猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
今更ですが、皆様からの反応が執筆の励みになっていて、とても嬉しいです。
これからも頑張って更新していきますので、引き続きよろしくお願いいたします。
ケセドの部屋から退避した後、私たちはエイミの先導で、私がキヴォトスで最初に目を覚ました場所へと向かった。
瓦礫を越えて進んでいくと、見覚えのある景色に出た。遠くに、大きな塔――ヒマリが『サンクトゥムタワー』と教えてくれた建物――が見える。
ここは間違いなく、数日前に私が通ってきた場所だ。
『到着したようですね。ここからの移動は私がオペレーションしますから、マッピングの心配は要りません。迷わないようにルートに従ってくださいね』
通信機からヒマリの声が聞こえる。私たちはヒマリの指示に従って、迷路のような廃墟の中を探索し始めた。
私が脱出した時にここにいたはずのオートマタやドローンは、さっきケセド本体を叩いたからか、まったく見当たらなかった。
来た時に比べて静かになった廃墟を、何事もなく奥へと進んでいく。
しばらくして、私が目を覚ましたであろう区画に到着した。隣を歩く先生が、周りの景色を見て、どこか不思議そうな顔をしているのに気がついた。
「先生、どうしたの?」
"ううん、なんでもないよ。ちょっと見覚えがあるなって思っただけ"
「来たことあるの?」
"いや、廃墟には来たことあるけど、ここに来るのは初めてかな"
なんとなく、何かを知っていそうな雰囲気はしたけど、先生は優しく笑って誤魔化した。ちょっと気になるけど、今は先に仕事を終わらせよう。
私たちは手分けして、部屋の中にある古い端末や、崩れた机の中から使えそうな情報を探した。
いくらかの記憶媒体を見つけたので、それはエイミが持ってきていたバッグにしまってもらう。
「思ったより何にもなかったね」
『ええ、ですが、廃墟というのは得てしてこういうものです。役立ちそうな情報が持って帰れるだけでも御の字でしょう』
エイミとヒマリは探索に慣れているのか、あの程度の情報でもあるだけマシだという態度でいた。
「じゃあ、最後にシホが目覚めた部屋だね」
エイミがそう言って、探索が済んでいない、私が目を覚ました部屋へと入っていった。
そこには役に立ちそうな端末などはなかったが、私が最初に入っていた棺だけが、ぽつんと部屋の真ん中に置かれていた。
「他の部屋以上に何にもないね。それに……なんだか変な感じの部屋だね」
『変というよりは、不自然といった方がいいでしょうか。シホ、この部屋はあなたが目覚めた時からこうでしたか?』
私が目覚めてから配置などは変わっていないように見えるけど、改めて見ると不自然だ。
周りには同じような棺はないし、この部屋の真ん中だけ物を片付けたようになっていて、瓦礫やガラクタはすべて部屋の端っこに寄せられている。
まるで、誰かが意図的にこの棺だけをここに運んできて、真ん中に配置したような感じだった。
「こんな感じだった。特に変わってないと思う」
『そうですか……。エイミ、念のためこの部屋全体を調べてもらえますか?』
「うん、了解」
そう言ってエイミは部屋をぐるりと回りながら探索をしていった。
しかし、部屋全体に違和感はあるけれど、それ以外にめぼしいものは何もなかったようだ。
部屋の端に転がっている機械などはあったけど、どれも壊れていて使い物になりそうもない。
「うーん……怪しいとは思うけど、ここには本当に何もないね」
『そうでしたか。仕方ありません、これ以上は得るものもなさそうですし、今日の調査はこれで終わりにしましょう』
そういって、私たちは調査を切り上げて部室へと引き返すことにした。
◆
帰るまでは特に何事もなく、無事に特異現象捜査部の部室に帰還した。持ち帰ったケセドのデータと、廃墟の記憶媒体をヒマリに渡す。
「三人ともお疲れさまでした。ケセドとシホのデータは無事に確保できましたね」
そう言うと、ヒマリが車椅子のホログラムキーボードを凄まじい速度で叩き始める。
しばらくすると、ヒマリの画面に表示されていた図のデータが更新された。
「うん。これで二つ目かな」
「さて、シホがいたところにあった情報ですが……これに関してはすぐには解析できそうにありません。現場でほとんど情報が得られなかったこともありますが、なにせ、持ってきた記憶媒体の損傷が激しいです。おそらく、使い物にならないものが多いと思いますので、調査には時間がかかるでしょう」
ヒマリはそう言って、少し困った表情を見せた。流石に、あれだけ放置されていたような場所にあった媒体だと、問題なく使えるとは言えないのだろう。
「大丈夫。何かわかったら教えて」
「ありがとうございます、シホ。それでは……あら?」
これでひと段落といったところで、ヒマリは手元の端末を見て何かに気がついたようだった。
「部長、どうしたの?」
「……ちょっと待ってください。何かが……」
そう言うと、ヒマリは再びコンソールを操作し始めた。何か見落としでもあったのだろうか?
「何か問題?」
「いえ、そうではなく……。ケセドのデータの中に、やや気になるものがありまして」
「気になるもの?」
「この座標は一体……? 廃墟のどこかに見えますが……」
「……?」
私を含めたみんなは、ヒマリが何を見つけたのかを気にして黙り込んでしまう。
「ああ……ごめんなさい。これは後で確認する必要がありますね。シホの情報の整理もあるので、少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「わかった……終わったら教えて、部長」
エイミがそう言うと、ヒマリは再び手元のコンソールを操作し始めた。その言葉を言い終わると、エイミと先生はそれぞれソファや椅子に向かって歩き出した。
私はそれを見て、少し慌てた。ヒマリは忙しそうにしているけど、まだ今回の仕事の報酬をもらっていない。仕事が終わったのなら、きちんと支払ってもらわないと困る。
「ヒマリ」
「シホ? どうかしましたか?」
「今日の仕事の報酬、まだもらってない。いつもらえる?」
それを聞いたヒマリは「あっ……」と言って何かを思い出したような表情をした。たぶん、まだやることがあるし忘れていたのかもしれない。
ヒマリは少し申し訳なさそうに笑いながら、こちらに向き直った。
「しっかりしていますね。……報酬については、シホが自由に使えるように手配していますので、その時が来たら必要なものと一緒にお渡しします。なので、調査が終わるまでもう少しだけ待っていてもらえますか?」
「……うん、わかった」
そう言われて、そういえば前の時はヒマリからカードを借りて、それを使って買い物していたことを思い出した。
たぶん、私が自分で使う用のカードを準備してくれているのだろう。ここは素直に待つことにして頷いた。
◆
そのまま部室で待っていると、調査が終わったらしいヒマリが全員を集めた。
「……皆さん」
「どうだった?」
「廃墟のとある地域で、ほんの一瞬ですが無視できない信号を捉えました」
「信号?」
「……誰かに呼びかけるような、『救出信号』です」
救出信号と聞いて、廃墟で誰かが援護を要請しているのかと思ったけど、ヒマリの表情からしてどうも違うらしい。
「……一見、意味のないノイズにも見えますが……私はこの信号パターンを覚えています。そう……私たちが遭遇したあの存在」
「……まさか」
「ええ。デカグラマトンの信号と一致していました……まさかと思って何度も確認しましたが、間違いありません」
デカグラマトン。私が初めてヒマリと出会った時に聞かれた名前の一つだ。
それについてほとんど何も知らないけど、ヒマリの雰囲気からしてあまり良いものではないらしい。
"ええと……つまり……"
「その信号が発せられた場所に、デカグラマトンがいるって事?」
「……今まで通りの流れでしたら、ほぼ間違いなく」
「だったら……私たちの任務はデカグラマトンの正体を明かすことだよね? それなら、わざわざ他の預言者のデータを収集しないで、今すぐそっちを攻略すればいいんじゃ……?」
エイミの言葉を聞いて、私は初めて預言者を調査する理由を知った。
たしかに、目標がそこにいるのなら、直接行けば解決するはずだ。エイミの言うことはもっともだと思っていると、ヒマリが口を開いた。
「……その通りですが、まだ性急に結論を出す段階ではありません。私たちはデカグラマトンの正体を明かすのが目的ではありますが、追いかけっこをしたいわけではないのです」
そう言ってエイミの提案を却下するヒマリは、どこかもどかしそうだった。
ヒマリとしても問題を一刻も早く解決したい気持ちはあるのだろう。だけど、デカグラマトンという得体の知れない存在に対して、情報も揃わぬまま闇雲に突撃するのは得策ではないと警戒しているのだと思う。
少しの間思案するように俯いていたヒマリは、やがて顔を上げて結論を出した。
「一度、現地に行って確認してみましょう。もしかしたら、私が見間違えていた可能性もありますし……。まずは、例の信号が発信された場所に向かいます。ほんの一瞬の信号でしたので、具体的な位置を特定することはできません」
「……」
「もしかしたら道中、何日も迷うことになるかもしれません。ですが、それだけの価値があります。今日は準備を整えて、明日には調査に出発しましょう」
「うん、わかったよ」
ヒマリの話が終わって、次の調査の内容が決まったようだ。今度はただ行って帰るだけじゃなくて、行ったこともない場所の探索だから時間もかかるらしい。
その調査には私も参加するのだろう。もしそうなら、現場の状態や敵の詳細を教えてもらい、武器を更新しておきたい。
「ヒマリ、お願いがある」
「あら。どうしましたか、シホ?」
「やっぱり、今回の仕事の報酬がすぐ欲しい」
「おや? さっきは待ってもらえると思っていたのですが……なぜ、すぐに必要なのですか?」
たしかに、さっきは次の仕事まで時間があると思って納得したけど、もう次に行かないといけないなら話は別だ。
「うん。今日みたいな大量の敵や大型の敵だと、アサルトライフルだと少し戦いづらかった。だから、弾幕を張れる『マシンガン』が欲しい」
敵の数や任務の内容に合わせて、
今回は特に敵の数が多く、ケセドの装甲も厚かったため、最後のほうは弾薬がほとんど切れかかっていた。今後も同じような敵を相手にするなら、もう少し火力を上げておきたい。
私の説明を聞いて、ヒマリは目を丸くした。
「なるほど……アサルトライフルだけでなく、本当に複数の武器を使い分けることができるのですね。私たちは使い慣れた武器を使い続けるのが普通なのですが、シホは器用ですね」
「私も他の武器が使えないわけじゃないけど、
エイミに言われ、真っ先に思い浮かんだのは
もちろん、それを軸に装備を決めたいけど、前にエイミに聞いたらないと言われたため、別の武器を探すしかない。
「あるけど、ない」
「……あ、そっか。ごめん、前に探してたね」
エイミが申し訳なさそうな顔をして謝った。
前に私がガンショップで伝えた要望を思い出したのだろう。少なくとも、前に私が愛用していた武器は、どれもキヴォトスにはないみたいだから。
「エイミの紹介したお店にはなかったのですか?」
「というより、キヴォトスにない武器かな。一応、レーザーや高周波ブレードみたいな技術自体はあるらしいけど、個人用の武器として使えるようなものは売ってないかな」
"レーザー!? 高周波ブレード!?"
エイミの言葉を聞いて、突然先生が目を輝かせて大きな声を上げた。
普段は落ち着いている先生が突然大声を出したので、私とエイミは少しびっくりしてしまった。
「わっ……びっくりした。先生、そういうの好きなの?」
"もちろん! ああいうロマン武器が嫌いな男なんていないよ!!!"
「……すごい嬉しそうだね」
エイミが少しだけジト目を向けているが、先生は全く気にしていない。
どうやら先生は、私が愛用していた装備に心当たりがあるようだった。こっちの世界にはないはずなのに、どうして先生が知っているのだろうか。
「好きってことは、先生はどこかで売っているのを知っているの?」
"あはは、ごめん、ちょっとテンション上がっちゃった。私が元いた世界だと、そういう武器は架空の兵器で、『ゲーム』とかの中にしかないんだ"
「げーむ……?」
"……そうだね。また今度、シホにゲームについても教えてあげるよ"
先生が喜んでいるので、もしかしたら裏ルートで手に入るのかと期待したけど、どうやらそうではないらしい。
『げーむ』というの中に存在しているだけらしいけど、よくわからないから、また今度教えてもらおうと思う。
「なるほど……たしかに、シホのいた場所とキヴォトスの技術力ではかなりの差があるようでしたから、こちらで見つからないのも無理はありません」
そう言うとヒマリは少しため息を吐いて、仕方ないといった様子で話し出した。
「わかりました。そういうことでしたら、私が代わりに支払っておきますので、武器を買いに行ってもいいですよ。エイミが連れて行ってくれたあのお店に行くといいでしょう。もし予算が足りない場合は、私に連絡してくださいね」
「わかった。行ってくる」
私は支払い用のカードを受け取って、ヒマリたちに見送られながら、新しい武器を買うために部室を後にした。