猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
改めて、部室に戻ったあとのシーンの描写を加筆・変更したものに差し替えております。
すでに読んでくださった方には申し訳ありません。よろしければ後半部分をもう一度読んでいただけると嬉しいです。
デカグラマトンが見つかった施設から、ミレニアムの部室に戻ってきた私たち。
戻ってからずっと、ヒマリは車椅子の上でぐったりとして、あからさまに落ち込んだ様子を見せていた。
「……部長があんな顔してるの、珍しいね」
エイミが小声でこぼす。
「……信じられますか? 私たちが見つけたデカグラマトンの正体が、ただの自動販売機のAIだったなんて。しかも、ただ幻聴を聞いて神様気取りになっただけ……それを証明しようにも、もうあの場所は海の底ですし……結局、変な妄想を聞かされた上に、爆発と水流から逃げ回った記憶だけが鮮明に残っています……」
「……結局、デカグラマトンがあんなことになって消えたのかどうかも分からないけど、これからはどうするの? もう何も心配いらないってこと?」
エイミの言葉に、私は少し焦った。
心配がいらない。つまり、敵がいなくなって調査が終わったら、この仕事はなくなってしまう。まだこれしか仕事を受けていないのに、私の役目がなくなってしまうのはちょっと困る。
「いえ、終わったわけではありませんよ」
ヒマリは顔を上げて、真剣な声を出した。
「そもそも実際問題として、私たちにとって危ないのはデカグラマトン本体ではなく、預言者たちのほうです。デカグラマトンが本当にただの自販機のAIだったとしても、彼らは自分の意思で動いていますからね」
そう言われて、確かにデカグラマトン自体が直接攻撃してきたわけじゃなかったことを思い出す。
廃墟で戦ったケテルのような巨大な敵が、自分たちの考えで勝手に暴れているのだとしたら、壊しておかなければならないのも分かる。
「それに、デカグラマトンは最初から『存在証明をやり直す』と言っていました。脅威はまだ去っていないと考えたほうがいいでしょう。そして……十番目の預言者、『マルクト』。デカグラマトンが言及した、生命の樹でも『最後のセフィラ』と呼ばれる存在。おそらく私たちにとって、最大級の脅威になりそうですね」
「そっか……」
エイミは少し残念そうに、不安な様子を見せる。私は、今後も戦う相手がいそうだとわかって、そっと胸をなでおろした。
「そういえば、デカグラマトンが言っていた『私を圧倒する存在』についても気になりますね。……先生、何か心当たりはありませんか?」
"うーん……"
ヒマリは先生に向けて問いかけた。
先生はというと、首を傾げて頭を悩ませていた。雰囲気からして、隠しているというよりは、先生自身も本当によくわかっていないみたいだった。
「……私も少し気になることがあるので、これについてはまた調べておきます。とにかく、一つだけはっきり分かったことは……『アリス』は、この件に関しては無関係だということです」
ヒマリが一安心といったように呟く。
アリス。それが誰のことなのか、私にはわからない。でも、その名前を聞いた瞬間、自分の中の奥深くにある『なにか』が、ほんの少しだけ反応したような気がした。気のせいかもしれない。ひとまず、ヒマリの話を黙って聞くことにする。
「ひとまずこれで、リオとの長かった論争にも、一つ終止符が打たれそうです。……この話はまた機会がある時にしますので、それまで待っていてくださいね、先生」
"わかった。またよろしくね"
先生とヒマリが話し合いの約束を取り付けた横で、エイミが確認するように口を開いた。
「とりあえず、この件はリオ会長になんて報告するの? デカグラマトンは消えましたって言っておく?」
「特にあのビッグシスターに報告する必要はありません。何せ、脅威はまだ去っていないのですから」
また新しい名前が出てきた。『ビッグシスター』。多分、『リオ』っていう人の異名なのだろう。ミシガンの『歩く地獄』と同じようなものだ。
大きくて、姉妹……おっきい姉妹ってなんだろう?
つまり、重装甲ですごく体が大きくて、強い女の人なんだろうか。私は頭の中で、ミシガンのような重武装の女の人を思い浮かべる。
「今後は、預言者たちがキヴォトスを襲ってくるでしょうから、それに対応しなくてはいけません。それに、生命の樹もすべて埋まっていない以上、引き続き調査が必要でしょう」
「そっか、了解」
いつの間にか話がまとまったみたいだ。でも、私には一番大事な確認が残っている。
「……私の仕事は、まだ次がある?」
念のために聞いてみると、私の言葉を聞いて、ヒマリは優しそうに微笑んだ。
「ええ、もちろんありますよ。今後もよろしくお願いしますね、シホ」
その言葉を聞いて、小さく息を吐く。これで明日からも、ここにいられる。自分の役目がある。
"さて。とりあえず今回の調査は無事に終わったわけだし……みんなで打ち上げに行こうか"
「打ち上げ? どこに行くの?」
"そうだね。この前行ったファミレスはどうかな?"
ファミレス。その言葉を聞いて、私は思わず顔を上げた。
この前、先生に連れて行ってもらった場所。そこには、色々な食べ物が一つのお皿に乗った『お子様ランチ』があった。
またあれが食べられるのだろうか。ハンバーグ、エビフライ、そしてオムライス……。
気づけば、私は無意識のうちに先生の顔をじっと見つめていたらしい。
「シホ、すごく嬉しそう。目がキラキラしてるよ」
「ふふっ。普段は大人しいですが、こういうところは年相応の可愛らしい少女ですね」
私が何か変なことをしたのか、三人が私を見て優しく笑っている。理由はよくわからないけど、そのあたたかい空気は、悪い気はしなかった。
"シホ、またお子様ランチ食べる?"
「……うん。食べる」
私がうなずくと、先生は嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。よし、出発しようか。そう言って先生が立ち上がった、その直後だった。
突然、ヒマリの端末からけたたましい着信音が鳴り響いた。
『ヒマリ、今いい!?』
「あら、チーちゃん?」
通信の向こうから聞こえたのは、かなり焦ったような女の人の声だった。
『通信ユニット「ハブ」を観測したわ!どこにいたかと思ったら、ミレニアムの地下300mからこっちに接近中!ヒマリの力がないときつい、すぐに対応をお願い!』
チーちゃんと呼ばれたその人は、用件を一気に言い切って、すぐに通信を切った。また新しい人……いや、それよりも『接近中』という言葉に意識が向く。
「噂をすればなんとやら。ここにきて、ハブ……もとい、八番目の預言者『ホド』の襲撃ですか。超絶美少女ハッカーの日々は、本当に忙しいですねぇ」
ヒマリはのんきな声でそう言った。エイミが不満そうにヒマリを見る。
"うーん、ファミレスは……お預けみたいだね"
「わかった」
先生が申し訳なさそうに言った。
お子様ランチが食べられないのは残念だけど、新しい仕事が来たのなら仕方ない。
私は、頭の中でスイッチをカチリと切り替えた。ファミレスのこと、お子様ランチのことは一旦頭から捨てる。
『ホド』。それがどんな相手かはわからない。でも、敵が来るなら迎撃するだけだ。
指示はまだかと言わんばかりに、私はヒマリをまっすぐに見つめた。
「あらエイミ、そんな不満そうな顔をせずに準備をお願いします。ほら、シホはもうやる気満々ですよ?」
ヒマリがいつものように笑いながらエイミを煽る。
「……シホはやる気あるね。仕方ないな……効率的にやろう」
エイミも、ため息をつきながらショットガンを構え直した。
「それでは、特異現象捜査部、改めて出勤です!」
ヒマリがそう言って号令をかけると、みんな準備のために動き出した。私もすぐに出撃できるように、他の装備の状態を確認するために先に歩き出した。
その時、背後でヒマリが小さく息をつく気配がした。
「……あんなに無邪気だったのに、仕事と聞いた瞬間に、あんな兵士のような目になるなんて……」
ヒマリの小さな呟きが聞こえたが、声が小さかったため、よく聞き取れなかった。
何を言ったのかが気になってヒマリのほうを振り返ると、彼女は何でもないというように微笑みながら手を振っていた。
たぶん独り言だったのだろう。私は気にしないようにして、準備を進めることにした。
「デカグラマトンの施設で見つけた、シホに関するあの情報……いったい、どちらが本当の彼女なのでしょうね……」
後ろではまた、ヒマリが微かにつぶやく気配がした。