猟犬は透き通る空の夢を見る 作:ピンカル
縦穴の上に作られた巨大な昇降用エレベーターの上。私とエイミは、ホドが登ってくるのを待ち構えていた。
通信機からは、ヒマリの声に混じって、知らない女の人たちの声がいくつか聞こえてくる。
そんななか、ヒマリからチーちゃんと呼ばれていた人が、先生に話しかけてきた。
『……えっと、先生。エイミの隣にいる子は誰?』
"彼女は六津井シホ。ヒマリの後輩だよ"
『むつい、しほ……? ごめん、やっぱり知らないかも』
『私たちも知らないなぁ。ヒマリ部長、その子って見たことないんだけど、ミレニアムの子なの?』
通信の向こうで困惑している声に、ヒマリが答える。
『彼女は、ミレニアムの新入生になる予定のかわいい後輩ですよ。詳しい紹介は後にして、今はあの縦穴にいるホドの対処を優先しましょう』
『……そうね。今はハブ……その『ホド』の対処が先ね』
通信の向こうのチーちゃんは、何か聞きたそうな声色だったが、それどころではないとおとなしくヒマリの言うことを聞いた。
そのまま、ヒマリから今回の仕事についての説明が始まった。エレベーターが、重い音を立てて下へと動き出す。
『さて、急いで準備していたのでブリーフィングが行えませんでしたが、エレベーターでしばらく下降していくので、その間に終わらせたいと思います』
『ホドの目的ですが、はっきりとしたことはまだわかっていません。ただ、ハッキングや物理的な攻撃を用いて、この縦穴を登ってきていることは確認できています』
『今は私とほかの部員――ヴェリタスで対抗しているけど、それも長くは持ちそうにないわ。ホドがどうやってるのかは知らないけど、段々ハッキングの勢いも増してきてるのよ』
『チヒロ先輩が対応しきれない相手なんて、私たちには荷が重いよ……』
通信の向こうから、焦りや困惑の混じった声が聞こえてくる。
ルビコンに居たときは、ハッキングや通信のことはウォルターや……エアに任せていたから、詳しいことは私にも分からない。
『私が調べた限りですと、どうやらホドは自身のサポートをするための柱……便宜上『ピラー』としましょうか。それを増設しながら、上に登ってきているようです』
そう言って、ヒマリは通信越しに、光を放つ機械の柱の画像を見せてきた。
『この縦穴は、本来防衛設備まで配備されているのですが、ホドはそれらを破壊し、安全になった場所にこのピラーを建てているようです。ですので、直接向かって破壊するしかありません』
『つまり、最優先目標はピラーの破壊。そして、上昇してくるホドの撃退よ……危険な任務になるけど、お願いできるかしら?』
『もちろんですとも。エイミとシホはとても優秀な実働要員ですから』
私たちが答える前に、ヒマリが自信満々に答える。エイミはヒマリに不満そうなため息をついたが、私は何も言わずに銃を握り直した。
その直後。ガコンッ! と突然エレベーターが止まって、大きな衝撃音が響いた。
「……っ!? 今のは……?」
『まさかっ……!』
「……もう来たみたい」
驚くエイミと一緒にエレベーターの隙間から下を覗くと、機械の腕がたくさんついている巨大な機械――ホドが、縦穴の壁を這い上がってきていた。
『そんなっ! まだ接敵まで時間があるはず……!』
『副部長! ホドの勢いがどんどん増してる! このままじゃ全然時間を稼げないよ!』
予定だともう少し先で接敵するはずだったけど、どうやら思ったよりも早くホドが障壁を突破してきたらしい。
遠くからでもわかる。前に戦ったケテルよりずっと大きい。今の私の武器――マシンガンと鉄パイプじゃ、本体の装甲を破壊しきることは難しいだろう。
ホドを観察していると、さっきヒマリに見せてもらった光を放つ柱が、下の通路の真ん中に設置されているのが見えた。
ピラーの今の位置を確認して、私は両手に武器を構えた。
『ちょ、ちょっと! その鉄パイプで戦う気!? 絶対役に立たないって!』
鉄パイプを握る私を見て、通信からチーちゃんとは違う、別の人の焦った声が聞こえた。
「そんなことない」
私は短く答えると、エレベーターの床を蹴って縦穴へと飛び降りた。飛び降りる瞬間、エイミが「あっ」と少し目を丸くしたのが見えた。
"ちょっと、シホ!?"
『うわあああ!? いきなり何してるの!? もしかして、飛び降りるくらいショックだった!? ごめん、そんなつもりなかったんだよ!』
通信の向こうで、先生とヴェリタスの人が大騒ぎしている。
ちょっと強引だったかなとは思うけど、通信に気を取られないように注意して、自由落下しながらホドの様子を確認する。
敵も飛び降りてくる私に気が付いたのか、撃ち落とそうとして本体の主砲で攻撃してくる。
私はそれを見て、すぐ横を通り過ぎている太い支柱を足で蹴る。落ちるスピードを少し殺しつつ、蹴った衝撃で壁に飛び移り、ホドの攻撃を回避した。
『うわ! 落下中にジャンプした!?』
『……はぁ。シホ、あなたって子は……』
通信越しに、驚く声と呆れ声が一緒に聞こえてくる。
私は壁を数歩だけ走って次の壁や柱に飛び移る動きを繰り返し、敵の攻撃を躱しながら落下の速度を緩める。そして、一番近くにあったピラーの真上まで移動した。
そのまま下に向けて一気に加速し、重力も全部乗せた鉄パイプを、思い切りピラーに叩き込んだ。
ガァァンッ!! 大きな音と一緒に、ピラーがひしゃげて火花を散らした。
でも、それだけだとまだ壊しきれていなかったようなので、完全に光が消えるまでピラーを殴り続けた。
ダメ押しにマシンガンを撃ち込んで、完全に壊れたことを確認してその場を離れる。
『ええぇ!? なんで壊せるの!? 絶対それ、ただの鉄パイプじゃないじゃん!』
「……? ちゃんとホームセンターで買ったよ?」
『うっそだー!?』
なぜか鉄パイプを疑う声が聞こえるが、これはケセド相手にも通用した立派な武器だ。
銃弾だって、言ってみれば鉄の塊を素早く発射しているだけなんだから、鉄パイプだって力いっぱい叩きつければ立派な武器になるはずだ。
『……シホ。あなたの無茶にはいつも驚かされます。私の心臓に悪いので、次からは跳ぶ前に一言言ってくださいね……』
ヒマリから、少し怒ったような、でもどこか諦めた感じの声が聞こえた。
ヒマリは私が危ないことをすると注意してくるが、結果を出せばあまり強くは言ってこない。この調子で仕事を完遂して実績を積めば、私のやり方についても認めてくれるだろう。
一息ついていると、ピラーを壊されたホドが私に向かって大きなアームを振り回してきた。私は攻撃をかわし、マシンガンで牽制しながら物陰に隠れて次の目標を探す。
『やっぱり、あのピラーを壊したらホドの侵攻も弱まった……! このまま次のピラーもお願い!』
「わかった」
どうやら、ピラーの破壊は効果的だったらしい。通信の向こう側の人たちも慌ただしく、地下の防衛兵器を動かして援護してくれている。
だけど、真っ先にピラーを壊した私を警戒しているのか、ホドは先に行かせないように執拗に攻撃してくる。私は大きな物陰に隠れて、攻撃が止むのを待った。
そういえば。ウォッチポイント・アルファの地下深くで、大穴の真ん中から発射されるレーザーを物陰でやり過ごしながら、大きな機械を壊したことがあった。今の状況は、あれによく似ている。
でもあの頃とは違って、今回は敵がすぐ目の前にいて攻撃を仕掛けてくる。機械のアームと弾幕が激しくて、なかなか前に進めない。
『どうしよう、シホちゃんが足止めされてる!』
ヴェリタスの人が焦っていると、ヒマリの自信満々な声が響いた。
『大丈夫です。うちには優秀な後輩がもう一人いますから』
その直後、私よりずっと下の方から大きな破壊音が聞こえてきた。隙を見て下をのぞくと、そこにあったはずのピラーが破壊されていた。
ホドが驚いたように下を向く。そこには、いつの間にか下に降りていたエイミが立っていた。私が注意を引いている間に、階段から下へ回り込んでピラーを壊す準備をしてくれていたみたいだ。
「……急いで階段を駆け降りたから、すごく暑い。部長、脱いでもいい?」
『当然、却下します』
『ええ……エイミちゃん、その格好でさらに脱ぐの……?』
ヒマリがすぐに断って、ヴェリタスの人たちが少し引いている声が聞こえた。
ホドの注意がエイミに向いた。その隙に、私は目を付けていた次のピラーへ向かって一気に急接近する。
ホドが慌てて私を止めようとしたけど、下からエイミのショットガンがホドの本体を撃ち抜いて牽制し、動きを止めた。
通路に設置されている銃座もホドめがけて攻撃を続けているため、こっちの妨害まで手が回らないようだった。
私は走りながらマシンガンをばら撒いて、近づく前にダメージを与えておき、射程に入った瞬間、さっきと同じように鉄パイプでピラーを殴り壊した。
『よし、この調子ならこっちも制御権を取り返せそう! そのまま攻撃を続けてちょうだい!』
ピラーを壊すたび、向こうのハッキングの調子も良くなるようだった。
それから、私は上から飛び降りながら、エイミは下から走りながら、見つけたピラーを順番に壊していった。
そのまま何本目かのピラーを壊したとき、突然ホドからの攻撃が緩まった。
様子を確認すると、ホドはそれ以上上に登るのを諦めたのか、縦穴の奥深くへと逃げていくのが見えた。
『ホドの撤退を確認しました。確認できる範囲のピラーはまだ残っていますが、勝算が無いと判断したのでしょう。今の装備だと本体を倒しきるのは難しいですし、追撃はしなくて大丈夫です』
『よかった、これで何とかなりそうね……二人とも、助かったわ』
『なんだか、すごいものを見た気がします』
"二人とも、おつかれさま"
ヒマリの指示が聞こえ、通信の先から緊張が抜けたような安心した空気が伝わってくる。
どうやら、今回の仕事はこれで終わりのようだ。私は武器をしまって、エイミと合流して地上に戻ることにした。
(……これで、打ち上げに行けるかな)
仕事が終わったから、今度こそ、あのファミレスでお子様ランチが食べられるだろうか。私はそんな呑気なことを考えながら、小さく息を吐いた。
原作のホド戦は、地上に出てきてからの総力戦や、最終章でしか描写されていなかったため、今回は完全に独自の解釈と展開で構成しています。
設定上、ホドは通信ユニットAIであり、ミレニアムの地下にあるインフラの整備を任されていたとされています。ですので、ホドのような巨大な機械が地下で作業できるなら、ミレニアムの地下には超巨大な縦穴やインフラ空間があるはずだ、と考えています。