猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
大気圏の外に浮かぶ、巨大な封鎖衛星。その表面で、赤と青、二つの光が激しくぶつかり合っている。
超高速ですれ違う中、私の撃った青いレーザーが、赤い機体を撃ち抜いた。 赤い機体は衝撃に大きく揺れながらも、すぐに姿勢を直して、私から距離を取る。
『まだです……! 同胞たちの生命を、この惑星の生命を焼き尽くす人間の意思……! あなたの
通信越しに聞こえてくるのは、友達だった人の声。悲しみと覚悟が混ざったような叫び声に、思わず操縦桿を握る手がこわばった。
こうなることは、分かっていたつもりだ。コーラルを燃やすということは、ルビコンという星を焼いて、エアを殺すということ。
でも、いざその時になると、決めたはずの心が揺れそうになる。
だけど、もう引き返せない。私はウォルターの遺志を継ぐと決めた。
――エアを、殺すと決めたんだ。
迷いを振り切るように、私は機体を走らせた。
エアの機体はもうボロボロで、あと数発当てれば落ちるはずだ。対してこっちはまだ動けるけど、ダメージは小さくない。
エアは私に隙を作らせようと、距離を取りながら細かい攻撃を繰り返してくる。私はそれを避けながら、エアの隙を探った。
何度目かの撃ち合いのとき、私はエアのレーザーに当たる。
ダメージを受けた機体が大きく揺れて、コックピットに警告音が鳴り響く。私はこれ以上撃たれないようにブーストを切って、機体をその場で急停止させた。
『これで終わりです、レイヴン!』
それをチャンスだと見たのか、エアはコーラルの分身を作り出しながら、一気に向かってきた。
『なっ……!』
私はエアの攻撃をわざと受けて、彼女に隙を作らせた。戦い慣れていない彼女なら、焦って大技を出してくるだろうって、簡単に想像できたから。
普段の私なら、こんな危ないことはしない。少しずつ攻撃を当てて、確実に落とす方法を選んでいただろう。
エアも私のそういう戦い方を知っているからこそ、この不自然な被弾を、本物の隙だと信じてしまったんだ。
もし、彼女が私のわざとらしい動きに気づいて、そのまま私を撃ち落としていたら――。
頭に浮かんだそんな考えを振り払うように、私はスラスターを吹かした。
迫り来る分身を避けて、左腕のブレードから薄緑色の光の刃を出しながら、彼女の機体を深く切り裂く。すれ違ってすぐに振り返り、とどめの攻撃を撃ち込んだ。
何度かの爆発のあと、エアの機体からコーラルの赤い光が溢れ出してくる。間違いなく、撃墜できるほどのダメージを与えたはずだ。
『レイヴン……それでも……私は……』
ひどいノイズ混じりの通信から、エアの声が聞こえてくる。それと同時に、彼女の機体はゆっくりとこちらに向き直って、片手を上げた。
『人と……コーラル……の……』
攻撃と呼ぶにはあまりにも遅いその動きは、まるで何かを掴もうと手を伸ばしているみたいだった。
それがどういう意味なのか理解する前に、彼女の機体はひときわ大きな爆発を起こして、その場に崩れ落ちた。
ピーピーと警告音が鳴るコックピットの中で、私は熱を失っていく赤い光をただ見つめていた。空を舞う、かつての友達だったものは、暗い空へ溶けて消えていく。
それを見ても、達成感はまったく湧かなかった。胸の中に広がるのは、どうしようもないほどの寂しさだけだ。
ただ呆然と、動くこともできずにいると、激しい振動が機体を揺らした。
ハッとして辺りを見渡すと、カーラが操縦する海上都市ザイレムが、激しい音を立てて施設に突撃していくのが見えた。
船の先が深く突き刺さり、その周りを雷みたいなコーラルの光が包み込んでいる。
次に何が起きるか分かった私は、全速力でその場から逃げ出した。その直後、激しい爆発が起きて、背後からすべてを飲み込むようなコーラルの津波が押し寄せてきた。
前だけを見て真っ直ぐ飛ぶけれど、明らかにコーラルの津波のほうが速い。 このままじゃ逃げ切れずに巻き込まれるって分かっているのに、不思議と私の心に焦りはなかった。
頭に浮かぶのは、血塗られた自分の両手だ。
私が過ごしてきたこの星だって、背後から迫る爆発が全部焼き尽くしてしまう。
もう何も残っていない人生に、必死になって生き延びる意味なんて、あるんだろうか。
そんな思いが頭の中をぐるぐると回っていると、いつの間にか追いついた爆風が激しく機体を揺らして、私の意識は深い闇へと落ちていった。
◆
『新着メッセージが、一件あります』
冷たい機械の音声が聞こえて、私の意識は目を覚ました。
でも、身体の感覚はあいまいで、ひどくぼんやりしている。今の機体がどうなっているかどころか、自分がどうなっているのかすら分からない中で、一つの音声が再生された。
『――621、仕事は終わったようだな』
それは、もう二度と聞くことはできないと思っていた、ウォルターの声だった。
『お前は自ら選び、俺たちの背負った遺産を清算した。すまない、そして感謝しよう』
ウォルターはきっと、この作戦が成功すると信じていたんだ。そして、自分の身に何が起こるかも分かった上で、この音声が私に届くように準備していたんだろう。
彼の期待に応えられたことが嬉しくて、それだけで私は十分に満たされていた。
『621、お前を縛るものはもう何もない。これからのお前の選択が……お前自身の可能性を広げることを祈る』
確かに、私はウォルターの猟犬として使われていた。けれど、それに不満なんてなかった。
型落ちのポンコツとして朽ちるのを待つだけだった私を拾って、意味を与えてくれた。私の選んだ道は、あなたに従って、その思いを継ぐことだったんだ。
私は次のメッセージを待ったけれど、続きはもうないらしく、次第に私の意識はまた薄れ始めた。
苦しいことも、辛いこともたくさんあったけど、最後には彼の思いを継ぐことができたし、声も聞けた。それだけで十分だ。
そうして私は、暗くなっていく意識に逆らうことなく、静かな眠りへとついた。
◆
どれくらいの時間が経ったんだろう。私は、冷たい水の中で眠っていた。 本当に水の中にいるわけじゃない。重力もなくて、痛みもない。ただ静寂だけがある、そんな感覚。
私は目覚めようともがくこともせず、ただ身を任せていた。
だけど、突然その水の中に流れが生まれた。最初は少しだけだったのに、それはどんどん激しくなっていき、私をかき混ぜるような渦に変わっていく。
抵抗する間もなく渦に巻き込まれて、水底へ引きずり込まれるような感覚と一緒に、私は目を覚ました。
「……っ!」
肺に冷たい空気が入り込んで、無理やり意識が引き戻される。目を開けると、そこはひどく狭苦しい空間だった。周りは金属で覆われていて、正面には丸い窓が付いている。まるで窓のついた棺のようだった。
とっさに体をよじると、思ったよりもあっさりと正面のドアが開いて、私は外へと転がり出た。
「……?」
床に手をついて立ち上がろうとした時、違和感に気が付く。自分の身体が、思い通りに動くのだ。私は強化人間手術の後遺症のせいで、歩くことすらできなかったはずなのに。
今は、自分の足で立って、自分の指を曲げることができる。誰かに拾われて、もう一度手術でも受けたんだろうか? よくわからないけど、まずは周りを確認するのが先だ。
私は立ち上がり、辺りを見渡した。 そこは、薄暗くて埃臭い、廃墟みたいな場所だった。ひんやりとした空気が、私の着ている薄い病衣みたいな服を通り抜けて肌を撫でる。
ふと、自分の顔を確認したくなって、私は鏡を探した。でもそんなものは見当たらず、代わりに出てきた棺の丸い窓を覗き込む。
薄汚れてひび割れたガラスの反射に映っていたのは――。
「…………」
見知らぬ少女の姿だった。肌は病的に白くて、首まで伸びた髪の毛も色が抜けたように真っ白。そして、瞳だけが空みたいに青い。
でも、何よりも目についたのは頭だった。私の頭の左右からは、髪と同じ白い『犬の耳』が生えていたのだ。
思わず手を伸ばして触ってみると、柔らかい感触と一緒に、ビクッと耳が動いた。どうやら本物らしい。
「これが、私……?」
戸惑いながら、もう一つ気になった、頭の上にあるものを見つめる。そこには、うっすらと光っているように見える輪が浮かんでいた。
中心には、コーラルを思い出させるような赤い色の球体。そしてその周りを、金属でできた首輪みたいな輪が浮かんでいる。
思わず警戒して、私はその赤い輪に手を伸ばした。でも、指先はホログラムを触るみたいにすり抜けてしまった。
ルビコンでは、人の頭にこんな光が浮かんでいるのを見たことはない。けれど、この輪の色合いを見ると、どうしてもコーラルを思い出してしまう。
もしこれが、私の中に残ったコーラルによるものだとしたら――。
「……エア?」
ひどく掠れた自分の声に驚きながら、恐る恐る呼びかけてみる。
ルビコンで戦っていた頃、私の頭の中にはいつも彼女の声が響いていた。私の中に残っているのなら、答えるはずだ。
「…………」
返事はない、当然だ。私の胸の中に、ホッとしたような、でも、少し寂しいような、不思議な気持ちがわく。
ふと、自分の首元に冷たい金属の感触があることに気がついた。触った感じからしてたぶんドッグタグだろうけど、ここが薄暗いせいで、刻まれている文字がよく見えない。
私は棺が置かれた部屋を出て、入り口らしき場所から差し込む光の方へと歩いていった。
たどり着いたのは、天井が崩れ落ちて、そこから光が差し込んでいる広い円形の空間だった。壁に沿って、いくつかの扉が同じ間隔で並んでいる。
立ち止まって、耳を澄ませてみる。聞こえてくるのは風が吹き抜ける音だけで、人の気配はまったく感じない。
崩れた天井から差し込む光の下に立って、私は首元のドッグタグを裏返した。
そこには、密航するために拾って、そして受け継ぐことになった名前『
傭兵としての名前が刻まれているってことは、誰かが私の残骸を拾って、もう一度手術でもしてくれたんだろうか。だとしても、こんなボロボロの施設に置き去りにする理由がわからない。
ここはどこなのか。この身体は何なのか。そして、どうして私は生きているのか。
「……分からない……」
生きる意味もなければ、誰からの命令も指示もない。よくわからない不安と恐怖だけが、私を包み込んでいた。
ただ一つ確かなのは、今の私には、この身体一つでここがどこなのかを調べるしかないってことだ。 私は不安を振り切るように、この廃墟の探索へと乗り出すことにした。
ストーリートレーラーでは明らかに成人男性レベルの体つきが映っていますが、うちのレイヴンは独自解釈で幼女になっています。