猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
先生に連れられて、みんなと一緒に『ファミレス』という場所に来た。
ただ食事をとるだけの場所なのに、とっても広くて明るい。たくさんの人がいて、にぎやかな音がしている。
中に入ると、服を着たオートマタが近づいてきた。エイミからは聞いているし、敵ではないとわかっているけれども、思わず身構えてしまう。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
"四人なんですけど、空いてますか?"
先生がそう告げると、オートマタが端末を操作して何かを確認する。
「はい、大丈夫です。こちらへどうぞ」
そう言うと、オートマタは私たちの前を歩いて、席まで案内してくれた。
ふわふわの椅子に座ると、みんなはテーブルの上にある本を開いた。そこには、お皿に乗った料理らしき写真がたくさん載っている。
「シホはこちらの食事についてよくわからないでしょうから、私がおすすめを選んであげますよ」
ヒマリはそう言って、私の食事を選んでくれるようだ。
「わかった。任せる」
そういってヒマリにお願いして、私はメニューの写真をぼんやり眺めていた。
少しすると、エイミが、メニューを閉じて口を開く。
「じゃあ、私はネギトロ丼で」
「おや、エイミも決まりましたか。……では私はデミグラスオムライスで、シホは『お子様ランチ』にしましょうか」
「お子様……?」
その言葉に、私は少し不安になった。こっちの食べ物の名前はよくわからないけど、少なくとも子供扱いされているのだけはわかる。
私の様子に気づいたのか、ヒマリは優しく微笑んだ。
「シホは、キヴォトスでちゃんとした食事をするのは初めてでしょう? 『お子様』と名前がついていますが、これはある意味、食事の初心者ともいえるシホにとって最も適した料理なんですよ」
よくわからないけど、初心者用の標準装備みたいなものだろうか。
任せると言った手前、私は小さく頷いて納得することにした。それを見た先生が、にこにこ笑いながら言った。
"じゃあ私は、この『大人のお子様ランチ』を頼もうかな!"
「先生……それ、大人のお子様ランチって矛盾してない?」
エイミが、ジト目で先生を見る。でも先生は胸を張って、力強く言い返した。
"子供のころ好きだったものが、大人になったからと言って嫌いになるわけじゃないからね。"
「……そういうものなのかな」
エイミは首をかしげている。私は先生を見た。
「大人なのに、食べるの初心者なの?」
"いや、これはお子様ランチを食べ慣れた人だけが食べられる、豪華なお子様ランチだよ"
「そんな、上位互換があるの……!?」
先生が堂々と言う姿を見て、私は驚いた。食事なのに武器やパーツのような上位互換があるというのか。キヴォトスの食事は奥が深い。
「先生、シホが真に受けるのであまり適当なこと言わないでください……」
ヒマリが呆れたようにため息をつき、店員を呼んで全員分の注文を済ませた。
しばらくして、テーブルに料理が運ばれてきた。私の前に置かれた「お子様ランチ」は、いろんな色の食べ物が綺麗に並んでいて、まるで綺麗な置物みたいだった。
他の三人の料理も、どれも食べ物とは思えないぐらいすごく綺麗だ。
私はおずおずと、一緒に運ばれてきたスプーンを手に取った。慣れない手つきで、ヒマリがオムライスと言っていた料理をすくって、口に入れる。
「……!」
口に入れた瞬間、ゼリー飲料よりずっと強い味がして、思わず目を見開く。
甘くて、酸っぱくて、あったかい。でもそれだけじゃなくて、何て言えばいいかわからないけど、とにかくおいしい。
"……どうかな、シホ? 初めてのお子様ランチは"
先生が優しく聞いてきたので、私は口をもぐもぐさせながら、おいしいということを伝えるためにうんうんと何度も頷いた。
"おいしいよね! 私もエビフライとか大好きだよ!"
そう言って、先生は私のよりもずっと大きいエビフライとやらを、勢いよく食べ始めた。
上位互換というだけあって、先生の料理はどれも私の料理より一回り大きくなったものばかりだった。
私もいつかあっちを食べてみたいな、と思いながら、自分の皿にある小さなエビフライを口に運んだ。
私が夢中で食べるのを、三人はどこか嬉しそうな顔で眺めながら、自分たちの食事を続けていた。
◆
食事を終えて、外に出る。お腹がいっぱいになって、少し体が重い。
ファミレスでの食事は、全員の分を先生が払うことになった。なんでも、生徒のためにお金を出すのは、先生として当たり前なんだとか。
"シホ、おいしかった?"
「……うん。おいしかった。また食べたい」
"もちろん、いいよ。私がいる時は、いつでも食べに連れて行くからね!"
そう言うと先生は、会計の時に使っていたカードを見せつけるように構える。
いつでも、という言葉は魅力的な提案だけど、お金も払っていないのにそんなに優しくされるとやっぱり戸惑う。
でも、お腹の中があったかくて、なんでかわからないけど、私はコクリと頷いてしまった。
「さて、あとは解散するだけなのですが、私は少し先生と別の用事があります。……エイミは、シホを部室に連れて行ってもらえますか?」
ヒマリは先生と目を合わせた後、エイミに向き直って指示を出した。
「……うん、分かった。行こ、シホ」
エイミは特に何も言わず、私を連れて一緒に部室に戻ろうとする。その様子を見て、私は少し考えてから、エイミの手を取って部室に戻ることに決めた。
◆
「――と、いうわけです」
シホとエイミを見送った後。私たち二人は場所を変えて、人気のない空き教室へとやってきた。
車椅子に座るヒマリから聞かされたシホの生い立ちは、あまりにも壮絶だった。
ロボットを操作するために改造された強化人間。様々な企業や個人の依頼を受けて戦い続ける傭兵。そして、最後のミッションの際、大きな爆発に巻き込まれ……気がついたら、キヴォトスの廃墟にいたという。
"彼女がキヴォトスに来るまでに、そんなことが……"
彼女の生い立ちは、想像を絶するものだった。
どちらの世界も、銃火器が日常的に飛び交うことに変わりはないが、彼女の過ごしてきた世界は、命があまりにも軽かった。
子供が子供らしくいられなかったこともそうだが、彼女を守るべき大人がいないまま最期を迎えてしまったことに、胸が締め付けられる。
「私が彼女から聞いた話は以上ですが、彼女も自身の全てを教えてくれたわけではありません。意図して隠しているわけではないのでしょうが、すべてを話してくれるには、まだ信頼が足りないということでしょう」
ヒマリの話を聞いて、たしかに気になる点はいくつかあった。
私の目から見ても、彼女がまだすべてを語っていないことはわかっていた。
けれど、無理に踏み込んで過去を詮索するつもりはない。大切なのは過去よりも、彼女がこれからキヴォトスで何をしたいかだ。彼女が自分で道を見つけられるよう、寄り添い、導くのが先生としての私の役目なのだから。
"大丈夫。無理に聞き出す必要はないよ。シホが話したくなった時に、彼女のペースで話してもらえばいい"
"それまでは、彼女がやりたいことを見つけて、自分の足で歩いていけるように……私が責任を持って支えるよ"
「ふふっ、先生ならそう言ってくれると思っていました」
ヒマリは安心したように微笑んで、少しだけ肩の力を抜いた。
「シホはキヴォトスの外から来たと言っていましたが……先生が元いた場所も、そのような過酷な環境だったのでしょうか?」
"……いや、私のいた場所はそんなひどい環境じゃなかったよ。技術力も、キヴォトスと変わらない程度だった"
「なるほど。なんとなくそうだとは思っていましたが……キヴォトスの外と言えども、世界は一つだけではないということですね」
ヒマリは思案するように指先を合わせ、まっすぐに私を見た。
「先生。現時点で判明している、シホの身体についての情報を共有します」
"うん"
「彼女は――アリスと限りなく近い存在です」
"えっ……アリスと? というか、なぜヒマリがそれを……?"
「うふふ、このミレニアム最高の天才美少女ハッカーであるこの私にとって、その程度の情報など筒抜けなのです」
ヒマリは後ろめたさを全く感じさせずに、しかし堂々とごまかすようにそう言った。
「それはそれとして、彼女の身体能力はアリスとほぼ同等、もしくはわずかに劣る程度であると思われます。身体は限りなく人間に近い構造ですが、明らかに異なる点がいくつかあります。そして……おそらくですが、彼女の状態は万全ではありません」
"万全じゃないって……ケガをしてるの?"
「いいえ。あくまで科学者としての私の直感ですが……彼女の身体に使われている技術は、紛れもないオーパーツレベルです。それなのに、身体のスペックに対して、できることが制限されている印象を受けます。例えるなら、スポーツカーの見た目なのに、乗用車レベルの走りしかできない車を見ているような感じです」
"それって……その気になれば、もっとすごいことができるってこと?"
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。明確な根拠があるわけではありません。だからこそ……彼女の素性を調査するためにも、先日から協力をお願いしている『デカグラマトン』の調査を進めたいのです」
私は眉をひそめた。
"彼女は、デカグラマトンとは関係ないんだよね?"
「ええ、九十九パーセント関係はないでしょう。ですが、それをはっきりさせるためにも、まずは預言者『ケセド』の調査を進めましょう。幸い、シホを拾った時のエイミの調査で、ケセドに関する情報は集まっています。シホが脱出した際に出くわしたというオートマタも、ケセドが生産した兵力の一部である可能性が高いです」
"……わかった。シホの安全と身体のことを知るためだしね。明日から、早速調査を開始しよう"
「ええ、よろしくお願いしますね、先生」
ヒマリは柔らかく微笑むと、車椅子の向きを変え、部室へと戻っていった。
◆
部室に戻ってからシャワーを浴びて、ヒマリが用意してくれたパジャマを着た。
ソファに座って、エイミがいれてくれた「ホットミルク」という飲み物をちびちびと飲む。甘くて、あたたかくて、ほっとする味がした。
しばらくして、部室の扉が開いてヒマリが戻ってきた。私はマグカップを置いて、ヒマリの前に立つ。
「おや? どうしましたか?」
「ヒマリ。今日の仕事は終わった。明日から、何の仕事をすればいい?」
今日の仕事は検査だけだったし、報酬もそんなに多くはないだろう。
私は次の仕事を探すべく、ヒマリに尋ねた。するとヒマリが、驚いたように目を丸くして言った。
「……シホ? そんなに仕事ばかり気にしなくても、今は休んでいていいのですよ」
休んでいていい。ウォルターも、前に似たようなことを言っていたなと思う。
「わかった」と私が頷くと、ヒマリは一瞬安心したように息を吐いた。
だけど、私はヒマリが何か言う前に、続けて言った。
「じゃあ、仕事をもらえるところを教えてほしい」
「…………はい? シホ、話を聞いていましたか? 今は休めと言ったのですよ?」
「わかってる。ヒマリの仕事は休む。だから、別の仕事をして、ヒマリの仕事に備える」
「全然わかってないじゃないですか……私は仕事自体を休みなさいと言っているのですよ」
ヒマリは呆れたように言い捨てるが、私も自分の考えを曲げる気はない。
「私は十分休めている。けど、まだ武装が全然そろってないし、こっちの仕事にも慣れていない。いろんな仕事に備えるためにも、お金が必要になる。だから、必要な分だけ休んで、次の仕事に備えるのは、私のためにもなる」
もちろん、私だってウォルターからの依頼でもない限り、進んで無理をするつもりはない。
けど、依頼を確実に成功させるためには、その依頼に対する準備が必要になる。
準備の大切さは、
「……っ」
ヒマリが、少し気圧されたように言葉を詰まらせた。私はじっとヒマリを見つめて、次の仕事をもらう許可を待った。
しばらく見つめ合っていると、ヒマリは深くため息をついた。
「……わかりました。なら、明日から私たちの仕事を手伝ってください」
「わかった。何をすればいい?」
「今日説明するより、明日直接話したほうが早いので……明日の仕事の時に説明します」
「わかった」
私は短く答えると、ソファに戻り、またホットミルクをちびちびと飲み始めた。あたたかい。おいしい。
ふと、ヒマリに視線を戻すと、なぜか頭に手を当てて難しそうな顔で私を見ていた。
そんな様子を見て、休めと言われたのにエアと一緒に仕事をしていた時のウォルターからも、同じような雰囲気を感じたことを思い出した。
きっと今のヒマリみたいに困っていたのかもしれないが、私も仕事のためには手を抜けない。
とりあえず明日は仕事があるから、今はしっかり休んでおこうと思った。
本作の『キヴォトスの外』についてですが、公式での具体的な描写がないため、私たちのいる現代社会と大差ない世界があるという、ふんわりとしたイメージで想定しています。
先生が元々いた『キヴォトスの外』はこちらを想定しています。
また、本作ではキヴォトスの外側の世界についてマルチバース理論を採用しています。
公式での『とある科学の超電磁砲』コラボのように、「キヴォトスの外=別の作品や、別次元の世界が無数に存在している」という仮定です。
キヴォトスの住人たちも「外の世界」があること自体は把握しており、先生がいた世界、または卒業生が行く世界とは、ある程度行き来ができたりするのだと考えています。
そのため、キヴォトスの一般的な認識としては「行き来できる世界=キヴォトスの外」として広まっている、という設定です。