裏社会のジョーカー、現代ダンジョンで成り上がる ~世界最大の賭場に人生を賭ける~ 作:パラレル・ゲーマー
「さて」
ひんやりとした湿気を帯びた空気が、ダンジョンの入り口から吹き抜けてくる。
神崎隼人は、使い慣れた【初心者用ロングソード】を鞘から引き抜き、冷たい刀身の感触を右手で確かめた。
「今日も稼ぐか」
黒く口を開けた《ゴブリンの洞窟》の奥から、獲物を待ち構えるゴブリンたちの耳障りな奇声が微かに反響して届く。
隼人の背後では、すでに起動した録画用ドローンが安定した高度を保って浮遊し、配信アプリを通じて全世界へと映像を送り出していた。
視界の端に、ARコンタクトが現在の彼自身のステータスを静かに投影している。
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【神崎隼人 / JOKER】
Lv:4
EXP:72%
クラス:戦士 Lv.1
HP:319/319
MP:65/65
未使用パッシブスキルポイント:2
火属性耐性:56% / 冷気属性耐性:56% / 雷属性耐性:56% / 混沌耐性:0%
攻撃ブロック率:24%
通常時移動速度:+2%
水銀のフラスコ使用時:+42%
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前日の周回で、レベルはすでに4へと上がり、最大HPも319まで伸びていた。
そして、次に繋がる経験値のゲージは『72%』。
配信の開始と同時に流れ込んできた視聴者たちが、その数字をすぐに見咎めた。
『EXP72%なら、今日でLv5いけるな』
『一周で大体35くらい入るんだっけ?』
『卒業式が始まったかw』
「一周目で上がる計算だな」
隼人は歩き出しながら、淡々と答えた。
「計算通りなら、だけどな」
ギャンブルに「絶対」はない。敵の出現数が上振れるか下振れるか、あるいは何らかのイレギュラーが起きるか。盤面の最終的な結果は、カードをめくり終えるまで分からない。
洞窟の緩やかな下り坂を進むと、最初の曲がり角の先で、二体のゴブリンが姿を現した。
昨日までであれば、ここで敵の動きを観察し、地形を利用して慎重に立ち回っていただろう。
だが、今日の隼人にそのプロセスは一切存在しない。
完全に定型化された、ただの『作業』だ。
隼人は流れるような足運びで適切な位置へと移動する。ゴブリン二体の軌道が重なるポイント。
右手に魔素を収束させる。
一振り。
【ヘビーストライク+範囲攻撃】の赤黒い衝撃波が弾け飛ぶ。
ドーム状に広がったスプラッシュダメージが、二体のゴブリンを同時に薙ぎ払った。
体勢を崩した残りの一体へ、淀みない通常攻撃の追撃。
二体が、悲鳴を上げる間もなく光の粒子となって霧散する。
ARコンタクトに、微かな経験値の増加が通知された。
【EXP:72% → 74%】
隼人はその数字を一瞬だけ確認した。
「ここも昨日と同じだな」
足を止めることなく、落ちた魔石を拾い上げ、次へ向かう。
歩く。現れる。誘導する。叩き割る。拾う。歩く。
無駄な思考を極限まで削ぎ落とし、ただ脳と身体が直結したかのように、最も効率の良いルートと攻撃手順だけを反復し続ける。
【EXP:74% → 76%】
【EXP:76% → 78%】
視聴者たちも、もはや戦闘のハラハラ感を楽しむというよりは、画面の隅にあるEXPゲージが少しずつ満たされていく様を、カウントダウンのように眺めていた。
『あと20ちょい』
『Lv5へのカウントダウンが始まったな』
『マジでただのゴブリン処理業者で草』
『JOKERの動き、最適化されすぎてて逆に怖いんだけどw』
二体が現れれば、一振りで処理。魔石が落ちなければ、一瞥もせずに次へ。
三体が広がって現れれば、壁際へ寄って軌道を絞り込み、二振りで確殺。カレンシーが落ちれば、歩きながら拾う。
緊張感はない。
それは慢心ではなく、このダンジョンというテーブルのルール、相手の持つ手札、確率のブレ幅までを、隼人が完全に『手中に収めた』という証だった。
やがて、坑道の最奥。
赤橙色の不気味な光が漏れ出す、広間の入り口へと到達した。
道中の通常ゴブリン10体を予定通り処理し終えたステータス画面。
【EXP:72% → 92%】
残るは、広間の奥に立つゴブリン・シャーマンと、その取り巻きの六体。
シャーマンの撃破で入る経験値は15%。
92に15を足せば107。閾値の100を超える。
隼人は、ボスの扉とも言える広間の入り口で一度立ち止まり、ロングソードを軽く振って血糊を払った。
「これで上がるな」
『卒業試験だぞ!』
『シャーマン先生、お願いします!』
『先生、昨日から通算でもう何回殺されてんだよw』
『JOKERの顔見るだけでトラウマになってそう』
コメント欄の軽いノリを背に受けながら、隼人は広間へと足を踏み入れた。
レベル4として挑む、最後のシャーマン戦。
だが、それは「Lv5になるための最後の敵」という意味しか持たなかった。戦闘そのものは、昨日何百人もの視聴者に見せつけた、あの完璧な作業の再演に過ぎない。
六体の前衛ゴブリンが咆哮を上げて群がってくる。
隼人は腰の【水銀のフラスコ】を叩く。
爆発的な機動力で広間を駆け抜け、六体を一つの塊へと誘導する。
【ヘビーストライク+範囲攻撃】の四連撃。
赤黒い衝撃波が乱れ飛び、六体のゴブリンが為す術もなく粉砕されていく。
凹んだMPを【マナフラスコ】で即座に補填し、シャーマンが放つ火球の射線を冷静に見切って回避。
懐へと一気に距離を詰め、渾身の重打を叩き込む。
悲鳴と共に、ゴブリン・シャーマンの身体が光の粒子となって崩壊した。
その瞬間。
隼人の身体の奥底から、レベルアップを告げる眩い黄金の光が立ち昇り、薄暗い洞窟の広間を神々しく照らし出した。
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【LEVEL UP!】
神崎隼人 / JOKER
Lv:4 → 5
EXP:107% → 7%
HP:319 → 332
MP:65 → 71
未使用パッシブスキルポイント:
2 → 3
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レベル3から4へ上がった時と同じ、基礎ステータスの着実な成長。
HPの基礎値が伸びたことで、固定HPやパッシブスキル【最大HP上昇10%】の乗算補正もさらに効き、最終的な最大HPは319から332へと増加した。
クラスは変わらず【戦士 Lv.1】のままだが、その肉体は明確に一段階上の強靭さを手に入れている。
コメント欄が祝福の言葉で溢れ返る。
『Lv5きたあああああ!』
『おめ!』
『探索者始めて、まだ何日目だよw 早すぎだろ』
『あ!これであの《灰燼の首飾り》装備できるじゃん!』
そのコメントに、隼人は一拍置いてから、事も無げに返した。
「もうオークションで売ったよ」
『wwwww』
『14万になりました』
『装備条件(Lv5)を満たしたその日の朝には、すでに手元にない男』
『判断が早すぎるw』
画面の向こうの視聴者たちが笑い転げる中、別の有識者が指摘する。
『JOKER、パッシブポイント3つも溜まってるぞ』
『早く振らんの? HP10%の次どこ行くんだ?』
ステータス画面には、確かに【未使用パッシブスキルポイント:3】と表示されている。
巨大なパッシブツリーを開けば、攻撃力、攻撃速度、属性耐性など、いくらでも盤面を強化できる選択肢が広がっている。
だが、隼人は首を横に振った。
「今はいらない」
『?』
「今のF級の周回には、何一つ困っていない。火力が足りなくて押し負けているわけでも、防御が薄くて死にかけているわけでもない」
隼人は、未振りのポイントを残したままステータス画面を閉じた。
「次の階層の敵が何をしてくるか、どんな情報を持っているかも知らないのに、先にカードを切る理由がない。穴が分かってから、それを埋めるために振る」
あくまで後出しジャンケン。相手の手札を見てから、自分のビルドを最適化する。徹底した温存方針だ。
第一周を終えた隼人は、ポータルの巻物を使って一度安全地帯へ帰還し、インスタンスを再生成してすぐに二周目へと入った。
新しい洞窟。新しい空気。
そして、配置がリセットされたばかりの、最初のLv1ゴブリンとの遭遇。
隼人はいつも通り、呼吸をするようにヘビーストライクの範囲攻撃で敵を粉砕し、習慣づいた視線でARのEXPゲージを確認した。
そこで。
彼の足が、ピタリと止まった。
【EXP:7%】
ゲージの数字が、1ミリも動いていない。
(……見間違いか?)
隼人は少しだけ眉をひそめ、奥から現れたもう一体のゴブリンに向かって踏み込んだ。
一閃。
ゴブリンが光の粒子となる。
再び、EXPゲージを直視する。
【EXP:7%】
変化なし。
「……あ?」
隼人の口から、低い声が漏れた。
同時に、変化に気づいた視聴者たちのコメントが流れ始める。
『あれ? EXP増えてなくね?』
『0?』
『あー、レベル差ペナルティか』
『JOKERがLv5になったから、Lv1の雑魚じゃもう経験値が入らんぞ』
四レベルという明確な差が開いたことで、このダンジョンの大半を占めるLv1の雑魚モンスターからの経験値取得が、実質的に消滅したらしい。
だが、隼人はそれを聞いて残念がることはなかった。
むしろ、深い納得と共に小さく頷いた。
「なるほどな」
「いつまでも初心者用の、底の浅い卓に居座っている奴に、成長のチップまで配ってくれるほど、ダンジョンは甘くないってことか」
安全な場所だけで際限なく強くなれるなら、誰も危険な上位ダンジョンへ進む必要がない。
強くなりたければ、より危険な場所へ進め。
少なくとも、経験値の仕組みはそういう形で作られている。
『じゃあ、もう帰る?』
『経験値入らないなら意味なくね? E級行こうぜ!』
視聴者たちが次の展開を急かすが、隼人は首を横に振った。
「いや」
「配信のタイトルで、今日は三周するって宣言してる」
それに、と隼人は付け加えた。
「経験値がゼロになったからといって、こいつらが落とす魔石の値段までゼロになったわけじゃない」
レベル効率と、金策効率は別物だ。
「今日は三周する。経験値というオマケが消えた状態で、純粋な『稼ぎ』の場としてここが成立するのか、最後までデータを取る」
だから、続ける。
Lv5となったJOKERの目に映るF級ダンジョンは、今までとは全く違った景色に見えていた。
火力が劇的に上がったわけではない。
だが、HP332、MP71という絶対的なリソースの余裕。それに加えて、敵のモーションから地形の誘導まで、すべてを知り尽くした完全な戦闘技術。
F級という舞台が、ひどく小さく、脆い箱庭のように感じられる。
(敵が弱くなったんじゃない。俺の視座が、上がったんだ)
成長というものを、数字だけではなく「盤面の俯瞰」という感覚で味わいながら、隼人は二周目の坑道を駆け抜けていった。
道中の通常ゴブリン10体をノーダメージで処理しても、EXPは7%のままピクリとも動かない。
そして、ボスのゴブリン・シャーマン(Lv3)。
いつも通りの手順で撃破した瞬間、ようやくEXPゲージが動いた。
【EXP:7% → 17%】
「……ボスは十パーセントか」
隼人は頭の中で計算式を弾き直す。
一周すべてを回って、得られる経験値はボスの10%のみ。
「Lv3の時は、一周で75%だった。Lv4の時は35%。そしてLv5の今は10%か」
配信画面に、その数字の推移を口頭で並べてみせる。
『落ち方エグすぎだろ』
『そりゃ上に行けってシステムからの圧力だわ』
『F級卒業、おめでとうございますw』
「なるほど」
隼人は刀身を拭いながら、乾いた笑いを漏らした。
「分かりやすいな」
三周目は、もう結果を確かめるための周回だった。
それでも、隼人は決して雑には戦わなかった。
「もう弱いから」「ダメージを受けても死なないから」といって、無駄な被弾を許すような真似はしない。
手を抜いて生じた小さな綻びが、いずれ致命的な敗北を招く。それが勝負の怖さだ。
一体ずつ、丁寧で無駄のない手順。
完全なノーダメージでボス部屋まで到達し、シャーマンを冷徹に処理する。
【EXP:17% → 27%】
偶然にも、以前Lv3になった直後と同じ『27%』という数字に着地した。
ドロップは今回も普通だ。大魔石と、小魔石、いくつかの素材。
ユニークの橙色の光はない。
少なくとも隼人には、それがいつもの普通のドロップにしか見えなかった。
ボス撃破の表示が消えた後、コメント欄から次を期待する声が上がる。
『四周目いこうぜ!』
『経験値なくても金になるんだろ?』
『今日もユニーク出るまで回せよ!』
だが、隼人は即答した。
「やらない」
『え?』
『なんで?』
『昨日みたいに16万稼げるなら、ここで回し続ければよくない?』
『安全に金策できるんだろ?』
視聴者の疑問はもっともだ。死ぬ危険性がかなり低くなった場所で、確実に数万円の売却額が積み上がる。普通なら、ここでしばらく資金を貯めようと考えるだろう。
隼人は、ドローンに向かって静かに問いかけた。
「ここで一時間使って、五万円のチップを稼ぐとする。それと、その同じ一時間を使って、もっと高いレートのテーブルへ行くための準備をする」
隼人は指を一本立てた。
「どっちが、四億に近づくと思う?」
機会損失。
今この瞬間だけを見れば、F級の周回は確かに美味しい。
だが、隼人の目的は「F級で安全に小銭を稼いで生活すること」ではない。
四億の借金返済と、月三百万の妹の治療費。
F級で得られる一日十数万円の利益を積み上げるだけでは、目的に届くまでがあまりにも遠い。
「勝てる卓に居座り続けるのは、確かに安全だ」
隼人はポータルの巻物を取り出し、魔素を流し込んだ。
「でも、安全なだけで、最終的な目的に届かないなら、座っている意味がない」
ただし。
「どうしても手元の金がショートして、確実なチップが必要になったら、またここに来る」
彼はF級を馬鹿にはしない。完全にコントロール可能な「安定した金策の場」として、彼の手札の一つに保存された。
「ここはもう、俺にとって『攻略』する場所じゃない。稼ぎたい時に戻ってくる、完全に裏まで知ってる卓だ」
青白いポータルの光が、洞窟の暗闇を照らし出す。
「だから――今日で、一旦卒業だな」
『F級卒業おめ!』
『シャーマン先生が泣いて喜んでるぞ』
『登録から四日で卒業w』
『で、次どこ行くんだ? E級突っ込む?』
視聴者の期待が高まる中、隼人はポータルに足を踏み入れながら言った。
「次?」
「今から、調べる」
勢いに任せて、そのままE級へ突っ込むような真似はしない。
Lv5になったからE級へ行く、というだけの判断は死を招く。
新しいテーブルに座るなら、まずそのテーブルのルールを知らなければならない。
◆
午後。
『関東探索者統括管理センター』のロビーは、今日も大勢の探索者たちでごった返していた。
隼人は真っ直ぐに買取区画の三番カウンターへと向かい、三周分の通常戦果を換金した。
売却額は昨日と大きく変わらない、十六万円台。
ユニークのドロップはなかったが、手元の資金が確実に増えていくこの感覚は、何度味わっても悪くない。
「おかえりなさい、神崎さん」
カウンターの向こうで、水瀬雫がいつものように柔らかな笑顔で迎えてくれた。
「ただいま」
昨日までは「ただいま、でいいのか?」と茶化していたが、今日は自然と、迷わずにその言葉が出た。
地味な変化だが、二人の間の距離が少しだけ縮まっている。
雫は手元の端末で隼人のステータス更新を確認し、少しだけ目を細めた。
「Lv5になったんですね」
「ああ」
「おめでとうございます」
「F級の雑魚から、経験値が一切入らなくなった」
隼人が報告すると、雫は深く頷いた。
「それなら、そろそろ次を考える頃ですね」
雫が、少しだけ真剣なトーンで尋ねてきた。
「次は、E級ですか?」
「いや」
隼人が即答すると、雫は一瞬、意外そうな顔をした。
「今日は行かない」
「……」
「レベルが五になっただけだ。E級の敵がどんな攻撃をしてくるか、どんな盤面かすら知らないのに、勢いだけでそのまま入るほど馬鹿じゃない」
その言葉を聞いて、雫の表情から微かな強張りが消え、心底安堵したような、柔らかい微笑みが浮かんだ。
「……良かったです」
彼女から渡された《清純の元素》を、無謀な突撃の保険として使い潰す気はない。
隼人のその姿勢が、雫には何よりも嬉しかったのだろう。
隼人は買取カウンターを離れ、センターの一角に設置されている情報端末の前に立った。
画面を操作し、関東エリアに点在するE級ダンジョンの一覧を呼び出す。
無数の候補の中から、彼の目に留まったのは、一つのダンジョンの名前だった。
《棄てられた砦》
都心から電車とバスを乗り継いで約一時間半。山間の古い城跡の地下に広がっているという、E級の登竜門的ダンジョン。
隼人は、その公開情報の詳細を開いた。
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【E級ダンジョン:棄てられた砦】
環境:石造迷宮 / 狭路 / 大広間
確認済みモンスター:
・ゴブリン兵
・ゴブリン弓兵
・ホブゴブリン
・ジャイアント・スパイダー
主な危険:
・盾装備
・遠距離攻撃
・集団戦
・拘束
・毒
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隼人は、そのリストを眺めながら、低く唸った。
「……敵の種類の時点で、F級とは完全に別物だな」
同時に、公開情報の別項目にも目を通す。
だが、少なくとも今表示されている概要だけでは、各モンスターの具体的なレベルや、Lv5の自分がどれほどの経験値を得られるのかまでは分からない。
(そこも要確認だな)
今日、自分はレベル差一つで経験値効率が大きく変わることを実際に経験したばかりだ。
敵の強さだけでなく、成長効率まで含めて次の狩場を選ぶ必要がある。
《ゴブリンの洞窟》は、ほぼ『棍棒を持ったゴブリン』と『火球を撃つシャーマン』の二種類しか存在しなかった。だから、それに対する一つの勝ち筋を完成させるだけで、完全に作業化することができた。
だが、E級は違う。
盾で防御を固める兵士。遠距離から射線を合わせてくる弓兵。単純な物理火力の高い大型のホブゴブリン。そして、拘束と毒という厄介な状態異常をばら撒くジャイアント・スパイダー。
複数の異なる問題に対して、複数の答えを用意しておかなければならない。
ここが、ランクアップの壁だ。
隼人は頭の中で、現在の自分のビルドを棚卸しし、弱点を洗い出し始めた。
①武器
現在の主兵装:【初心者用ロングソード】
「……まず、これだな」
初期投資で買った安物。F級なら問題なかったが、盾を持ったE級のゴブリン兵の防御をこれでどこまで突破できるかは分からない。
そろそろ、武器そのものの更新を検討する時期だ。
②継戦能力
主力スキル:《ヘビーストライク+範囲攻撃》。消費MP:9。
Lv5の最大MPは71。満タンからなら7回まで連続使用できるが、8回目は撃てない。
E級では敵の数も耐久力も上がる可能性が高い。長期戦になれば、マナフラスコのチャージ回復が想定通りに追いつく保証もない。
「MPの循環が、まだ弱い」
③対多人数
大群を相手にする範囲攻撃は持っている。だが、遠距離から弓を射ってくる敵が混ざった陣形を、どうやって一点にまとめるか。
F級と同じ誘導がそのまま通用するとは限らない。
④物理・毒・拘束対策
現在、《清純の元素》と《元素の円環》の組み合わせにより、火・冷気・雷の三属性耐性は56%を確保している。
だが、《棄てられた砦》で脅威となるのは、弓矢、棍棒、蜘蛛の牙といった物理攻撃に加え、糸による拘束と毒だ。
「《清純の元素》が弱いんじゃない。相手の攻め方が変わる」
四つ目の耐性である混沌耐性は0%のまま。
ただし、ジャイアント・スパイダーの毒が物理なのか、混沌なのか、それとも独立した状態異常として処理されるのか。隼人にはまだ分からない。
現在持っているフラスコで毒や拘束まで解除できるのかも、確認する必要がある。
「知らない状態異常を、『多分これでなんとかなる』で済ませて突っ込む気はない」
⑤能動防御
現在、盾による攻撃ブロック率は24%。
「およそ四回に一回しか防いでくれない確率の盾に、遠距離から飛んでくる弓矢まで全部任せる気はない」
囲まれた状態で、確率だけに防御を任せるのは危険だ。
自分の判断と操作で成立させられる、能動的な防御手段も欲しい。
スマートフォンには、配信を見た探索者たちによる書き込みが次々と増えていた。
『でも、今のJOKERの装備ならそのまま行けるだろ』
『万象のHPと、耐性56%あれば、E級の序盤くらい余裕じゃね?』
隼人は、自分が人気者になったかどうかには今でも大して興味がない。
だが、他人が自分の装備や戦い方をどう分析しているかは別だ。
そこには、自分一人では見落とした穴や、逆に過大評価されている部分が混じっていることがある。
書き込みを情報として眺め、隼人は冷たく笑った。
「行ける『かもしれない』な」
「だから、行かない」
隼人の確固たる哲学。
「『勝てる』と『勝てるかもしれない』は、全く違う」
「かもしれない」に命を丸ごと張る奴は、ただの阿呆だ。
隼人は、自分が整理した課題リストを見つめながら、センターの出口へと向かった。
夕暮れ時の帰路。
自宅のアパートに戻った隼人は、すぐにPCを立ち上げ、SeekerNetの検索窓を開いた。
打ち込むキーワードは、これまでとは全く質が違う。
『戦士 Lv5 E級 継戦能力』
『棄てられた砦 敵レベル 経験値』
『棄てられた砦 弓兵 対策』
『物理戦士 MP 吸収 回復』
『蜘蛛 拘束 毒 解除 フラスコ』
『盾 パリィ 初心者向けセットアップ』
画面には、無数の検索結果が溢れ出す。
つい数日前までの隼人なら、金がないという絶対的な制限があったため、「最低限、これだけ買えばなんとかなる一番安いもの」を探していた。
だが、今は違う。
彼の手元には、自分で稼ぎ出したまとまったチップがある。
「最低限」ではない。
「最高効率でE級のテーブルを攻略するために、何へ投資するか」を探すのだ。
隼人はモニターの左半分に《棄てられた砦》の攻略ページを置き、右半分に自分の装備一覧と市場の相場データを並べた。
F級《ゴブリンの洞窟》のタブを、静かに閉じる。
「最低レートは、これで卒業だ」
そして、E級《棄てられた砦》のタブを最前面に引き出し、獰猛な笑みを浮かべた。
「次のテーブルに座る前に――」
「まず、ルールの穴の塞ぎ方からだな」
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!