 彼は自分のステータスに視線を戻した。

 

【Lv3 EXP:27%】

 

「……まだ、三か」

 むしろ、そちらの数字の低さの方が、隼人の意識を占めていた。

 

 コメント欄から、次なる行動への提案が飛び交い始める。

 

『JOKER、次E級行く?』

『いや、流石にまだFだろ』

『別のF級ダンジョン行こうぜ』

『ゴブリン飽きた。もっと強いボス見たい!』

 

 配信者として、視聴者を楽しませるエンターテインメント性を重視するなら、新しいダンジョンへ向かうのが定石だろう。

 しかし、隼人はその言葉に乗らなかった。

 

 頭の中で、現在の自分の状況を整理する。

 

 分かっていること。

 ゴブリンの単調な行動パターン。

 シャーマンの火球の仕様と軌道。

 取り巻き六体を、水銀のフラスコでまとめて処理する陣形操作の感覚。

 ヘビーストライクの威力と振りの重さ。範囲攻撃のスプラッシュ距離。

 マナフラスコの回復タイミング。ボスの近接攻撃の重さ。

 ダンジョンの地形、退路、ボス部屋までの最短ルート。

 

 これらすべての『情報』が、今の隼人の手の中には完璧に揃っている。

 次の、未知のF級ダンジョンへ行けば、またこれらをゼロから、命の危険を冒して調べ直さなければならない。

 

 それに、レベルの問題がある。

 現在Lv3。このダンジョンの推奨はLv1~10。

 つまり、適正帯を七レベルも残しているのだ。今すぐ卒業する理由がどこにもない。

 

「……いや」

 

 隼人は、次へ行こうと煽るコメントに対して、はっきりと告げた。

 

「まだここでいい」

 

『えー』

『なんで?』

 

「レベルを上げたい」

 

 理由は非常にシンプルだった。

 Lv2の時、Lv1の通常ゴブリン一体から得られる経験値は8%、ボスのシャーマンからは35%だった。

 だが、Lv3に上がったことで、レベル差補正により得られる経験値の割合は当然下がる。

 公開されている経験値表によれば、Lv3時の想定は、通常ゴブリンで一体5%、同レベルのシャーマンで25%といったところだ。

 

 隼人は、次周回の経験値効率を頭の中で弾き出した。

 今までと同じ最短寄りのルートを通った場合、道中で4体、ボス部屋で6体。通常ゴブリンは合計10体を処理することになる。

 5% × 10体 = 50%。

 そこに、ボスの25%を足す。

 合計、約75%。

 

 現在の経験値は、27%。

 27% + 75% = 102%。

 

「道中の敵の数に多少の下振れがあっても、もう一周すれば、ほぼ確実にレベル四へ届く」

 

 これは、隼人にとって非常に強い動機だった。

 

 さらに、金の問題。

 今回、推定75,200円の収益が出た。

 だが、隼人はここで『毎回7万円稼げる』と勘違いするほど愚かではない。

 毎回ジェムやオーブ、ワンドが落ちる保証はどこにもない。大魔石ですら、確定ドロップなのか確率なのかは、まだサンプル不足で判断できない。

 

『毎回そのドロップ内容になるとは限らないぞ』

「分かってる」

 平均値はもっと下がるだろう。

 だが、経験値、魔石、ボスドロップが同時に積み上がっていく。配信の収益はまだ集計が確定していないため、現時点の利益には含めない。

 

「一回勝っただけなら、それはただ運が良かったで終わる」

 

 《万象の守り》のクラフト成功時がまさにそれだ。あれは異常な大当たりだった。

 しかし、今回のボス討伐は違う。

 相手の行動も、地形も、戦術も、すべて論理で詰め切っている。

 

「同じ条件で、もう一回勝てるか。俺はそっちに興味がある」

 

『お』

『JOKER、周回する気か?』

『ようこそ周回沼へ』

『ハムスターの始まりだぞw』

 

 隼人は『周回』という探索者用語の意味を、昨夜のSeekerNetですでに理解していた。

 ダンジョンを再生成し、同じボスを繰り返し倒し続けること。

 個別インスタンス制で、ボスが何度でも再出現し、ドロップも枯渇しないこの世界だからこそ成立する、最も効率的な稼ぎのシステム。

 

 一回目の探索投資、72,000円。

 次からは、新しい装備を買わない限り、この出費は発生しない。

(金が増える。レベルも上がる。戦い方の習熟もさらに進む。……悪くない)

 

 一部の視聴者から、『でも同じボス何回も見ても飽きね?』『配信的には新ダンジョン行った方がよくない?』という、もっともな意見も飛んできた。

 

 隼人も一瞬だけ考えたが、すぐに結論を出した。

「配信の絵面のために、稼ぎと経験値の効率を落とす気はない」

 

 それが、現時点でのJOKERの判断だった。

 

 戦利品をすべてインベントリへと収納する。

 火球も、オーブも、ワンドも、全部だ。

 

『マジで全部売るの?』

『オーブくらい残しとけよ』

 

「全部売る。必要になった時に、その時必要な物を買えばいいだけだ」

 

 拾った物を何でもかんでも抱え込み、倉庫を圧迫させるような真似はしない。

 今のビルドに不要なものはすべて現金に換え、将来必要になった時に、成熟した市場から買い戻せばいい。

 

「今日はここまでだ」

 

『もう一周しないの?』

 

「今日は、配当を現金に換える」

 隼人は、ポータルの巻物をポーチから取り出した。

 

「次はまた、ここだ」

 

 その宣言と共に、配信を終了する。

 まだ午後四時前。時間は十分にある。

 

 関東探索者統括管理センター。

 買取区画のカウンター。

 

 今回は、昨日持ち込んだ1,200円の小石一個ではない。

 トレイの上には、大魔石、赤いジェム、金属色のオーブ、焼け焦げたワンド、そして小魔石がずらりと並べられていた。

 

 担当したのは、やはり水瀬雫だった。

 彼女はトレイの上の大魔石を見て、小さく目を丸くした。

 

「……本当に、倒したんですね」

「見てたんじゃないのか?」

「見てましたけど、映像と、こうして実物のドロップ品を目の前で見るのは、やっぱり感覚が違いますから」

 

 雫は過剰にファンとして騒ぐことはせず、職員として手際よく鑑定機にアイテムをセットしていく。

 

「それにしても、Lv3での単独討伐は、かなり早いですよ」

「前例はあるんだろ?」

「あります」

 即答だった。

「珍しくはありますけど、初めてではありません。《ゴブリンの洞窟》自体は推奨Lv1から10ですからね。ただ、Lv3でシャーマンまで一人で倒し切る方は、全体から見れば決して多くはありません」

「そんなもんか」

「普通は、もっと喜ぶところなんですが……」

 雫が軽く苦笑する。

 

 鑑定が終わり、実売価格がモニターに表示された。

 

 ====================================

【買取明細】

 ゴブリン・シャーマンの大魔石:51,500円

 火球:7,800円

 増強のオーブ:4,700円

 焼け跡の残るワンド:10,600円

 F級魔石・小:1,200円

 合計:75,800円

 参考価格から、品物の状態や当日の買取相場によって少しずつ上下していた。

 それでも総額は、事前の見積もりとほとんど変わらない。

 ====================================

 

【買取代金75,800円が入金されました】

 

 隼人は口座の数字を見つめた。

 今日の朝、アメ横で支払った72,000円。

 そして今の売却額、75,800円。

 差額、+3,800円。

 

 一日の結果だけを見れば、現金はほぼ元の額に戻っただけだ。

 だが、その上で、昨日までは持っていなかった装備一式と、レベル3という実力が、確実に隼人の手元に残っている。なお、配信側の収益集計はまだ確定していないため、この75,800円には含めていない。

 

(確定してない金を、利益に入れる意味はない。それに、この一回を「日給七万五千円」と計算するのも危険だ)

 

 今日のボスドロップが、たまたま上振れしただけの可能性もある。毎回ワンドやジェムが出るわけではない。

(一回だけじゃ、平均値は分からない)

 

 一回目は、サンプル数1。統計としての意味は薄い。

 十回回れば、平均討伐時間、平均ドロップ額、消費フラスコ量、被弾の確率、そしてEXP効率が正確に見えてくる。

 

「……周回する理由が、もう一つ増えたな」

 金だけではない。彼が求めているのは、より正確な『データ』だ。

 

 帰り道。

 ステータス画面には、まだ【未使用パッシブスキルポイント:1】が表示されたままだ。

 だが、隼人は今回もポイントを振らなかった。

 

 今のセットアップだけで、すでにシャーマンを倒せることは証明されている。

 ならば、慌てて振る必要はない。

(周回して、実際にどこが足りないか、どこに穴があるのかを見極めてからでいい)

 

 センターを出ると、空はすでに夕方の茜色に染まっていた。

 隼人はスマホを取り出し、《ゴブリンの洞窟》のダンジョン情報をもう一度確認した。

 

 推奨Lv:1~10

 現在:Lv3

 

 まだ、七レベル分も適正帯が残っている。

 

「……しばらくは、ボス周回するか」

 

 隼人は誰に言うでもなく呟いた。

 

 金になる。

 経験値も入る。

 もう勝ち方も分かっている。

 

 何より。

 

「レベル上げも、したいしな」

 

 今日一日で得た情報のすべてが、彼を同じテーブルへと向かわせていた。

 もちろん、ここに居座って四億を返すつもりはない。仮に一周七万円前後を稼ぎ続けても、四億には五千周以上必要になる。ここは目的地ではなく、上の収益帯へ進むためのレベルと資金と経験を稼ぐ踏み台だ。

 一回のボス撃破で得た、75,800円。だが、サンプルはまだ1つ。

 

「一回勝てただけなら、ただの勝負だ」

 

 隼人はスマホの画面を閉じ、新宿の街へと歩き出した。

 

「何度やってもプラスが残るなら――」

 

 JOKERの口元が、獰猛に上がる。

 

「それは『期待値』だ」

 

 明日も、同じ洞窟へ行く。




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。