猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
謎の四脚兵器から退却して、全員が部室に集合する。ヒマリが私たちを見て、ほっとしたような顔を見せた。
「おかえりなさい。皆さん、ご無事でしょうか……」
「なんとか……。部長、あれは一体?」
エイミがヒマリに尋ねるが、私もあの四脚の正体については気になっている。あれは動きや兵装だけで言えば、ルビコンにあってもおかしくない性能のロボットだった。
「……私も初めて見ました。あの姿は、おそらく……今まで知らなかった、新しいデカグラマトンの『預言者』……のようですね」
「やっぱりね。急に出てくるからびっくりした」
デカグラマトン。そして、預言者。調査中によく聞く名前だけど、結局それが何なのかわかっていない。
何かの標的の名前だと思っていたけど、新しいということは、あんな敵がまだ何体かいるということだろうか。
「ヒマリ、預言者って他にもいるの?」
「ああ……そうでした。シホには結局、それについて説明していませんでしたね」
ヒマリはすっかり説明を忘れていたのか、少し申し訳なさそうな雰囲気で話しかけてきた。
「デカグラマトンと預言者については、今まさに調査している対象で、はっきりとしたことはまだわかっていません。デカグラマトンとは、廃墟の奥深くに潜んでいると推測される、正体不明の超高度AIシステム。預言者とは、そのデカグラマトンによってシステムを書き換えられてしまった自律型AIや巨大兵器……ということぐらいです。現在確認できている預言者は、先ほど遭遇したものを含めて三体ですね」
「……なるほど」
ヒマリの話を聞いて、私たちが調査している対象が、思ったより複雑な存在であることに驚いた。
AIと言われると、
一体どういう存在なのか想像がつかないけど、そう考えると、たしかに放置するのは危険なのもわかる。
「それはそうと、シホ。あなたにはお説教がありますよ」
「……」
ヒマリがにっこりと笑いながら、だけどどこか圧のある表情で私に向き直る。やっぱり、命令を無視したのは良くなかったみたいだ。
「私が状況の不利を悟って撤退の判断を下したというのに。よりにもよって未知の預言者に対して、単機で攻撃を仕掛けるなんて……。たしかにあなたは、かつて過酷な戦場を生き抜いた傭兵だったのでしょう。自分なら大丈夫と判断したその考えや、あなたの戦闘能力自体は否定しません」
「……うん」
「ですが! ここはあなたがいた戦場ではなく、キヴォトスです。特に、私たちが相手にしているのは、全く未知の存在であると言っても過言ではありません。あなたは相手の装甲材質も、攻撃パターンも、ましてや正体すら知らないままだったのです。正面から挑んで無事でいられるかもわからない相手に、あのような無茶な行動をしないでください」
たしかに、相手は完全に未知の存在だった。だけど、そんなことルビコンではよくあることだったし、勝てそうにもない相手に対しては様子を伺ってから動く。それぐらいの判断はできるつもりだ。
……あの時の仕事の内容は、調査結果を持って帰ることだった。なら、勝てる見込みがある存在に対して、戦わないという選択肢はなかった。
どうしてヒマリがここまで怒るのかと思ったけど、たぶん、私にはまだこっちでの実績がないからだろうと思った。
ヒマリにとって、私がどれぐらい戦えるか正確にはわからないのだから、勝手に動かれては困るのだろう。
ヒマリの信頼を得るためにも、まずは言われた仕事をきちんとこなすところから始めなければと思い、私は気合を入れ直した。
「わかった。気をつける」
「……本当にわかっているのですか?」
「大丈夫。次からは指示に従う」
そう言ってヒマリを見つめると、彼女はあきらめたかのようにため息をついて視線を落とした。
「……とりあえず、わかってくれたのならそれでいいです」
「こほん」と咳ばらいをして、ヒマリはみんなの方に向きなおった。
「話がそれましたが……先ほど遭遇した預言者から、少なからず情報を得られました。あれは「
そう言って、ヒマリは以前の調査で更新していたデータを表示した。よく見ると、一番端の丸が黄色になっていることがわかる。
「残念ながら、それ以上の情報はほとんど集まっていません。……ですが、ケテルについていくらか予想できる部分もあります」
「もしかして、わざわざ自分から私たちの前に出てきたこと?」
「はい、まるで私たちの調査を止めるような動きでしたが……」
そう言って、ヒマリは少し言いよどむ。
「本当にあの場所にデカグラマトンが存在するのでしょうか?」
「うーん……」
二人はケテルの動きに疑問を持っているようだった。私からしたら、重要な拠点に来る敵を排除するのは普通のことなので、ケテルの行動は当たり前のようにも見える。
「まぁ、あの預言者が守っている水没地区に、デカグラマトンが存在しているのかどうか、それはこれから確認すればわかることです」
「……これから、ちょっと大変になるね」
「ええ。次の任務は、その水没地区の調査です。『預言者』が私たちの前に立ちはだかってくるとは思いますが……みなさん、一緒に乗り越えていきましょう」
ヒマリはしっかりとした覚悟を持って、廃墟の水没地区の調査を成功させることを宣言した。
◆
それからヒマリは急いで作戦を用意して、私たちは再び廃墟に向かった。
今回の作戦は「かくれんぼ」というらしい。なんでも、ケテルに見つからないように水没地区の奥を目指すのだとか。
そうしてヒマリの指示のもと、水没地区の探索を進めているのだが――
「部長、ケテルの移動を捉えたよ。――こっちに向かってる」
『このルートもまた、手詰まりですか……』
「うん。どのルートもケテルとぶつかる。やっぱり、潜入して調査するのは不可能なのかも……」
『廃墟水没地区の探索……一筋縄ではいきそうにありませんね……』
探索は順調とは言えなかった。どれだけ慎重に進んでも、いつの間にかケテルに感知され、今回のように接近を許してしまう。
最初の頃にも何度か接敵しかけたので、自分とエイミでケテルを撃破したらどうかと思ったけど、さすがに怒られたばかりなのでやめておいた。
「かくれんぼにはそれなりに自信がありましたが……仕方ありません。先生、二人を連れて一旦退却してください。私は次の手を考えます」
"わかった"
探索を始めてからかなり時間が経っており、もう日も落ちている。ヒマリもさすがに諦めたのか、悔しさをにじませながら撤退を指示した。
……隠れながら進むのは無理みたいだし、やっぱりケテルを撃破した方がいいのではないだろうか。
『シホ、だめですよ?』
「……まだ何も言ってない」
『語るに落ちてますよ。まだということは、これから何か言おうとしていたのがバレているということです。やるにしても、まずは作戦を立ててからです』
「わかった」
通信越しにヒマリに指摘されて、提案する前に断られてしまった。
でも、私の考えを見抜いた上で作戦を立てると言っているなら、ヒマリもそれ以外の方法がないと思っているのかもしれない。
私より賢い人が作戦を立ててくれるなら、それが一番いい。私の返事を聞いてクスリと笑ったヒマリは、そのまま退却のためのルートを指示した。
◆
「皆さん、遅くまでお疲れさまでした」
私たちが部室に戻る頃には、空がすっかり暗くなっていた。出迎えてくれたヒマリも、心なしか疲れているように見えた。
「どうやら、ケテルに遭遇せずにデカグラマトンの水没地区に潜入するのは……不可能みたいですね」
「これからどうしよう?」
二人は困ったように顔をしかめて、これからどうすべきか考えている。でも、撤退前にヒマリが言っていたように、やることは一つしかない。
「やっぱり、ケテルを撃破するしかない」
「そうなのですが、そうしない理由は危険という以外にもあります。シホ、あなたとエイミが最初にケテルを退却させた後のことを思い出してください」
そう言われて、一度ケテルを下がらせた後に、武装が変わった状態でケテルが再度襲撃してきたことを思い出す。
「どこかに、ケテルの補給ポイントがある」
「その通りです。補給ポイントというよりは、基地や拠点と言った方が良いでしょう。ケテルは多少の損傷ならそこで復旧できるようですし、何より状況に合った兵装に換えてくることができます」
たしかに、あの速度で補給されたりアセンブルを換えられたりするとかなり厄介だし、何よりケテル自身が撃破される前に撤退するのは簡単に想像できる。
もし仮に、あの技研都市みたいなところで、どれだけ補給用シェルパが用意されているかわからないACと戦えと言われたら、さすがに撃破できる自信がない。
せめてこっちに、ケテルと同じだけの機動力と火力を出せるロボットがあれば、補給前に倒しきることはできるだろうけど。
「なので、まずはケテルの活動範囲、使用しているであろう基地の規模と数の把握。そして、ケテルの復旧能力がどれほどのものなのかを調査する必要があります」
「もしかして、ある程度わかっていたりする?」
やるべきことを説明するヒマリに対して、エイミが期待したように問いかける。しかし、ヒマリは残念そうな顔をして、首を横に振った。
「先ほどの調査である程度データは集められましたが、まだそこまで調べきるには情報が足りません」
そう言ってヒマリは手元のコンソールを操作して、私たちに地図を見せてくれた。見ただけじゃよくわからないけど、たぶんこれが今まで探索した廃墟の地図なんだろう。
「まず、ケテルが出没する座標から、おおよその守っているエリアを絞ってみました。廃墟水没地区の中でもかなり外部に位置しており、研究室や実験室があるエリア――便宜上、『研究地区』と呼びましょう」
ヒマリがそう言うと、地図の一部が赤く囲まれた。ただ、赤く囲まれている部分の内側はほとんど空白のままになっている。おそらく、ここが研究地区なのだろう。
「研究地区……そこが私たちの目的地なんだね」
「ええ。正確にはデカグラマトンの信号を捉えた地点が最終目標ですが……そこに到達するためには、やはりケテルを無力化する必要があります。なので、これから必要になるのはケテルの復旧能力を測るためのデータ収集です。今までやっていたことが『かくれんぼ』ならば、これから行うのは『鬼ごっこ』です!」
「ケテルが『鬼』じゃないんだ」
"今度は私たちが鬼?"
「ええ、そういうことです」
どうやら、今度は潜入しながらの調査ではなくて、積極的にケテルを追いかけるものになりそうだった。
私としても、隠れて進むのはあまり得意じゃないから、そういう調査ならやりやすくて助かる。
最終的にどうするかは明日のブリーフィングで行うので、今日は解散して明日に備えることになった。