裏社会のジョーカー、現代ダンジョンで成り上がる ~世界最大の賭場に人生を賭ける~   作:パラレル・ゲーマー

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第13話 十四万円の配当

 午後四時を少し回った頃。西日に照らされた新宿のビル群を背に、神崎隼人は『関東探索者統括管理センター』の自動ドアをくぐった。

 肩から斜め掛けにしたボストンバッグの重みは、これまでの短い探索者生活の中で最もズシリと食い込んでいる。

 

 今日の戦果は、明確に二つの枠に分かれていた。

 一つは、通常周回三回分の成果。ゴブリンの小魔石が数個、ゴブリン・シャーマンの大魔石が三つ。そして道中で拾い集めた低級のガラクタ装備と、少額のクラフト通貨。

 もう一つは、それらとは完全に別枠としてポーチの奥底に仕舞い込んでいる、あの濃密な橙色の光を放つユニークアイテム――《灰燼の首飾り》だ。

 

 隼人はセンターの広いロビーを歩きながら、頭の中で今日の収支の組み立てを行っていた。

 

(今回重要なのは、あの首飾りだけじゃない)

 

 もちろん、ユニークアイテムの相場が約十五万円だという事実は、彼にとっても魅力的だ。

 だが、ギャンブラーとしての隼人が本当に価値を感じているのは、その一発の「上振れ」ではない。高額なレアアイテムがドロップしなかったとしても、ただ自分が構築した手順を繰り返しただけで、確実に三周分の『通常戦果』が手元に積み上がっているという事実だ。

 再現可能な安定収入と、一発の幸運は、完全に分けて計算しなければならない。

 

(まずは、そっちの確実なチップから現金に換えるか)

 

 案内表示に従って、魔石・探索物資の買取窓口へと向かう。

 発券機で番号を引き、待合席で数分待つと、アナウンスと共に指定されたのは、今日もまた三番カウンターだった。

 

 アクリル板の向こうに座る水瀬雫が、隼人の姿を認めて微かに目を見開いた。

 彼女の視線は、まず隼人の顔ではなく、その首元へと一直線に向けられた。

 黒い革紐に赤い宝石。《清純の元素》が、しっかりとそこにある。

 雫の表情がパッと明るくなったのが分かったが、すぐに仕事用の柔らかな笑顔の下に隠された。

 

「おかえりなさい、神崎さん」

「ただいま……で、いいのか?」

「いいんじゃないですか? 無事に帰ってきてくれたんですから」

 

 軽い一往復。過剰な馴れ合いはしない。

 

「今日は、三周でしたよね?」

「……見てたのか」

「推しなので」

 

 雫がしれっと返した言葉に、隼人は一瞬だけ呆れたように息を吐いた。

 

「……便利だな、その言葉」

「便利ですよ。それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 隼人はボストンバッグをカウンターに置き、中から大量の魔石や素材を取り出し、トレイの上に積み上げていった。

 まだ《灰燼の首飾り》は出さない。まずは、通常の戦果だけだ。

 

「先に、こっちを全部査定してくれ」

 

 雫はトレイの上に山積みになった魔石――特に、ゴブリン・シャーマンの大魔石が三つも転がっているのを見て、少しだけ目を丸くした。

 以前持ち込んだ時は、一回分のドロップだったからだ。

 

「……本当に、三回も周回してきたんですね」

「だからそう言っただろ。作業になってくれないと困るって」

 

 雫は手際よく鑑定機にアイテムを放り込んでいく。

 三周分の戦利品の処理は、数分で完了し、モニターに買取金額の明細が表示された。

 

 ====================================

【買取明細】

 ゴブリン・シャーマンの大魔石 ×3:150,000円

 F級魔石・小 ×3:3,600円

 各種低級装備・素材・クラフト通貨:15,000円

 合計:168,600円

 ===========

 

 隼人は、モニターに表示された数字を見つめ、小さく息を飲んだ。

 

「……十六万八千六百」

 

 たった一回限りの勝負ではなく、同じ相手を三度倒して得た、ごく普通の戦果。

 一周あたりの平均に直せば、約56,200円。

 

 先日、自分自身に「何度やってもプラスが残るなら、それは期待値だ」と言い聞かせた。

 そして今日、本当に三回周回して、平均五万六千円の売却額が手元に残ったのだ。

 もちろん、消費した《ポータルの巻物》の代金などの経費があるため、これが丸々純利益というわけではない。道中のドロップの偏りによるブレもあるだろう。

 

「これが全部利益ってわけじゃない。巻物代もかかるし、ドロップにはブレもある」

 隼人は自分に釘を刺すように言った。

「だが、それを差し引いても……普通に黒字だ」

 

 その事実が、たまらなく心地よかった。

 

 雫もまた、その数字を見て感心したように言った。

「F級の探索者としては、かなり高い数字ですよ。神崎さんの場合、ボスまで含めて安定して一周できているのが大きいです」

 

 一般的な新人は、道中の雑魚を狩るだけで精一杯だったり、危険を感じたらすぐに撤退したりする。ボスに挑むにしても、パーティーを組んでいればドロップの分配が発生するし、毎回確実に倒せるとも限らない。

 だからこそ、ソロでボスまでを高速で安定周回しているJOKERの数字は、平均よりも遥かに跳ね上がっているのだ。

 

「なるほど」

 隼人は納得した。

「俺が見てるこの数字と、普通のF級が稼いでいる数字が違う理由は、そこか」

 

 しかし、隼人は決して浮かれなかった。

 妹の治療費は、月に約三百万。

 今日稼いだ168,600円は、そのたったの5.6%程度に過ぎない。

 今日と同じ稼ぎが毎日続く保証はない。体調や集中力の問題で、毎日三周できるとも限らない。

 そして、彼にはまだ四億という絶望的な借金がある。

 

(まだ足りない。全然足りない)

 

 だが、以前の彼との決定的な違いが一つある。

 稼ぎが「ゼロ」ではないということだ。

 しかも、自分が盤面の条件を整えさえすれば、この黒字は何度でも『繰り返せる』。

 

「それで」

 

 隼人は、ポーチの奥底に手を入れた。

 最後の一枚。今日一番の上振れのカードだ。

 

「こっちも見てくれ」

 

 カウンターの上のトレイに、黒い革紐に繋がれた、熾火のような黒曜石の首飾りを置いた。

 

 雫の仕事用の笑顔が、一瞬にして凍りついた。

 

「……え?」

 彼女は信じられないものを見るような目で、その首飾りを手に取り、鑑定機にかけるまでもなく、その正体を悟った。

 

「《灰燼の首飾り》……?」

 

 配信を見ていたのであれば、当然知っていたはずだ。

 それでも、目の前に実物をポンと置かれると、現実感が違うのだろう。

 

「本当に、持って帰ってきたんですね……」

 雫は深い、本当に深い、呆れ半分の溜息をついた。

「午前中に私がユニーク装備を二つ渡して、午後には別のユニークをダンジョンから拾って帰ってくる新人なんて、私、初めて見ましたよ」

 

「奇遇だな。俺も初めてだ」

 

 隼人は軽口で返しつつ、本題に入った。

 

「配信の連中が、これを店やセンターに定額で即売りするより、競売に出せって騒いでたんだが。実際どうなんだ?」

 

 雫はプロの受付職員としての顔に戻り、真剣に説明を始めた。

 

「彼らの言う通りです。《灰燼の首飾り》は、神崎さんのように物理特化の戦士には全くの不要品ですが……筋力を要求する火炎系のビルドを組んでいる探索者にとっては、代替の利かない強力な最終装備候補の一つになります」

「需要が極端に偏ってるってことか」

「はい。ですから、センターの即時買取に出してしまうと、その『喉から手が出るほど欲しい』という需要を完全に価格へ反映しきれません。こういう品は、全国の探索者がアクセスできる公式の委託オークションに出品して、欲しい人同士で競わせるのが一番です」

 

 雫は端末を操作しながら付け加えた。

「私も、委託オークションをおすすめします。ただし……」

「ただし?」

「オークションを利用する場合、最終的な落札額の五パーセントを、システム手数料としてセンターが頂くことになります」

 

 五パーセント。

 仮に相場通りの十四万で落札されたとすれば、七千円。十五万なら七千五百円。

 決して安い額ではない。

 

 だが、隼人の計算は一瞬で終わった。

 

「俺が自分で掲示板やSNSで買い手を探す時間。相場を探り合いながら値段交渉をする手間。相手が本当に金を払うかという信用の確認。そして、取引の安全性の確保」

 隼人は指を折って数え上げ、最後に雫を見た。

「それを全部、たった五パーセントのチップで、センターという絶対的な胴元に押し付けられるわけか」

 

 雫は少しだけ苦笑した。

「言い方はともかく、そういうことになりますね」

 

「なら、安いな」

 

 隼人は即決した。手数料を払うことを嫌がらない。自分が何に対して金を払っているのか、その価値(時間と安全性)を完全に理解しているからだ。

 

「では、オークションの出品手続きに入ります」

 雫が首飾りの詳細な査定を行いながら言う。

「過去の取引データに基づく最低保証価格は八万円です。開始価格も、この八万円に設定することを推奨します」

 

「相場は十五万前後なんだろ? なんで八万から始めるんだ?」

 

 隼人の疑問に、雫はオークションの心理学を説明した。

「最初から十五万円という高額に設定してしまうと、『まあいいか』と初手で諦めて離脱してしまう人が多くなります。でも、八万円から始めれば、『八万なら買えるかも』と思って入札に参加してくれる人が増えるんです」

 

 そして、一度入札に参加してしまえば。

「『八万出したんだから、九万なら』『ここまで来たなら十万出そう』『あと一万追加すれば落札できる!』と、買い手自身がどんどんオークションの熱に深く入り込んでいくんです」

 

 隼人は、少しだけ意地悪く笑った。

 

「なるほど。最初から高いチップを要求して客を弾く(フォールドさせる)んじゃなくて、まずは安い掛け金で、無理矢理卓に座らせるわけか」

 

 雫は深々とため息をついた。

「……神崎さんにシステムを説明すると、世の中のすべてが賭場(カジノ)に変換されるんですね」

 

 ====================================

【公式探索者オークション】

 出品:【灰燼の首飾り】

 開始価格:80,000円

 入札単位:規定額

 手数料:落札価格の5%

 開催時間:12時間

 出品者:非公開

 =======

 

 隼人の名義を公開する必要はない。配信を見ていた人間なら「あれだ」と気づくだろうが、システム上は完全な匿名で出品される。

 

「では、落札まではこちらで大切にお預かりします」

 雫が首飾りを専用の保管ケースに収めた。

「頼む」

 

 オークションの開催時間は12時間。

 結果が出るまでセンターのロビーで待ち続ける必要はない。隼人は一度、西新宿の自室へと帰還した。

 

 シャワーを浴び、ダンジョンの泥と汗を洗い流す。

 簡単な食事を腹に詰め込み、妹・美咲への連絡事項を考え、今日の探索ログやステータス画面を整理する。

 

 そして、夜。

 PCの前に座り、スマートフォンでオークションの経過を確認する。

 開始から一時間が経過した頃だった。

 

 画面に、最初の通知がポップアップした。

『現在価格:85,000円』

 

「入ったか」

 隼人は大騒ぎはしなかった。だが、口元が少しだけ緩む。

 

 しばらくして、画面をリロードするたびに、少しずつ、だが確実に数字が上がり始めた。

『90,000円』

『92,000円』

『100,000円』

 

 十万円突破。

 ここで初めて、隼人は小さく呟いた。

 

「……十万、超えたな」

 

 今朝、雫から受け取った二つの装備の市場価値がおよそ十万円。

 それと同額の価値を、今度は自分がダンジョンから引きずり出したドロップ品が超えたのだ。

 優劣をつけるわけではない。だが、自分の行動が明確な『数字』として市場に評価されているという事実が、心地よかった。

 

 夜が深まるにつれ、値段の上がり方はさらに熱を帯びていった。

『110,000円』

『115,000円』

『120,000円』

 

 隼人は現在の価格だけでなく、匿名で表示されている入札者のIDと入札履歴のパターンを観察していた。

(……二人だな)

 

 入札者Aは、数千円ずつ、相手の様子を見るように一定額を追ってくる。

 入札者Bは、Aが値段を上げると、数秒も経たないうちに即座に被せてくる。

 それ以外の第三者は、10万円を超えたあたりで完全に沈黙し、消えていた。

 

(最終的に本気で奪い合ってるのは、この二人だけか。どっちも、もう十二万まで突っ込んでいる)

(自分の火炎ビルドを完成させるために、どうしても欲しいんだな、これが)

 

 洞窟の中で閃いたアイテムの価値に対する真理が、今、目の前の画面でリアルタイムの実感として証明されていた。

 自分にとってはただの邪魔なだけのゴミ装備を、画面の向こうでは二人の人間が、文字通り血眼になって奪い合っている。

 

 隼人は、スマホの画面を見つめながら、不思議な感覚に陥っていた。

(……売る側ってのは、暇だな)

 

 普段の賭場であれば、自分がチップを張り、相手の表情を読み、ブラフをかけ、勝負を降りるか決断する。常に自分がプレイヤーだ。

 だが今回は違う。彼はただの『売り手』だ。一度商品を出品した後は、買い手同士が勝手に戦うのを眺めていることしかできない。

 価格を吊り上げるために、別のアカウントを使ってサクラ入札をするような浅ましい真似は、当然できないし、するつもりもない。

 

 だが、プレイヤーとして参加しないこの立場も、悪くはない。

「……何もしなくても、向こうが勝手に熱くなって、テーブルの上のチップをどんどん積み上げてくれるのか」

 

 自分は胴元ではない。しかし、卓の真ん中に最高の商品(エサ)を置いた側だ。

 自分が商品を置き、欲に塗れた人間たちが集まり、彼らの欲望そのものが値段を形成していく。

 

「面白いな」

 

 純粋な戦闘とは違う、市場(マーケット)とトレードという、もう一つの駆け引き。

 隼人の中に、オークションというシステムに対する確かな興味の種が蒔かれた瞬間だった。

 

 翌日の早朝。

 オークションの終了まで残り10分を切った。

 画面に表示されている現在価格は、『135,000円』。

 

 ここ数十分、二人の競り合いはパタリと止まっていた。

 現在の最高入札者はB。

 十二万円を超えてからも、Aが上げればBが数秒で被せるという流れは変わらず、最後にBが十三万五千円を置いたところで、Aの動きだけが止まっている。

 

(十三万五千。ここまでか?)

 

 それでも十分すぎる額だ。手数料の5%を引いても、手取りは128,250円。文句のつけようがない。

 

 だが、隼人はスマートフォンを置かなかった。

 

(……いや)

 

 入札履歴を、もう一度最初からなぞる。

 Bは一貫して速い。Aが金額を上げれば、ほとんど間を置かずに被せてきた。

 対してAは違う。

 価格が上がるほど入札までの間隔を延ばし、相手がどこまで追ってくるのかを確かめるように、少しずつ金額を積んできた。

 

(Aは、最初から即答するタイプじゃない)

(まだ降りたとは限らないな)

 

 残り1分。

 59秒。58。57。

 画面は動かない。

 

 最高額は、十三万五千円のまま。

 

 残り30秒。

 その瞬間、画面が自動更新された。

 

『入札者A:140,000円』

 

 隼人の目が細くなる。

 

「……やっぱり、いたか」

 

 Aは最後まで待っていた。

 それまでの小刻みな入札を捨て、終了寸前に五千円を一気に積んで、Bへ最後の判断を突きつけたのだ。

 

 残り20秒。

 

 隼人が見るのは、金額ではない。

 Bの反応だ。

 

 今までなら、Aが入札した数秒後には必ず画面が更新されていた。

 

 15秒。

 10秒。

 

 動かない。

 

「……Bが降りた」

 

 5。4。3。2。1。

 

 ====================================

【オークション終了】

 商品:【灰燼の首飾り】

 

 最終落札価格:140,000円

 販売手数料(5%):7,000円

 

 # 受取額:133,000円

 

 落札成立。

 同時に、売却代金を登録口座へ振り込んだという通知が表示される。

 

 隼人はスマホの画面を見つめたまま。

 

「……よし」

 

 大声で叫んでガッツポーズをするような真似はしない。ただ、誰にも見られない部屋の中で、小さく、だが力強く拳を握りしめた。

 

 ほんの数日前。ダンジョンという言葉すら彼の中には存在しなかった。

 そして今、ゴブリン一体が落とした首飾りが、13万3千円という確定した現金になった。

 

 隼人はメモ帳を開き、数字だけを並べる。

 

 ・通常周回三回の売却総額:168,600円

 ・《灰燼の首飾り》の手取り額:133,000円

【今回の合計キャッシュイン:301,600円】

 

 ※《ポータルの巻物》など、探索に使用した経費は別。

 

 さらに、配信アプリにも集計通知が届いていた。

 昨日までの配信による投げ銭と広告の推定収益。

 

【推定配信収益:12,480円】

【振込:未確定】

 

「一万二千四百八十……」

 

 悪くない数字だ。

 だが、隼人は即座にその金額を計算から外した。

 

「これはまだゼロだ。口座に入ってから数える」

 

 そして、三十万を超えた今日の数字も、そのまま日当として扱うことはしない。

 

「この二つを混ぜるな」

 

 通常周回の168,600円。

 ユニークの133,000円。

 

「十三万三千は上振れだ。こっちを毎日出る金だと思ったら、いずれ必ず破産する」

 

 三周分の通常戦果だって、まだ一日分の実測に過ぎない。毎日まったく同じ額になる保証などない。

 それでも、三回続けて同じボスを倒し、通常ドロップだけで黒字になるところまでは確認できた。

 

 月三百万円の治療費。

 四億円の借金。

 三十万円という数字を前にしても、その二つが消えてなくなるわけではない。

 

 隼人はメッセージアプリを開き、美咲の連絡先をタップした。

 

『今日どう?』

 

 数分後。

 

『今日は大丈夫。お兄ちゃんは?』

 

 隼人は少しだけ考え、短く打ち込んだ。

 

『こっちも順調』

 

 送信。

 少なくとも、今日は嘘ではなかった。

 

 時計を見る。

 午前四時を回ったばかり。

 

「……寝るか」

 

 オークションは終わった。

 金も入った。

 なら、画面を眺め続ける理由はもうない。

 

 数時間後には、また《ゴブリンの洞窟》へ行く。

 

 ◆

 

 午前十一時過ぎ。

 前日と同じ《ゴブリンの洞窟》の入口に、神崎隼人は立っていた。

 

 睡眠は取った。食事も済ませた。フラスコと《ポータルの巻物》も確認した。

 首元には《清純の元素》。左手には《元素の円環》。腰には五本のフラスコ。右手には【初心者用ロングソード】。

 

 昨日と違うのは、口座の数字と、レベルが4になっていることくらいだ。

 

 黒い追従型ドローンを起動する。

 

 配信タイトル:『JOKER / F級《ゴブリンの洞窟》 / 周回二日目』

 

 配信を開始した瞬間、待っていた視聴者たちが流れ込んでくる。

 

『きた!』

『昨日オークション見てた奴いる?』

『首輪どうなった!?』

『15万行った?』

『ていうか今日も潜るのかよw』

 

 隼人は洞窟の入口へ向かいながら、あっさりと答えた。

 

「十四万で売れた」

 

 コメント欄が爆発した。

 

『14万www』

『マジかよ!』

『F級の道中ゴブリンが14万に化けたw』

『夢ありすぎる』

『手数料引いても13万超えじゃん!』

『また大勝ちだなJOKER!』

『豪運すぎるだろ』

『天秤仕事してんじゃねえの!?』

 

「正確には、手数料引いて十三万三千だ」

 

 隼人はそこで、一度足を止めた。

 

「でも、一番嬉しい数字はそっちじゃない」

 

『?』

『14万より嬉しいのあるの?』

 

「ユニークは上振れだ。毎日出るなら、そもそも十四万なんて値段は付かない」

 

 隼人が視界に昨日の売却履歴を表示する。

 

【通常周回三回:168,600円】

 

「こっちだ」

 

『あ』

『三周の普通のドロップか』

『ユニーク抜きで16万!?』

 

「もちろん、これだって毎日まったく同じ額になるわけじゃない。巻物代もあるし、まだ三周分しかデータがない」

 隼人は淡々と続ける。

「それでも、同じルートを回って、同じボスを倒して、普通の戦果だけで黒字になるところまでは確認できた」

 

 潜る。勝つ。拾う。売る。強くなる。そして、また潜る。

 

「この流れが、一応ちゃんと繋がった」

 

 隼人は洞窟の暗闇を見据え、小さく笑った。

 

「まだ最低レートだけどな」

「でも――ようやく、回り始めた」

 

『三日前まで完全な新人だったよな?』

『Lv4で言う台詞じゃなくて草』

『でも分かる。最初の金策ループ完成したんだな』

『じゃあ次はE級?』

『いやまずLv5だろ』

 

「その通り」

 

 隼人はステータス画面のレベル表示を一瞥する。

 Lv4へ上がったことで、このF級ダンジョンから得られる経験値は明らかに落ち始めている。

 金策としてはまだ使える。だが、成長する場所としては長居する理由が薄くなってきた。

 

「ここで金を増やしながら、まずLv5まで上げる」

「それから次のテーブルを見る」

 

『堅実だな』

『ギャンブラーとは』

 

「ギャンブラーだからこそだろ」

 

 隼人はロングソードを抜いた。

 

「で、今日も三周する」

 

『結局またゴブリン処理業者w』

『本日のシャーマン死亡予定時刻はこちら』

『十四万入っても普通に働くの草』

 

「当たりが出たからって、次の一回を回さなきゃ期待値は積み上がらないからな」

 

 昨日の十四万円は、もう結果だ。

 口座に入った時点で、その勝負は終わっている。

 

 隼人にとって重要なのは、次の一回。

 そして、その次の一回。

 

 洞窟の奥から、聞き慣れたゴブリンの甲高い声が響いてきた。

 

 隼人は剣を肩に担ぎ、不敵に笑う。

 

「さて」

「今日も稼ぐか」

 




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